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1 本命の女は誰?

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そうして今のアンナはセバスチャン愛用の最大級の重量の鉄アレイを持ってきて、確実にトミーの頭を目がけて落としたい衝動を抑えられないでいた。結婚を一週間後に控えた今日この瞬間、トミーのスラックスのポケットから出てきたカードには『愛のミツバチ』と記されていたからである。

「これは絶対に高級娼館のカードよねっ!」

なぜ高級娼館かわかるのかと言えばこの会員カードの材質が上質のつや出しの高級紙であり、加えて店の住所も説明も一切ないからである。なるべく女性にばれないようにと作成されたはずのヒミツだらけのカードは、実はそれゆえに怪しさがマックスなのだ。

やましいことがない店の会員カードには、大抵その住所も詳しい説明も書いてあるものだ。例えばパン屋ならば「ブリオッシュが推しのブーランジェリー……×○シティ○番地」など宣伝の一つも書くものだ。

ところが『愛のミツバチ』としか書いていないそのカードには裏面に謎のスタンプが押されているだけ……あと一回で特別サービス無料とだけ記されているのもなんのサービスなのか、いちいち怪しい。

(特別サービス! なによ、それ?)


アンナとトミーとの入籍と式はこれからなものの、すでにルーマニアン侯爵家の本邸の隣に新築した別邸で同居しており、お互いの両親もすこぶる良好な関係を築いていた。トミーはウェセックス侯爵家の次男で職業は文官。いわゆるルーマニアン侯爵家の入り婿になる予定の男性であった。

ところが最近帰りが遅いな、と思っていればまたもやこの有様である。仕事から帰宅し入浴を済ませたトミーがサロンに戻ってくると、アンナはそのカードをヒラヒラとトミーの目の前で揺らせた。

「ねぇ、これなぁーーんだ? どういうつもりか説明してくれる?」

「……なんでそれを持っているのさ? 確かそれはお札入れのポケットに丁寧に折りたたんで……」

「あら、スラックスのポケットに入っていたわよ?」

「……」

アンナは辛抱強くトミーの言葉を待つ。続いた沈黙はおよそ10分。けれどアンナにとってはその数十倍ほどの長い時間に思われた。

「ごめん……本当に申し訳ないと思っているよ。実は僕、別れられないんだ……」

娼館がやめられない病気とでも言うつもりかと思えば、特定の子と別れられないと言い出すトミー。

(娼館にも行く傍らどこかの令嬢とも付き合っていたわけ……お互い純潔を保ったままだけど私たちはすでに一緒に住んでいるのよ。 結婚式はほんの一週間後なのに? 招待客には国王陛下夫妻もいらっしゃるのよ!)

 
「は? 誰よ……誰なのよ? 相手は私と同じ侯爵令嬢? それとも伯爵令嬢? まさか男爵令嬢? いったい誰なのよ?」
あまりのことに頭が追いついていかない。

「えっと……それは言えない……だって彼女に迷惑がかかるし……」
アンナはこの瞬間、トミーが自分よりその女を選んだことを悟る。選んだというより守ったと言う意味であるがアンナにとってはたいして変わらない。

(彼女に迷惑がかかる? じゃぁ、私にはどうなのよ? 私こそが多大な迷惑を被っているのに?)


「冷静になってから話し合ったほうが良さそうね。頭を冷やしたいからあなたはここから出て行ってよ」
アンナの言葉にラフな服装で慌てて屋敷を出て行くトミーであった。トミーが別れられない本当に愛する子って……アンナは真剣に悩み眉根に皺を寄せるのだった。

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