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2 信じたいレティシア
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お茶会が終わり、深く思い悩みながら、私は庭園の小道をゆっくりと歩いていた。柔らかな夕暮れの光が空を染め、グチャグチャになった思考をほんの少しだけ和らげてくれる。
けれど、静かな午後の余韻が残る中、ふと視線を上げると、庭園の隅にある窓に目が留まった。そこには、オズワルドとカミーユが並んで佇む姿があった。
あれは客間の窓だろうか。それとも、オズワルドの書斎? 二人はただ静かに立っていただけなのに、その光景に胸の奥がざわついた。
距離があったため完璧な会話までは聞こえなかったが、風に乗って、ふと耳に届いた断片がある。
「愛してる」
「お前だけは特別」
オズワルドの声だった。そう思った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
――違う、違うわ。きっと空耳。聞き間違いよ。私、どうかしてる。
愛する夫と、実の娘のように大切にしてきたカミーユが、そんな……そんなはず、あるわけがない。私は何を考えているの? どうかしてる。本当にどうかしてる。
自分に言い聞かせるように深く息を吐き、笑みを浮かべてみた。でもそれは、口元からこぼれた自嘲に過ぎなかった。
――私が勝手に被害妄想になってるだけ。あんなの偶然。たまたまよ。疑うなんて、バカみたい。
けれど、オズワルドの声が何度も頭の中で繰り返され、胸の痛みはどうしても消えなかった。立ち止まった足は、重くて動かせない。
翌日も、その翌日も、暗い影が心に居座ったまま。夫を問い詰めるべきか、確証を得るべきか――答えは出ない。私はついに、誰よりも信頼している人に相談することにした。
「マリー、少しお話してもいいかしら?」
いつもと変わらぬ穏やかな表情のマリーは、静かに頷いて、私の話を聞いてくれた。あの窓辺のことを語ると、少しの沈黙の後、マリーがぽつりと口を開く。
「もしかしたら、聞き間違えではないかもしれません」
その言葉が胸に落ちて、鈍く響いた。まるで、冷たい水を背中にかけられたような感覚。
――そんなはずない。そんなはず……。
顔が引きつるのを自覚しながら、私は口を開いた。
「……まさか。私の勘違いよね。気のせい。……違うと言って」
けれど、マリーは目を伏せながら続けた。
「奥様が耳にされた言葉、私も聞いたような気がします」
心臓が一瞬止まったかのようだった。全身の血が逆流していくような、嫌な感覚。
「……違う、そんなことあるはずない。絶対に違うわ。ねえ、マリー、そうでしょう?」
「……私も、そう思いたいです」
マリーの言葉はやわらかかったけれど、決して「違う」とは言ってくれなかった。
私はオズワルドを信じたい。カミーユだって、あの子がそんなことをするはずがないのよ。
信じていたい。疑いたくなんてないのに……。
――あんな手紙なんて見なければ良かった。知らなければ、今でも、何も知らずに、幸せだったのに。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
「死に戻りの悪女、公爵様の最愛になりましたーー」も連載中です。こちらは少しコメディ寄りです。合わせてお読みいだたけると嬉しいです!
よろしくお願いします!
けれど、静かな午後の余韻が残る中、ふと視線を上げると、庭園の隅にある窓に目が留まった。そこには、オズワルドとカミーユが並んで佇む姿があった。
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「愛してる」
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オズワルドの声だった。そう思った瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
――違う、違うわ。きっと空耳。聞き間違いよ。私、どうかしてる。
愛する夫と、実の娘のように大切にしてきたカミーユが、そんな……そんなはず、あるわけがない。私は何を考えているの? どうかしてる。本当にどうかしてる。
自分に言い聞かせるように深く息を吐き、笑みを浮かべてみた。でもそれは、口元からこぼれた自嘲に過ぎなかった。
――私が勝手に被害妄想になってるだけ。あんなの偶然。たまたまよ。疑うなんて、バカみたい。
けれど、オズワルドの声が何度も頭の中で繰り返され、胸の痛みはどうしても消えなかった。立ち止まった足は、重くて動かせない。
翌日も、その翌日も、暗い影が心に居座ったまま。夫を問い詰めるべきか、確証を得るべきか――答えは出ない。私はついに、誰よりも信頼している人に相談することにした。
「マリー、少しお話してもいいかしら?」
いつもと変わらぬ穏やかな表情のマリーは、静かに頷いて、私の話を聞いてくれた。あの窓辺のことを語ると、少しの沈黙の後、マリーがぽつりと口を開く。
「もしかしたら、聞き間違えではないかもしれません」
その言葉が胸に落ちて、鈍く響いた。まるで、冷たい水を背中にかけられたような感覚。
――そんなはずない。そんなはず……。
顔が引きつるのを自覚しながら、私は口を開いた。
「……まさか。私の勘違いよね。気のせい。……違うと言って」
けれど、マリーは目を伏せながら続けた。
「奥様が耳にされた言葉、私も聞いたような気がします」
心臓が一瞬止まったかのようだった。全身の血が逆流していくような、嫌な感覚。
「……違う、そんなことあるはずない。絶対に違うわ。ねえ、マリー、そうでしょう?」
「……私も、そう思いたいです」
マリーの言葉はやわらかかったけれど、決して「違う」とは言ってくれなかった。
私はオズワルドを信じたい。カミーユだって、あの子がそんなことをするはずがないのよ。
信じていたい。疑いたくなんてないのに……。
――あんな手紙なんて見なければ良かった。知らなければ、今でも、何も知らずに、幸せだったのに。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
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