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13 最終話 あたしは幸せ (ピンクナ視点)
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ピンクナの幸せ(ピンクナ視点)
掃除婦になったあたしは週に一回だけ休みがもらえて、市井の商店街に行きお買い物を楽しむ。地下にある狭いキッチンで自炊しているけれど、お給料は娼婦だった頃より高くはないから食費にさほどお金をかけられない。
「お魚がたまには食べたいな。でも安いお魚でないと買えないわ……」
そうつぶやく私の耳に威勢のいい魚屋の呼び込みの声が聞こえた。
「いらっしゃい ! いらっしゃいーー ! 今日は魚が特売日! いつもの20パーセント引き! 夕食のおかずにいかがですか?」
その声にはどこか聞き覚えがある。振り返ったその先には日焼けしてたくましい体つきのチャーリー王子殿下の姿があった。
「まさか……魚屋さん? 嘘でしょう?」
「いらっしゃい! 安いよ、今日は特売日! このカニも極上物だけれど安くしとくよ! ん? ……もしかしてピンクナ? まさか……ピンクナ?」
「ち、違います! 私は違う。でも、お魚は欲しいです。お金がちょっと足りないからそこのお魚を半分に切ってもらっちゃダメですか? 半分のお金なら払えるから」
私は掃除婦の必須アイテム長靴姿でお買い物に来てしまったことをとても後悔していた。
「いいよ! 今日は特別さ。半分のお金で一匹持っていきなよ。今日はジェイコブの命日だ。僕の親友が亡くなった日なんだ。悲しい日だけれど、みんなには魚を味わってもらって楽しい日にしてもらいたい。ジェイコブはそんな人々の喜んだ様子にきっと満足する。あいつは根はいい奴だったからね」
「ジェイコブ……死んだのね……お墓はどこにあるの?」
あたしはジェイコブを思い出し、せめてお墓の前で謝りたかった。私の愚かな行為の巻き添えになった一人の死は重い。
「やっぱりピンクナか。今は何をしているんだい? その長靴と荒れた手を見れば相当苦労しているんじゃないか?」
「ううん。掃除婦なんだけれどそれほど苦労じゃないよ。手はいつも冷たい水を使って掃除するし高価なクリームは買えないから荒れてしまったけれど……こんなのどうってことないから」
「ずいぶん変わったんだね?」
「そういうチャーリー王子殿下こそ」
「僕はもう王族じゃないよ。ただの魚屋。とってもおいしい魚を良心的な値段で売るわりといい奴なんだ」
「ふふふ、いい人だわね? お魚、いただきます。ありがとう! お金はどこで払えばいいの?」
「奥に車椅子の友人がいるからそいつに払って! また買いに来いよ。安く売ってあげるから」
私は思いがけぬ再会にうれしさに顔がほころんだ。あれからお互い苦労したことがわかるから。瞳の奥を見つめ合えば、私たちはそれ相応に辛い体験をして必死で生きていることがわかりあえたから。
それから私は何度もこの魚屋さんにお買い物に来る。それから半年後、私はチャーリーの店先でカニを並べていた。
「あれ、まぁ! 結婚したのかい? 綺麗な奥さんだね?」
お客さんに声をかけられてあたしは必死に否定する。
「いいえ、奥さんじゃないんですよ。ただの従業員で友人なんです」
あたしは恥ずかしさに頬を赤く染めた。奥から楽しげなからかうような言葉を投げかけられる。
「奥さんみたいなもんですよぉ。あともう一押しってとこかな? 早く一緒になっちまえばいいのに」
会計係のハンスがからかうように言うその言葉がこそばゆい。
あたし達はまだ店主と従業員という関係で、あたしはあの娼館の掃除婦を辞めてこの店の3階の部屋を借りている居候。
あたしが魚屋の店主チャーリーの妻になるのはそのずっと後、ハンスが亡くなった三日後だった。
やがてハームズワース王国はカートレット公国に吸収され、スワン女王陛下の御代となった。スワン女王とジョシュア様とのお子様が生まれるたびに国を挙げてのお祭りが催される。
あたし達夫婦は子供を連れてお祭りの花火を見に行く。そこで懐かしいレオとの再会もはたし、あたし達はレオと家族ぐるみの付き合いをするようになっていった。レオは有名な港湾運送事業者になっていたから驚いてしまう。
チャーリーは店舗を3店舗ほど増やして新鮮な魚を安く売る店で庶民に愛されている。あたし達は二度と貴族に戻ることはなかったけれど、生涯幸せで満ち足りた思いで過ごした。あたしは子供にはこう言ってるわ。
「身分なんて関係ない。地道に真面目に生きていればいいことはむこうからやってくるんだよ」って。
あたしがチャーリーと再会できたのもきっと掃除婦を真面目に勤めていたおかげだし、チャーリーがお店を繁盛させているのも、真面目にコツコツと働いているからだもん。
あたしは今、幸せだよ。
完
掃除婦になったあたしは週に一回だけ休みがもらえて、市井の商店街に行きお買い物を楽しむ。地下にある狭いキッチンで自炊しているけれど、お給料は娼婦だった頃より高くはないから食費にさほどお金をかけられない。
「お魚がたまには食べたいな。でも安いお魚でないと買えないわ……」
そうつぶやく私の耳に威勢のいい魚屋の呼び込みの声が聞こえた。
「いらっしゃい ! いらっしゃいーー ! 今日は魚が特売日! いつもの20パーセント引き! 夕食のおかずにいかがですか?」
その声にはどこか聞き覚えがある。振り返ったその先には日焼けしてたくましい体つきのチャーリー王子殿下の姿があった。
「まさか……魚屋さん? 嘘でしょう?」
「いらっしゃい! 安いよ、今日は特売日! このカニも極上物だけれど安くしとくよ! ん? ……もしかしてピンクナ? まさか……ピンクナ?」
「ち、違います! 私は違う。でも、お魚は欲しいです。お金がちょっと足りないからそこのお魚を半分に切ってもらっちゃダメですか? 半分のお金なら払えるから」
私は掃除婦の必須アイテム長靴姿でお買い物に来てしまったことをとても後悔していた。
「いいよ! 今日は特別さ。半分のお金で一匹持っていきなよ。今日はジェイコブの命日だ。僕の親友が亡くなった日なんだ。悲しい日だけれど、みんなには魚を味わってもらって楽しい日にしてもらいたい。ジェイコブはそんな人々の喜んだ様子にきっと満足する。あいつは根はいい奴だったからね」
「ジェイコブ……死んだのね……お墓はどこにあるの?」
あたしはジェイコブを思い出し、せめてお墓の前で謝りたかった。私の愚かな行為の巻き添えになった一人の死は重い。
「やっぱりピンクナか。今は何をしているんだい? その長靴と荒れた手を見れば相当苦労しているんじゃないか?」
「ううん。掃除婦なんだけれどそれほど苦労じゃないよ。手はいつも冷たい水を使って掃除するし高価なクリームは買えないから荒れてしまったけれど……こんなのどうってことないから」
「ずいぶん変わったんだね?」
「そういうチャーリー王子殿下こそ」
「僕はもう王族じゃないよ。ただの魚屋。とってもおいしい魚を良心的な値段で売るわりといい奴なんだ」
「ふふふ、いい人だわね? お魚、いただきます。ありがとう! お金はどこで払えばいいの?」
「奥に車椅子の友人がいるからそいつに払って! また買いに来いよ。安く売ってあげるから」
私は思いがけぬ再会にうれしさに顔がほころんだ。あれからお互い苦労したことがわかるから。瞳の奥を見つめ合えば、私たちはそれ相応に辛い体験をして必死で生きていることがわかりあえたから。
それから私は何度もこの魚屋さんにお買い物に来る。それから半年後、私はチャーリーの店先でカニを並べていた。
「あれ、まぁ! 結婚したのかい? 綺麗な奥さんだね?」
お客さんに声をかけられてあたしは必死に否定する。
「いいえ、奥さんじゃないんですよ。ただの従業員で友人なんです」
あたしは恥ずかしさに頬を赤く染めた。奥から楽しげなからかうような言葉を投げかけられる。
「奥さんみたいなもんですよぉ。あともう一押しってとこかな? 早く一緒になっちまえばいいのに」
会計係のハンスがからかうように言うその言葉がこそばゆい。
あたし達はまだ店主と従業員という関係で、あたしはあの娼館の掃除婦を辞めてこの店の3階の部屋を借りている居候。
あたしが魚屋の店主チャーリーの妻になるのはそのずっと後、ハンスが亡くなった三日後だった。
やがてハームズワース王国はカートレット公国に吸収され、スワン女王陛下の御代となった。スワン女王とジョシュア様とのお子様が生まれるたびに国を挙げてのお祭りが催される。
あたし達夫婦は子供を連れてお祭りの花火を見に行く。そこで懐かしいレオとの再会もはたし、あたし達はレオと家族ぐるみの付き合いをするようになっていった。レオは有名な港湾運送事業者になっていたから驚いてしまう。
チャーリーは店舗を3店舗ほど増やして新鮮な魚を安く売る店で庶民に愛されている。あたし達は二度と貴族に戻ることはなかったけれど、生涯幸せで満ち足りた思いで過ごした。あたしは子供にはこう言ってるわ。
「身分なんて関係ない。地道に真面目に生きていればいいことはむこうからやってくるんだよ」って。
あたしがチャーリーと再会できたのもきっと掃除婦を真面目に勤めていたおかげだし、チャーリーがお店を繁盛させているのも、真面目にコツコツと働いているからだもん。
あたしは今、幸せだよ。
完
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良いお話でした👏👏👏
ありがとうございます。
多くの小説の中から読んでいただきまして感謝です。
感想もいただけてうれしいです🎶🌷
とりあえず途中まで読んでるけど、青空質店の名前が出た瞬間笑ってしまった。続きも読んで行きたいと思いま~す。
こんばんは
エヘヘ
質屋の女主人です😆🎶
たくさんの小説の中からいただきまして
ありがとうございます🌷☘️
最後まで拝読しましたよ〜🎃
ディズニーのアニメーションチックな映像で脳内再生しなが、楽しい時間をすごさせていただきました〜🎃🍉🎃
ありがとうございます😊
ありがとうございます😆
最後まで読んでいただき感激です🌷
私も汀様の作品をまた読ませていただきますね。
感想ありがとうございました🎶