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12 しょっぱい涙(ピンクナの父親視点)

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「娘を売るようなまねをするとは見下げはてた男だ!」
そのようにカートレット大公が私を責めた。

ーー自分の娘をどう扱おうが私の自由だ。大きなお世話だ!

「お前のような醜悪な根性のやつは、その卑しい性根を汗をたっぷりとかき洗い流すことだ」

ーーばかばかしい! 汗などかいたところで何が変わると言うんだ?

そして今私は早朝に海水を桶に汲む。空を見上げればまだ暗くうっすら影を残す残月。以前であればふかふかのベッドで眠り込んでいる時間だ。重い海水が入った桶を両手に持ち浜に設置したさらに巨大な桶に運ぶ。手がしびれるぐらい重い桶を10回以上往復して運ぶ作業は汗だくになり倒れそうになる。

そしてそこからがまた大変で、塩まきと言われる作業を1時間弱かけて行う。海水を塩田にまく作業である。さらに木の棒を櫛のように組んだ道具で砂に筋目を入れる。

8時間程度乾燥させた砂を塩田の中央までかき集めると、集めた砂を入れる木製の箱を組み立てる。集めた砂をその箱に入れその上から海水を流し込み砂についてる塩の結晶を下の部分の溜池にためる。その溜まった水を釜屋まで運びいよいよ釜炊きが始まるんだ。釜炊きは16時間程度にも及ぶ。

過酷な作業に息も絶え絶えになり汗は滝のように吹き出す。たかが塩を作るのにこれだけの労力がかかるとは正直私は初めて知った。何気なく食卓にあった塩なのにこれほど苦労して作り上げるものなんだな。

その過酷な作業に貴族としてのうのうと暮らしていた私の足腰は悲鳴をあげた。今までの暮らしはなんと贅沢で穏やかだったことか!

この過酷な作業をしている仲間にはいろいろな奴がいたが、娘を溺愛しその娘の病気の治療費のために働いている男がいた。

「娘なんかのために働くなんて酔狂なことだ」

私の言葉にその男が驚いたように答える。
「何を言ってるんだよ?  子供は産んでくれと頼んだわけでもないのにこの世に生を受け親も選べないんだぞ? 俺のところに娘として生まれてきてくれた以上、幸せにしてあげるのは当然じゃないか? あんただって親に愛をもらった恩があるだろう? 今度はその恩を子供に返す番だ」

「親からの愛? そんなものを感じた事は無いさ。私の親は厳しい人でね。貴族としての義務だけを叩き込まれ愛情なんか微塵も感じて育った気がしないな。親からもらえなかったのに子供に与える愛なんてあるはずがない」

「愛はさぁ、もらったことがなくても自分からあげることはできるんだよ。品物じゃないから減るわけじゃないし、いつでもたんまりと心の中に持っておけるもんさ。それに、愛をもらわないで育ったから自分も子供を愛せないってそんな理屈は通らないよ。だって子供を作ろうと決めたのは自分たち夫婦だろ? だったらその責任は取らないとな」

ーーこんな平民の言う言葉はくだらない戯言だ!私はこんなことには少しも動じないぞ!

そう思ったのにピンクナの幼い頃の面影がちらついた。「おとうちゃまぁーー」そんなふうに可愛らしく微笑みながら、私に抱きついてきた娘の面影が今更ながらにちらついて夜眠れないこともあった。

「娘を娼館に行かせる親ってどう思う?」
「あーそんな奴とは話したくないなぁ。そんな親は人の顔をした別の生き物だ。どんな事情があるにせよ、娘をそんなところに行かせるなんてありえないだろ」

そうか私は別の生き物なのか……



塩田にみかん色の夕日が沈む。ピンクナはみかんが大好きだったな。くだらないことを思い出しては苦笑する。



私はすっかり後悔していたのだった。なぜ娘にあんな仕打ちができたのだろう?
思い浮かぶのは幼い頃の可愛いピンクナ。私は自分の頭を掻きむしり神に祈った。
「ピンクナにどうか救いを与えて下さい」と。

愚かな父親のもとに生まれた不憫なピンクナ、出来損ないはピンクナではなくこの私だったのだから。涙でにじんだ夕日は暖かいオレンジ色なのに、私には冷たくよそよそしく見えたのだった。
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