(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏

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11 やはりクロエは天使だよ(ハミルトン視点)

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 屋敷に戻ると、サロンではオリビアがパリノ公爵家の紋章を刺繍していた。笑みを顔に浮かべながら、手先を器用に動かしている。

「ハミルトン様、お帰りなさいませ。夕暮れのお散歩は楽しかったですか?」

 ふわりと微笑むオリビアの顔から思わず目を逸らす。私はこの女性を愛していないはずなのに、またチクリと胸が痛んだ。
 
「そのハンカチは私のものか?」

「えぇ、もちろんですわ。刺繍は得意なので、お気に召していただければ嬉しいです」

「あぁ、綺麗にできている」

「お褒めいただくなんて嬉しいです。ハーブティーでも淹れましょうか?」

「あぁ、頼む。君が焼いたクッキーも食べたいな。あれは美味しい」

「ふふっ、嬉しいですわ! 今、お持ちしましょうね」

 優しい言葉と上品なしぐさ、綺麗ではないけれどその誠実な人柄が美しい。

(美しい? なぜ、私はそんなことを思った? ここが私の居場所なのだと錯覚するのはなぜだ?)

 手を伸ばせばオリビアがそこにいて、にっこり私に微笑んでいる。抱き寄せて思わずキスをした。彼女は頬を染めて、潤んだ瞳で私を見つめた。

 私の心は混乱している。クロエを愛しているはずなのに、オリビアが大事な気もしてきて、頭に霧がかかっているようでうまく考えられなかった。


 ☆


 翌日、私はまたあの待ち合わせ場所に行った。むせかえるような薔薇の香りのなかで空を見上げる。夕映えが禍々しいほどの血のような赤に、空と雲を染め上げていく。

「ハミルトン様。お会いしたかったですわ」

 クロエの鈴をふるような声に振り返る。夢にまで見た愛らしい姿に心が躍った。だが、胸の奥がチクチクするし、なにかが間違っているような気がした。

「あら、幻惑の術が解けそうだわ。・・・・・・一層堅固に紡ぎ直せ。夢幻の鎖で心を縛り続けよ!・・・・・・」

 クロエが優しく私の頬に触れてつぶやく言葉が眠気を誘った。

「クロエだけが可愛くて美しいのよ。ハミルトン様のような麗しい公爵を私が逃がすと思う? 大金持ちになったくせに、私にもその幸せを分けてちょうだいよ」

 濃い霧に埋もれて、闇に落ちていく、意識も感覚も・・・・・・



「ハミルトン様、このようなところでうたた寝をしていては風邪をひきますわ」

「え? 私は寝ていたのか?」

「えぇ、もう半時ほどになりますわ」

 素晴らしく愛らしいクロエの笑顔が目の前にあった。

(あぁ、この女性こそ私の至宝だ、天使だよ!)

「今日はね、私がすっごく年上の男爵に嫁がなければならないことを報告しに来ましたの。ランドン家は経済状況が良くないので、悲しいですけれどこれでお別れですわ」

「パリノ公爵家から援助しよう。金なら任せてくれ」

(オリビアのお陰で宝物庫は満たされている。少しぐらいクロエにあげたところで、オリビアにはバレないさ)

「もっといい考えがありますわ。ハミルトン様が離婚して、私と再婚すれば良いのです」

「しかし、今までベンジャミン家に援助してもらった金は、オリビアが私の妻だから受けられたものだ。離婚となれば返済を迫られるだろうし、ベンジャミン家の怒りをかえばパリノ公爵家といえど無事ではない」

「今夜、オリビア様をお抱きなさいませ。赤ちゃんを産ませるのです。子供が生まれたらオリビアを捨てるのよ。子供は公爵家で育てるのが当然ですから、ベンジャミン家は孫がいるパリノ家を永遠に援助するでしょう。その子供がいる限り、私達はベンジャミン家のお金を使い放題だわ」

(わかったよ、クロエ。僕の女神様は貴女だけだ・・・・・・貴女の望みはなんでも叶えよう)

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