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7 紬ちゃんの処女作……自然は恵み
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自宅に戻ってお風呂に入ると、礼子さんとリビングで明日の予定を新しく買ってもらった手帖に書き込む。トレッキングや陶芸家の先生の工房に行く予定など確定のものは、あらかじめ書いておくように言われた。
「で、今度は明日の予定だけを考えてみようね」
「うん」
「明日は天気がいいみたいだから、午前中は礼子さんと湖を見ながらスケッチをしたり、湖畔を散歩しようね。そうしてお昼は菊名さん達と食べたら、カフェのお手伝いを1時間。あとは、健一叔父さんの牧場で馬や牛の簡単なお世話を1時間ぐらいしよう。教科書とかは真美さんに聞いて学校側に問い合わせてみるから、勉強もしていこうね。勉強はね、やり方次第で普通にはできるようになるから大丈夫。いろんな体験をして、たくさんの人とお話をするほうが大事だからね。」
礼子さんは、私の為にいろいろ考えてくれているみたいだ。こんなふうに、スケジュールを組み立ててもらったことなんか一度もなかった。
今までの夏休みはずっと家にいて友達もいなかった。結月が側にいても独りぼっちと同じようなものだった。
「紬は私に話し掛けないで! バカが移るから」
結月は私とは家にいても話したがらなかったし、学校では無視された。
お母さんは昼間は働いていたし、帰ってきても忙しそうで時間がある時には、結月にかかりっきりだった。
「結月のほうが、構ってあげるとすぐ結果がでるから嬉しいのよね。この前のテストも満点だったし」
そんなふうにお母さんに言われると、私はなにも言えなくなった。テストでいつも半分の点数もいかないことが多い私だったからだ。漢字の練習も続かないし、教科書は少しも楽しくないから、途中で飽きて蝶の図鑑を広げたりしていた。
動物図鑑や昆虫図鑑は大好きでずっと見ていられるのに、算数や国語の漢字の練習はすっごくつまらない。
私はそれを礼子さんに言ってみると、礼子さんは共感の微笑みを浮かべていた。
「蝶の模様って複雑で綺麗よね? わかるわぁ。明日は、蝶の絵も描いてみようか? 昆虫とか、いろいろな動物を描くのも楽しいわよ」
そう言いながら、当然だというようにうなづいてくれる人がいるなんて、今まで一人もいなかった。蝶の図鑑なんて見るより、宿題や小テストの漢字練習の方が大事なんだ! と何度もお母さんには言われたっけ……
しまいには、図鑑シリーズは家からなくなり聞いたら捨てたって言われたんだ。
「あんなものを見てばかりいるから、宿題もできないのよ。あんなもの捨てたわよ! 昆虫博士にでもなるつもり?」
そんなふうに言われた気がする。
☆彡★彡☆彡
翌日は快晴で気持ちのいい朝だった。朝日が燦々と注ぐなか、おばあちゃんの家の2階で目覚めた。ベッドは買ったけれど翌日配送だったから昨夜もここで礼子さんと寝た。
階下のキッチンで礼子さんが卵とベーコンを焼く、いい香りで目が覚めた。私は顔を洗い、なにかできることがないかと見回して尋ねた。
「パンをトーストしてバターとジャムを添えて」
礼子さんの言葉に返事をして、テーブルの上のパンをトースターに入れた。
「紅茶かコーヒーを淹れた方がいいかな?」
私が遠慮がちに聞くと、礼子さんはにっこりした。
「うん、紅茶がいいかな。レモンは薄切りにして冷凍庫にストックしてあるから」
私はうなづきながら、ティファールでお湯を沸かした。紅茶を淹れるとすごく礼子さんが喜んで褒めてくれた。
「偉いよ、紬ちゃん。そうやって周りを見回して、進んでできることをやっていくのは大事だね」
丁寧に褒められた記憶がない私には不思議な気分だったが、嬉しかった。お祖母ちゃんはすでに起きていて礼子さんの横でコーンスープとサラダを作っていた。
「よく眠れたかい? 昨日は東先生のところに行っていたんだってねぇーー。礼子から聞いたよ。柊君と仲良しになれて良かったねぇーー」
お祖母ちゃんは、私に優しく話し掛けてくれた。
「うん」
お祖母ちゃんと私と礼子さんは、お祖母ちゃんの家のリビングルームで、大抵いつも朝ご飯と夜ご飯を食べることになるのだった。
☆彡★彡☆彡
食後は、礼子さんはお祖母ちゃんに今日の予定を軽く話して、私と絵の道具をもって湖に向かった。歩いてすぐに牧場と湖があるなんてすごいと思う。
朝の光のなか、湖を散歩して綺麗な空気を一杯吸い込むと、自分自身も清らかな存在になったようで気持ちがいい。
湖の水面は透き通っていて、朝の陽に照らされた水面は生き物のようにきらめきながら、そよ風に吹かれて波立っていた。
「礼子さん、綺麗だねぇーー」
私が言うと、礼子さんも嬉しそうに頷いた。
「この信じられないくらい透き通った水と、周りの木立の目にしみるような緑。そして、背後にそびえる山々のなんて繊細で雄大なことか……。自然の景色を眺めながらここに存在していることだけでありがたいことだと思わない? だからね、その感謝を込めて絵に描くのよ。絵はね、その人の持っている感情が素直に現れやすいの」
私はうなづいて持って来たデッサン用の鉛筆で、礼子さんの言葉を聞き漏らさないようにして絵を描き続けた。その時間は至福の時間だった。
私達は無我夢中で、絵を絵を描くことに没頭した。私の筆がたまに止まると礼子さんは適切なアドバイスをしてくれた。技法やさまざまな絵のタッチの微妙な違いを学んだのは、もっと先だったけれど数十年後、この時の私の絵は全くテクニックはないけれど、素朴な処女作として高く評価されることになるのだった。
▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃┄▸◂┄▹◃
話の進み方が遅くて申し訳ありません。
すこしづつ、進んでいきます。柊君達とのトレッキングはもう少し後になります。
「で、今度は明日の予定だけを考えてみようね」
「うん」
「明日は天気がいいみたいだから、午前中は礼子さんと湖を見ながらスケッチをしたり、湖畔を散歩しようね。そうしてお昼は菊名さん達と食べたら、カフェのお手伝いを1時間。あとは、健一叔父さんの牧場で馬や牛の簡単なお世話を1時間ぐらいしよう。教科書とかは真美さんに聞いて学校側に問い合わせてみるから、勉強もしていこうね。勉強はね、やり方次第で普通にはできるようになるから大丈夫。いろんな体験をして、たくさんの人とお話をするほうが大事だからね。」
礼子さんは、私の為にいろいろ考えてくれているみたいだ。こんなふうに、スケジュールを組み立ててもらったことなんか一度もなかった。
今までの夏休みはずっと家にいて友達もいなかった。結月が側にいても独りぼっちと同じようなものだった。
「紬は私に話し掛けないで! バカが移るから」
結月は私とは家にいても話したがらなかったし、学校では無視された。
お母さんは昼間は働いていたし、帰ってきても忙しそうで時間がある時には、結月にかかりっきりだった。
「結月のほうが、構ってあげるとすぐ結果がでるから嬉しいのよね。この前のテストも満点だったし」
そんなふうにお母さんに言われると、私はなにも言えなくなった。テストでいつも半分の点数もいかないことが多い私だったからだ。漢字の練習も続かないし、教科書は少しも楽しくないから、途中で飽きて蝶の図鑑を広げたりしていた。
動物図鑑や昆虫図鑑は大好きでずっと見ていられるのに、算数や国語の漢字の練習はすっごくつまらない。
私はそれを礼子さんに言ってみると、礼子さんは共感の微笑みを浮かべていた。
「蝶の模様って複雑で綺麗よね? わかるわぁ。明日は、蝶の絵も描いてみようか? 昆虫とか、いろいろな動物を描くのも楽しいわよ」
そう言いながら、当然だというようにうなづいてくれる人がいるなんて、今まで一人もいなかった。蝶の図鑑なんて見るより、宿題や小テストの漢字練習の方が大事なんだ! と何度もお母さんには言われたっけ……
しまいには、図鑑シリーズは家からなくなり聞いたら捨てたって言われたんだ。
「あんなものを見てばかりいるから、宿題もできないのよ。あんなもの捨てたわよ! 昆虫博士にでもなるつもり?」
そんなふうに言われた気がする。
☆彡★彡☆彡
翌日は快晴で気持ちのいい朝だった。朝日が燦々と注ぐなか、おばあちゃんの家の2階で目覚めた。ベッドは買ったけれど翌日配送だったから昨夜もここで礼子さんと寝た。
階下のキッチンで礼子さんが卵とベーコンを焼く、いい香りで目が覚めた。私は顔を洗い、なにかできることがないかと見回して尋ねた。
「パンをトーストしてバターとジャムを添えて」
礼子さんの言葉に返事をして、テーブルの上のパンをトースターに入れた。
「紅茶かコーヒーを淹れた方がいいかな?」
私が遠慮がちに聞くと、礼子さんはにっこりした。
「うん、紅茶がいいかな。レモンは薄切りにして冷凍庫にストックしてあるから」
私はうなづきながら、ティファールでお湯を沸かした。紅茶を淹れるとすごく礼子さんが喜んで褒めてくれた。
「偉いよ、紬ちゃん。そうやって周りを見回して、進んでできることをやっていくのは大事だね」
丁寧に褒められた記憶がない私には不思議な気分だったが、嬉しかった。お祖母ちゃんはすでに起きていて礼子さんの横でコーンスープとサラダを作っていた。
「よく眠れたかい? 昨日は東先生のところに行っていたんだってねぇーー。礼子から聞いたよ。柊君と仲良しになれて良かったねぇーー」
お祖母ちゃんは、私に優しく話し掛けてくれた。
「うん」
お祖母ちゃんと私と礼子さんは、お祖母ちゃんの家のリビングルームで、大抵いつも朝ご飯と夜ご飯を食べることになるのだった。
☆彡★彡☆彡
食後は、礼子さんはお祖母ちゃんに今日の予定を軽く話して、私と絵の道具をもって湖に向かった。歩いてすぐに牧場と湖があるなんてすごいと思う。
朝の光のなか、湖を散歩して綺麗な空気を一杯吸い込むと、自分自身も清らかな存在になったようで気持ちがいい。
湖の水面は透き通っていて、朝の陽に照らされた水面は生き物のようにきらめきながら、そよ風に吹かれて波立っていた。
「礼子さん、綺麗だねぇーー」
私が言うと、礼子さんも嬉しそうに頷いた。
「この信じられないくらい透き通った水と、周りの木立の目にしみるような緑。そして、背後にそびえる山々のなんて繊細で雄大なことか……。自然の景色を眺めながらここに存在していることだけでありがたいことだと思わない? だからね、その感謝を込めて絵に描くのよ。絵はね、その人の持っている感情が素直に現れやすいの」
私はうなづいて持って来たデッサン用の鉛筆で、礼子さんの言葉を聞き漏らさないようにして絵を描き続けた。その時間は至福の時間だった。
私達は無我夢中で、絵を絵を描くことに没頭した。私の筆がたまに止まると礼子さんは適切なアドバイスをしてくれた。技法やさまざまな絵のタッチの微妙な違いを学んだのは、もっと先だったけれど数十年後、この時の私の絵は全くテクニックはないけれど、素朴な処女作として高く評価されることになるのだった。
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話の進み方が遅くて申し訳ありません。
すこしづつ、進んでいきます。柊君達とのトレッキングはもう少し後になります。
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