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番外編
6 生きたくても生きられなかった人がいる一方で その1(真理子視点)
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その知らせというか情報はテレビで知ったことで、妹の死なのに直接実家から私に連絡は来なかった。
『画家のレイコ・ササキ逝く』そんな言葉が新聞にもでかでかと載ると、あの生意気な妹が死んだことが実感できた。
「お前の妹、死んだな。形見分けとかに絵の一枚もくれないかなぁ。お前、様子を見て来いよ」
夫の康隆は会社をリストラされてから再就職がなかなかうまくいかず、契約社員で不安定なまま働いていた。私も同じで思ったような会社からは採用されずに、小さな町工場のパートの仕事を黙々とする日々だった。
ーーなんでわたしのようなエリートが、こんなところでパソコンの部品の組み立てなんかしなきゃならないのよ?
周りは高卒ばかりで私のように名前のあるそこそこの大学を出た者などいない。無能なやつらに囲まれて働くなんて屈辱だった。人生は不条理の連続だ。
出来損ないだと思って捨てた紬は、今では天才有名画家として注目の的だ。妹の礼子はただの取り柄のない子で、実家の牧場で汗水流しているのだろうと、バカにしていたら有名な画家で大金持ちだった。
そんなこと、わかっていたらもっと仲良くしたのに。紬だってお祖母ちゃんの家に捨ててきたりはしなかったのに・・・・・・そう思うとひどく空虚で投げやりな気持ちになった。
おまけに紬よりかわいがっていた結月は、高校の時に家出して以来どこにいるのかわからないままだったが、ひと月ほど前に子供を二人も連れてひよっこり帰ってきた。
そして、子供を置き去りにしたままどこかに行きもう10日も姿を見せない。まさか、この赤ちゃんと3歳児を置いてまた家出したの? あり得ない・・・・・・こんなの育てられないわよ。無理だ・・・・・・
夫も私もギリギリの生活で心が荒んでいるのに、赤子はうるさく泣きわめくしノイローゼになりそうよ。私はこの2人の子供を連れて実家に足を踏み入れた。
ꕤ୭*
「柊! あ?・・・・・・あれ? なんだ、真理子さんですか。お久しぶりですね。なんのご用件でしょうか?」
礼子の家に行って呼び鈴を鳴らすと、お腹を大きくした紬が勢いよく中から出てきた。
「あんた? 実の母に向かってなんなの? その口の利き方は? 礼子にお線香をあげさせてもらえないかしら?」
「お断りします。貴女は私達とはなんの関係もない人ですから」
ツンと澄ましたその顔は憎らしくて思わず手をあげようとすると、逞しい男の腕ががしっと私の腕を掴んだ。
「僕の妻になんの用ですか?」
「柊、お帰りぃーー」
紬がにっこりと笑いかけ甘えた声をだした。そうか、これが紬の夫か。夫婦仲も良さそうでまさに絵に描いたような新婚カップルだ。
ーーなんで、そんなにあんた達だけ幸せになっているのよ? 雑誌でそう言えば読んだ気がする。佐々木紬は学生結婚をして相手は医者の卵だとかって。有名画家に医者のカップルってわけね? なんて素晴らしくて、そして忌々しいのだろう! 私の幸せを全て奪ったかのように完璧な生活を手にしている紬が憎い!
「お線香をあげに来ただけでしょう! なんなのよぉーー!! そうだ。紬! 形見分けをちょうだいよ。礼子の絵でもあんたの描いた絵でもいいからさ。一枚ぐらいいいじゃない 私はあんたのお母さんなのよ!」
「あがられませんよ。ごめんなさい。真理子さんはもう私のお母さんじゃないです。もう会いたくはないし・・・・・・」
「なんでそんな冷たいことを言うのよ! 親不孝ものぉーー!」
私はその瞬間、びしっと頬を叩かれた。見ると母が泣きながら隣にたたずんでいた。
「お前こそ親不孝者だろう! おまけに子不孝者さね。今更のこのこやって来てこんなタイミングで形見分けだなんだと絵を欲しがるなんて・・・・・・なんて情けない子だい!」
「だって…・・・どうしていいかわからないのよぉーー。夫はいい歳して契約社員だし、私だってパートでおまけにこんな子供を結月に押しつけられるし・・・・・・いっそ死んじゃいたいんだものぉーー」
私はそこにへたりこんで子供のように泣き出していた。
「お母さんは生きていたくても生きられなかったのに、貴女はなんて我が儘で勝手なんですか? みずから死にたいだなんて冗談でも言わないでください!」
紬は私に向かって、声を荒げて涙を流したのだった。
『画家のレイコ・ササキ逝く』そんな言葉が新聞にもでかでかと載ると、あの生意気な妹が死んだことが実感できた。
「お前の妹、死んだな。形見分けとかに絵の一枚もくれないかなぁ。お前、様子を見て来いよ」
夫の康隆は会社をリストラされてから再就職がなかなかうまくいかず、契約社員で不安定なまま働いていた。私も同じで思ったような会社からは採用されずに、小さな町工場のパートの仕事を黙々とする日々だった。
ーーなんでわたしのようなエリートが、こんなところでパソコンの部品の組み立てなんかしなきゃならないのよ?
周りは高卒ばかりで私のように名前のあるそこそこの大学を出た者などいない。無能なやつらに囲まれて働くなんて屈辱だった。人生は不条理の連続だ。
出来損ないだと思って捨てた紬は、今では天才有名画家として注目の的だ。妹の礼子はただの取り柄のない子で、実家の牧場で汗水流しているのだろうと、バカにしていたら有名な画家で大金持ちだった。
そんなこと、わかっていたらもっと仲良くしたのに。紬だってお祖母ちゃんの家に捨ててきたりはしなかったのに・・・・・・そう思うとひどく空虚で投げやりな気持ちになった。
おまけに紬よりかわいがっていた結月は、高校の時に家出して以来どこにいるのかわからないままだったが、ひと月ほど前に子供を二人も連れてひよっこり帰ってきた。
そして、子供を置き去りにしたままどこかに行きもう10日も姿を見せない。まさか、この赤ちゃんと3歳児を置いてまた家出したの? あり得ない・・・・・・こんなの育てられないわよ。無理だ・・・・・・
夫も私もギリギリの生活で心が荒んでいるのに、赤子はうるさく泣きわめくしノイローゼになりそうよ。私はこの2人の子供を連れて実家に足を踏み入れた。
ꕤ୭*
「柊! あ?・・・・・・あれ? なんだ、真理子さんですか。お久しぶりですね。なんのご用件でしょうか?」
礼子の家に行って呼び鈴を鳴らすと、お腹を大きくした紬が勢いよく中から出てきた。
「あんた? 実の母に向かってなんなの? その口の利き方は? 礼子にお線香をあげさせてもらえないかしら?」
「お断りします。貴女は私達とはなんの関係もない人ですから」
ツンと澄ましたその顔は憎らしくて思わず手をあげようとすると、逞しい男の腕ががしっと私の腕を掴んだ。
「僕の妻になんの用ですか?」
「柊、お帰りぃーー」
紬がにっこりと笑いかけ甘えた声をだした。そうか、これが紬の夫か。夫婦仲も良さそうでまさに絵に描いたような新婚カップルだ。
ーーなんで、そんなにあんた達だけ幸せになっているのよ? 雑誌でそう言えば読んだ気がする。佐々木紬は学生結婚をして相手は医者の卵だとかって。有名画家に医者のカップルってわけね? なんて素晴らしくて、そして忌々しいのだろう! 私の幸せを全て奪ったかのように完璧な生活を手にしている紬が憎い!
「お線香をあげに来ただけでしょう! なんなのよぉーー!! そうだ。紬! 形見分けをちょうだいよ。礼子の絵でもあんたの描いた絵でもいいからさ。一枚ぐらいいいじゃない 私はあんたのお母さんなのよ!」
「あがられませんよ。ごめんなさい。真理子さんはもう私のお母さんじゃないです。もう会いたくはないし・・・・・・」
「なんでそんな冷たいことを言うのよ! 親不孝ものぉーー!」
私はその瞬間、びしっと頬を叩かれた。見ると母が泣きながら隣にたたずんでいた。
「お前こそ親不孝者だろう! おまけに子不孝者さね。今更のこのこやって来てこんなタイミングで形見分けだなんだと絵を欲しがるなんて・・・・・・なんて情けない子だい!」
「だって…・・・どうしていいかわからないのよぉーー。夫はいい歳して契約社員だし、私だってパートでおまけにこんな子供を結月に押しつけられるし・・・・・・いっそ死んじゃいたいんだものぉーー」
私はそこにへたりこんで子供のように泣き出していた。
「お母さんは生きていたくても生きられなかったのに、貴女はなんて我が儘で勝手なんですか? みずから死にたいだなんて冗談でも言わないでください!」
紬は私に向かって、声を荒げて涙を流したのだった。
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