(完)婚約破棄ですか? なぜ関係のない貴女がそれを言うのですか? それからそこの貴方は私の婚約者ではありません。

青空一夏

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7 アシュリー・バラノ侯爵side

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アシュリー・バラノ侯爵視点

(病院に行く前にリッチモンド家に寄った方がいいな。ルーカスの非礼をお詫びしなければなるまい)

急いで翌朝の訪問を手紙にしたため使いをリッチモンド家に送った。
グレイスには我が家で育てた朝摘みの薔薇を持参する。私はこんな風貌だが薔薇が好きで自分で育てており、特に白い薔薇がお気に入りだった。

白薔薇の花言葉はいろいろあるが”永遠の愛”の他にも”平和と愛”の意味があるのだ。私は騎士団員を統括する仕事に就いているが、本来ならば争いごとなど起きず私の出る幕がない方がよほど良いのだ。そんな意味もあって屋敷では白薔薇を育てこの国がいつまでも平和でいられることを願っていた。

しかしリッチモンド家に着くとその庭園には一面に薔薇が咲き誇っていた。前回の訪問では緊張のあまり周りの景色を楽しむ余裕がなかったが、リッチモンド家の庭園は私が持参した白薔薇が見劣りするほどの大輪の色とりどりの薔薇で溢れていたのである。

(こんなにも無粋な私ではグレイス嬢に呆れられてしまうなぁ。もっと違う花も持ってくるべきだった)

心の中で項垂れながらも婚約者の家を訪ねる私は、少年のように不安な気持ちでいっぱいだった。グレイスの反応が気になって仕方がないのだった。しかしそれは杞憂に終わった。

「アシュリー・バラノ侯爵様、いらっしゃいませ! あ、もしかしたらその素敵な薔薇を私にですか?」


「あ、うん。そうなんだが、こんなつまらない物で申し訳ない。リッチモンド家にはもっと大輪の立派な薔薇がたくさん咲いているのにね。気が利かなくて恥ずかしいよ」
年甲斐もなく顔が紅潮するのがわかる。

「いいえ、とっても清らかな美しい白薔薇ですわ。すっごく嬉しいです! なんといってもアシュリー・バラノ侯爵様がくださったものですもの」
まるでこの世で一番価値のある物をもらったかのようにはしゃぐグレイス嬢に私は見惚れてしまう。

(こんなに綺麗で優しい女性が私みたいな粗野な男の妻になるなんて申し訳なさ過ぎる・・・・・・)

戦いの場において私は怖いものなどひとつもなく自信に溢れている。だが、恋愛についてはからっきし自信がないのだ。特にこんな華奢な美しい女性相手には緊張して今も手が震えていた。

サロンにはリッチモンド夫妻とグレイス嬢の兄アルバートもいて私を大歓迎してくれる。
「実はですね。先日、こちらに押しかけたルーカスは私の甥でして失踪した兄がメイドに産ませた子供なのですよ。バラノ侯爵家の籍にはない庶子なのですがメイドも病で亡くなり幼子を放り出すわけにもいかず、私がバラノ侯爵家で育てていたのです」

「それは大変でしたなぁ。どうやらあの若者は病気と思いますぞ。あの年齢であの行動はまともとは思えません。なにしろいきなりサロンに怒鳴り込んできて、私の可愛い愛娘グレイスに婚約者でもないのに婚約破棄を宣言したのですからな」
グレイスの父親グレイソン・リッチモンドは怒っていると言うよりはルーカスを憐れんでいるようである。

「つっ、申し訳ありません。私が教育を間違えたようです。脳の障害という可能性も否定はできませんが・・・・・・私が厳しくしつけようとしたのが裏目にでたのか、ルーカスに出生の経緯を教えず守りすぎてしまったせいかどちらのせいかもわかりません・・・・・・面目ない・・・・・・」
穴があったら入りたい、とはこのことだ。身内の恥を晒してしまいなんとも居心地が悪かった。

「そんなにお悩みになることはありませんわ。アシュリー・バラノ侯爵様は少しも悪くありません。教育がダメだったとお思いなら教育をし直せばよろしいですわ。私も協力します! 最初の共同作業が甥である若者の更生だなんて素晴らしいことです。私、精一杯あの子の母親の代わりになれるよう頑張ります」
天使のような微笑みに私は感動した。

「感謝する。しかしグレイス嬢は本当に私で良いのだろうか? かなり年上だし見ての通りこんな風貌なんだが・・・・・・」

「はははは。それはグレイスを見て頂ければわかりますよ。私は娘の好みの男性はしっかり把握しているつもりですから。それにアシュリー・バラノ侯爵様のお人柄は娘の夫として申し分ないです。どうかご心配なさらず」
大商人グレイソン・リッチモンドは私の目をしっかりと見つめながら断言したのだった。



☆彡★彡☆彡




そうして私はグレイスを病院に向かう馬車の中でチラチラと観察する。
「どうしましたか? 私の顔になにかついていますか?」
「いや、その・・・・・・私と婚約して嫌ではないかと思ってね。こんなむさ苦しい男じゃぁグレイスには不釣り合いかなと・・・・・・」
「まさか! アシュリー・バラノ侯爵様は素敵ですわよ!」
きっぱりと断言する様子は父親譲りのようである。



病院内では私の厳つい風貌に女性の看護師達はたじろぎ、すれ違うたびに「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
2メートルはある大きな筋肉の塊の私は女性にこのような反応をされるのが普通だったが、グレイス嬢はにこにことしてその看護師達にこう言った。
「あら、素敵すぎて声が漏れてしまいましたのね? この方はアシュリー・バラノ侯爵様で騎士団長様なのですよ。とても勇敢で強く逞しくこの国が平和でいるのもアシュリー・バラノ侯爵様のお陰なのですよ」
柔らかな微笑みと共に諭すように周りの看護師達に説明をすると一変して安堵と尊敬の空気が広がった。

「うふ、アシュリー・バラノ侯爵様は人気者ですわね! このような英雄様が婚約者で私はとても光栄ですわ。それに惚れ惚れする筋肉って大事♪ うん、うん。とっても大事なのですわ♪」
ふわりと心が温まるような言葉を紡いでくれるこの愛らしい女性と幸せな気分で特別室へと向かっているとルーカスのとんでもない暴言が聞こえてきたのだった。

「リッチモンド家のあの高慢な平民娘を呼んで来いよ! 俺がお情けで結婚してやるって伝えたいのだ。婚約破棄はしないでおいてやるってな。さっさと呼んで来いよ。それから俺の叔父はまだ来ないのかよ? バラノ侯爵家の大事な跡取り息子がこんなところに閉じ込められたんだぞ? なんですぐに迎えに来ない? くっそ! あの腹黒叔父めっ、正当な後継者の俺を排除してずっと侯爵でいるつもりかぁ!絶対あいつらに仕返ししてやるぅーー」

私が隣のグレイス嬢を見ると晴れやかに笑っていた。
「あらあら、これは再教育しがいがありますわね? いろいろな病気の可能性の検査が済んだら治療とともに幼児から始めないとね!」

グレイス嬢は特別室に優雅に入っていくと、しっかりとドアを閉めて宣言したのである。
「さぁ、私がルーカス様のお母様になって差し上げますわ! ママンと今日から呼んでくださって構いませんわよ。きっと母親の愛情が欠如していたからこうなったのでしょうね。まずは一緒にしりとり遊びをしてさし上げましょう。それとも積み木がいい? 幼児向け推薦図書の読み聞かせもいいわね」
女神のごとき微笑みが後光がさすように美しく、バックからは赤ちゃん向けの”舐めても安全よい子の積み木”と情操教育にこの一冊をの”よい子の飛び出す絵本”を取り出したのだった。




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