【完結】夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!

青空一夏

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24 レオン視点

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 ※レオン団長視点

 執務室の扉が、勢いよく叩かれた。

「団長、あの……!」

 書類に目を通していた俺は顔を上げた。扉の隙間から覗いた顔は、商店街の店主のひとり。普段は人当たりの柔らかい男が、息を荒げていた。

 どうやら、門番と受付嬢もただならぬ様子に驚き、そのまま通してしまったらしい。普段から団員と顔なじみの店主だった。

「どうした?」

「エルナちゃんが……産気づいたそうで! 女房が今、食堂に向かってます! アルトも一緒で!」
 一瞬、心臓が止まった気がした。頭の中が白くなる。言葉が耳に入ってこない。……いや、入ってきた。ちゃんと理解した。

 エルナが……?

 気がついたときには、椅子を蹴るようにして立ち上がっていた。

「ありがとう。すぐ行く」

 言い終えるが早いか、俺は執務室を飛び出した。上着も剣も忘れたまま、廊下を駆け、階段を二段飛ばしで降り、扉を開けて外へ出る。

 外の空気は、春の匂いを含んでいた。
 だが、今の俺には、そんな季節の移ろいすら感じる余裕はなかった。

 ひたすらに、彼女のもとへ向かって走った。
 エルナが――彼女が、今まさに命をかけている。
 何ができるわけでもない。だが、そばにいたい。ただ、それだけだった。

 ◆◇◆

 扉を開けた瞬間、二階の寝室からうめくような声が漏れてきた。
 苦しそうで、必死に何かに耐えている――間違いなく、エルナの声だった。
 
「エルナ!」
 思わず声を張り上げる。
「大丈夫だ、エルナ! 俺はここにいる。下にいるからな……!」

 階段を上がることはできなかった。自分は夫ではない。入っていい場所ではないのだ。それが、エルナを守ると決めた自分のけじめでもあった。

 食堂の片隅には、アルトが静かに伏せていた。じっと寝そべったまま、階段のほうを見つめている。大きな体は微動だにせず、それでもその背中には、不安を押し殺して待っている気配が滲んでいた。

「お前も、気が気じゃないよな……」

 俺はそっとその頭を撫でた。アルトは俺の手に鼻先をすり寄せて、小さく鼻を鳴らす。

 

 どれくらいの時間が経ったのか、わからない。
 大きな産声が聞こえた。
 それからしばらくして、階段の上から、女将たちが俺に声をかけた。

「団長さん、元気な男の子だよ!」
「こっちに上がってきて、エルナちゃんに声をかけてあげなよ!」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張が、すっとほどけていくのがわかった。
 張りつめていたものが緩み、こみ上げてくるものをこらえるのに、思わず唇を噛んだ。

 涙が、出そうだった。
 俺は頷き、静かに階段を上った。

 

 寝室にはエルナがいた。汗をかいて、顔は真っ赤だ。
 その腕には、小さな命が抱かれている。
 赤ん坊は、力強く、元気な声で泣いていた。

「……ありがとう」

 自然と、そんな言葉が口をついて出た。誰に向けてかもわからなかった。ただ、こみあげてくる想いを、どうにか形にしたかった。

 エルナはぼんやりと俺の顔を見つめた。目元に、涙が光る。

 それを見た瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。

「よく頑張ったな。……本当に」

 だがエルナはもう、限界だったのだろう。瞳がゆっくりと閉じられ、静かな寝息が聞こえはじめた。

 俺はしばらくその寝顔を見つめたあと、そっと立ち上がり、部屋をあとにした。

 

 一階に戻ると、女将たちが談笑しながら後片付けをしていた。

「団長さん、目が……ふふ。赤ちゃん見て、感動しちゃったんでしょ?」
「わかるわぁ。新しい命って、それだけで涙が出るものよね。……ねえ団長さん、そろそろご自分の子供も欲しくなったんじゃないの?」

 笑いながらそう言われて、俺は意を決して言った。

「……俺、エルナにプロポーズするつもりだ。ちゃんと、家族になりたい」

 その言葉に、女将たちは目を見開き、すぐに顔を見合わせて笑った。

「やっと言ったねえ」
「遅いくらいだよ、まったくもう」

 俺は真剣だった。

「……でも、もし断られたら、どうしよう。あいつ、俺のこと……本当は何とも思ってないかもしれないし……」

 女将たちは顔を見合わせて、そろってため息をついた。

「団長さん、あの子がどれだけ嬉しそうに団長さんの話してるか、気づいてないの?」
「まったくもう……そこまで鈍いと、いっそ清々しいねぇ」

 俺は何も言えずに、黙ったまま視線を落とした。

「……プロポーズの言葉、ちゃんと考えよう。ちゃんと……伝えなきゃな」

 本気で悩む俺を、女将たちはまた笑った。

 エルナと、その小さな命と――そしてアルトと、4人で。

 ちゃんと、家族になりたい!



 •───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•

 ※朝は爽やかなレオン団長の物語にしてみました。夜は、お待ちかねの、アレグランと未亡人の話になります。今回もレオン団長の恋を応援したい、と思ってくださった方は💓かエールをお願いします🥺

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