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52 取り戻した日常・破滅への道
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家に戻ると、旦那様はアルトを抱いたまま、二階の居間へと向かっていった。
本来なら、アルトはルカと一緒に留守番しているはずだったのに。
まさか、あの広場まで飛んできてしまうなんて――思いもしなかった。
私は食堂のソファで眠っているルカを見て、思わず微笑んだ。
「お帰りなさい、エルナさん。ルカはずっとお昼寝していたんですが、途中でアルトが窓から飛んでいった時は、さすがに驚きましたよ」
ユリルが笑いながらそう言う。
「ええ、アルトは大活躍だったわ。ユリルにも見せたかったくらいよ。ルカの世話をしてくれて、ありがとう」
私がそう返すと、ユリルは「神律会審より、ルカと遊んでいる方が楽しいから大丈夫です」と明るく笑いながら、帰っていった。
ルカを抱きながら、私も旦那様がいる二階に上がった。ソファにそっと寝かされたアルトの隣に、ルカを優しく横たえる。
それから一刻ほどのあいだ、静かな時間が流れた。
やがて、ふたりは同じタイミングでぱちりと目を開ける。
一緒に目覚めるなんて――どこまで仲良しなのかしら?
思わず笑みがこぼれた私は、アルトのもとへ駆け寄る。
「アルト、今日は本当によく頑張ったわね!」
声をかけると、アルトは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振った。
柔らかな純白の尻尾が左右にふわりと揺れ、透き通るように美しい羽が、微かに虹色を帯びて輝く。
旦那様も微笑みながら、アルトの頭を優しく撫でた。
「お前が適切な罰を与えてくれたおかげで、コルネリオ大神官にもいい薬になったと思う。……まさか、あんな凄い能力があったとはな」
旦那様に褒められたアルトは、嬉しさを隠しきれないようだった。
誇らしげに胸を張る得意げな表情は、どこか子供のようでたまらなく愛おしい。
その場にいなかったルカは、私のそばに寄ってきて、何があったのかと小さく首をかしげる。
旦那様が、ルカにもわかるように、優しく説明してくれた。
「とても悪い人がいたんだ。その人を、アルトが少しだけお仕置きしてあげただけさ。……ほら、前にアルトが部屋の中を寒くしたことがあっただろう? あんな感じで、少し寒い空気にしてあげたんだ」
「わかった! あると、いっぱいがんばったんだね。えらい、えらい!」
ルカが小さな手でアルトの頭をなでると、アルトは嬉しそうに鼻をすり寄せる。
家族みんなの間に、温かい空気が満ちていく。
「これで、ひと安心ね」
アルトは、満足そうにルカの隣りで身を横たえた。
その姿を見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
──もう、コルネリオ大神官に怯えることはない。
家族も、アルトも、私自身も。
守るべきものは、すべて守れたのよ。
【ドネロン伯爵夫人視点】
私の噂は、あっという間に王都中へ広まっていった。
「あのドネロン伯爵夫人、神殿に密告したらしいわよ。グリーンウッド侯爵夫人が、神獣を手なづけている魔女だって……それを利用してコルネリオ大神官が、あんなことを企てたんですって」
「あぁ、そうしたらあの騒動のタネをまいたのは、ドネロン伯爵夫人というわけ?」
「最低ですわね」
昼夜を問わず、そんなささやきが、まるで針のように私の耳を刺してくる。
どこに行っても、視線を感じた。
侮蔑を含んだ笑い声が背後から追いかけてくるたび、心臓が縮こまるようだった。
気づけば、夜会の招待状も、お茶会の誘いも、すっかり途絶えていた。
あれほど賑やかだった交友関係は、まるで潮が引くように、跡形もなく消えた。
「……なぜ、こんなことに……」
私は小さく呟く。
こんなつもりじゃなかったのに……
──続く
本来なら、アルトはルカと一緒に留守番しているはずだったのに。
まさか、あの広場まで飛んできてしまうなんて――思いもしなかった。
私は食堂のソファで眠っているルカを見て、思わず微笑んだ。
「お帰りなさい、エルナさん。ルカはずっとお昼寝していたんですが、途中でアルトが窓から飛んでいった時は、さすがに驚きましたよ」
ユリルが笑いながらそう言う。
「ええ、アルトは大活躍だったわ。ユリルにも見せたかったくらいよ。ルカの世話をしてくれて、ありがとう」
私がそう返すと、ユリルは「神律会審より、ルカと遊んでいる方が楽しいから大丈夫です」と明るく笑いながら、帰っていった。
ルカを抱きながら、私も旦那様がいる二階に上がった。ソファにそっと寝かされたアルトの隣に、ルカを優しく横たえる。
それから一刻ほどのあいだ、静かな時間が流れた。
やがて、ふたりは同じタイミングでぱちりと目を開ける。
一緒に目覚めるなんて――どこまで仲良しなのかしら?
思わず笑みがこぼれた私は、アルトのもとへ駆け寄る。
「アルト、今日は本当によく頑張ったわね!」
声をかけると、アルトは嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振った。
柔らかな純白の尻尾が左右にふわりと揺れ、透き通るように美しい羽が、微かに虹色を帯びて輝く。
旦那様も微笑みながら、アルトの頭を優しく撫でた。
「お前が適切な罰を与えてくれたおかげで、コルネリオ大神官にもいい薬になったと思う。……まさか、あんな凄い能力があったとはな」
旦那様に褒められたアルトは、嬉しさを隠しきれないようだった。
誇らしげに胸を張る得意げな表情は、どこか子供のようでたまらなく愛おしい。
その場にいなかったルカは、私のそばに寄ってきて、何があったのかと小さく首をかしげる。
旦那様が、ルカにもわかるように、優しく説明してくれた。
「とても悪い人がいたんだ。その人を、アルトが少しだけお仕置きしてあげただけさ。……ほら、前にアルトが部屋の中を寒くしたことがあっただろう? あんな感じで、少し寒い空気にしてあげたんだ」
「わかった! あると、いっぱいがんばったんだね。えらい、えらい!」
ルカが小さな手でアルトの頭をなでると、アルトは嬉しそうに鼻をすり寄せる。
家族みんなの間に、温かい空気が満ちていく。
「これで、ひと安心ね」
アルトは、満足そうにルカの隣りで身を横たえた。
その姿を見ているだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
──もう、コルネリオ大神官に怯えることはない。
家族も、アルトも、私自身も。
守るべきものは、すべて守れたのよ。
【ドネロン伯爵夫人視点】
私の噂は、あっという間に王都中へ広まっていった。
「あのドネロン伯爵夫人、神殿に密告したらしいわよ。グリーンウッド侯爵夫人が、神獣を手なづけている魔女だって……それを利用してコルネリオ大神官が、あんなことを企てたんですって」
「あぁ、そうしたらあの騒動のタネをまいたのは、ドネロン伯爵夫人というわけ?」
「最低ですわね」
昼夜を問わず、そんなささやきが、まるで針のように私の耳を刺してくる。
どこに行っても、視線を感じた。
侮蔑を含んだ笑い声が背後から追いかけてくるたび、心臓が縮こまるようだった。
気づけば、夜会の招待状も、お茶会の誘いも、すっかり途絶えていた。
あれほど賑やかだった交友関係は、まるで潮が引くように、跡形もなく消えた。
「……なぜ、こんなことに……」
私は小さく呟く。
こんなつもりじゃなかったのに……
──続く
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