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「テオドーラ。お前はわたしのかわいい娘だ。だから、お父様の為にこのヴァルナル様にとりなしておくれ。なぁ、お前達は婚約者になるのだろう?」
「・・・・・・」
「なんとか言いなさい。テオドーラ!」
「なんとか」
そのひと言だけを言って、じっとわたしを見つめる。
「くっ・・・・・・お前は、父親に向かってそんな口の利き方は許さ・・・・・・」
「オリヤン・アーネル伯爵君。僕の未来の妻に今、怒鳴りつけようとしていたか?」
「い、いいえ・・・・・・滅相もない、なんと言いましょうか。人としての道理を教えようとしただけです」
「人としての道理? 傑作だな。お前のような愚か者とこれ以上可愛い孫を話させてはおけんな。話はこれでお終いだ。さっさと帰りたまえ」
スピノージ侯爵は不愉快だと言わんばかりに顔をしかめた。
それから半年が過ぎ、返済期限がきて・・・・・・わたしは爵位と屋敷を失った。弟のバートがアーネル伯爵を名乗り、当主交代となったのだ。
自分の恥ずかしすぎる失態は誰にも言えなかった。まだ子供の甥に金を借りたうえに、代理人に裏切られて金を持ち逃げされたマヌケ。自分が希代の愚か者と触れ回るようなものだ。
爵位と屋敷の評価額は返済額を下回り、残った借金はわたしを苦しめた。あの魔の利息でわたしの借金は減ることがない。永遠に増え続ける。これは死ぬまで働くことを意味した。一生わたしは金を返済し続けることになったのだ。
ここは借金を抱えた者が働く為の合法的強制労働所だ。住み込みで働くことができるが、環境は劣悪で睡眠時間は短く、出される食事は残飯のようなものだ。
一日中、朝から晩まで手作業をし、手の付け根が痛くなったり指がうまく動かないこともある。それでも働き続けなければならない。身分も財産も失い、甥や娘には侮蔑の眼差しを向けられ(今では会ってもらえることもない)、職場では無能扱いされた。
「オリヤン、いい加減に仕事を覚えろ! その頭は飾りかよ? 脳みそあるのか?」
作業現場の自分よりずっと年下の平民に、このわたしがなじられるなんて・・・・・・
悔しくて堪らない。奥歯をかみしめ屈辱の涙で前が見えない。わたしはすっかり虫けらになったんだ。なんの力ももたない息をしているだけの存在に・・・・・・
ここは、アーネル伯爵家。バートの執務室である。スチュアートは長年バートの元で仕えてきた家令である。
「スチュアート! ありがとう。その金はこちらに貰うよ」
「はい、かしこまりました」
「ふふふ。兄上にはいい薬だよ。この金はマーリンへの慰謝料だし、3人の娘の養育費代わりだ。死ぬまでしっかり働けよ、兄上。マーリンを悲しませた罪は重い」
スチュアートは傍らでクスリと笑った。
「親子で似ていますね。大好きなご婦人を守る為には、とても冷酷だ」
「ヴァルナルには言うな。あの子はとてつもなく賢いけれどまだ子供だ。あまり大人の汚い部分は見せたくない」
「はい、かしこまりました」
スチュアートはまたクスリと笑った。ヴァルナル様はとうに気がついている。いつもは緑の髪と瞳のスリムなわたしが、ブラウンの髪と瞳の丸眼鏡太っちょに変装して金銭消費貸借契約書を交わした際、間違いなくこう言ったのだ。
「スチュアート、いつのまにそんなに太ったんだ?」
ヴァルナル様は愉快そうに笑い声をあげて、わたしをからかったのだから。
おしまい
「・・・・・・」
「なんとか言いなさい。テオドーラ!」
「なんとか」
そのひと言だけを言って、じっとわたしを見つめる。
「くっ・・・・・・お前は、父親に向かってそんな口の利き方は許さ・・・・・・」
「オリヤン・アーネル伯爵君。僕の未来の妻に今、怒鳴りつけようとしていたか?」
「い、いいえ・・・・・・滅相もない、なんと言いましょうか。人としての道理を教えようとしただけです」
「人としての道理? 傑作だな。お前のような愚か者とこれ以上可愛い孫を話させてはおけんな。話はこれでお終いだ。さっさと帰りたまえ」
スピノージ侯爵は不愉快だと言わんばかりに顔をしかめた。
それから半年が過ぎ、返済期限がきて・・・・・・わたしは爵位と屋敷を失った。弟のバートがアーネル伯爵を名乗り、当主交代となったのだ。
自分の恥ずかしすぎる失態は誰にも言えなかった。まだ子供の甥に金を借りたうえに、代理人に裏切られて金を持ち逃げされたマヌケ。自分が希代の愚か者と触れ回るようなものだ。
爵位と屋敷の評価額は返済額を下回り、残った借金はわたしを苦しめた。あの魔の利息でわたしの借金は減ることがない。永遠に増え続ける。これは死ぬまで働くことを意味した。一生わたしは金を返済し続けることになったのだ。
ここは借金を抱えた者が働く為の合法的強制労働所だ。住み込みで働くことができるが、環境は劣悪で睡眠時間は短く、出される食事は残飯のようなものだ。
一日中、朝から晩まで手作業をし、手の付け根が痛くなったり指がうまく動かないこともある。それでも働き続けなければならない。身分も財産も失い、甥や娘には侮蔑の眼差しを向けられ(今では会ってもらえることもない)、職場では無能扱いされた。
「オリヤン、いい加減に仕事を覚えろ! その頭は飾りかよ? 脳みそあるのか?」
作業現場の自分よりずっと年下の平民に、このわたしがなじられるなんて・・・・・・
悔しくて堪らない。奥歯をかみしめ屈辱の涙で前が見えない。わたしはすっかり虫けらになったんだ。なんの力ももたない息をしているだけの存在に・・・・・・
ここは、アーネル伯爵家。バートの執務室である。スチュアートは長年バートの元で仕えてきた家令である。
「スチュアート! ありがとう。その金はこちらに貰うよ」
「はい、かしこまりました」
「ふふふ。兄上にはいい薬だよ。この金はマーリンへの慰謝料だし、3人の娘の養育費代わりだ。死ぬまでしっかり働けよ、兄上。マーリンを悲しませた罪は重い」
スチュアートは傍らでクスリと笑った。
「親子で似ていますね。大好きなご婦人を守る為には、とても冷酷だ」
「ヴァルナルには言うな。あの子はとてつもなく賢いけれどまだ子供だ。あまり大人の汚い部分は見せたくない」
「はい、かしこまりました」
スチュアートはまたクスリと笑った。ヴァルナル様はとうに気がついている。いつもは緑の髪と瞳のスリムなわたしが、ブラウンの髪と瞳の丸眼鏡太っちょに変装して金銭消費貸借契約書を交わした際、間違いなくこう言ったのだ。
「スチュアート、いつのまにそんなに太ったんだ?」
ヴァルナル様は愉快そうに笑い声をあげて、わたしをからかったのだから。
おしまい
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