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おまけ 最終話
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「元気かね? もっとセンノフォーズ公爵家に顔を出しなさい。妻も娘もフランソワーズのことを心待ちにしている」
「私のような身分の者があまり頻繁にお邪魔しては迷惑になりますから」
「お姉様!」
抱きついてきた腹違いの妹は、お父様の正妻の娘だ。
高級娼婦だった母は私を産んですぐにお父様から身を引き、”パピヨン”を作りそのオーナーになった。母の身分では公爵夫人に収まることはできない。そのまま愛妾でいることを拒んだ母の見事な決断だった。母に去られて独身を貫こうとした王弟のお父様だったが、やがてパベイル子爵家の次女テレザ様と恋仲になった。
子爵令嬢と王弟の恋は王族や貴族達からは全く歓迎されなかった。その頃には夜の社交界を支配する女帝となっていた母は、全面的にお父様とテレザ様の結婚を応援し、それは国王陛下の決断も覆したという。その為にテレザ様は母に感謝し、母はテレザ様の相談にはなんでも乗った経緯がある。お母様は処世術に長けていると思う。だから私はこうして腹違いの妹マルガレータ様からも慕われ、センノフォーズ公爵夫人も私を歓迎するのだ。
「フランソワーズ様、よくいらっしゃったわね? 今日は泊まっていきなさいよ。ところであなたの行方不明だった旦那様がやっと見つかって良かったわね?」
とセンノフォーズ公爵夫人。
「えぇ、なにがあったのか・・・・・・すっかり女性恐怖症になってしまって困っていますの。離婚はしたんですが、あの人はすっかり人間嫌いですわ」
「まぁ、ふふふ。人間が嫌いなら動物園の飼育員になったらいいのではないかしら? センノフォーズ公爵領の動物園に推薦状を書いてさしあげますわ。動物に癒やされるってことはありますものね」
センノフォーズ公爵夫人は、笑ってそうおっしゃった。
「私もチョコとマリーに毎日癒やされていますから、おっしゃる通りですわ」
「ところでフランソワーズ様に紹介したい人がいるのよ。私はあなたのお母様のお陰でセンノフォーズ公爵夫人になれたのよ。だから、娘のフランソワーズ様に恩返ししないとね」
「滅相もありません。母はテレザ様の素晴らしさをいつも口にしておりましたよ。こうしてセンノフォーズ公爵夫人になられたのはテレザ様の実力です」
「いいえ、パベイル子爵令嬢だった私が王弟と結婚するには、他公爵家の賛同と国王陛下の承認が必要だったわ。それを可能にしてくれたのはあなたのお母様なのよ。フランソワーズ様にも、これからマルガレータの力になってほしいの。このセンノフォーズ公爵家は一人娘のこの子が継ぐでしょう? 社交界は腹黒い女性がたくさんいるし、邪な男がこの子を狙って食い物にするかも。フランソワーズ様に守ってあげてほしいの。夜の世界を支配するあなたの影響力は絶大ですもの」
「買いかぶりすぎですよ。私は娼婦の娘でしかありません。身の程をわきまえていなければ、この世界では生きていけません」
「わきまえすぎも、かえって慇懃無礼になりますよ。誰もあなたを蔑む人なんていませんよ」
「そうよ。お姉様を馬鹿にする人がいたら私がただじゃおかないから」
無邪気に抱きついてくるマルガレータ様がとても愛おしい。頼まれなくてもこの子は私が守っていくわ。母の賢い生き方が私に敵をつくらず、味方ばかりを作ってくれたことにも感謝したい。
紹介された男性はテレザ様の実家を継いだ弟の次男ローデリヒ様だ。パベイル子爵の次男ということになる。
「お医者様なのですね? 大変なお仕事ですよね」
「えぇ、でも患者さんは皆可愛いですからね」
(え? これも女たらしのクズなの?)
顔をしかめる私に公爵夫人が朗らかに笑った。
「ローデリヒの患者は人間じゃないのよ。主に魚の病気を治すお医者様だわ。王立水族館勤務なの。熱帯魚や深海魚、イルカやペンギンなどの病気を治すのが仕事よ」
「あぁ、確かに可愛いですわね。熱帯魚ね、とても素敵だわ。うちの店にも大きな水槽で熱帯魚を泳がせたらいいかも」
「あら、それは素敵ね。ローデリヒ、是非フランソワーズ様を手伝ってあげなさい」
「はい、テレゼ叔母様。魚のことなら任せてください」
ローデリヒ様は娼館の大玄関と廊下に水槽を配置し、色とりどりの熱帯魚を入れてくれた。
「水温管理が大変なんです。私が定期的にこちらに来てメンテナンスをしますので安心してください。餌のあげ方も説明しますから」
「ご親切にありがとうございます」
私の最上階の住まいと別荘にも熱帯魚が運び込まれて、しまいにはペンギンまで娼館の廊下をヨチヨチと歩く。
”パピヨン”はますます癒やしの場所として繁盛した。貴族の男性達のなかには優雅に泳ぐ熱帯魚を眺めながら、高級娼婦との会話を楽しむだけで帰っていくお客様も増えた。
「ここに来ると現実の煩わしさを忘れられるからね」
そんな言葉を言って帰る男達、生きるって男も女も大変なのよね。だからこのような場所も必要悪なんだ。
ローデリヒにプロポーズされたのは、それから1年後だ。
「私の半分は娼婦の血が流れているんですよ?」
「大丈夫。わたしの血が入れば子供は娼婦の子だなんて言わせないよ。それに、娼婦だから卑しいとは思わない。娼婦でも人に恥じない生き方をしてきた人間は美しいし、貴族でも薄汚い犯罪まみれの人間は醜い。血筋より生き方だと思う」
「私、すっごくお洒落で妖艶な女って思われているけど、オフの日はゆったりしたワンピースが好きなの。化粧はあんまりしないし、髪もお団子にまとめて犬達ところげまわるのが好きです。お洒落も大好きだけれど、そうじゃない私はすごく野暮ったいらしいわ。買い物袋から野菜を覗かせて夫と商店街を歩くのが夢なのよ」
「いいじゃないか。最高だよ。だってマダムパピヨンの素顔を見られるのはわたしだけでしょう? いつものその妖艶な姿も好きだけれど、すっぴんでパジャマ姿のほうがずっと愛らしいと思う。なにを着ようがフランソワーズはフランソワーズでしょう? 野菜を覗かせて商店街だって歩くし、なんなら老後は自分達で野菜を趣味で育ててもいいよね? 自然のなかでゆったりと暮らすのも楽しそうだ」
あぁ、最高よね? 私、きっと幸せになれると思う。
おしまい
おまけのおまけ
(元夫視点)
動物園に勤めて5年で漸くこの仕事に慣れて、ライオンや豹に餌をやり小屋を掃除する毎日が続く。豹やライオンに囲まれる方が女に囲まれるよりずっと安全だ。だって、ここには鉄柵があり、あいつらは襲ってこられないからね。
女は恐ろしいよ。ここに勤められて本当にラッキーだと思う。見物客に女がいるとそれが子供でもびくっとする。
「おじちゃん、ハンカチ落ちたよ」
女児に声をかけられ、思わずひゃっと声が出た。
「こ、こわいよぉーー」
ハンカチを涙目になりなりながら受け取り、一目散に走って逃げた。
「へんなおじちゃん」
(なんと言われても構わないよ。女なんてもう懲り懲りだ。だって、殺されかけたんだぞ?)
おしまい
「私のような身分の者があまり頻繁にお邪魔しては迷惑になりますから」
「お姉様!」
抱きついてきた腹違いの妹は、お父様の正妻の娘だ。
高級娼婦だった母は私を産んですぐにお父様から身を引き、”パピヨン”を作りそのオーナーになった。母の身分では公爵夫人に収まることはできない。そのまま愛妾でいることを拒んだ母の見事な決断だった。母に去られて独身を貫こうとした王弟のお父様だったが、やがてパベイル子爵家の次女テレザ様と恋仲になった。
子爵令嬢と王弟の恋は王族や貴族達からは全く歓迎されなかった。その頃には夜の社交界を支配する女帝となっていた母は、全面的にお父様とテレザ様の結婚を応援し、それは国王陛下の決断も覆したという。その為にテレザ様は母に感謝し、母はテレザ様の相談にはなんでも乗った経緯がある。お母様は処世術に長けていると思う。だから私はこうして腹違いの妹マルガレータ様からも慕われ、センノフォーズ公爵夫人も私を歓迎するのだ。
「フランソワーズ様、よくいらっしゃったわね? 今日は泊まっていきなさいよ。ところであなたの行方不明だった旦那様がやっと見つかって良かったわね?」
とセンノフォーズ公爵夫人。
「えぇ、なにがあったのか・・・・・・すっかり女性恐怖症になってしまって困っていますの。離婚はしたんですが、あの人はすっかり人間嫌いですわ」
「まぁ、ふふふ。人間が嫌いなら動物園の飼育員になったらいいのではないかしら? センノフォーズ公爵領の動物園に推薦状を書いてさしあげますわ。動物に癒やされるってことはありますものね」
センノフォーズ公爵夫人は、笑ってそうおっしゃった。
「私もチョコとマリーに毎日癒やされていますから、おっしゃる通りですわ」
「ところでフランソワーズ様に紹介したい人がいるのよ。私はあなたのお母様のお陰でセンノフォーズ公爵夫人になれたのよ。だから、娘のフランソワーズ様に恩返ししないとね」
「滅相もありません。母はテレザ様の素晴らしさをいつも口にしておりましたよ。こうしてセンノフォーズ公爵夫人になられたのはテレザ様の実力です」
「いいえ、パベイル子爵令嬢だった私が王弟と結婚するには、他公爵家の賛同と国王陛下の承認が必要だったわ。それを可能にしてくれたのはあなたのお母様なのよ。フランソワーズ様にも、これからマルガレータの力になってほしいの。このセンノフォーズ公爵家は一人娘のこの子が継ぐでしょう? 社交界は腹黒い女性がたくさんいるし、邪な男がこの子を狙って食い物にするかも。フランソワーズ様に守ってあげてほしいの。夜の世界を支配するあなたの影響力は絶大ですもの」
「買いかぶりすぎですよ。私は娼婦の娘でしかありません。身の程をわきまえていなければ、この世界では生きていけません」
「わきまえすぎも、かえって慇懃無礼になりますよ。誰もあなたを蔑む人なんていませんよ」
「そうよ。お姉様を馬鹿にする人がいたら私がただじゃおかないから」
無邪気に抱きついてくるマルガレータ様がとても愛おしい。頼まれなくてもこの子は私が守っていくわ。母の賢い生き方が私に敵をつくらず、味方ばかりを作ってくれたことにも感謝したい。
紹介された男性はテレザ様の実家を継いだ弟の次男ローデリヒ様だ。パベイル子爵の次男ということになる。
「お医者様なのですね? 大変なお仕事ですよね」
「えぇ、でも患者さんは皆可愛いですからね」
(え? これも女たらしのクズなの?)
顔をしかめる私に公爵夫人が朗らかに笑った。
「ローデリヒの患者は人間じゃないのよ。主に魚の病気を治すお医者様だわ。王立水族館勤務なの。熱帯魚や深海魚、イルカやペンギンなどの病気を治すのが仕事よ」
「あぁ、確かに可愛いですわね。熱帯魚ね、とても素敵だわ。うちの店にも大きな水槽で熱帯魚を泳がせたらいいかも」
「あら、それは素敵ね。ローデリヒ、是非フランソワーズ様を手伝ってあげなさい」
「はい、テレゼ叔母様。魚のことなら任せてください」
ローデリヒ様は娼館の大玄関と廊下に水槽を配置し、色とりどりの熱帯魚を入れてくれた。
「水温管理が大変なんです。私が定期的にこちらに来てメンテナンスをしますので安心してください。餌のあげ方も説明しますから」
「ご親切にありがとうございます」
私の最上階の住まいと別荘にも熱帯魚が運び込まれて、しまいにはペンギンまで娼館の廊下をヨチヨチと歩く。
”パピヨン”はますます癒やしの場所として繁盛した。貴族の男性達のなかには優雅に泳ぐ熱帯魚を眺めながら、高級娼婦との会話を楽しむだけで帰っていくお客様も増えた。
「ここに来ると現実の煩わしさを忘れられるからね」
そんな言葉を言って帰る男達、生きるって男も女も大変なのよね。だからこのような場所も必要悪なんだ。
ローデリヒにプロポーズされたのは、それから1年後だ。
「私の半分は娼婦の血が流れているんですよ?」
「大丈夫。わたしの血が入れば子供は娼婦の子だなんて言わせないよ。それに、娼婦だから卑しいとは思わない。娼婦でも人に恥じない生き方をしてきた人間は美しいし、貴族でも薄汚い犯罪まみれの人間は醜い。血筋より生き方だと思う」
「私、すっごくお洒落で妖艶な女って思われているけど、オフの日はゆったりしたワンピースが好きなの。化粧はあんまりしないし、髪もお団子にまとめて犬達ところげまわるのが好きです。お洒落も大好きだけれど、そうじゃない私はすごく野暮ったいらしいわ。買い物袋から野菜を覗かせて夫と商店街を歩くのが夢なのよ」
「いいじゃないか。最高だよ。だってマダムパピヨンの素顔を見られるのはわたしだけでしょう? いつものその妖艶な姿も好きだけれど、すっぴんでパジャマ姿のほうがずっと愛らしいと思う。なにを着ようがフランソワーズはフランソワーズでしょう? 野菜を覗かせて商店街だって歩くし、なんなら老後は自分達で野菜を趣味で育ててもいいよね? 自然のなかでゆったりと暮らすのも楽しそうだ」
あぁ、最高よね? 私、きっと幸せになれると思う。
おしまい
おまけのおまけ
(元夫視点)
動物園に勤めて5年で漸くこの仕事に慣れて、ライオンや豹に餌をやり小屋を掃除する毎日が続く。豹やライオンに囲まれる方が女に囲まれるよりずっと安全だ。だって、ここには鉄柵があり、あいつらは襲ってこられないからね。
女は恐ろしいよ。ここに勤められて本当にラッキーだと思う。見物客に女がいるとそれが子供でもびくっとする。
「おじちゃん、ハンカチ落ちたよ」
女児に声をかけられ、思わずひゃっと声が出た。
「こ、こわいよぉーー」
ハンカチを涙目になりなりながら受け取り、一目散に走って逃げた。
「へんなおじちゃん」
(なんと言われても構わないよ。女なんてもう懲り懲りだ。だって、殺されかけたんだぞ?)
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ヾ(〃^∇^)ノわぁい♪ ありがとうございます🤗
nico様も
お身体ご自愛くださいませぇーー
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(,,・ω・)(・ω・,,)
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|l ̄l||じじ|i| ̄じじ ̄|i
暑中お見舞い申し上げます🎐𓂃𓋪◌
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感想ありがとうございます🌈🌷