婚約者の心の声を聴きたくない【改稿版】

ゆい

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あれは、何回目かのお茶会の時だったのだろう。

2歳下の弟のエミールが、私の代わりにフェリックス様のお相手をしてくれた。
家の所用で外出をしてしまい、お茶会の時間までに帰宅できなかったのだ。
実際は、エミールが父に頼まれたことなんだが、エミールが嫌がり、急遽私がお使いに行くことになってしまった。

急いで戻ってきて、お茶会をしているだろう中庭の庭園に行けば、エミールとフェリックス様が笑い合って話をしていた。
『ああ、この人って普通に話せるし、普通に笑えるんだな』なんて、私は思った。

テーブルに行き、フェリックス様には謝罪を、エミールには礼を言う。
エミールは、私が戻ってきたので、席を離れて……くれなかった。
私が戻ってきても、エミールは引き続き話をして、時々フェリックス様を笑わせていた。
私は完全に蚊帳の外で、一人のんびりとお茶を飲みながら、頭の中で時計を組み立てていた。


フェリックス様が帰られた後、エミールが、

「ノイリスの婚約者、カッコいいよね。それに、話し上手だし」

と、私に言った。
カッコいいけど、話し上手とは?と、私の頭の中は疑問だらけになった。
普段のお茶会では、彼からの言葉は二言、三言しか聞いたことがなかった。
それに、学園では有名なフェリックス様のお相手ができたから、明日あたり、学園で自慢するのだろう。

エミールは私と違い、流行に敏感だから。
それに、私と違い、母似の可愛らしい顔立ちをしていて、誰にも社交的で、誰にも好かれてるから。



それからほどなくして、子爵家で行われる婚約者の交流のお茶会に、エミールも参加するようになった。

フェリックス様とエミール2人で仲良く会話しているのを、ずっとその会話を聞き続けるだけの無益なお茶会が、毎月開催されるようになった。
父はエミールを咎めたが、母はそんな父を宥めた。
祖父似の私は、あまり母に好かれていない。
父似の兄も、おざなり程度な扱いだった。
母は自分に似て可愛いエミールを可愛がっていた。
兄も私も、そんな母に期待することはなかった。
私は王宮勤めとして家を出てからは、母とは全く会わなくなった。
兄は、家を出た私を『羨ましい』と言っていた。母とエミールの言動にほとほと疲れている様子だった。

指輪を見ながら、そんな昔のことを思い返していた。

結局、私が家を出て寮に入るまでの毎月のお茶会で、私が自らフェリックス様に話したことは、エミールの20分の1くらい、いや、50分の1にも満たないだろう。

私が家を出たため、家でのお茶会はなくなったが、婚約者としての交流は、月に1度、街の喫茶店で会っている。
しかし、この時も全く会話らしい会話がない。
お互いの仕事の話だったりとか、遠征の話や、昇進の話や……ほぼ、というか全部、仕事の話だな。
婚約者でなく、上司と部下かな?決して同僚とは言えないよな。だっていつも敬語だし、軽口を言う仲にもなっていないから。




20歳前に一度だけ、フェリックス様が仕事以外の、友人の話をされていた時があった。
エミールとの会話の中で、時折聞く名前だったので覚えていた。
私がエミールのように受け答えができず、フェリックス様も欲しい回答でなかったのか、何か気まずさだけが残った会話になってしまった。
私は珍しく、居たたまれない気持ちになってしまった。

気持ちを落ち着かせようと、いつも持ち歩いている祖父の懐中時計を、ポケットから取り出して眺める。
分針も秒針も動いていないけど、精緻なデザインの蓋を見る。
何度見ても美しいと感じ、自然に気持ちも落ち着いてくる。

懐中時計を眺めていると、フェリックス様が、

「もう時間か?」

と聞かれたので、私は店内の柱時計を見る。フェリックス様にお会いして、さほど時間は経っていなかった。

「…いえ、まだ大丈夫です」

と、私は答える。

「…何故、店内の時計を見る?それでは、懐中時計の意味をなさないだろう」

「これは動いていませんので」

と、訝しむフェリックス様。なので、私は動いていないことを確かめてもらおうと、懐中時計をフェリックス様に渡す。
受け取ったフェリックス様は、まじまじと時計を見る。

「確かに動いていないな。新しいものを買おう。これは捨てたほうがいい」

「捨てないでください!!」

私が声を荒げて、フェリックス様の手の中にある懐中時計を取り戻す。
店内にいた客は何事かと、こちらを見る。
私は今まで、フェリックス様の前で大声を出したことも、素早い動きをしたことはなかったので、フェリックス様は随分驚いた顔をしていた。

「祖父の形見の品なんです。……すみません、今日は失礼します」

私はポケットに入っている硬貨を何枚かテーブルに置き、席を立ち、店を出た。
フェリックス様の『待て』との言葉を無視して、早々に寮へ戻った。

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