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9.ローデンサイド
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伯爵家の執事であるローデンは、はるか昔から伯爵家の執事として伯爵家に仕えてきた。
その盲目的ともいえる姿に疑問を持つ事もなく、ローデンもまたいづれこの家を統括するべく学んでいた。
契機が訪れたのは、伯爵家の次期跡継ぎたるヘンリーが産まれた時だ。
その時ローデンは三十になっていた。
自身も結婚し、子供ももうけてはいたが、特別可愛いとは思えていなかった。
自分の子供は、この伯爵家のためだけに産ませた子供。
ただの道具。
その命すら伯爵家のために捧げるために、洗脳に近い教育を施し、伯爵家を守るための存在。
それだけだ。
教えたことをきちんとできるのは当たり前。
できなければ叱るだけ。
叱られて泣く姿はうっとおしい。
そんな時は妻を詰った。
だが、次期跡取りであるヘンリーに対しては全く違った。
まるで、その存在こそが至高であるとまで崇拝した。
そして、教育係に任命された時から、ローデンのすべてはヘンリー一色になった。
可愛らしい赤ん坊時代、やんちゃな幼児時代、いたずら好きな少年時代。
まるで親のように、むしろ親以上の愛情を注いだ。
その結果、ヘンリーからの信頼は絶大なものとなった。
――私の力で幸せにしてみせるのだ。
使用人でありながら、ローデンは親のように決意した。
だからこそ許せなかった。
ヘンリーに望まぬ結婚を押し付ける実父である伯爵が。
せっかくヘンリーが愛する人を見つけたと、こっそり打ち明けてくれて、共に喜んだのに、それを絶望に塗り替えた伯爵は、もはや自分の仕える主ではないと判断した。
しかし、ローデンの力ではどうすることも出来ないのもまた事実。そして、この伯爵家の財政状況もよく理解していた。
なにせヘンリーが使う金を用意していたのはローデンだ。
財政管理は、父から引き継いだローデンの仕事。
ヘンリーが自由に遊べる金が必要だ。
貴族の政略結婚に愛は不要。
ヘンリーはすでに愛する人を見つけ幸せそうにしているのだから、金づるとして邸宅で飼ってやればいいと遠回しに言った。
それにはヘンリーが驚いたように目を見開いた。
そして嬉しそうに笑う。
「なんだ、ローデンもマリアと同じような事を言うのだな……本当に私を愛していくれているのはやはり二人だけだ」
どうやら可愛い主はすでにマリアから入れ知恵されていて、それをローデンに話したかったようだ。
正直、ローデンはマリアを認めてはいない。
だが、ヘンリーが愛しているのだからと受け入れる覚悟だ。
だから――……
――後悔などしない……私の主は、敬愛するべき主人はヘンリーさまただ一人。
それを実行するには、伯爵が邪魔だ。
伯爵家の支配者にヘンリーがなり、そして今いる執事である自分の父親を引退させ実質的な支配者にローデン自身がなり、この邸宅を自由にできるようにならなければヘンリーが危険だ。
ヘンリーのためなら自分の手を汚すことだって厭わない。
我が愛する可愛い主人のためならば。
結婚後すぐに伯爵を死に追いやり、ヘンリーに後を継がせた。
そして、金づるはしっかり自分が管理するとヘンリーに約束し、愛する人の元へと送り出す。
新たな伯爵夫人として邸宅を采配したそうな、金づるを上級貴族の夫人としての教育がなっていないと断り、なにかしようものなら、迷惑そうにため息を吐いた。
当然、歓迎されていないことくらいは分かっているのだろう。
次第に身を縮こませて、発言はしないようになっていった。
――卑しい商人上がりの十六の小娘に、上級貴族であるヘンリー様の事をご理解いただきたくはない。虫唾が走る。本当ならば、素晴らしい令嬢をお迎えにできたはずなのに。もしくは愛する方を……
最低限の礼儀で接しながら、侍女やメイドが金づるをイジメ様子を静観した。
悪い事だとは思っていない。
なにせ、ヘンリーの妻の座を金で脅して奪い取ったのだ。
同情する気にはなれない。
そうして三年がたち、やっと金づるが本邸からいなくなった。
はじめから離れで生活させてもよかったが、徹底的に心を折る為には大勢の人と関わらせ、いかに自分が無能で歓迎されていないか肌で感じてもらう必要性があった。
金づるは金づるらしく、金だけ伯爵家のために差し出せばいいのだ。
それしか生きている価値はない。
ローデンは本気でそう思っている。
だからこそ、今回の事は許せなかった。
ヘンリーは怒りに身を任せるのも当然だ。
この金づるの実家は、今後援助しないと言ってきたのだから。
先日先代である子爵が亡くなり、その跡を継いだのは金づるの弟。
かなりの金を援助したのだから、もう援助は打ち切ると。
契約書には、金づるが生きている限り、もしくは金づるの子供が伯爵家を継ぐのならば援助を行うとあった。
それをヘンリーは指摘するが、向こうは契約書に小さく記載されていた契約条項を見せた。
そこには最大で十億ルイズまでとする。
という一文があった。
まるで騙し討ちのような小さな文字。
詐欺だと叫んだところで、契約書はすでに効力を発揮し、裁判所だって取り合ってくれないはずだと馬鹿にされた。
たかが平民上がりの子爵家の分際でヘンリーを馬鹿にするとは、なんと不敬な一族だとローデンは憤慨し、たかが十億ルイズ程度で契約を結んだ前伯爵にローデンは本気で憤った。
死んでもまだ、ヘンリーの足を引っ張る前伯爵に、あんな簡単に始末するのではなかった後悔する。
もっと、ヘンリーを苦しめた分苦しませてやればよかったと。
だが、それ以上に子爵のやり方が気に食わなかった。
そもそも下級貴族である子爵家は、卑怯な手で敬愛するヘンリーの妻の座を買ったのだ。
卑しい身分の女を上級貴族にしてやったのだから、その礼金くらいもっと差し出すべきだ。
――なんと可哀そうなヘンリー様。前伯爵にはひどい仕打ちで裏切られ、下級貴族にはバカにされて……
「ヘンリー様、価値のない女にわからせてやった方がよろしいかと」
そんなマリアの囁きに同意したのは当然のことだった。
「後の事はお任せください」
「ああ、ローデン。お前のことは心から信頼している」
「ありがたきお言葉。このローデン、心から嬉しく思います」
気を失っているであろう金づる――いや、ただのゴミを片付けるのは自分の役目。
――せいぜい稼いでもらおう。ヘンリー様のためにその身をささげる栄誉を与えていやっているだけありがたいと思え。
ローデンは下男に指示を出し、アリーシアを邸宅から運び出した。
―・―・―・―・―・―・―
補足設定
一ルイズ=一円
平民の平均年間給与(中流家庭)
手取り金額で百万ルイズくらい。
大都市部で生活していても、家族四人で暮らせて貯蓄も少しできる程度の金額。
色々書きましたが、要は十億ルイズは相当な大金という認識でいて頂けたらと。
その盲目的ともいえる姿に疑問を持つ事もなく、ローデンもまたいづれこの家を統括するべく学んでいた。
契機が訪れたのは、伯爵家の次期跡継ぎたるヘンリーが産まれた時だ。
その時ローデンは三十になっていた。
自身も結婚し、子供ももうけてはいたが、特別可愛いとは思えていなかった。
自分の子供は、この伯爵家のためだけに産ませた子供。
ただの道具。
その命すら伯爵家のために捧げるために、洗脳に近い教育を施し、伯爵家を守るための存在。
それだけだ。
教えたことをきちんとできるのは当たり前。
できなければ叱るだけ。
叱られて泣く姿はうっとおしい。
そんな時は妻を詰った。
だが、次期跡取りであるヘンリーに対しては全く違った。
まるで、その存在こそが至高であるとまで崇拝した。
そして、教育係に任命された時から、ローデンのすべてはヘンリー一色になった。
可愛らしい赤ん坊時代、やんちゃな幼児時代、いたずら好きな少年時代。
まるで親のように、むしろ親以上の愛情を注いだ。
その結果、ヘンリーからの信頼は絶大なものとなった。
――私の力で幸せにしてみせるのだ。
使用人でありながら、ローデンは親のように決意した。
だからこそ許せなかった。
ヘンリーに望まぬ結婚を押し付ける実父である伯爵が。
せっかくヘンリーが愛する人を見つけたと、こっそり打ち明けてくれて、共に喜んだのに、それを絶望に塗り替えた伯爵は、もはや自分の仕える主ではないと判断した。
しかし、ローデンの力ではどうすることも出来ないのもまた事実。そして、この伯爵家の財政状況もよく理解していた。
なにせヘンリーが使う金を用意していたのはローデンだ。
財政管理は、父から引き継いだローデンの仕事。
ヘンリーが自由に遊べる金が必要だ。
貴族の政略結婚に愛は不要。
ヘンリーはすでに愛する人を見つけ幸せそうにしているのだから、金づるとして邸宅で飼ってやればいいと遠回しに言った。
それにはヘンリーが驚いたように目を見開いた。
そして嬉しそうに笑う。
「なんだ、ローデンもマリアと同じような事を言うのだな……本当に私を愛していくれているのはやはり二人だけだ」
どうやら可愛い主はすでにマリアから入れ知恵されていて、それをローデンに話したかったようだ。
正直、ローデンはマリアを認めてはいない。
だが、ヘンリーが愛しているのだからと受け入れる覚悟だ。
だから――……
――後悔などしない……私の主は、敬愛するべき主人はヘンリーさまただ一人。
それを実行するには、伯爵が邪魔だ。
伯爵家の支配者にヘンリーがなり、そして今いる執事である自分の父親を引退させ実質的な支配者にローデン自身がなり、この邸宅を自由にできるようにならなければヘンリーが危険だ。
ヘンリーのためなら自分の手を汚すことだって厭わない。
我が愛する可愛い主人のためならば。
結婚後すぐに伯爵を死に追いやり、ヘンリーに後を継がせた。
そして、金づるはしっかり自分が管理するとヘンリーに約束し、愛する人の元へと送り出す。
新たな伯爵夫人として邸宅を采配したそうな、金づるを上級貴族の夫人としての教育がなっていないと断り、なにかしようものなら、迷惑そうにため息を吐いた。
当然、歓迎されていないことくらいは分かっているのだろう。
次第に身を縮こませて、発言はしないようになっていった。
――卑しい商人上がりの十六の小娘に、上級貴族であるヘンリー様の事をご理解いただきたくはない。虫唾が走る。本当ならば、素晴らしい令嬢をお迎えにできたはずなのに。もしくは愛する方を……
最低限の礼儀で接しながら、侍女やメイドが金づるをイジメ様子を静観した。
悪い事だとは思っていない。
なにせ、ヘンリーの妻の座を金で脅して奪い取ったのだ。
同情する気にはなれない。
そうして三年がたち、やっと金づるが本邸からいなくなった。
はじめから離れで生活させてもよかったが、徹底的に心を折る為には大勢の人と関わらせ、いかに自分が無能で歓迎されていないか肌で感じてもらう必要性があった。
金づるは金づるらしく、金だけ伯爵家のために差し出せばいいのだ。
それしか生きている価値はない。
ローデンは本気でそう思っている。
だからこそ、今回の事は許せなかった。
ヘンリーは怒りに身を任せるのも当然だ。
この金づるの実家は、今後援助しないと言ってきたのだから。
先日先代である子爵が亡くなり、その跡を継いだのは金づるの弟。
かなりの金を援助したのだから、もう援助は打ち切ると。
契約書には、金づるが生きている限り、もしくは金づるの子供が伯爵家を継ぐのならば援助を行うとあった。
それをヘンリーは指摘するが、向こうは契約書に小さく記載されていた契約条項を見せた。
そこには最大で十億ルイズまでとする。
という一文があった。
まるで騙し討ちのような小さな文字。
詐欺だと叫んだところで、契約書はすでに効力を発揮し、裁判所だって取り合ってくれないはずだと馬鹿にされた。
たかが平民上がりの子爵家の分際でヘンリーを馬鹿にするとは、なんと不敬な一族だとローデンは憤慨し、たかが十億ルイズ程度で契約を結んだ前伯爵にローデンは本気で憤った。
死んでもまだ、ヘンリーの足を引っ張る前伯爵に、あんな簡単に始末するのではなかった後悔する。
もっと、ヘンリーを苦しめた分苦しませてやればよかったと。
だが、それ以上に子爵のやり方が気に食わなかった。
そもそも下級貴族である子爵家は、卑怯な手で敬愛するヘンリーの妻の座を買ったのだ。
卑しい身分の女を上級貴族にしてやったのだから、その礼金くらいもっと差し出すべきだ。
――なんと可哀そうなヘンリー様。前伯爵にはひどい仕打ちで裏切られ、下級貴族にはバカにされて……
「ヘンリー様、価値のない女にわからせてやった方がよろしいかと」
そんなマリアの囁きに同意したのは当然のことだった。
「後の事はお任せください」
「ああ、ローデン。お前のことは心から信頼している」
「ありがたきお言葉。このローデン、心から嬉しく思います」
気を失っているであろう金づる――いや、ただのゴミを片付けるのは自分の役目。
――せいぜい稼いでもらおう。ヘンリー様のためにその身をささげる栄誉を与えていやっているだけありがたいと思え。
ローデンは下男に指示を出し、アリーシアを邸宅から運び出した。
―・―・―・―・―・―・―
補足設定
一ルイズ=一円
平民の平均年間給与(中流家庭)
手取り金額で百万ルイズくらい。
大都市部で生活していても、家族四人で暮らせて貯蓄も少しできる程度の金額。
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