冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ

文字の大きさ
9 / 43

9.ローデンサイド

しおりを挟む
 伯爵家の執事であるローデンは、はるか昔から伯爵家の執事として伯爵家に仕えてきた。
 その盲目的ともいえる姿に疑問を持つ事もなく、ローデンもまたいづれこの家を統括するべく学んでいた。

 契機が訪れたのは、伯爵家の次期跡継ぎたるヘンリーが産まれた時だ。
 その時ローデンは三十になっていた。
 自身も結婚し、子供ももうけてはいたが、特別可愛いとは思えていなかった。
 
 自分の子供は、この伯爵家のためだけに産ませた子供。
 ただの道具。
 その命すら伯爵家のために捧げるために、洗脳に近い教育を施し、伯爵家を守るための存在。
 それだけだ。
 教えたことをきちんとできるのは当たり前。
 できなければ叱るだけ。

 叱られて泣く姿はうっとおしい。
 そんな時は妻を詰った。

 だが、次期跡取りであるヘンリーに対しては全く違った。
 まるで、その存在こそが至高であるとまで崇拝した。

 そして、教育係に任命された時から、ローデンのすべてはヘンリー一色になった。

 可愛らしい赤ん坊時代、やんちゃな幼児時代、いたずら好きな少年時代。
 まるで親のように、むしろ親以上の愛情を注いだ。
 その結果、ヘンリーからの信頼は絶大なものとなった。

――私の力で幸せにしてみせるのだ。

 使用人でありながら、ローデンは親のように決意した。
 だからこそ許せなかった。

 ヘンリーに望まぬ結婚を押し付ける実父である伯爵が。

 せっかくヘンリーが愛する人を見つけたと、こっそり打ち明けてくれて、共に喜んだのに、それを絶望に塗り替えた伯爵は、もはや自分の仕える主ではないと判断した。

 しかし、ローデンの力ではどうすることも出来ないのもまた事実。そして、この伯爵家の財政状況もよく理解していた。
 なにせヘンリーが使う金を用意していたのはローデンだ。
 財政管理は、父から引き継いだローデンの仕事。
 
 ヘンリーが自由に遊べる金が必要だ。
 貴族の政略結婚に愛は不要。
 ヘンリーはすでに愛する人を見つけ幸せそうにしているのだから、金づるとして邸宅で飼ってやればいいと遠回しに言った。
 それにはヘンリーが驚いたように目を見開いた。

 そして嬉しそうに笑う。

「なんだ、ローデンもマリアと同じような事を言うのだな……本当に私を愛していくれているのはやはり二人だけだ」

 どうやら可愛い主はすでにマリアから入れ知恵されていて、それをローデンに話したかったようだ。
 正直、ローデンはマリアを認めてはいない。
 だが、ヘンリーが愛しているのだからと受け入れる覚悟だ。


 だから――……

――後悔などしない……私の主は、敬愛するべき主人はヘンリーさまただ一人。

 
 それを実行するには、伯爵が邪魔だ。
 伯爵家の支配者にヘンリーがなり、そして今いる執事である自分の父親を引退させ実質的な支配者にローデン自身がなり、この邸宅を自由にできるようにならなければヘンリーが危険だ。

 ヘンリーのためなら自分の手を汚すことだって厭わない。
 我が愛する可愛い主人のためならば。

 結婚後すぐに伯爵を死に追いやり、ヘンリーに後を継がせた。
 そして、金づるはしっかり自分が管理するとヘンリーに約束し、愛する人の元へと送り出す。

 新たな伯爵夫人として邸宅を采配したそうな、金づるを上級貴族の夫人としての教育がなっていないと断り、なにかしようものなら、迷惑そうにため息を吐いた。
 当然、歓迎されていないことくらいは分かっているのだろう。
 次第に身を縮こませて、発言はしないようになっていった。

――卑しい商人上がりの十六の小娘に、上級貴族であるヘンリー様の事をご理解いただきたくはない。虫唾が走る。本当ならば、素晴らしい令嬢をお迎えにできたはずなのに。もしくは愛する方を……

 最低限の礼儀で接しながら、侍女やメイドが金づるをイジメ様子を静観した。
 悪い事だとは思っていない。
 なにせ、ヘンリーの妻の座を金で脅して奪い取ったのだ。
 同情する気にはなれない。

 
 そうして三年がたち、やっと金づるが本邸からいなくなった。
 はじめから離れで生活させてもよかったが、徹底的に心を折る為には大勢の人と関わらせ、いかに自分が無能で歓迎されていないか肌で感じてもらう必要性があった。

 金づるは金づるらしく、金だけ伯爵家のために差し出せばいいのだ。
 それしか生きている価値はない。
 ローデンは本気でそう思っている。

 
 
 だからこそ、今回の事は許せなかった。
 ヘンリーは怒りに身を任せるのも当然だ。

 この金づるの実家は、今後援助しないと言ってきたのだから。
 先日先代である子爵が亡くなり、その跡を継いだのは金づるの弟。
 かなりの金を援助したのだから、もう援助は打ち切ると。
 契約書には、金づるが生きている限り、もしくは金づるの子供が伯爵家を継ぐのならば援助を行うとあった。
 それをヘンリーは指摘するが、向こうは契約書に小さく記載されていた契約条項を見せた。

 そこには最大で十億ルイズまでとする。
 
 という一文があった。
 まるで騙し討ちのような小さな文字。
 詐欺だと叫んだところで、契約書はすでに効力を発揮し、裁判所だって取り合ってくれないはずだと馬鹿にされた。
 たかが平民上がりの子爵家の分際でヘンリーを馬鹿にするとは、なんと不敬な一族だとローデンは憤慨し、たかが十億ルイズ・・程度で契約を結んだ前伯爵にローデンは本気で憤った。
 死んでもまだ、ヘンリーの足を引っ張る前伯爵に、あんな簡単に始末するのではなかった後悔する。
 もっと、ヘンリーを苦しめた分苦しませてやればよかったと。
 
 だが、それ以上に子爵のやり方が気に食わなかった。
 そもそも下級貴族である子爵家は、卑怯な手で敬愛するヘンリーの妻の座を買ったのだ。
 卑しい身分の女を上級貴族にしてやったのだから、その礼金くらいもっと差し出すべきだ。

――なんと可哀そうなヘンリー様。前伯爵にはひどい仕打ちで裏切られ、下級貴族にはバカにされて……

「ヘンリー様、価値のない女にわからせてやった方がよろしいかと」

 そんなマリアの囁きに同意したのは当然のことだった。



「後の事はお任せください」
「ああ、ローデン。お前のことは心から信頼している」
「ありがたきお言葉。このローデン、心から嬉しく思います」

 気を失っているであろう金づる――いや、ただのゴミを片付けるのは自分の役目。

――せいぜい稼いでもらおう。ヘンリー様のためにその身をささげる栄誉を与えていやっているだけありがたいと思え。

 ローデンは下男に指示を出し、アリーシアを邸宅から運び出した。




―・―・―・―・―・―・―

 補足設定
 一ルイズ=一円
 平民の平均年間給与(中流家庭)
 手取り金額で百万ルイズくらい。
 大都市部で生活していても、家族四人で暮らせて貯蓄も少しできる程度の金額。

 色々書きましたが、要は十億ルイズは相当な大金という認識でいて頂けたらと。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうぞ、お好きに

蜜柑マル
恋愛
私は今日、この家を出る。記憶を失ったフリをして。 ※ 再掲です。ご都合主義です。許せる方だけお読みください。

能力持ちの若き夫人は、冷遇夫から去る

基本二度寝
恋愛
「婚姻は王命だ。私に愛されようなんて思うな」 若き宰相次官のボルスターは、薄い夜着を纏って寝台に腰掛けている今日妻になったばかりのクエッカに向かって言い放った。 実力でその立場までのし上がったボルスターには敵が多かった。 一目惚れをしたクエッカに想いを伝えたかったが、政敵から彼女がボルスターの弱点になる事を悟られるわけには行かない。 巻き込みたくない気持ちとそれでも一緒にいたいという欲望が鬩ぎ合っていた。 ボルスターは国王陛下に願い、その令嬢との婚姻を王命という形にしてもらうことで、彼女との婚姻はあくまで命令で、本意ではないという態度を取ることで、ボルスターはめでたく彼女を手中に収めた。 けれど。 「旦那様。お久しぶりです。離縁してください」 結婚から半年後に、ボルスターは離縁を突きつけられたのだった。 ※復縁、元サヤ無しです。 ※時系列と視点がコロコロゴロゴロ変わるのでタイトル入れました ※えろありです ※ボルスター主人公のつもりが、端役になってます(どうしてだ) ※タイトル変更→旧題:黒い結婚

殿下、今回も遠慮申し上げます

cyaru
恋愛
結婚目前で婚約を解消されてしまった侯爵令嬢ヴィオレッタ。 相手は平民で既に子もいると言われ、その上「側妃となって公務をしてくれ」と微笑まれる。 静かに怒り沈黙をするヴィオレッタ。反対に日を追うごとに窮地に追い込まれる王子レオン。 側近も去り、資金も尽き、事も有ろうか恋人の教育をヴィオレッタに命令をするのだった。 前半は一度目の人生です。 ※作品の都合上、うわぁと思うようなシーンがございます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【4話完結】 君を愛することはないと、こっちから言ってみた

紬あおい
恋愛
皇女にべったりな護衛騎士の夫。 流行りの「君を愛することはない」と先に言ってやった。 ザマアミロ!はあ、スッキリした。 と思っていたら、夫が溺愛されたがってる…何で!?

傲慢な伯爵は追い出した妻に愛を乞う

ノルジャン
恋愛
「堕ろせ。子どもはまた出来る」夫ランドルフに不貞を疑われたジュリア。誤解を解こうとランドルフを追いかけたところ、階段から転げ落ちてしまった。流産したと勘違いしたランドルフは「よかったじゃないか」と言い放った。ショックを受けたジュリアは、ランドルフの子どもを身籠ったまま彼の元を去ることに。昔お世話になった学校の先生、ケビンの元を訪ね、彼の支えの下で無事に子どもが生まれた。だがそんな中、夫ランドルフが現れて――? エブリスタ、ムーンライトノベルズにて投稿したものを加筆改稿しております。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

処理中です...