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「これは、お断りできるのでしょうか?」
困ったようにアリーシアは、手紙をローレンツに渡す。
ローレンツのは面白い物を見たかのように口角を上げ、馬鹿にしたように手紙の中を確認した。
手紙事態はアリーシアあてではある物の、内容が非常に困惑するような代物だ。
それは、アリーシアへの社交のお誘いだった。
しかもそれは一通だけでなく、何通も。
社交シーズンにはまだ早いのに、すでに先の予定まで聞いてきている内容もある。
「早速きたか」
「どういうことでしょう?」
分かっていたかのようなローレンツの言葉に、どういう事かアリーシアが問う。
「色々と理由はあるが、一番の理由は、離婚訴訟に勝利したという事にある」
あれから、アリーシアの元には白い結婚が認められ、婚姻関係が白紙に――つまり結婚していたという事実が無くなった。
過去調べてみても、そうした結婚の解消というのは、本当に例が少なくて、それだけでも話題になるには十分だった。
「そして、逆に伯爵家が離婚訴訟などという可愛い訴訟ではない、犯罪裁判にかけられたという事もある」
「それは……」
神殿に赴いたその日の夜、なんと伯爵家が王室の命を受けた衛兵隊に囲まれ、邸宅内を捜索された。
その罪状は、違法人身販売。
この国には、犯罪奴隷以外の奴隷は全て違法だ。
しかし、一部の貴族の中には自分の都合だけで平民を奴隷落ちさせて売買している者がいる。
その一つが伯爵家という事だった。
アリーシアはそれを新聞の記事で知った。
アリーシアが邸宅から連れ出された時、意識がほとんどなかったが、もしかしたら奴隷として売られていた可能性があったのだと思うと身体が震えた。
奴隷になった場合、奴隷から平民の身分に戻る事はほぼ不可能だからだ。
犯罪奴隷の扱いは、それこそひどいモノだという事はアリーシアも知っている。
しかし、それが犯罪者だから平民たちもその扱いについて、何も言わない。
「興味本位なやつらばかりだ。奴隷を量産しているのは何も伯爵家だけではない。ただし、他の貴族は自分可愛さのために、一番家格の低い伯爵家をスケープゴートに選んだのに、そこに嫁いだ人間がタイミングよく逃げたとなれば、何か裏があると感じるのさ」
手紙を返しながら、出る必要はないが、気になるなら一度くらいは社交場に出てもいいのではないかともローレンツは言う。
アリーシアは、ヘンリーとの結婚が無効になり、未婚の女性として、現在は生家の姓に戻っている。
むしろ、さっさと切り捨てられると思っていただけに、これには驚いた。それだけでなく、向こうから戻ってこないかとも手紙が来た。
もし、今までのアリーシアならばその言葉を受け入れていたが、今はその言葉を素直に聞く気にはなれなかった。
できれば、自分を勘当してほしいとも書いて送ったが、それについては何も言ってこない。
それどころか、今度生家で開く夜会に参加しないかと遠回しに窺がう手紙が返ってきた。
さすがに本当の目的が何なのか、分からない程鈍感ではない。
「掌返しも、ここまでくると潔いな。さて、シアはどうしたい?」
「どうしたいと言われましても……見世物にはなりたくありません。それに着ていくドレスだって持っていません」
「それは心配いらない、ローラに色々作らせているから――……、いや、もちろん! 必要な分だけだ! いつ必要になるかは分からないし。普段着も必要だろう?」
アリーシアの視線に気づいたローレンツが、焦ったように言い訳をする。
「もうすでに十分なことはしていただいております。それにわたくしは今は使用人ですよ」
「まあ、それはいいじゃないか。ないよりあった方がいい。でも、気にかかると言うなら、俺がパートナーの必要な社交に出るときは、付き添ってくれないか? 俺は元平民で、貴族的な会話は得意じゃないから補佐してくれ。こんな事頼める人は他にはいない」
ローレンツ程の人ならアリーシアでなくても、声をかければいくらだっていそうなものだ。
さすがに、即答することなく考えているアリーシアに、ローレンツは肩をすくめながら言った。
「おいおい考えてくれればそれでもいい。今は何かと騒がしいしな」
見世物になりたくないと言ったアリーシアの言葉を尊重してくれて、無理強いする事はなかった。
そして、何かと騒がしい原因について少し顔が曇った。
「あの……ローレンツ様はこの結末で満足なんでしょうか? あの日わたくしに語った時のローレンツ様はもっと……」
もっと、残酷に伯爵家に復讐をするのかと思っていた。
しかし、すでに伯爵家の事は王室と貴族議会が担当しているの、手を出すことは出来ない。
ローレンツは、くくくと笑って答える。
「もっと、復讐心に燃えていた、という事か? 今でも許すことはないが、まあこれからだな。俺は優しくないから、ひとおもいに楽にはしてやらないさ」
ローレンツはそれだけしかアリーシアには答えなかった。
この先の事を伝えることはないという事だ。
「今は、このままでいいさ。そのうち、色々変わっていくだろうから」
それが何を指しているのかアリーシアには分からない。
何か予言めいた言い方に、首を傾げるだけだった。
「ほかの事も、おいおいかな。少しずつ変わっていってくれれば、今はいいか……」
「何か?」
「いや、何でもない。今日は天気がいいから、外でお茶でも飲まないか? 一人で飲んでもつまらんから、付き合ってくれ」
呟きが聞こえず聞き返すも、ローレンツは誤魔化すようにアリーシアをエスコートして庭に出た。
組んだ腕から伝わるローレンツの熱に、アリーシアは少し頬が熱くなった。
その熱は決していやではなく、安心できる熱だった。
ローレンツの優しさと家族のような親しみ、そこから感じる他者に対する愛情、その全てがアリーシアにとって未知なものだが、本当はこういう温もりを自分が求めていたのだと、気付いた。
もしかしたら、いつか誰かにその愛を求めて、逆に自分がそれを返せれば、きっとそこに本当に幸せが訪れるのだと思った。
アリーシアはちらりとローレンツを盗み見る。
端正な顔は何を考えているのか分からないが、今はローレンツに甘え、ただここで静かに過ごしたい、そんな願いを心の中で祈った。
困ったようにアリーシアは、手紙をローレンツに渡す。
ローレンツのは面白い物を見たかのように口角を上げ、馬鹿にしたように手紙の中を確認した。
手紙事態はアリーシアあてではある物の、内容が非常に困惑するような代物だ。
それは、アリーシアへの社交のお誘いだった。
しかもそれは一通だけでなく、何通も。
社交シーズンにはまだ早いのに、すでに先の予定まで聞いてきている内容もある。
「早速きたか」
「どういうことでしょう?」
分かっていたかのようなローレンツの言葉に、どういう事かアリーシアが問う。
「色々と理由はあるが、一番の理由は、離婚訴訟に勝利したという事にある」
あれから、アリーシアの元には白い結婚が認められ、婚姻関係が白紙に――つまり結婚していたという事実が無くなった。
過去調べてみても、そうした結婚の解消というのは、本当に例が少なくて、それだけでも話題になるには十分だった。
「そして、逆に伯爵家が離婚訴訟などという可愛い訴訟ではない、犯罪裁判にかけられたという事もある」
「それは……」
神殿に赴いたその日の夜、なんと伯爵家が王室の命を受けた衛兵隊に囲まれ、邸宅内を捜索された。
その罪状は、違法人身販売。
この国には、犯罪奴隷以外の奴隷は全て違法だ。
しかし、一部の貴族の中には自分の都合だけで平民を奴隷落ちさせて売買している者がいる。
その一つが伯爵家という事だった。
アリーシアはそれを新聞の記事で知った。
アリーシアが邸宅から連れ出された時、意識がほとんどなかったが、もしかしたら奴隷として売られていた可能性があったのだと思うと身体が震えた。
奴隷になった場合、奴隷から平民の身分に戻る事はほぼ不可能だからだ。
犯罪奴隷の扱いは、それこそひどいモノだという事はアリーシアも知っている。
しかし、それが犯罪者だから平民たちもその扱いについて、何も言わない。
「興味本位なやつらばかりだ。奴隷を量産しているのは何も伯爵家だけではない。ただし、他の貴族は自分可愛さのために、一番家格の低い伯爵家をスケープゴートに選んだのに、そこに嫁いだ人間がタイミングよく逃げたとなれば、何か裏があると感じるのさ」
手紙を返しながら、出る必要はないが、気になるなら一度くらいは社交場に出てもいいのではないかともローレンツは言う。
アリーシアは、ヘンリーとの結婚が無効になり、未婚の女性として、現在は生家の姓に戻っている。
むしろ、さっさと切り捨てられると思っていただけに、これには驚いた。それだけでなく、向こうから戻ってこないかとも手紙が来た。
もし、今までのアリーシアならばその言葉を受け入れていたが、今はその言葉を素直に聞く気にはなれなかった。
できれば、自分を勘当してほしいとも書いて送ったが、それについては何も言ってこない。
それどころか、今度生家で開く夜会に参加しないかと遠回しに窺がう手紙が返ってきた。
さすがに本当の目的が何なのか、分からない程鈍感ではない。
「掌返しも、ここまでくると潔いな。さて、シアはどうしたい?」
「どうしたいと言われましても……見世物にはなりたくありません。それに着ていくドレスだって持っていません」
「それは心配いらない、ローラに色々作らせているから――……、いや、もちろん! 必要な分だけだ! いつ必要になるかは分からないし。普段着も必要だろう?」
アリーシアの視線に気づいたローレンツが、焦ったように言い訳をする。
「もうすでに十分なことはしていただいております。それにわたくしは今は使用人ですよ」
「まあ、それはいいじゃないか。ないよりあった方がいい。でも、気にかかると言うなら、俺がパートナーの必要な社交に出るときは、付き添ってくれないか? 俺は元平民で、貴族的な会話は得意じゃないから補佐してくれ。こんな事頼める人は他にはいない」
ローレンツ程の人ならアリーシアでなくても、声をかければいくらだっていそうなものだ。
さすがに、即答することなく考えているアリーシアに、ローレンツは肩をすくめながら言った。
「おいおい考えてくれればそれでもいい。今は何かと騒がしいしな」
見世物になりたくないと言ったアリーシアの言葉を尊重してくれて、無理強いする事はなかった。
そして、何かと騒がしい原因について少し顔が曇った。
「あの……ローレンツ様はこの結末で満足なんでしょうか? あの日わたくしに語った時のローレンツ様はもっと……」
もっと、残酷に伯爵家に復讐をするのかと思っていた。
しかし、すでに伯爵家の事は王室と貴族議会が担当しているの、手を出すことは出来ない。
ローレンツは、くくくと笑って答える。
「もっと、復讐心に燃えていた、という事か? 今でも許すことはないが、まあこれからだな。俺は優しくないから、ひとおもいに楽にはしてやらないさ」
ローレンツはそれだけしかアリーシアには答えなかった。
この先の事を伝えることはないという事だ。
「今は、このままでいいさ。そのうち、色々変わっていくだろうから」
それが何を指しているのかアリーシアには分からない。
何か予言めいた言い方に、首を傾げるだけだった。
「ほかの事も、おいおいかな。少しずつ変わっていってくれれば、今はいいか……」
「何か?」
「いや、何でもない。今日は天気がいいから、外でお茶でも飲まないか? 一人で飲んでもつまらんから、付き合ってくれ」
呟きが聞こえず聞き返すも、ローレンツは誤魔化すようにアリーシアをエスコートして庭に出た。
組んだ腕から伝わるローレンツの熱に、アリーシアは少し頬が熱くなった。
その熱は決していやではなく、安心できる熱だった。
ローレンツの優しさと家族のような親しみ、そこから感じる他者に対する愛情、その全てがアリーシアにとって未知なものだが、本当はこういう温もりを自分が求めていたのだと、気付いた。
もしかしたら、いつか誰かにその愛を求めて、逆に自分がそれを返せれば、きっとそこに本当に幸せが訪れるのだと思った。
アリーシアはちらりとローレンツを盗み見る。
端正な顔は何を考えているのか分からないが、今はローレンツに甘え、ただここで静かに過ごしたい、そんな願いを心の中で祈った。
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