それでも恋はやめられない

ichigo/小日向江麻

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1巻

1-3

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「……どうするんだ、レイジロ」

 私たちの間に広がった気まずい沈黙を、綾瀬くんが破った。

「どうするって、何が」
「有紗さん、すごい困ってるみたいだけど」
「そーだよー。なんかこのままいくとー、オレたちが悪モノってかー、邪魔モノみたいな流れになっちゃうんですけどー?」

 悪者だとか邪魔者とまでは思っていないけど、彼らとの同居は困るという意味では同じなのかもしれない。
 ……とはいえ、もとから住んでいるのは二人のほうだし、私が出ていけなんて言える立場じゃないことはわかっている。私は、じっとレイくんの反応をうかがった。

「そうは言っても、先住者はシンとリョウだし。二人を追い出すっていうのは違うだろ」

 への字にしていた口から吐き出された言葉は予想通りの内容。けど、そうなると……

「それって、二人はこのまま、この家に住み続けるってこと?」
「うん。もとはといえばそのつもりで有紗にも声を掛けたんだし、二人に出ていけなんていう理由はどこにもないから」

 続きを聞いて、私は目を大きく見開いた。
 そのつもりって、そんな無茶苦茶な!
 こっちは、先に二人が住んでいることなんて知らないのに。私だけじゃない、由香利伯母さんやうちの母親だって……

「うちの両親も許さないよ。独身の一人娘が、見知らぬ男の子たちと同居だなんて」
「まあ、そうだろうね」

 私の言葉に対して、レイくんの反応は淡々としていた。

「確かに許さないと思うよ。でもさ、一緒に住めないとなったら、困るのは有紗のほうじゃないの」
「……」

 思わず黙ってしまった私に、レイくんは気だるそうに頬杖をついて続けた。

「有紗の親ってさ、二人とも有紗がこっち――東京に出てくるのに反対だったんだろ。うちの母さんが言ってた。女の子の親らしく、セキュリティを心配してたみたいだけど、それをうちの母さんが俺との同居を条件に説得したわけ」
「うん、知ってる」
「本当なら優也のところに転がり込むのが一番だったんだろうけど、さすがに新婚の家庭に入っていくわけにはいかないしな。だから、有紗が東京で暮らすっていうのは、この家で生活するってことが前提になってる。なのに『この家には住めませんでした』なんてことになったら……どうなるだろうね」

 つまり、この家で生活するからこそ、私は東京で暮らすことができると伝えたいようだ。言いかえれば、この家に住まずして東京での生活はない――と。

「そ、そんなっ。就職だって決まったんだし、いくら何でも、ここに住めないからって地元に戻れなんて言わないと思うけど」

 そう口にしてはみたものの、我ながら苦しいと感じた。

「でも今回有紗が家を出てもいいって話になった決め手は、俺と同じ会社で、同じ家だっていうことらしいから。よくわからないけど有紗のお母さん、俺を頼りにしてくれてるみたいで、俺が声掛けなかったら東京行きなんて絶対なかったと思うんだけど。……自分でも心当たりあるんじゃない?」

 まさに、その通りだろう。ぐっと奥歯をかむ。

「有紗だって、せっかくこっちで就職決まったのに、またゴタゴタするの嫌じゃない?」
「う……」

 確かにそれはその通りだ。
 念願叶ってやっと華の東京生活が始まるところだというのに、スタートする前に終了を迎えるなんて、辛すぎる。

「なーんか警戒してるみたいだけどー、別にオレたち有紗ちゃんが嫌がることは何もしないよ?」
「そうそう。あくまで一同居人だと思ってくれればいいだけだし。気負う必要ないんだから」

 押され気味の形勢を見逃さなかった青山くんが陽気に切り出すと、綾瀬くんも相槌あいづちを打つ。

「ねーリョウくん。仮にこっちでひとり暮らしができたとしても、何だかんだでお金かかるよね?」
「うん、家賃に水道光熱費にプラスして食費を捻出ねんしゅつしなきゃならないし。さらには衣服代だとか美容代だとか交際費だとか、いろいろ大変だよ」
「でもさでもさ、もしこの家に住むとしたら話は違うよね?」
「家賃はゼロだし水道光熱費や食費は割り勘。稼いだら稼いだ分だけ自分で使えて、貯金までできちゃうってわけだ」
「おぉー! すごいねーリョウくんっ!」

 気が付けば深夜の通販番組みたいなわざとらしいノリになっているけれど、彼らが言っていることに嘘はない。シェアハウスにはシェアハウスの利点があるのは確かなのだから。

「嫁入り前の娘さんには、大変おススメなんですけどねー。浮いた分、習い事やオシャレに回せるでしょー?」

『嫁入り前』という単語が、自分でも驚くほど胸に刺さった。
 青山くんは私が婚約者にフラれたことなんて知らないだろうし、全く意識せずに使った言葉なのだろう。だけど私にとっては、簡単に流せる単語ではなかった。
 私の頭の中の大きなスクリーンに、大好きだった直行との日々が駆け抜けていく。
 事務所の入社式の帰りに初めて言葉を交わしたときのこと。
 三回目の居酒屋デートで『付き合ってほしい』と交際を申し込まれたときのこと。
 初めて直行の家に泊まりに行ったときのこと。
『近いうちに結婚しよう』と指輪を渡されたときのこと。
 最後は――

『好きな人が出来たんだ。婚約はなかったことにしてほしい』

 私と直行の関係が、終わったときのこと。
 それらが走馬灯そうまとうみたいに。
 そして、現実には目にしたことはないはずの、私ではない女の子と楽しそうに笑い合っている姿がスクリーンにチラついて、叫び出したくなった。
 ……ああ、そうだったんだ。やっとわかった。
 東京にあこがれていたし、ずっと上京したいという気持ちを抱いてもいた。だから、今回は自分を変えるために上京を決意したと思っていたのだけど……
 本当のところは、あの二人から離れた場所に行きたい気持ちが占める割合のほうが断然大きかったのだ。自分が思っているよりも、ずっと。
 会わないで済むならそれに越したことはない――という程度のつもりだったのに。実際には、直行と澪ちゃんの存在が、これほどまでに私の心を占めていたなんて。
 それに気付くと、今度は地元へ帰ることに対する恐怖が湧き上がってくる。
 もしこの家に青山くんや綾瀬くんが住んでいることを、母親に知られてしまったら。地元に帰ってくるようにと命じられたら。
 ――眩暈めまいがした。

「わかった」

 口から出た声は、自分でも驚くほどに低かった。

「……ごめんなさい。青山くんや綾瀬くんの話を聞いて、考えが変わったよ。二人の言う通り、従弟いとこが三人になったと思えば、大した問題じゃないよね」

 あたかも彼らの説得で意見を変えたかのように振舞うと、青山くんがしめたとばかりにうなずく。

「そーそー、そーゆーこと! わかってくれたー?」
「うん。お金が浮くっていうのももっともだと思うし、合理的かなって」

 言いながら、となりのレイくんを見た。
 彼は、こうなることを予想していたかのような意地の悪い笑みを浮かべている。
 ……うう、私が納得するしかないっていうの、わかってたんだ。感じ悪いっ。

「それじゃ決まり。四月からは有紗もシェアハウスの一員ってことで」

 そして、レイくんがそう口にした瞬間。
 私と従弟いとことその友達二人という、奇妙な同居生活が決定したのだった。






   4


 三月の末日。暖かな日差しが降り注ぎ、地元では例年より早く桜の見ごろを迎えたこの日。細々こまごまとした荷物の詰まったキャリーを引きつつ、私は晴れて上京した。
 神村家前に到着し、律儀にインターホンを押して応答を待つ。すぐにレイくんが玄関の扉を開けて出てきてくれた。

「そのまま入っていいのに」
「あ、うん。でも、何となく」

 前回と同じ部屋着のようなリラックスした格好だけど、相変わらずの美青年っぷり。つい動揺して、答え方がぎこちなくなってしまった。

「荷物はそれだけ?」

 そんな私の様子など意に介さず、彼は小脇に置いていたキャリーをあごで示してみせた。

「う、うん」
「貸して」

 彼はステップを降りて私の傍まで来るとキャリーをひょいと持ち上げ、先に家の中へと入っていく。
 彼と会ったのは、家の下見をしに来たあの日以来。
 の割に、ちょっとそっけない対応な気もするけど……仕事のスケジュールを工面して平日である今日を空けてくれたらしいし、そのせいでお疲れ気味なのかもしれない。

「……お邪魔します」

 まだお客さん気分の私は扉の前でそう言ってから中に入った。

「おー、有紗っち久しぶりー」

 玄関で靴を揃えていると、聞き覚えのある高い声が降ってくる。

「あ、青山くん」

 顔を上げ、声の主の名前を呼ぶと、彼は舌を鳴らしながら人差し指を振ってみせた。

「違うでしょ、シンでしょー。はい、もう一回」
「えっと、シンくん、久しぶり」
「はーい久しぶりー。有紗っちは元気にしてたー?」

 私がファーストネームで呼び直すと、シンくんは嬉しそうにフルスマイルを浮かべた。
 一緒に暮らすことが決まってから、私たちは余所余所よそよそしさを払拭するために互いを名前で呼ぶことにしたのだ。で、どういうわけかシンくんには『有紗っち』と呼ばれることになった。

「もう荷物は全部届いてるよー。机とかチェストとか本棚とか、おっきい家具は全部言われた通りに配置してあるー」
「ありがとう」
「いえいえー。人数が増えるのは、オレらとしてもありがたいからねー。お金的な意味で」
「……あ、あははは。だよねー」

 素直すぎる発言に乾いた笑いがもれる。
 同居を拒んだとき、シンくんやリョウくんがやたら私を説得するのは何故なぜなのだろうと思っていた。けれど、それはどうやら人数を増やして水道光熱費や食費を更に浮かせたかったためらしい。

「じゃあ、自分の部屋見てくるね」
「いってらっしゃーい」

 手を振るシンくんを残し、私は階段を上っていく。
 廊下の一番奥にある私の部屋には、キャリーを置くために先にレイくんが向かっている。その扉をノックして、そーっと開けた。

「だから、自分の部屋なんだしそんなことしなくていいのに」

 扉を開けてすぐの場所。ちょうど部屋の真ん中あたりでキャリーをおろしたレイくんが、こちらを向いて笑っていた。

「そうなんだけど、何だかまだここに住むって実感がなくて」

 私も笑って言う。
 夢だった東京での暮らしが始まるということも、男の子ばかりの家で生活し始めるということも。そのどちらも、私にとってはまだ現実と思えないのだ。

「レイアウトはこんな感じだけど、直すところはある?」

 レイくんが部屋の中を見回す仕草をしたので、私もそれにならった。
 扉側の壁に本棚。向かって右にベッド――これはもともとこの部屋に備え付けてあったもの――、左側の壁に沿って手前に机と椅子、奥にチェストが二つ。クローゼットがあるので、これで十分だ。

「大丈夫。ごめんね、大変だったでしょ」

 シンくんが言っていた通り、全て私がお願いした配置になっている。私が到着するより先に部屋を完成させてくれていたとは。

「雑貨と衣服のダンボールには一切触ってないから安心して。あと、カーテンなんだけど、柄物の遮光しゃこうカーテンしか入ってなかったんだけどいいの?」
「え? 本当?」

 爽やかな葉のモチーフのカーテンと一緒に、ミラーレースのカーテンも荷物に入れていたつもりだったのだけど、うっかり忘れてしまったのだろうか。

「よかったら、うちに予備があるからそれ使って。サイズも合ってるから」

 彼がベッドのほうをあごで示したので視線で辿たどってみると、まだベッドメイクの済んでいないマットレスの上に、レースのカーテンらしきものが折り畳まれていた。
 手に取ってみると、優雅なスカラップがほどこされた、いかにも女性好みなデザイン。この窓にサイズが合うのなら、かつて誰かが使っていたのだろうか。

「うん、ありがとう。助かる」

 私はレイくんにお礼を言って、早速ベッドメイクや荷物の整理にとりかかった。


 持ってきた荷物が少なかったのと、大きな家具をあらかじめ配置してもらっていたおかげで、引っ越し作業はとどこおりなく進んだ。リョウくんが仕事から帰宅して私の歓迎会を始めるころには、ほぼ片付けが終わっていた。

「じゃあ、有紗ちゃんの入居を祝して、乾杯」

 私のためにとリョウくんが買ってきてくれたシャンパンをグラスに注ぎ、ダイニングテーブルの上、彼の号令で四つ重ねる。グラスはカチンと涼しげな音を立てた。

「明日から有紗ちゃんもうちの社員になるんだよね。そっちでもよろしくね」

 シンくんの私への呼称が『有紗っち』になったことで、今度はリョウくんが私を『有紗ちゃん』と呼ぶようになった。「こちらこそ」とうなずきながら、デリバリーで注文したサラダやピザを三人に取り分ける自分が、実はまだ信じられないでいた。
 地元に帰りたくないからって、やはり早まってしまったか。従弟いとこの家だといっても、知らない男が二人も住んでるところで暮らし始めるなんて。
 ……まあ、私は誰もがうらやむような美人じゃないし、ドギツい失恋を味わったばかりで、そんな心配は不要かもしれないけど。でも、万が一ってこともある。
 そう、この間みたいに……

「……何?」
「あ、ううん」

 私は無意識にその人物――レイくんのことを見ていた。視線に気付いた彼が、シーフードピザを食べる手を止めて首を傾げる。
 首を傾げたいのはこっちのほうなのに。この間のアレは一体何だったの?
 アレというのは、もちろんあの時のキスのことだ。何の前触れもない、突然のキス。
 結局聞きだすタイミングがなくて、そのままになってしまっていた。
 もしかしたら私が一番気を付けなければいけないのは、初対面の二人ではなく、幼いころに数えきれないくらい一緒に遊び、全くそういう対象から外れていたレイくんなのかもしれない、とさえ思えてくる。
 まあでも一度住むと決めたからには、しばらくはこの環境でやっていくしかない。仕事に慣れてお金が貯まってきたら、ひとりで暮らせる方法を具体的に考えていくのもアリだろう。

「そっかー、今日こっちにきて、明日からすぐ仕事なんだねー。社会人って大変ー」
「そうだよ。大学生はいいよな、まだ休みなんだろ」

 ちっとも大変だと思ってなさそうな声のシンくんに、リョウくんがふうっとため息をつきながら言う。

「休みだけど、オレもバイトだもーん。撮影ー」
「えっ、撮影?」

 バイトと撮影という言葉が上手くリンクしない。

「あっ、オレさー、モデルのバイトしてるのー。コスプレモデル。ほらオレ、顔がこの通り美形でしょー? スタイルもフィギュアっぽいっていうか。そういう分野嫌いじゃないし、なーんか向いてるみたいなんだよねー。天職?」

 自画自賛を交えつつ話す彼に詳しく聞いてみると、世の中にはコスプレを特集している月刊雑誌があるらしく、シンくんは毎号毎号決められたキャラクターのコスチュームを着てプロのカメラマンによる撮影をこなし、その掲載料をもらっているのだそう。
 つまり、コスプレ専門の読者モデルをしているということだ。そんな分野があるとは知らず、びっくりした。
 ハーフと見紛みまがうような――本人は純日本人らしい――彫りの深い顔立ちに、無駄のない細身の体型が、アニメやゲームの世界観にマッチするのだろう。その筋では結構名の知られた存在で、彼のファンも少なくないらしい。これまたびっくりだ。

「そんなことばっかやってフラフラしてるから、仕送り切られるんだろ?」
「だってー、必要とされるのって気持ちいいじゃーん。大事な授業の時間とカブっても、ついつい撮られに行っちゃうんだよねー。あと、こーゆージャンルって休日のイベントとかも多いしー、だから平日は疲れ切っちゃってるってゆーかー」

 苦笑しながら、クルトンののったシーザーサラダを口に運ぶリョウくんに、口をとがらせて反論するシンくん。

「ねえ、そういえば二人は、もともとの知り合いじゃないんでしょ?」

 二人のやり取りは随分くだけたものだけど、シンくんはレイくんの高校時代の友達で、リョウくんは会社の同僚。彼らはレイくんという共通の知人を介して出会ったはずだ。

「んーまー、そうだね。この家で顔を合わせたのが初めてだったと思うけどー」
「いつだっけ? 僕がレイジロとよく話すようになってからだから……えーっと、一年半くらい前? 入社して半年経ったころだよな」
「うんー、後期の授業が始まる前だったから多分そーだよ」
「もう一年半か」
「最初リョウくん、爽やか過ぎて近寄り難かったよー。好青年オーラバシバシ出てて、なんかオレとは住む世界違うなーって思って、話しかけられなかったー」
「シンのほうこそ、そのとき真っ赤な髪してただろ。ヤバい、とんでもない家に来ちゃったって、気安く話しかけられなかったよ」

 二人の会話は延々続いた。お互いに最初は気まずかったものの、彼らが共に『あ』で始まる苗字であることから話が盛り上がったらしい。学生時代に様々なイベントの代表や一番手を押し付けられたエピソードなどを話し、それを機に友好を深めていったようだ。今では行動を共にする回数は、もとの知り合いだったレイくんより多いくらいだとか。

「でもさーでもさー。レイちゃんちで暮らし始めなかったら、リョウくんとも出会えなかったわけじゃない。そう考えると、レイちゃんに感謝だよねー」

 リョウくんとの思い出話をしている間、シンくんはシャンパンのグラスを持って舐めるようにずっと飲んでいる。量でいったらわずかだけれど、燃費がいいのかすでに酔い始めているらしい。
 いつもより輪を掛けて高い声で言うと、レイくんは「それはどうも」とおざなりに言った。

「やだー。レイちゃん、オレとリョウくんに嫉妬してないー?」
「してないしてない。シン、明日撮影なら酒はほどほどにしておいたほうがいい、弱いんだから」
「はーい。何だかんだ言って、優しいよねー」
「うるさい、酔っ払い」

 シンくんとレイくんの軽口の応酬おうしゅうを聞いて、あまり口を挟まないレイくんは会話に興味がないわけではなく、聞き役なのだろうと思った。この三人の会話を引っ張るのはシンくんで、それにリョウくんが合いの手を入れ、必要に応じてレイくんが加わる。
 同じ家で暮らしていく中で、この形が一番自然体に近いのだろう。そう考えると、それぞれカラーの違う三人だけれど、なかなかどうして、つり合いがとれているような気がした。

「で、そんなレイジロのおかげで、僕たちも有紗ちゃんと出会えたってわけだ」
「だねー。てか、オレたちにも突然言うんだもん。『今度、従姉いとこがここに引っ越してくることになった』って」
「何だよ、『別にいいよー、光熱費とか浮くし』って真っ先に返事したの、シンだろ」
「まーオレはそういう理由もあって大歓迎だったけどさー。有紗っちは何も知らなかったみたいだったし、ちょっと可哀想かわいそうじゃーん」

 本当にそうだ、と強くうなずいてしまいそうになる。
 レイくんひとりが暮らしていると思っていたところ、全く知らない二人組に「今ここに住んでます」と言われた気持ちを、そうやって察してくれるべきだろう。

「それにしてもー、四人っていうとまたにぎやかになるねー。なつかしいなー、一年半前。オレとレイちゃんとリョウくんと、あと――」
「シン」

 それまでシーザーサラダを口に運んでいたフォークを、カチャッと音を立ててお皿の上に置いてから、レイくんが鋭い声でさえぎった。
 シンくんは「しまった」という顔をして口をつぐむ。ちょうどグラスの中身を飲み干したリョウくんは、二人の様子を視界に収めながら、やれやれと嘆息する。

「……とにかく、これからよろしくね、有紗ちゃん。いろいろ思うところはあるだろうけど、せっかくこうしてみんなで暮らすことになったんだし。楽しくやろう」

 ほんの一瞬だったけど、不穏な空気が流れたのはわかった。けれどそれ以上は私に悟らせまいと思ったのか、そんな空気を打ち消すようにリョウくんが言う。

「う、うんうん、そうだねー。ほとんど知らない同士が一緒に暮らすんだし、お互い無理せず、ケンカせず、仲良くねー」

 それに乗っかる形でシンくんがまとめて、さらに、

「そういやー、明日はみんな何時起きなのー?」

 と、素早く違う話題に切り替えたので、私もそれまでの話題を深く考えることなく、「六時半」などと答えたのだった。


「見事に寝落ちたな、二人とも」

 ダイニングテーブルに沈むシンくんとリョウくんを見下ろして、レイくんが言った。彼らはアルコールによって、私たちよりも一足早く眠りの世界に行ってしまったのだ。

「シンくんとリョウくん、大丈夫なの?」
「シンは酒飲むと大体ああだから。……リョウはこういうことは滅多にないんだけど、酒っていうよりも仕事で疲れてたんじゃないかな。ひとまずそのまま寝かしておけばいい」

 ぐっすりと寝ている彼らをそのままに、私とレイくんはグラスを片手にリビングに移動し、ソファに横並びに腰掛けた。
 シャンパンはとっくに飲み切ってしまっているので、グラスは脚のあるものからロンググラスへと変わっている。そして中身は誰かが買い置きしていたらしい缶ビールだ。

「レイくんは、お酒強いの?」
「どうだろ。記憶がなくなるまで飲んだりはしないし、気分が悪くなることもないから、割といけるほうなのかも。有紗は?」
「私もそんな感じかな。度数が高すぎるのを急いで飲んだりしなければ、気持ちよく酔っ払える感じ」
「それくらいがちょうどいいよ」

 言いながら、八分目まで注いだビールをあおるレイくんを、改めてじっと見つめた。
 顔色にほとんど変化はないけれど、心もち赤くなっている気がする。くりっとした瞳も、白目の部分に少し赤みがあるような。それでも、顔立ちの美しさに何ら影響はなく、かえって煽情せんじょうてきなくらいだった。
 ビールを嚥下えんげする喉を通って、手元に目がいく。グラスを支える指先は長くしなやかで、手のひらはきっと私のそれよりも一回り大きい。横長の爪先は短く綺麗に揃っている。
 やっぱり昔のレイくんとは全然違う。昔のレイくんは『男の子』だったけど、今のレイくんは立派な『男の人』だ。かつての面影なんて感じさせないくらいに『男の人』になっている。
 私の知らない『男の人』に。

「まさか、レイくんとビールを飲む日がくるなんて思ってなかったなー」

 それが寂しいような、喜ばしいような。複雑な気持ちでつぶやく。

「泣き虫で三つ編みの似合うレイくんが、お酒を飲めるようになるなんて」
「何、また思い出話?」

 前もそうだったけど、昔の話題を持ち出すとレイくんはこうやって不機嫌そうに突っ掛かってくる。


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