それでも恋はやめられない

ichigo/小日向江麻

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1巻

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   2


 お洒落しゃれな扉を開けて出てきたのは、正統派の美青年。
 ダークグレーのジップアップパーカーと黒いスウェット姿だけど、それでも十分カッコよかった。
 レイくんとおぼしきその青年は私を見るなり、私の顔から何かを探り出そうとするように、真剣な視線を向けてくる。

「――ご、ご無沙汰してます」

 挨拶あいさつを紡ぐ唇が震えた。
 それを合図にしたように、ふっと真顔を解いたレイくんは、サラサラ流れる黒い髪をかき上げて、ちょっとだけ気だるそうに玄関のステップを降りてくる。

「久しぶり」
「は、はいっ」
「どうしたの、かしこまって」

 少し口角を上げるだけのクールな笑顔がまぶしい。
 昔は小柄だったのに、今の彼は私の身長なんてとうに追い越していて、結構見上げないと視線が合わないほどだ。かつての彼とは別人のようで、情けなくも緊張してしまう。

「だ、だって、レイくんすごくカッコよくなっちゃって」
「ああ。よく言われる」

 ……ん?

「上がって。中でゆっくり話そう」
「あ、うんっ」

 何だろう。今サラッと肯定したよね? こういうときは、本当のことでも謙遜けんそんするものだと思っていたから、一瞬どう返していいのか考えてしまった。
 まぁでもカッコいいのは事実だし、私も気に留めずに流すことにした。
 まず案内されたのは十四畳ほどの広々としたリビング。レイくんがコーヒーをれてくれるというので、ソファに腰掛けて、部屋の中を見回した。
 リビングのとなりが八畳ほどのダイニングスペースとなっていて、その奥がカウンターのあるオープンキッチン。リビングとダイニングはつながっており、開放感があった。

「迷わないで来られた?」

 電気ケトルを操作するレイくんの手元から湯気が上る。程なくして、コーヒーの香ばしい香りが漂ってきた。

「うん。地図見てきたから」
「そう」
「それにしても、すごく素敵なお家だね。周りの家もみんな立派で、驚いちゃった」
「うちは大したことない――って、叔父さんの家にそんなこと言っちゃ悪いか。もっと先のほうに行くと、門から玄関までが果てしなく長い家とかもある。……信じられる?」

 苦笑したレイくんが、スリッパの音を立てながら戻ってくる。そして、両手に持っていたマグの片方を私の前に置いた。ボルドー色に、ホワイトのドットが入った丸っこいデザインのものだ。

「ありがとう」
「インスタントだけど」

 レイくんが自分のマグ――こっちは、ネイビー色にホワイトのドット。お揃いのデザインだ――に口をつけながら私のとなりに座った。その横顔をのぞき見る。
 薄めの眉にくりっとした二重ふたえの瞳が人懐ひとなつっこい印象を与え、ぽってりとした唇は幼さを残している。白くてすべすべだった肌は、少し健康的にカラーチェンジしていた。それでもきめ細やかな感じは相変わらずで、思わず触りたくなってしまう。

「何?」

 今も角度によっては女の子に見えるのでは……なんて考えていると、レイくんが怪訝けげんそうに首を傾げる。

「ううん。あ――そうだ、この度は本当にありがとう」

 私は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「レイくんのおかげで新しい仕事先が決まったし、すごく感謝してるの」
「あぁ、気にしなくていいよ。たまたま欠員が出たんだ。そしたら有紗が仕事を辞めたばかりだっていうから」

 再び違和感を覚えて顔を上げた。
 今、もしかして、私のことを『有紗』って呼び捨てにしなかっただろうか。
『有紗おねえちゃん』ではなく、ただ『有紗』と。

「……うん。でも、住むところまで提供してもらえるなんて思わなかった。しかもこんなに素敵なお家を」
「部屋も余ってるし、会社も近いしね」
「会社まで二駅だよね?」
「ああ。悪くないだろ?」

 とりあえず先に覚えた違和感は置いておき、こくんとうなずく。悪くないどころかとても便利だ。

「でもまだ信じられないなあ。まさか、あのちっちゃかったレイくんと同じ会社で働くことになるなんて」
「ちっちゃかったのはお互いさま。有紗とは一歳しか違わないんだし」

 ……おやおや? やっぱり聞こえた。
 今回は『有紗』と、確実に、間違いなく、そう呼ばれた。

「あれ、昔は有紗おねーちゃんって呼んでくれてたよね?」

 再会直後だというのにこの距離の近さは何だろうと思案した結果、さり気なくにこやかにたずねてみることにした。

「そうだっけ」
「そうだよ。あのころのレイくん、女の子みたいに可愛かったよねー。今だって十分可愛いけど、三つ編みで癖を付けてウェーブにすると、もう本当にお姫様みたいで――」
「そんなの昔の話だろ」

 なつかしさをわかち合おうと思ったのだけど、どういうわけかレイくんはお気に召さなかったらしい。端整な顔を不機嫌そうにゆがめて、私が言い終わらないうちにスパッと切ってしまった。

「思い出話なんて年寄りくさいことするなよ。それより、家の間取りとか確認したほうがいいんじゃないの?」
「と、年寄りくさい……?」
「案内するからついてきなよ、こっち」

 そう言うとレイくんは立ちあがり、スリッパの音を緩慢かんまんに響かせながら扉へと向かっていった。
 気を抜いていたところにボディブローをくらって、思わずぽかんと口を開けてしまう。けれど、彼の背中が見えなくなったところでようやく我に返り、私は慌ててあとを追った。


 家の一階には今通してもらったリビング&ダイニングとキッチン、それと十畳の客間に、六畳ほどの収納スペース、バスとトイレがあった。
 どこもひとり暮らしの割には掃除が行き届いていて、清潔な印象。綺麗好きなんだろうな。
 それらを一通り回ったあと、玄関近くにある階段を上って二階に向かう。

「有紗の部屋は二階だから、覚えておいて」
「う、うん」

 その呼ばれ方はやっぱり慣れない。
 思い描いていた現在のレイくん像と実際の彼がかけ離れすぎていて、、どうにも居心地が悪かった。
 幼いころの印象から勝手に今の姿を想像していたわけだから、もちろん彼が悪いわけではない。むしろ、いつも私のうしろをくっついて来ていた彼がすこやかに成長したのは、喜ばしいことだと思う。
 だけど久々に会った年上の女性をいきなり呼び捨てっていうのは、いかがなものか。
 ……なんて思っちゃうから、年寄りくさいとか言われるのかなあ。
 もしかしたらレイくんとしては、フランクに接してくれているつもりなのかもしれない。一緒に住むんだし、ある程度距離を縮めた付き合いをしたいと思っているのかも。
 やりづらいなんて感じたら、それはレイくんに失礼だ。
 階段を上り切ると、廊下を挟んで左右に三つずつ扉が見えた。
 レイくんは一番奥まで進むと、右手にある扉を押し開ける。

「ちなみに、向かいが俺の部屋だから」

 ということは、左手側がレイくんの部屋か。覚えておこう。
 八畳ほどの室内には、シンプルな木製のベッドとマットレスだけが置かれていた。ベランダに続く大きな窓からは日の光がたっぷりと入ってきている。太陽が高めに出ている間なら、明かりはいらないだろう。

「南向きだから、日中は気持ちいいと思う。夏は暑いくらいかも」
「嬉しいなあ、ありがとう……ちょっと出てみてもいい?」
「うん」

 私は窓を開けてベランダに出た。心地よい春風に頬をでられ、思わず目を細める。
 胸のあたりまであるさくに体重を預け、大きな家が並ぶ街並みを眺めながら言った。

「四月からは毎朝この景色を見られるんだね」
「あたりまえだろ。ここが有紗の家なんだから」

 いつのまにか、レイくんも私のとなりに来ていた。私と同じように柵にもたれながら、静かな世田谷の住宅街を見下ろしている。

「レイくん、こんないいところにひとりで住んでたなんてうらやましいなあ」
「…………」

 一瞬だけ、レイくんの目が泳いだように思えたけど、私は気にせず続けた。

「でも、私だったらちょっと寂しいかも。広い分、余計にひとりだってことを実感する気がして」

 それは私が失恋をしたばかりで、孤独という言葉に敏感になっているからかもしれないけど。

「……今のところ、寂しくはない。それに」

 レイくんがこちらを向いた。

「――これからは有紗と一緒だから」

 玄関から現れたときと同じ、とても真っ直ぐな瞳で私を見つめる。
 見つめ返すのがはばかられるくらいの、真剣な目。

「そ、そう」
「有紗と一緒に暮らせるようになって、嬉しい」

 甘い声のレイくんが、付き合っている彼女にしか聞かせないような優しい声色こわいろでそう言うものだから、戸惑ってしまった。

「……やだ、その台詞せりふ、まるで好きな人に言うみたい」

 ドキドキしてしまいそうで、私はあえておどけて言ってみた。
 嘘。ドキドキしそうなんじゃなく、すでにドキドキしている。
 レイくんが美青年だからという理由ももちろんあるけど、それだけじゃなくて。
 今まで付き合ってきた男性達は、自分の気持ちを積極的に伝えてくれなかった。直行もそう。
『好き』とか『愛してる』とか、『一緒にいられて嬉しい』とか。そういうのを雰囲気で察して欲しいって人ばかりだったから、ストレートな言葉に耐性がないのだ。
 きちんと言葉で表現してもらうって、こういう感じなのか。
 ……悪くない。ううん。嬉しい、かも。
 っていうか! きゅんとしてる場合じゃない!
 久しぶりに会う従弟いとこ相手に胸を高鳴らせたりするなんて――一体何してるの、私。
 彼氏と別れて寂しいから、誰彼構わずにときめきを求めてしまっているのだろうか。
 だとしたら、自己嫌悪に陥る。そんなつもりなんてないのに。
 ドキドキしたり、そんな自分を叱咤しったしたり、落ち込んだり……ものすごい速さで思考を巡らせていると、レイくんが首を横に振った。

「みたい、じゃない」
「えっ?」

 どういう意味だろう――と考えるより先に、彼の片手が私の頭に伸びる。後頭部に回ったその手に支えられたかと思ったら、彼の綺麗な顔が近づいてきた。スローモーション映像のようにゆっくり、ゆっくり。きっと時間にしてみたら一瞬の出来事なのだろうけれど。
 それから唇に何かが触れた。しばらく忘れていた、温かくて柔らかな感触。

「――っ!?」

 それが何かを理解した瞬間、声にならない悲鳴を上げてレイくんの胸を押した。
 ……え? え、えええ?
 今、キスされた?

「れ、レイくん、一体、な、何をっ……!?」
「何って、キスだけど」

 そういうことを聞いてるんじゃない!
 久々の再会を果たしたばかりで、キ、キスって――
 ど、ど、どうしてこんなことに……!?

「ただいまー」
「おい、声でかいよ」

 頭の中がこんがらがって動けないでいると、玄関の扉が開く音とともに男の人の声が聞こえてきた。それも二人分。
 ふっと魔法が解けたみたいに力が抜けた私は、レイくんに背中を向けて部屋の中に駆け戻った。
 まだうまく状況が把握できていない。だけど――
 ……あれ? ちょっと待って。
 聞こえてきた台詞せりふに引っ掛かりを覚える。
『ただいま』――と。彼らはそう言っていなかっただろうか?

「ったく、アイツらもう帰って来やがったのか」

 私のあとを追って室内に戻ってきたレイくんが、窓をロックしながら忌々いまいましそうにつぶやいた。
 帰って来たって?

「……ーん? い……のー?」
「……で……るんだろ、ど……」

 家の中に入って来た彼らが、何を言っているのかまでは聞きとれない。
 階段を上る音に交じって届くのは、ちょっと間延びしたような高めの声に、落ち着いてはいるもののはっきりと通る声。ベランダから聞こえた二人の男の人とおぼしき声が、確実に二階へと近づいてくる。

「ねーレイちゃんー。いるならいる、いないならいないって返事してよー」

 いない場合は返事をできないだろう――と心の中でツッコミを入れつつ、私は振り返ってレイくんを見た。

「お友達?」
「まあ、そんなもの」

 そうか、レイくんの知り合いか。なら親しげな呼び方もうなずける。
 それにしても、なぜ『ただいま』と言ったのだろう?

「お友達が遊びに来る予定だったの? ごめん、すぐ失礼するね」
「いや逆。このときのために追っ払ったはずだったのに」
「……?」

 意味がわからない。

「レーイーちゃーん……あら」
「……ここじゃないな」

 彼らは近くの部屋の扉を開けたようだけど、そこでは目的の人物を見つけることができなかったみたいだ――レイくんは私の傍にいるのだから、当然なのだけど。

「じゃ、あっちだ。例の空いてる部屋」

 落ち着いた声音こわねの男の人がうながし、足音は更に接近してくる。

「ちょっとどいて」

 扉の前にいた私を下がらせると、レイくんは不満げな顔でやや乱暴に扉を開けた。

「お前ら、何で帰って来たんだよ」

 廊下に向けてなじるように言ったレイくん越しに、人影が二つ見える。

「レイジロ、やっぱりここか」

 耳心地のいい声でそう言ったのは、黒髪にメガネの男性。人がよさそうな顔立ちながらキリッとした雰囲気もあわせ持つ好青年だ。白いシャツの上にネイビーのスウェット地カーディガン、ボトムスはベージュのチノパンという清潔感のあるファッションがよく合っていた。

「ただいまーレイちゃん」

 語尾が伸び気味の彼は、脱色した長めの髪と、胸元にドレープの入った黒いアシメカットソー、グレーのサルエルパンツというなんとも個性的な出で立ち。吉と出るか凶と出るかが微妙な服装にもかかわらず、それをしっかり着こなせる顔とスタイルをしている。
 二人はレイくんの他に誰かがいることを予想していたらしく、部屋の入口から何かを探すようにのぞき込んできた。
 そして私を見つけるなり、まずは目立つ髪色の青年が「あっ」と小さく叫んだ。

「どうもー、はじめましてー。オレ、シンって言いまぁす。青山慎あおやましん。よろしくー」
「どっ、どうも、はじめまして。私は、レイくんの従姉いとこの――」

 底抜けに明るく笑いかけられて、私もすかさず頭を下げた。
 今度は私が自己紹介する番とばかりに、藤堂の「と」を発音しかけたところで、

「藤堂有紗さん、でしょ?」

 と、フライングしたのはメガネの青年。何で知っているのだろうと、顔を上げ、視線で問うてみる。

「あ、ごめんごめん。レイジロから聞いてたから」

 彼は苦笑を浮かべ、続けた。

「僕はアヤセ。綾瀬あやせりょう
「青山くんに、綾瀬くんね」

 忘れないように復唱していると、青山くんがおかしそうに喉を鳴らす。

「やーだな、そんなよそよそしい呼び方しないでって。もう他人じゃないんだしー」
「……?」

 他人じゃない?
 よく意味がわからず、中途半端な相槌あいづちを打っていると、綾瀬くんも笑ってうなずきを返す。

「そうそう。有紗さんのほうが年上なんだし、もっとフレンドリーに、下の名前で呼んでよ」
「これから一緒に暮らすんだから、そのほうが互いに気楽でしょー?」
「いっ?」

 青山くんが至極当たり前みたいに言うものだから、息継ぎをするような変な声を上げてしまった。

「一緒に? ……またまた、そんな冗談」

 つい、何の面白みもない、まともなリアクションを返す私。感じが悪かったかなと思い、今更ではあるけれど、「あはは」と笑いをつけてみる。

「冗談?」

 ところが、青山くんはきょとんとした顔で首を傾げたのだ。
 え? 何で?

「――ねーレイちゃん。まさかとは思うけど、有紗ちゃんにオレたちのこと、話してないのー?」

 会話がかみ合っていないことを察したらしい青山くんが、ちょっとだけ声をひそめてレイくんにく。口元に添えられた手には、へびが絡みついたような指輪がはまっている。

「話そうとしたところでお前らが帰ってきた」

 今まで私たちの会話を黙って聞いていたレイくんがため息をついて続けた。

「っていうか、しばらく家空けろって言ったろ。何、帰ってきてんだよ」
「いやー、だって未来の同居人にキチンとご挨拶あいさつしておきたいじゃんー。リョウくんもそー思うでしょ?」
「ああ。大体、自分ちにいつ帰ってこようが自由だろ」

 ただいま。一緒に暮らす。同居人。自分ち。
 頭の中でバラバラに点在していた単語たちが、一つに集約される。

「あの……えっと、あなたたち、この家に住んでるんですか?」

 導き出した結論を、まさかと思いながら口にしてみた。
 違うよ……ね?

「うんー、そうだけどー?」

 ――そう願ったのもむなしく、青山くんの緊張感のない声がしれっと答え、

「で、今月末からは有紗さんも一緒に暮らすんでしょ? よろしくね」

 綾瀬くんがレンズの向こうで優しい笑みを浮かべた。
 い、一緒に、暮らす……だって?

「な……な、なな、何それっ!? そんなの聞いてないんですけどっ!?」

 四人暮らしでもまだ十分に余裕がありそうな、この広く静かな家に、私の悲鳴に近い叫びが響き渡った――



   3


「――だから、今日家を見てもらうついでに話そうと思ってたんだって」

 腰を落ち着けて話せる場所を……と、一階のリビング&ダイニングに移ってきた私たち。
 ダイニングテーブルを囲んで、私のとなりにレイくん、向かい側に青山くんと綾瀬くんが座っている。
 私は、しくじったと眉をひそめるレイくんのほうを向きながら言った。

「そ、そんなの困るよ……。私は、レイくんがひとり暮らしってことだったから、一緒に住まわせてもらおうと思ってたのに」
「ひとり暮らしだなんて言ってないけど」
「えっ……?」
「有紗のお母さんからの電話でもかれてないし、この家については『部屋が余ってる』って言い方しかしてない」
「そ、そんなあっ」

 そりゃあうちのお母さんだって、他に同居人がいるなんて想定してないよ。
 だいたい、訊かれてないから言わないなんて、そんなの言い訳にならないっ!
「俺は悪くない」とでもいう態度のレイくんに納得がいかないながらも、今度は身体を前方の青山くんと綾瀬くんに向ける。

「二人は、どうしてレイくんのお家に住んでるの?」
「おー、それ聞いちゃうー?」

 先に口を開いたのは青山くんだ。

「なーに、簡単な話だよー? オレの場合は、親からの仕送りストップされて家賃払えなくなっちゃって」
「仕送りって?」
「あー、オレこの中で唯一ゆいいつの大学生なのー。歳はみんなと一緒だけどさー」

 ちなみに四年ね――と指を裏向きに四本立てた。へびの指輪の緻密ちみつな細工がよく見える。
 ……その割には、随分高価そうなものを身に着けてるみたいだけど。

「留年しすぎて『そんなんじゃ大学に行ってる意味ないだろ!』って、父親に怒られてねー。がっつりバイトしててもお金カツカツで、どうしよーかなーって思ってたら、高校時代の友達のレイちゃんが『ウチこない?』って誘ってくれてさー」
「俺は誘った覚えないけど。シンが勝手に荷物持って押し掛けてきたんだろ」
「あはは、そーだっけー?」

 すかさず入るレイくんのツッコミ。それを、青山くんはヘラっと笑って誤魔化ごまかしていた。

「……綾瀬くんは?」
「僕は単純に会社に近いからだよ。シンと違って金銭的に切羽詰まってるわけじゃないけど、会社の最寄りまで二駅だっていうし、家自体も綺麗だし……」
「会社の最寄りまで二駅?」

 その言葉、つい最近聞いたなと思う。

「――ああそうだ。有紗さん、僕らの会社に入ることになったんだったね。おめでとう。僕、レイジロと同じ営業部で働いてるんだ」

 ということは、綾瀬くんはレイくんの同僚ってわけか。――って、そんなことより。

「レイくん、由香利伯母さんは、この状態を知ってるの?」
「さあ。一度もこの家に来たことないから、知らないんじゃないの」
「いやー、さすがにレイちゃんのママにバレたら、オレ住みづらいわー。勝手に転がりこんじゃってるわけだしさー」
「というわけで、レイジロのお母さんには内緒ね、有紗さん」

 綾瀬くんがにっこり笑いながら、唇の前で人差し指を立てた。
 ……いやいや、何か、このまま二人が住み続けること前提みたいになってるけど。

「で、でもっ……妙齢みょうれいの男女が一つ屋根の下っていうのはどうなのかな」

 このままじゃ彼らのペースにのせられてしまう。焦った私は反論した。

「リョウくん、ミョーレー? って何?」
「それなりにいい歳のってことだよ」
「へー。頭いーんだね、有紗ちゃんて」

 とりわけ難しい言葉を使ったつもりはなかったんだけど、青山くんはとなりの綾瀬くんに意味を問うている。そして納得した後、あははと笑いだした。

「なんだーそんな心配か。あんまり構えずに、新しい男友達が出来たなーくらいのテンションでいてくれればいーのに」
「いや、そういう問題じゃ……」

 男友達と同じ家に住む女性なんて滅多にいないだろうに。少なくとも私の周りでは聞いたことがない。

「あー。有紗ちゃんて、もしや男女の友情は成立しない派かなー? でもダイジョブ、オレらのことはさー、従弟いとこが二人増えたと思ってくれたらいーって」

 ねー、と綾瀬くんに目配せをすると、彼もうなずく。

「そういうこと。だから、従弟っていうか――家族。そう、家族だと思ってくれたらいいんじゃない?」

 ピッタリはまったと思ったのだろう。綾瀬くんは強調するように声を高くして言った。
 ……家族だって?

「そ、そんなの無理だよっ!!」

 強い口調になってしまった。和気わき藹々あいあいとしていた空気が、シーンと静まりかえる。
 言い争いを望むわけじゃないけど、もう黙ってはいられない。矢継やつばやに続けた。

「家族だなんてそんなの無理っ。わ、私は従弟のレイくんだったら、血もつながってるし、小さな頃を知ってるっていうのもあって、一緒に暮らしても安心だなって思ったわけなの。でも、青山くんや綾瀬くんが同居人だなんて知らなかったし、初対面で人となりのわからないあなたたちといきなり一緒に暮らしてって言われても、抵抗があるというか……」

 ここまで一息で言ったところで、ぐるりとみんなの顔を見回してみた。
 捨てられた子犬のように悲しげな顔の青山くんと、困惑気味の綾瀬くん。
 そして、不服そうというか、明らかに気分を害しているレイくんのふてくされた表情。その全てに気圧けおされ、うっと言葉に詰まる。

「と、ということで……正直言って、私は気が進まない、です……」

 自分が間違ったことを言っているつもりはないけど、口調が強すぎただろうか。不安になって、どんどん語勢が弱まってしまった。
 私の言葉を受け、みんなはそれぞれの表情のままに黙っている。
 とりわけ気になったのはレイくん。彼はなぜこんなに不満そうにしているのだろう。
 お友達との同居を真っ向から拒んだのが気に入らなかったのだろうか?
 けど、そんなの当たり前じゃない? こういう言い方は失礼かもしれないけど……突然、赤の他人と生活するなんて、私の感覚では考えられない。というか誰だってそうだろう。そもそも、いくらかれなかったからといって、同居人がいると告げなかったレイくんに非があるのではないだろうか。


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