アイリスとリコリス

沖月シエル

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第1章/1-36

14 ▽言霊草▽

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ドスッ!

お腹を思いっきり蹴られて、僕は宮廷の地下牢に投げ込まれる。

いったあ…

ガシャン!

鉄の扉が閉められる。

「しばらくおとなしくしていろ」

兵士は冷たく言い放つと、去って行く。鉄製の手枷と足枷が冷たい。ここに入ったのはもう何年ぶりだろう…

ふふ…ちょっと懐かしいな。

僕が10歳の時、僕はここで大罪の焼印を押され、去勢された。子孫を残せなくするためだ。教団とアイリス皇室もなかなかひどいことをする。今リコリス皇族で生き残っているのは僕だけ。他は皆、殺されたが、僕はまだ子供だったから、死は免れた。今思うと、死ぬよりひどかった。

去勢の恐怖と痛みは今でもよく覚えている。焼印の火傷の痛みもひかないうちに、やつらは泣き叫ぶ子供の僕を押さえつけ、麻酔も何も無しに、熱したナイフで、一気に切った。

僕は絶叫した。胃から泡が湧き上がって、喉まで出てきた。その後は失神してしまって覚えていない。

何日も高熱でうなされ、痛みで体が動かせなかった。眠れなかった。食事もできなかった。何も考えられなかった。逃げることもできなかった。ただ耐えた。耐えることしかできなかった。



思い出したくない。





▽  ▽  ▽



複数人の足音が近づいて来る。おそらく皇帝だろう。彼らは僕の牢の前で立ち止まる。

「起きろ!」

帝国兵の1人が怒鳴る。眠ってしまっていたようだ。僕はのろのろと起き上がる。

「…アナスタシア。もう死んでいるのかと思っていたぞ」

「…ジラード皇帝?」

僕はジラードを見上げる。僕の知っているジラードよりも少し年をとって、皇帝然とした感じになっている。

「久しぶりだな。最後に会ったのはいつだったか…成長したな」

「…陛下もご立派になられました」

「それにしても、こうして見ると女にしか見えないな。去勢するとこんなものか。虫も殺せないような優しい顔だな」

ジラード皇帝は僕をじろじろと見下ろす…あまりいい気分でない。

「…ルシーダをフランタル王国に逃がしたそうだな」

「僕は知りません」

ジラードは眉を少し動かす。機嫌を損ねたらしい。

「…無駄だ。その処罰も受けてもらうぞ。あと本題だ。早速だが、リコリス皇鉱石のある場所を言ってもらう」

「知りません」

「ふん」

ジラードは兵士に指図して、牢の鍵を開けさせる。扉が開けられ、兵士が入って来る。僕は捕まえられ、引きずられるように外に出される。

「…まあ、お前は拷問は慣れているだろうが、しかしあまり痛いことは好きでないだろう? さっさと吐いた方が楽だぞ」

ジラードは僕を見て薄ら笑いを浮かべる。

「昔は楽しかったなあ。白目を剥いて気絶するお前を見るのは…実に愉快だったぞ」

僕の理解では、ジラードは真性のサディストだ。今さら不安になってきた…



▽  ▽  ▽



ジラードは兵士と共に、僕を宮廷地下の別室に連れて行く。

「入れ」

鉄の重そうな扉が開かれる。部屋には鉄製の椅子と、机、いくつかの用途不明の器具が置かれている。簡素な作り。レンブルフォート正教の正装をした数人の人物が中で待っていた。全員、頭部を独特の模様が描かれた布ですっぽり覆っていて、顔は全く見えない。

拷問官だ。相変わらず分かりやすいな、この人たちは。

「座れ!」

僕は鉄の椅子に投げつけられるように座らされると、鎖で体をぐるぐるに縛り付けられる。

イタタッ…体に鉄の鎖がくい込む。そんなに強く縛らなくても、どうせ僕は逃げられないよ。

さて、何をされるのやら。

「…初日だからな。まずは小手調べだ。だがグズグズしているとそのうち本格的に拷問されるぞ? いつまで五体満足でいられるかな? クク…」

ジラードが薄気味悪く笑う。

拷問官の1人がおもむろに僕の顎を掴み、強引に持ち上げた。顔を天井に向けさせられる格好だ。喉が引っ張られて苦しい。

続いて、別の拷問官が漏斗状の器具を僕の口の中に押し込む。拒みたいが抵抗できない。

「飲め」

冷たい液体が漏斗に注ぎ込まれる。口の中に液体が溢れる。

「飲めと言っているだろう!」

顎を押さえていた拷問官が僕の鼻を摘む。息ができない。少し我慢した後、耐え切れず僕は口の中の液体を飲み込んでしまう。

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…

拷問官が漏斗を外す。

「…けほっ、けほっ!…」

たまらず咳き込む。少し呼吸が整った後、間髪入れずに拷問官が再び僕の顎を掴んで持ち上げる。

くっ、苦しいっ…!

漏斗が口に突っ込まれ、液体がなみなみと注ぎ込まれる。

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…

「…くっ…、ゲホッ!…」

み、水責めか…確かに手足を切断されたりするよりはましだが…十分キツい…

…ん…なんかくらくらしてきた…?…

「効いてきたか?」

様子を見ていたジラードがにやにやしながら言う。

「言霊草の成分を濃縮してかなり入れてあるからな。ひとたまりもないだろう」

っ!…そういうことか…

「さ、言ってもらおう。リコリス皇鉱石の場所はどこだ?」

「はか…きょじんの…なか…」

え、嘘でしょ。勝手に喋ってしまう。

「墓? 巨人?」

「こうていのぼち…りこりすの…しゅごしゃ…」

なにコレ。自分の口が全然コントロールできない。

「…リコリス帝の墓のことではないでしょうか」

兵士がジラードに話しかける。

「あの場所はもうすでに十分調べつくしているはずだ。皇鉱石は無かった」

ジラードは歩み寄り、僕の首を掴む。

ギュウゥゥ…!!

や、やめっ…苦しい…!

「…さ、絞め殺されたくなかったら、本当のリコリス皇鉱石の場所を言うんだ」

「…ほんとう…うそじゃない…」

「貴様!」

ジラードは僕の首から手を離すと、拳で僕の頬を殴る。

ガンッ!

いっったぁっっ! くらんくらんする。勘弁して。

「もっと飲ませろ」

ジラードは拷問官に指示する。拷問官は僕の顎を掴んで持ち上げ、何度も言霊草入りの液体を飲ませる。

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…

「…ぐっ、げほぉぉっ!」

僕は胃の中から水を戻して吐き出してしまう。こんなに一度に水を飲んだのは初めてだ。お腹がはちきれそうで苦しい。涙も出てくる。

拷問官は、何事もなかったかのように、僕の顔を掴んで仰向けにさせ、水を飲ませる。

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ…

「…けほっ、けほっ…んぐっ…」

また少し水を吐いてしまう。鼻からも水が出てくる。も、もうダメ…溺れる…

「…そもそもこれだけ自白剤を飲ませているのですから、嘘をつくのは難しいかと思われますよ、陛下」

「こいつは子供の時から何度も拷問を受けているから、自白剤に耐性があるのかもしれないぞ」

「ちょっと試してみましょう」

護衛の兵士が僕に問いかける。

「おい、お前が世界で一番嫌いな人物は誰だ?」

「じらーど」

「効いているみたいですよ、陛下」

「お前な…」

ジラードはやや呆れた様子で兵士を少し睨む。

「…じゃあ、あのリコリス帝の墓に、本当に皇鉱石があるとでもいうのか?」

「聞いてみましょう」

兵士はもう一度僕に質問する。

「おい、本当のことを言え。でないと命は無いぞ。リコリス皇鉱石の場所はどこだ?」

「おおおとこ…さんめーとるの…からだのなかに…りこりすのこうこうせきをもっている…」

言霊草の自白作用ってこんなに強かったっけ。僕の知っている言霊草の効果じゃない。さっき濃縮しているとか言っていたし、おそらくここ数年の間に自白剤の製法も進化したのだろう。拷問がキツいのはある程度分かっていたけど、これはちょっと想定外だな…

「かれは…それをどうりょくげんにして…うごく…」

つっ…! 余計なことを…! しかし僕の意思に反して僕の口は勝手に喋る。

「動く…? あの石像が? ハッ、ふざけたことを!」

「陛下、しかしこやつは今、本当のことしか話せないはずですよ」

ジラードは少し考え込む。

「…陛下、何はともあれ、もう一度あのリコリス帝の墓を調べてみては?」

「…よく分からんが、しかたない」


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