アイリスとリコリス

沖月シエル

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第1章/1-36

15 ▽今のところ、計画通り▽

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「痛い! 痛いんだよ!」

僕は泣きながら必死に医務官にしがみつく。

「これ以上は痛み止めは処方できない。それにこれは刑罰だからな。今切ったばかりだから痛むだろうが、そのうち楽になる」

「無理だよ! 気が変になりそうだよ!」

なんで僕ばかりこんな目にあわなければならないのだろう。痛みと悲しみで僕はわけのわからない声で泣き喚く。

「…そうか」

医務官は傍にいた事務員に合図する。

「…持ってきますか?」

「ああ」

事務員は部屋から出て行く。しばらくして、手に何か持って帰ってくる。医務官はそれを受け取って、僕に見せる。

…葉巻?

「…今コイツを吸うと、一生コイツ無しでは生きられなくなるぞ。お前はまだ子供だから、より依存性は強く残る。でも痛みはいくらか治まるだろう。今やれるのはこれだけだ。どうする、吸うか?」

「…欲しい! 何でもいい、欲しい!」

医務官が僕に葉巻を咥えさせ、火をつける。

「煙を吸え」

「…ゲホッ! ゲホッ!」

「我慢しろ。煙を肺まで深く入れるんだ」

煙を強く吸う。

「…ゲホッ!」

強くむせる。煙を吸いすぎて息が苦しい。



…ん、何だろう、少し痛みがひいてきたような気がする。

少し大人しくなった僕を見て、医務官が言う。

「…大丈夫そうだな。また来る」

「待って」

僕は帰ろうとする医務官をひき止める。

「…どうした?」

「そばにいて」

僕は医務官の服を掴んで引っ張る。

「何でだ? もう大丈夫だろう」

「お願い」

何だろう。とても変な感じがする。頭がぼーっとして、くらくらして、何か不安なような安心するような、不思議な気持ち。誰かにそばにいてほしい。

「…そうか。初めてだからな」

医務官は僕のそばに座る。

「…去勢された人間はだいたい皆コルフィナを吸うそうだ。仕方ないさ」

「コルフィナ?」

「そう、コルフィナだ」



▽  ▽  ▽



慣れ親しんだ冷たい地下牢の感触。

…ん、夢か。少し昔のことを思い出していたようだ。



複数の、重い金属のブーツの足音が近づいて来る。ジラードたちだ。牢の前まで来て、立ち止まる。

「…どうだ、地下牢の生活は?」

「おかげさまで。用件が済んだなら早くここから出してほしいんだけども」

「そろそろ新しい拷問を始めるか」

ジラードは大きな鋭いはさみ状の器具を取り出す。

「今日はこいつで貴様の耳を切り落とさせてもらう」

!!

わ、嘘でしょ…ガチのヤツ来た…

「それが終わったら、数日かけて指、腕、脚…少しずつ、切り落としていく。さて、いつまで耐えられるかな?」

ジラードがにやにやしている。気持ち悪い。サディストの表情だ。ある程度覚悟はしていたけど…でもいざ耳を切られるとなるとけっこう怖い。

「久しぶりだなあ、アナスタシア? また昔のように楽しもうじゃないか」

シャキン! シャキン!

ジラードがはさみ状の器具を鳴らす。なんか普通のはさみと違ってエグいギミックで動いている。

…怖…

…あれが僕の耳に…

恐怖で体が少し震えている。どうすればいい?…いや、こうなったらもうどうしようもない。まあいい。腹を括ろう。耳の1つや2つ、無くなったとしてもしょうがないじゃないか。痛みなら耐えればいいんだ。痛みに耐えるだけでいいんだ。それだけだ。ひょっとしたら間に合うかもと微かな希望もあったんだけど…

…?

突然、走って近づいて来る別の足音。

「…あ、ありました、陛下!」

到着した兵士が少し慌てた様子で報告する。

「何?」

「リコリス帝の墓の石像の中に、リコリス皇鉱石が隠されていました!」

「…何だと!? そんなはずはない、ちゃんと調べたのか?」

「金属の箱の中に入っていたので、少し蓋を開けて確認しましたが、赤く光る大きな宝石です」

「本物か」

「触れては死んでしまいますので、我々には取り扱いが難しいのですが、科学者連中は今戦争のための兵器の開発およびメンテナンスに引き払っていますので、戦況が落ち着き次第詳しい調査ができるかと」

「分かった」

ジラードは僕の方を向く。

「…ふん。言霊草はやはり効いていたみたいだな」

ジラードは気分良さそうだ。

「今すぐ見せろ! これでフランタルとの交渉を有利に進められるぞ! これで俺は安泰だ!」

ジラードは笑いながら兵士たちと地下牢を出て行く。



…危なかった。もう少しで僕の耳が無くなるところだった。

戦況が落ち着く頃? その頃には帝都はすでに陥落している。ジラードは自分が助かることだけに気を取られて状況を正しくとらえられていない。ジラードは助からない。王国は僕が用意したあの赤い石を調べてすぐ偽物のリコリス皇鉱石だと分かるだろう。そもそもリコリス皇鉱石のこと自体、王国がよく分かっているのかもあやしい。戦争が終わった後のことは今の段階では不確定要素が多すぎて細かく計画が立てられない。下手をすれば僕もすぐ王国に捕まってしまうかもしれない。だがそれでも問題無い。どのみち時期が来れば自分から王国側に出向いて行くことになるからだ。その時の王国には、あのルシーダがいる。



どうやら本物のリコリス皇鉱石はひとまず守れたようだ。雑な作戦で不安だったけど、わりとあっさり騙されてくれた。

今のところ、計画通り、かな。

拷問中に僕が話してしまったことは全て本当のことだ。言霊草の自白作用からは逃れられない。準備したかいがあった。

…ルシーダ。

綺麗な人だったなあ。

もうすぐ会えるね。


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