乾坤一擲

響 恭也

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人は堀人は石垣人は城情けは味方仇は敵なり

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 未曾有の国難は去った。このたびの騒動でキリスト教は胡乱な目で見られるようになり、ルイス・フロイスあたりは個人で名声を得ていたため迫害されるようなことはなかったが、一部で教会が取り囲まれるなど物騒な動きもあった。これは兵が派遣され、流血の惨事は避けられたが、宣教師は非常に求心力を低下させたのである。
 とくに騒動の影響が大きかったのは実際に迎撃を行った九州だった。ここで大友家が復権を望んでイスパニアに通じた疑いが浮上した。もともと領民を売り飛ばして火薬を購入していたような家であるとの印象も加わり、実際に義昭からの書状を報告していなかったことも判明した。さらに時期の悪い事に、教会へのっ焼き討ちと、家族を売り飛ばされた農民一揆が勃発した。大友義統はこれを即座に制圧できず、立花や織田信澄の援軍を得てようやく鎮圧された。領土を治めることができないことと、先だっての疑惑もあって大友家は改易となる。大友義統は一命を許されたが、隠岐に流刑となった。
 家臣団は解体された。一部は大友家の悪行の連帯責任を負って流刑や追放される。開いた土地には織田信澄が豊後に移封、日向南半国は島津に加増となり、日向北半国は幕府直領となり、代官が派遣される。そして大友のもと家臣たちが配された。土地ではなく銭で俸給をもらう立場となったが、食い扶持は与えられていることで彼らは安堵の息をつくのであった。

「うまくいったな、小太郎」
「はい、思いのほかですな」
「謙遜はいらぬ。おぬしはよくやっておる」
「ありがたきお言葉」
 大友家に流れた密書は当然のように察知されていた。そこで報告があればまだ命脈を保っていただろうが当然黙殺していた。逆に九州に所領を持つ明智、細川、島津は即座に書状を未開封のまま秀隆に転送していたあたり、危機管理はまことに見事であった。
「くっくっく、あの大友家をようやくこの世から消滅させることができたわ」
「殿、大友にそれほどの恨みが?」
「ふむ、奴婢の類は当家でも扱っておるし、それに身をやつすは不幸である。だが家族のもとに帰ることのできる希望は海外に売られてしまえば完全に費えるだろう?」
「左様にございますな。追跡は難しいかと」
「いくら自領の民とはいえ、好き放題にしてよいわけがない。むしろ民を守らぬ領主は不要じゃ」
「…おっしゃる通りにございますな」
 小太郎は秀隆の政策を思い出す。まずは民を富ませる。そうすれば比例してそれを治める領主にも富が集まる。織田領はそうやって発展してきたのである。
「お主らのような人間も含めてだが、なるべく身分の上下を緩やかにしたい。才があればのし上がれる程度にはな」
「それは…?!」
「危険な考えであることは理解しておる。だがな、高々何代か前のご先祖が武勲を立てました。だからこの家の人は末代まで偉いのですってのはどうかと思うぞ」
「うむむ、それはわからなくもないですが」
「あのクソ公方みたいなのが出てきたら害悪だろうが。であれば、ある程度流動性を持たせてしまえばいい。風魔小太郎の孫は天下人…はさすがにやりすぎかもしれんが、大名くらいは行けると思うぞ」
「いやあの、すでにそれくらいの知行いただいてますが?」
「そうだな。それはおぬしの能力に対しての評価でもある。おぬしの忠義と、知略あとはおぬしの手勢の能力に、だな」
「はい、ありがたいことです」
「それは同時に、お主の生まれや育ちは全く考慮しておらぬ。出自もわからぬから下賤な人間に違いない。あほですかと」
「は、はあ…」
「出自が立派でも能無しや阿呆はいくらでもいるではないか。まあ家名とか掲げとけば勝手にありがたがってもらえるし、そういう影響力を否定はしないが、それを使いこなせなければ一緒だ」
「はい」
「故に、俺はおぬしの評価をその能力によってのみ行った。おぬしの旧主は、そこに家柄とか出自を加えたというか、引いたのだな」
「…といいますと?」
「同じ能力に1万石を払うとすると、俺は能力だけに対して評価する。だが頭の固い連中は、あいつの出自は卑しいからと勝手に評価を下げる。百石も与えればはいつくばって喜ぶだろうと。そんなわけがあるか!」
「殿…」
「俺もお主も人間だ。得意とする分野は違うがな。お互いを補う関係に慣れれば主従としては最高だと思う。だが、そういう能力のない奴に限って、自分は名門だ。あんな出自の怪しいものを高く評価するのは間違っている。相応の扱いをせよと、賢しらぶって言いに来るのだ。貴様に小太郎の働きの何がわかると…」
 秀隆の言葉に嘘はない。小太郎は配下の忍びからその時の話を聞き及んでいた。
「小太郎は我が家臣だ。その家臣を誹謗するということは、お主は俺にケンカを売っていると判断していいのだな?」
 その言葉を聞いた小太郎は終生の忠誠を改めて自らに課すのであった。

 これはいつぞや秀吉が信長の家臣に辱められた時と同じ対応である。出自に拠らず、人を人として認め、仕事の内容に貴賤を持たず、その能力に応じて評価する。ある意味信長よりも常識外れの思考回路である。だが信長も秀隆の人材登用方法に興味を覚えた。
「秀隆よ、ちと家臣どもからいろいろと言われておらぬか?」
「はい、ですが魏武は九品官人法を定めたときこう言ったそうですぞ。唯材と」
「どういう意味じゃ?」
「ただ人材のみを求める、ということです。生まれの貴賤は関係なく有能ならばよいと。その才の種も問わぬと」
「ふむ、それがあの藤吉郎か。あ奴の才は儂も認める。そしてお前の考えが有用であることも認めた。誰に何と言われようと儂が許す。どんどんやれい!」
「はは!」
「というか、儂もやってみるかの?」
「兄上はいろいろと体面があります。部屋住みの穀潰しがやれば批判を避けられましょう」
「そうやって出自に拠らぬ、有用な家臣を集めるということか」
「それが兄上の助けになると思いますので」
「その人の使い方は儂も見習うとしよう。出自がどうあれ、彼らは人なのだからな」
「それが良いかと。人を人とも思わぬ輩は必ず足元をすくわれますぞ」
「よき教えじゃ。肝に命じよう」

 織田政権の安定にはこうした人材登用法があったからではないかと言われる。人を人と思わず、それをないがしろにするものには必ず報いがあるのだと。秀隆と信忠はのちに中国の科挙制度に倣って身分に拠らない人材登用方法を制定した。功の大きいものは諸侯として官位を与える道も開いた。これにより国力の増大が加速するのである。
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