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第2話 ろくでもない帝国の現状
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俺の突撃で後方を遮断されると敵兵は浮足立った。ここで馬を操り、敵を蹴散らしていれば格好良かったのだが……思い切り落馬した。馬は勝手に走って行き、味方の騎兵はそれを追いかけて、敵の本陣への突入に成功したみたいだ。乗馬は久々だから仕方ない。
俺は後続の歩兵に合流し、敵本陣に向かって突っ込む。騎兵の攻撃に混乱しているところだったので、結構あっさりと撃破できたようだ。
そのスキを見逃すガイウスじゃない。自ら突撃を敢行し、中央突破に成功。潰走中の本陣にいた敵の指揮官に一騎打ちを挑み、見事に捕虜にした。
あとで聞いたが、かなり敵将は有名な将軍だったらしく、奇襲して一気に押し切るはずが立て直された時は本気で死を覚悟したらしい。
戦いが終わって俺はケネスと一緒にガイウスの前に立っていた。
「……小僧、名前は?」
「小僧じゃない。有田義信……こういうところだと、ヨシノブ・アリタになるのかね?」
「ふん、んじゃアル。なぜだ?」
苗字を略しやがった。何となく日本名は発音しづらいんだろうか?とりあえず面倒なのでその呼び方で妥協する。
そして今の問いはおそらくさっきの戦闘のことだろう。
「わざと後退して敵の前衛を引きずり出してたんじゃ?」
「そうだ。ケネスに合図を送ろうとした瞬間、絶妙極まりないタイミングで敵の後方が混乱した」
「奇襲から立て直したってことで敵将も気が緩んだんだろうよ。少なくとも兵は二度目の奇襲で混乱するだろ? 後はあんたがその期を逃すはずがないと思った」
その一言にガイウスは大爆笑した。
「ぶははははははははははは!!」
その爆笑っぷりに周囲の兵たちも唖然としている。
「おもしれえ、いくさの流れをそこまで読めるか。なら俺の副官にしてやる」
「ああ、よろしく頼む。隊長どの」
「ふん、近いうちに将軍さ。次の大戦に勝ってな!」
俺は傭兵団を敗北の危機から救った立役者になったわけだ。こうして、俺はガイウスのオッサンの副官として居場所を得たのだった。
さて、この戦いの背景は10年ほどさかのぼる。
今の皇帝には有力な家臣がいなかった。大きな貴族家は半ば独立勢力となり、皇帝はお飾りの象徴にされていたのだ。
そして、貴族たちは思うがままに権を振るい、内戦を繰り返した。水利争いや境界のもめ事で傭兵を呼び寄せ戦いを始め、敵対する貴族領を荒らした。
そんなことをしていればいつしか外敵によってこの国は滅ぼされる。そしてその時に敗戦の責を負って処刑台に上がるのは自分自身だ。と皇帝フェルディナントは考えた。それは客観的な事実だっただろう。
だから彼は力を欲した。家を継げない貴族の次男や三男を直属の家臣とし、傭兵を身分で釣って集めた。自分が権力を取り戻したら騎士にすると契約書を交わしたのだ。
そして、とある公爵家の相続争いのごたごたに紛れて近衛騎士団長の人事を通すことができたことは大きかった。双方に同じくらいの名分を与え、戦いに疲れたあたりで和議を仲介した。その使者の功績をたたえて近衛騎士にしたのだ。
情報収集に余念がなく、皇帝の作った諜報網はそれこそ帝国辺境にも及んでいた。そして、仲の悪かった侯爵と伯爵をお互いにぶつけ、疲弊させることに成功したことを契機に、皇帝は挙兵した。付き従うのは近衛騎士と、ガイウス率いる傭兵団。合わせて五千。
その兵力は帝国全軍の一割にも満たない。しかし、大義名分は皇帝にある。権力争いで主流派になれていなかった貴族家を篭絡。そして傭兵隊長ガイウスの機略でいくつかの戦闘で勝利をおさめ、勢力を五分に持ち込んだ。
そして皇帝軍は、ガイウス傭兵団を先陣として、北方の大貴族、オラニエ公ヘンドリックとの戦いに臨むのだった。
「……会敵場所と敵の陣営は?」
「陛下がすでに調べている。まもなく情報が届くはずだ」
「部下から目のいい兵を出して、地形をきっちり調べさせた方がいい。例えば前回のように迂回して攻撃を仕掛けるにしても、どの程度かかるかとか見通しがなきゃできないだろ?」
「くくく、話が早いな。うちの手下どもは目の前の敵をぶった斬れば勝ちだと思ってやがる」
「間違いじゃあない。ただ、そのたびに相打ちとかになられちゃ」
「「割に合わん」」
異口同音に発した言葉に二人そろって大笑いする。
これまで厳めしい表情を崩さなかったガイウスがこれほどまでに笑うところを彼の部下たちは見たことがなかったそうだ。
物見が戻ってくる。彼らの報告を皇帝から配布された地図に書き込んでいく。
やはり地図は不明瞭で、あるはずの道が崩れて使い物にならなかったり、と欠けている部分は多かったが、それを現地調査で埋めていく。敵の陣営、旗印からどこどこの誰々といった情報も書き込まれた。同時に皇帝から派遣された武官から情報が提供される。その情報に基づいてそれぞれの部隊の危険度も追記されていった。
そして最後に敵の布陣ポイントから、円を描くように線が引かれた。
「ガイウス、この円は?」
「ああ、今回は敵に戦術級の魔法使いがいる」
「それってどの程度の威力?」
「ファイアーボールの魔法で中隊が一つ吹っ飛ぶな」
おい、ってことは火砲とかありで考えないといけないのか。って待てよ? 魔法使いがいるのならこういうこともできるんじゃないか?
「戦術級じゃない魔法使いってうちの手勢にどれくらいいますかね?」
「そうだな。対人戦で使える程度なら半分くらいは行けるんじゃねえか?」
「ならこういうのは……」
俺の思い付きをガイウスに伝えるとすぐにケネスを呼び寄せ、人を集めさせた。彼らはそれぞれ俺の提案にあった資材などを確保するために散っていった。
戦場は東に白い岩山があった。地形はほぼ平地であるが平地部は狭いため兵力が少ない俺たちに有利に働く地形だった。産地にある抜け道は大部隊を移動させることは難しいが、かく乱用の少人数なら移動は可能だろうと目星をつけていた。
敵は四千。こちらは二千余りだ。皇帝軍本隊の後詰があるので、援軍が来るまでの時間稼ぎが俺たちの任務である。
「ふん、反乱軍どもは足並みをそろえることもできんようだ」
ガイウスの鼻息が荒い。オラニエ公の直属は千五百。それ以外の兵力はオラニエ公が義理と人情とコネでかき集めた軍勢だ。そして直属軍と諸侯軍は別々に布陣している。
「各個撃破を図りますか?」
一応軍議だし、丁寧な口調で話す。丁寧語を言うたびにガイウスがニヤついているのは気のせいだと思いたい。
「ふん、うまくいけば、だがな。例えばあの寄せ集めどもを引きずり出して叩く。それを救援に来た本隊を叩きのめす」
「具体的には?」
「優秀な副官殿にお任せだ。がははははははは!」
大笑いしている口に石でも放り込んでやろうかと剣呑な目つきで睨む。
「で?」
「ってか、さっきの提案もあるわけだし、なんか考えてるんだろ?」
「そう、ですね。貴族っていうのはたいていプライドが高いですよね?」
「悪口で引きずり出すか。まあ、常套手段だな」
「やり方としては、少数でいいんで引っ張り出してどんどん規模を課題していくと。
騎士一人を引っ張り出して討ち取る。それをネタにさらに大きく挑発する」
「面白い、そして引きずり出した敵をどう料理する?」
「ここに」
俺は地図の一点を指さした。盆地の外縁部、白い岩山を背にする場所だ。
「ここに罠を仕掛けます」
俺は後続の歩兵に合流し、敵本陣に向かって突っ込む。騎兵の攻撃に混乱しているところだったので、結構あっさりと撃破できたようだ。
そのスキを見逃すガイウスじゃない。自ら突撃を敢行し、中央突破に成功。潰走中の本陣にいた敵の指揮官に一騎打ちを挑み、見事に捕虜にした。
あとで聞いたが、かなり敵将は有名な将軍だったらしく、奇襲して一気に押し切るはずが立て直された時は本気で死を覚悟したらしい。
戦いが終わって俺はケネスと一緒にガイウスの前に立っていた。
「……小僧、名前は?」
「小僧じゃない。有田義信……こういうところだと、ヨシノブ・アリタになるのかね?」
「ふん、んじゃアル。なぜだ?」
苗字を略しやがった。何となく日本名は発音しづらいんだろうか?とりあえず面倒なのでその呼び方で妥協する。
そして今の問いはおそらくさっきの戦闘のことだろう。
「わざと後退して敵の前衛を引きずり出してたんじゃ?」
「そうだ。ケネスに合図を送ろうとした瞬間、絶妙極まりないタイミングで敵の後方が混乱した」
「奇襲から立て直したってことで敵将も気が緩んだんだろうよ。少なくとも兵は二度目の奇襲で混乱するだろ? 後はあんたがその期を逃すはずがないと思った」
その一言にガイウスは大爆笑した。
「ぶははははははははははは!!」
その爆笑っぷりに周囲の兵たちも唖然としている。
「おもしれえ、いくさの流れをそこまで読めるか。なら俺の副官にしてやる」
「ああ、よろしく頼む。隊長どの」
「ふん、近いうちに将軍さ。次の大戦に勝ってな!」
俺は傭兵団を敗北の危機から救った立役者になったわけだ。こうして、俺はガイウスのオッサンの副官として居場所を得たのだった。
さて、この戦いの背景は10年ほどさかのぼる。
今の皇帝には有力な家臣がいなかった。大きな貴族家は半ば独立勢力となり、皇帝はお飾りの象徴にされていたのだ。
そして、貴族たちは思うがままに権を振るい、内戦を繰り返した。水利争いや境界のもめ事で傭兵を呼び寄せ戦いを始め、敵対する貴族領を荒らした。
そんなことをしていればいつしか外敵によってこの国は滅ぼされる。そしてその時に敗戦の責を負って処刑台に上がるのは自分自身だ。と皇帝フェルディナントは考えた。それは客観的な事実だっただろう。
だから彼は力を欲した。家を継げない貴族の次男や三男を直属の家臣とし、傭兵を身分で釣って集めた。自分が権力を取り戻したら騎士にすると契約書を交わしたのだ。
そして、とある公爵家の相続争いのごたごたに紛れて近衛騎士団長の人事を通すことができたことは大きかった。双方に同じくらいの名分を与え、戦いに疲れたあたりで和議を仲介した。その使者の功績をたたえて近衛騎士にしたのだ。
情報収集に余念がなく、皇帝の作った諜報網はそれこそ帝国辺境にも及んでいた。そして、仲の悪かった侯爵と伯爵をお互いにぶつけ、疲弊させることに成功したことを契機に、皇帝は挙兵した。付き従うのは近衛騎士と、ガイウス率いる傭兵団。合わせて五千。
その兵力は帝国全軍の一割にも満たない。しかし、大義名分は皇帝にある。権力争いで主流派になれていなかった貴族家を篭絡。そして傭兵隊長ガイウスの機略でいくつかの戦闘で勝利をおさめ、勢力を五分に持ち込んだ。
そして皇帝軍は、ガイウス傭兵団を先陣として、北方の大貴族、オラニエ公ヘンドリックとの戦いに臨むのだった。
「……会敵場所と敵の陣営は?」
「陛下がすでに調べている。まもなく情報が届くはずだ」
「部下から目のいい兵を出して、地形をきっちり調べさせた方がいい。例えば前回のように迂回して攻撃を仕掛けるにしても、どの程度かかるかとか見通しがなきゃできないだろ?」
「くくく、話が早いな。うちの手下どもは目の前の敵をぶった斬れば勝ちだと思ってやがる」
「間違いじゃあない。ただ、そのたびに相打ちとかになられちゃ」
「「割に合わん」」
異口同音に発した言葉に二人そろって大笑いする。
これまで厳めしい表情を崩さなかったガイウスがこれほどまでに笑うところを彼の部下たちは見たことがなかったそうだ。
物見が戻ってくる。彼らの報告を皇帝から配布された地図に書き込んでいく。
やはり地図は不明瞭で、あるはずの道が崩れて使い物にならなかったり、と欠けている部分は多かったが、それを現地調査で埋めていく。敵の陣営、旗印からどこどこの誰々といった情報も書き込まれた。同時に皇帝から派遣された武官から情報が提供される。その情報に基づいてそれぞれの部隊の危険度も追記されていった。
そして最後に敵の布陣ポイントから、円を描くように線が引かれた。
「ガイウス、この円は?」
「ああ、今回は敵に戦術級の魔法使いがいる」
「それってどの程度の威力?」
「ファイアーボールの魔法で中隊が一つ吹っ飛ぶな」
おい、ってことは火砲とかありで考えないといけないのか。って待てよ? 魔法使いがいるのならこういうこともできるんじゃないか?
「戦術級じゃない魔法使いってうちの手勢にどれくらいいますかね?」
「そうだな。対人戦で使える程度なら半分くらいは行けるんじゃねえか?」
「ならこういうのは……」
俺の思い付きをガイウスに伝えるとすぐにケネスを呼び寄せ、人を集めさせた。彼らはそれぞれ俺の提案にあった資材などを確保するために散っていった。
戦場は東に白い岩山があった。地形はほぼ平地であるが平地部は狭いため兵力が少ない俺たちに有利に働く地形だった。産地にある抜け道は大部隊を移動させることは難しいが、かく乱用の少人数なら移動は可能だろうと目星をつけていた。
敵は四千。こちらは二千余りだ。皇帝軍本隊の後詰があるので、援軍が来るまでの時間稼ぎが俺たちの任務である。
「ふん、反乱軍どもは足並みをそろえることもできんようだ」
ガイウスの鼻息が荒い。オラニエ公の直属は千五百。それ以外の兵力はオラニエ公が義理と人情とコネでかき集めた軍勢だ。そして直属軍と諸侯軍は別々に布陣している。
「各個撃破を図りますか?」
一応軍議だし、丁寧な口調で話す。丁寧語を言うたびにガイウスがニヤついているのは気のせいだと思いたい。
「ふん、うまくいけば、だがな。例えばあの寄せ集めどもを引きずり出して叩く。それを救援に来た本隊を叩きのめす」
「具体的には?」
「優秀な副官殿にお任せだ。がははははははは!」
大笑いしている口に石でも放り込んでやろうかと剣呑な目つきで睨む。
「で?」
「ってか、さっきの提案もあるわけだし、なんか考えてるんだろ?」
「そう、ですね。貴族っていうのはたいていプライドが高いですよね?」
「悪口で引きずり出すか。まあ、常套手段だな」
「やり方としては、少数でいいんで引っ張り出してどんどん規模を課題していくと。
騎士一人を引っ張り出して討ち取る。それをネタにさらに大きく挑発する」
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