腐女子令嬢は再婚する

青葉めいこ

文字の大きさ
10 / 46

幕間~忘れられた出会い~

しおりを挟む
「娘があんな目に遭ったというのに出て行く気か?」

 夕方頃、四歳のハークことハーキュリーズ・ミュケーナイは、階下で繰り広げられる祖父と父の会話に気づいた。

 階上からそっと下を見下ろすと帰ってきた時と同じ旅姿の父が玄関前で祖父に捕まっていた。

 この光景は初めてではない。一年ほど前から日常化している。父がどこか遠方に行こうとする度に祖父が苦言を呈するのだ。

 祖父と父、一人だけでも眼福だが二人そろうと壮観だった。

 真紅の髪と緑柱石の瞳、性を感じさせない整い過ぎた美貌、均整の取れた長身。四十と二十二、年齢に違いを除けばそっくりな二人だ。それぞれの年齢が醸し出すものが、それぞれの魅力になっている。

「捜すなとは言わん。だが、まずは我が子を優先すべきだろう? 特にデイアは怖い目にあったんだ。こんな時、父親が傍にいなくてどうするんだ?」

 ハークの妹、もうすぐ二歳になるデイアことデイアネイラは、母の虫の居所が悪い時に偶然傍にいたために昼から先程まで侯爵家の地下室に閉じ込められたのだ。それを父が救った。この時はまだ侯爵家からさほど遠方にいなかった父が娘が行方不明と聞いて慌てて帰ってきて地下室に閉じ込められたデイアを見つけ出したのだ。

 元皇女の母に対して祖父母と父の態度は冷たかったし使用人達の態度もよそよそしいものだ。

 子供心にもそれは仕方ないよなと思うハークだ。ハーク自身、母の事は好きではない。はっきり言って大嫌いだ。

 母は他人に対して常に高圧的だし、その時々の感情を露にする。母の辞書には自制とか理性という文字がないのだろう。元皇女、将来の侯爵夫人という貴婦人の鑑であるべき女性の姿ではない。

 だが、母にとっては皇女である自分が降嫁したというのに、嫁ぎ先の家族が冷たく使用人達すら自分を軽んじる事が我慢できないのだろう。

 その鬱憤を、あろうことか幼い我が娘デイアに向けているのだ。大嫌いな姑に似た自分の娘に。

 母にとって祖母は元子爵令嬢で元皇女の自分よりもずっと格下のくせに、姑という立場を笠に着て自分に偉そうな口を利く女だ。

 祖母にしてみれば、あまりにも未来の宰相夫人、侯爵夫人として相応しくない母に姑として教育していただけだろう。子供のハークから見ても別段理不尽な言動はなかったのに、母はそれを逆恨みをしているのだ。

 愛する夫との娘、自分が腹を痛めて産んだ娘だというのに、大嫌いな姑に似ているというだけで幼いデイアの肉体と精神を傷つける事を全くためらわないのだ。

 ハークに鬱憤を向けないのは、彼が愛する夫に似ているからだろう。母のハークに対する態度は、デイアとはあまりにも違う。べたべたとまとわりついてきて、はっきり言って気持ち悪いのだ。あれならデイアと同じように粗略に扱われたほうが余程いい。

 祖父と祖母、父、そしてデイア、肉親の愛情は充分すぎるほど与えられている。あんな母からの愛情など要らない。

 だが、デイアはそうではない。母に冷たくされる度に泣いていた。デイアは何ひとつ悪くないのに。自分が悪い子だから、母は兄と同じように接してくれないのだと。

「デイアには、私だけでなく父上と母上、ハークがいる。でも、あの子・・・には、きっと誰もいない。だから、早く私が見つけ出して守りたいのです」

「……あんな目に遭った我が子を放ってか? 他人の子よりも、まずは我が子を優先しろ!」

 よく似た容姿であっても祖父と父の性格は真逆だ。常に冷静な父と違い祖父はその髪色のように激しい気性の持ち主だ。公では宰相として冷徹に振舞っても私生活では感情を抑えない。

 母の感情の発露は醜悪に映るが祖父の場合は他人を魅了する。それは、整い過ぎた造作と持って生まれた魅力のお陰だろう。

 整い過ぎた顔に怒りが加わると美しさも倍増するが迫力もある。男でも怯むだろうが父は無表情だ。いや無表情に見えるだけだ。一瞬揺れた眼差しが物語っている。父は今、祖父に対してもデイアに対しても申し訳なく思っているのだ。

「何不自由なく生活している我が子達ハークとデイアを見ていると、どうしても同じ年頃のあの子が今頃どうしているか気になるのです。生きているのか、つらい思いをしていないか。あの子が今どうしているか分からないままでは、私は父親としてハークとデイアとちゃんと向き合えない。

 ……分かっています。自分勝手な思いで父親としての役割を放棄していい理由にならない事は。でも、これが私です。父上」

 苦渋に満ちた瞳で言う父の顔をしばし見つめた後、祖父は大きな溜息を吐いた。

「……お前のその優しさは、お前自身だけでなく周囲をも苦しめるだろうな」

「父上?」

 祖父が何を言っているのか理解不能なのだろう。父は珍しく戸惑った様子だ。

 幼いハークも、この時は理解不能だった。だが、将来、嫌というほど祖父の言葉が身に染みる事になるとは、この時には思いもしなかった。




 結局父は行ってしまった。

 祖母がとりなしたのだ。

 息子孫息子ハークには、とても厳しい祖父だが、愛する妻祖母と彼女によく似た孫娘デイアには弱いのだ。祖母とデイアが言えば大抵の事は聞く。

 地下室から救出された後、デイアは寝込んでいる。怪我はなくても精神的な疲労が大きいのだ。

 今日は夏祭りで家族(母は除く)で出かける予定だった。

 父の外出はともかくデイアを溺愛している祖父が寝込んだ彼女を放って家族で出かけるなど許さないだろう。

 ハークは夏祭りを楽しみにしていたが諦めかけていた時、妹が救いの言葉を放ってくれた。

「デーア、だいじょうぶ。みんな、おまつり、いってきて」

 デイアは兄が夏祭りを心待ちにしていたのを知っていたため、そう言ってくれたのだ。自分の事しか考えられない母などより幼いデイアのほうが、よほど人間ができている。

「護衛の傍から決して離れるな。それを守れるなら夏祭りに行ってきていい」

 しばし迷った後、祖父はハークに言った。

 祖父母は寝込んだデイアの傍にいるつもりなのだ。

 ハークも迷った。寝込んだ妹を放っていいのかと。だが、幼いハークにとって夏祭りは、とても魅力的だった。

 結局、祖父の言いつけを了承し、護衛三人と一緒に夏祭りに行ったのだ。

「若様! どちらですか!?」

「いたか!?」

「いや、いない! 向こうを捜そう!」

 自分を捜す護衛達を木々の間に隠れてやり過ごしたハークは彼らの背中に向けて手を合わせた。

「……ごめんな。後で必ず戻るから許してくれ」

 護衛と一緒に来たはいいが「あれをしてはいけません」「これをしてはいけません」と禁じられ楽しめなかったのだ。

 彼らにしてみれば守る対象に何かあっては大変だと慎重になるのだろう。宰相の孫息子であるハークに何かあれば彼らの首など簡単に飛ぶのだから。大人になれば彼らの事情も考慮できるのだが、この時はまだ賢いとはいえ幼いハークには自分の楽しみを邪魔されたようにしか感じられなかった。

 夏祭りで人が多いのを利用して三人の護衛をまいたのだ。幼いハークの姿は人通りにあっさりと呑み込まれプロの護衛とはいえ見失ったのだ。

「自分で買い物がしたい」と祖父に強請りお金を貰っていた。それで護衛達に禁じられた買い食いを始めたのだ。普段ではできない経験だ。これが楽しみで夏祭りに来たのだ。

 名門中の名門貴族であるミュケーナイ侯爵家に雇われるほどの料理人が作る料理は勿論美味しいが、普段食べられない夏祭りでしか出ない料理も魅力的だった。

「そうだ。お祖父さまたちにも何か買っていこう」

 右手には林檎飴、左手には串に刺さった牛肉の揚げ物。どちらも食べかけだ。

 これを片付けたら買いにいこうと呑気に考えていたハークだが、どんっとぶつかった。

「わっ!」

 倒れかけたハークの両手から食べ物が奪われた。何とか踏みとどまったハークは金髪の子供が自分から奪った食べ物を手に走り去るのを見ていた。

 ただ呆気にとられて見ていたハークだが、その子がこけ地面に落ちた食べ物を何のためらいもなく食べるのを見て我に返った。

「お腹すいているの?」

 近づき話しかけたハークを地面に座ったまま食べていたその子は睨みつけてきた。

 街灯に照らされた薄汚れた短い金髪、きつい眼差しだが晴れ渡った空のような綺麗な青の瞳。

 年齢はハークと同じくらいだろうか。顔立ちは整っているが、あまりにも痩せすぎ険しい顔つきをしているのと薄汚れた格好のため、あまりそれを感じさせない。

「ぼくはハークだ。きみは?」

 ――これがハークと「彼女」、後にエウリュディケ・グレーヴスとなる女性との出会いだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】帝国滅亡の『大災厄』、飼い始めました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
 大陸を制覇し、全盛を極めたアティン帝国を一夜にして滅ぼした『大災厄』―――正体のわからぬ大災害の話は、御伽噺として世に広まっていた。  うっかり『大災厄』の正体を知った魔術師――ルリアージェ――は、大陸9つの国のうち、3つの国から追われることになる。逃亡生活の邪魔にしかならない絶世の美形を連れた彼女は、徐々に覇権争いに巻き込まれていく。  まさか『大災厄』を飼うことになるなんて―――。  真面目なようで、不真面目なファンタジーが今始まる! 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2019年春、エブリスタ長編ファンタジー特集に選ばれました(o´-ω-)o)ペコッ

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』

アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた 【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。 カクヨム版の 分割投稿となりますので 一話が長かったり短かったりしています。

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編を加筆修正しますので、一旦一部公開とさせていただいています。 〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 ※本編を加筆修正する予定ですので、一旦一部公開とさせていただいています。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

処理中です...