腐女子令嬢は再婚する

青葉めいこ

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「妻は、わたくし一人でいい」

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「一応、私は、あなたと血が繋がっているのだけど?」

 エウリの発言に、当然ながら母娘は驚いた顔になった。

「な、何、馬鹿な事を言っているのよ!」

 最初に驚きから脱したのはカシオペアのほうだった。

「信じられないなら信じなくていいわ。私の素性を明かせない以上、それ・・を証明する事もできないしね」

「そんな嘘を吐いて、わたくしを動揺させるつもりなのね!」

「……あなたと血が繋がっているなど私だって嫌よ。そんな悪趣味な嘘など吐かないわ」

 動揺させるためではない。エウリ自身が今言った通り、この女と血が繋がっているなど嫌悪感しかない。この女にとってもそうだろう。だから、あえて言ったのだ。

 この女がデイアに言った事を考えると、これだけでは足りないくらいだが。

「私がこのままオルフェ様と結婚するかどうかはオルフェ様との話し合い次第と……ご家族が私の全てを知っても私を家族として受け入れてくださるかどうかよ。あなたに言われてじゃないわ」

 エウリは脱線しまくった話を元に戻した。

 攫うという手段はともかく、この女は夫とエウリの結婚を阻止したくて彼女をここに呼んだのだから。

「これだけは言っておくわ。もし、オルフェ様との結婚が破談になったとしても、私を攫った事、何よりアリスタ様を巻き込もうとした事とデイア様への暴言は許さない。それ相応の罰は受けてもらうわ」

「このわたくしに向かって、なんて口を! やはり、お前のような下賤な女と話し合うなど無駄ね!」

 カシオペアは扉に向かって怒鳴った。

「お前達、入ってらっしゃい!」

 居間に入ってきたのは、五人の男。どの男も荒事に向いてそうな筋骨隆々な男達だ。

 そのうちの二人は、エウリとデイア(彼女は自分から巻き込まれにきたが)を馬車に連れ込んだ男と御者台にいた男だ。

「……エウリ様」

 突然の五人の男、それも明らかに堅気ではない男達の登場に不穏なものを感じたのだろう、デイアがぎゅっとエウリの手を握ってきた。

「……大丈夫ですわ」

 エウリは安心させるようにデイアの小さな手を握り返した。

 パーシーやオルフェは、この事態を予想しているはずで、だから、助けは確実にくるはずだ。

 最悪、助けはこなくてもデイアだけは無事に帰れる。

 この愚かで単純な女は自分の娘であっても傷つけるのをためらいはしないだろう。

 だが、この男達は、少なくとも馬車でエウリを攫った男二人は、デイアを害する事はないだろう。実際、デイアがエウリに引っ付いて馬車に入ってきた時、明らかにぎょっとしていた。あの二人はエウリだけでデイアまで巻き込む気は全くなかったのだ。

 他の男達も、ミュケーナイ侯爵令嬢であり未来の皇太子妃であるデイアを害するなど、少しでも考える頭があるのならしないはずだ。

「この女が二度と旦那様に近づかないように……いいえ、それだけでは、わたくしの気がおさまらない。自分から死にたくなるような目に遭わせて」

 カシオペアはビシッとエウリを指さして言った。

「お母様!?」

 デイアは信じられないという顔で母親を見た。

「何を考えているの!? エウリ様を攫っただけでなく、そんな事をするなんて!」

「お前には関係ないわ。騒ぐなら、お前も同じ目に遭ってもらうわよ」

「あなたの言う通り、デイア様は関係ないわ。デイア様は帰らせて」

 初めて、この女と意見が一致したなと思いながらエウリは言った。

「帰るならエウリ様と一緒よ!」

 デイアは攫われてから(自分から攫われにきたとも言えるが)何度も口にした科白を言った。

「失礼、レディ」

 いつの間にか男の一人、馬車でエウリとデイア(彼女まで引っ付いてきたのは予想外だっただろうが)を攫った男がデイアに近づき肩に担いだ。

「下ろしなさい! エウリ様と一緒じゃなきゃ、わたくしは放り出されてなどやらないわよ!」

 また妙な言い回しをしながら男の肩の上で暴れるデイアだが、華奢な少女の抵抗など屈強な男には何の苦もないらしく彼女を抱えたまま扉の向こうに消えた。

「お母様! エウリ様を傷つけたら、お父様は」

 扉の向こうで何やらデイアが喚いていたが、やがてその声も聞こえなくなった。彼女を担いだ男が遠ざかって行ったのだろう。

 それに、ほっとしたのはエウリだ。

 これで、ひとまずデイアは安全だ。

 これから男達やカシオぺアが自分に何をするにしても彼女が同じ目に遭う事はない。

「さて、わたくしは、お前達が、この女を痛めつける様を見学させてもらうわ」

 カシオペアはソファに腰を下ろした。完全に鑑賞する体勢に入ったのだ。

 そんな女に、エウリは醒めた眼差しを向けた。

「……元皇女が、よくもまあ、こんな馬鹿な事を思いついた上、実行するわね」

「自分から死にたくなるような目」という事は、ただ殴る蹴るという暴力ではなく、女性ならば誰もが最大の恐怖を抱く事だろう。

 アリスタとの初夜の時はとにかく怖かった。彼を男性としては愛せなくても人としては好きだし、彼なら自分を大切に扱ってくれただろう。その彼相手でさえ体を重ねる事がとにかく恐ろしかった。

 今の状況は、初夜のあの時とは比べものにならないほど最悪だ。

 初夜の時、思い切り暴れてアリスタを拒絶したエウリだが、今考えると、男性で、しかも軍人である彼なら簡単に彼女を抑え込めたはずだし、そうしても誰も彼を責めない。帝国は男尊女卑だし、何より初夜だったのだから。だが、そうしなかったのは、アリスタの優しさだったのだろう。

 今回も「無事」でいられるという期待は抱かないほうがいいだろう。彼らはアリスタではないし、この女の命令に従っているのだから。

 初夜のあの時以上の恐怖を抱いてもいいはずだが、目の前にいる女への怒りが恐怖を上回っているようだ。

「だから、オルフェ様に愛されないんだわ」

 エウリは、この女にとって、おそらく最大の禁句をわざと言い放った。

 この女もエウリにとって最大の禁句を口にしてくれたのだ。おまけに彼女を男達に襲わせようとしている。

 しかも、被害者はエウリだけではない。

 いくらデイアが自分から巻き込まれにきたとしても、母親からあんな暴言を聞かされていいはずがない(彼女に傷ついた様子がないのが救いだが)。その上、アリスタまで巻き込もうとした。

 皮肉や嫌味などでは、エウリの怒りはおさまらない。

(あなたには「自分から死にたくなるような目」に遭ってもらうわ。でも、決して死なせてなどやらない)

 何も女が今エウリにしようとしている事をするのではない。同じ事をするなど芸がないし、何より彼女が最も忌避している行為を、いくら嫌悪している相手にであってもしたくない。

「何ですって!?」

 女は予想通り分かりやすく激昂してくれた。

「まさか、オルフェ様に愛されていると思っているの? お義母様は政略結婚だと仰っていたし、オルフェ様のあなたへの態度を見れば愛していないのは明白じゃない」

「旦那様は、生涯妻は、わたくしだけだと約束してくださったわ!」

「それが、あなたがオルフェ様に愛されていると思い込む根拠? そんなの、陛下に対する義理立てでしょう。誰でも分かるわ」

「うるさい! うるさい! お前さえ現れなければ、お前が旦那様を誑かさなければ、旦那様の妻は、わたくし一人だったのよ!」

「……デイア様の言葉を全く理解していないようね」

 理解していれば「お前が旦那様を誑かさなければ」などという言葉は出ないはずだ。

「そうよ。旦那様の妻は、わたくし一人でいい。他の女は要らない」

 エウリを睨む女の眼は、どこか狂気じみていた。

 パーシーやハークと同じ青氷色アイスブルーの瞳だのに、二人が持つ美しさは全く感じられない。同じ色であっても持ち主が違えば、こんなにも違うものなのか。目は口ほどに物を言うという。この女の醜悪さが表れているせいだろう。

「……これだけは言っておくわ。私に何をしても、私は自分から命を絶つ事だけは絶対にしないから」

 ――どんなつらい目に遭っても、あなたは自由に生きて。

 母の最期の言葉がある限り、エウリは生きなければならないのだ。

 堕胎されても当然の自分を産んでくれた母。

 我が子エウリを守るために人として許されない罪を犯した母。

 その母の最期の願いだけは絶対に守る。

「こいつらに滅茶苦茶にされても同じ事が言えるかしら?」

 アドニスだった頃には何度も直面した危機だ。その度に何とか回避してきたが。

 女の傍にいる四人の男達は、どこか困っているように見えた。荒事に慣れていそうでも女性を痛めつけるとかはしないのかもしれない。

 だったら、彼らは、わざとエウリを逃がしてくれるかもしれないが、根拠のない期待をするよりも助けにきてくれるだろうパーシー達が来てくれるまで何とか自分で対処しなくては。

 エウリは扉に向かって走った。

「お前達! その女を絶対に逃がさないのよ!」

 女が背後で怒鳴った。

 エウリの手が把手とってにかかる前に扉が開いた。

「遅くなってすまない」

 開いた扉の向こうにパーシーが立っていた。

 彼の後ろにはアンとミュケーナイ侯爵一家|(オルフェとハークとデイア)、そして、デイアを担いでいた男までいた。








 











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