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第一部 ジョセフ
21 王妃様と対面した
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王都パジにもブルノンヴィル辺境伯家の館があるのだが、そこにはジョセフとルイーズが暮らしているので、二人と顔を合わせたくないお祖母様は、王都にいる間は後宮に滞在する。後宮にも妾妃であるお祖母様の部屋があるのだ。
王都に滞在中、私は、お祖母様と共に後宮に泊まらせてもらっている。私とジョセフの互いの精神安定のために、この先二度と会わないほうがいいのだ。
王都に到着した翌日、私とお祖母様は、さっそく王妃と対面していた。
後宮の東屋。テーブルには紅茶やお菓子が置かれ、周囲には侍女達が侍っている。
「あなたがジョゼフィーヌなのね」
王妃は、にこやかに私に声をかけてきた。
今年三十八とは思えない若々しく可憐な美女だ。オレンジがかった金髪の長い巻き毛。透き通るような白い肌。王族特有の紫眼。小柄で華奢な肢体。
妾妃が薔薇なら王妃は菫だと、その美しさを讃えられている。
確かに、お祖母様とは対照的な女性だ。見た目は。
「はい。初めまして。王妃様。ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルです」
今生の私は記憶になくても会っているかもしれない。けれど、「私」は初めて王妃に会うから「初めまして」を強調した。
「わたくしはテレーゼ・アバスブール・ラルボーシャンよ。わたくしが、あなた……ジョゼフィーヌに会ったのは、赤ん坊の頃だけだから、彼女も当然憶えていないわね」
今生の私が王妃に会ったのは赤ん坊の頃だけか。ならば、当然憶えているはずがない。アンディと違って胎児の頃からの全てを憶えてはいないのだから。
「……まさか陛下とジョセフィンの孫が転生者になるとは思わなかったわ」
王妃にとってジョゼフィーヌは、ジョゼフィーヌという個人ではなく「陛下とジョセフィンの孫」でしかないようだ。
「……そうですね。わたくしも驚きましたわ」
お祖母様は優雅に紅茶を飲みながら頷いた。
「この世界には、もう慣れたかしら?」
ジョゼフィーヌは、王妃にとって国王と妾妃の孫で邪険にされても仕方ないと思うのだけれど、王妃の私に向ける眼差しも口調も柔らかく敵意などまるで感じなかった。政略で結婚した国王に興味がなくお祖母様と仲良くしているからだろう。
「……少しだけ。驚く事ばかりです」
驚いたのは、この世界そのものではなく前世の知り合い達に会った事だが――。
「わたくしの孫で、あなたの従兄のジュールが、転生者のあなたに興味があるらしいの。会ってくれないかしら?」
「会ってくれないかしら?」などと王妃は柔らかく訊いているけれど、これは明らかな命令だ。それくらいは、まだこの世界の貴族社会に疎い私でも分かる。
フィリップ王太子には二人息子がいる。妾妃のレティシア妃との間に生まれたのがジュール王子(四歳)、アンヌ王太子妃との間に生まれたのがフランソワ王子(三歳)だ。
アンヌ王太子妃は王妃の姪でフィリップ王太子の従妹だ。ユリウクラディース帝国の皇帝と王妃の姉との間に生まれた皇女だった。
ラルボーシャン王国の南東にある隣国が王妃の出身国アバスブール王国。北東、ブルノンヴィル辺境伯領の隣国がユリウクラディース帝国だ。
そして、ジュール王子の生母、レティシア妃は、お祖母様の姪でジョセフの従姉だ。ジョセフの亡くなった正妻、ルイーズの生母オルタンスの双子の姉だ。
実はオルタンスが愛していたのは、フィリップ王太子だ(お祖母様から聞いた)。姉が王太子に望まれて妾妃になったため泣く泣くジョセフと結婚した。
過去に姉妹で国王の妾妃となり寵愛を得ようと争い国が崩壊しかけた事がある。それ以来、姉妹で同じ王族の男性に嫁ぐ事が禁じられるようになったのだ。
「……喜んでお会いしましょう。王妃様」
子供をトラックから庇って死んだ私だが、あれは反射的に体が動いただけで、子供は嫌いだ。特に、うるさいお子様は。
ジュール王子は美しく聡明だと聞いた。それは、彼も転生者だからなのか、ただ単に賢いお子様だからなのか。
何にしろ、肉体的にはさして変わらない年齢でも、私の精神年齢は三十だ。会話が弾むとは思えない。
王子様との対面は、さっさと終わらせたい。
王都に滞在中、私は、お祖母様と共に後宮に泊まらせてもらっている。私とジョセフの互いの精神安定のために、この先二度と会わないほうがいいのだ。
王都に到着した翌日、私とお祖母様は、さっそく王妃と対面していた。
後宮の東屋。テーブルには紅茶やお菓子が置かれ、周囲には侍女達が侍っている。
「あなたがジョゼフィーヌなのね」
王妃は、にこやかに私に声をかけてきた。
今年三十八とは思えない若々しく可憐な美女だ。オレンジがかった金髪の長い巻き毛。透き通るような白い肌。王族特有の紫眼。小柄で華奢な肢体。
妾妃が薔薇なら王妃は菫だと、その美しさを讃えられている。
確かに、お祖母様とは対照的な女性だ。見た目は。
「はい。初めまして。王妃様。ジョゼフィーヌ・ブルノンヴィルです」
今生の私は記憶になくても会っているかもしれない。けれど、「私」は初めて王妃に会うから「初めまして」を強調した。
「わたくしはテレーゼ・アバスブール・ラルボーシャンよ。わたくしが、あなた……ジョゼフィーヌに会ったのは、赤ん坊の頃だけだから、彼女も当然憶えていないわね」
今生の私が王妃に会ったのは赤ん坊の頃だけか。ならば、当然憶えているはずがない。アンディと違って胎児の頃からの全てを憶えてはいないのだから。
「……まさか陛下とジョセフィンの孫が転生者になるとは思わなかったわ」
王妃にとってジョゼフィーヌは、ジョゼフィーヌという個人ではなく「陛下とジョセフィンの孫」でしかないようだ。
「……そうですね。わたくしも驚きましたわ」
お祖母様は優雅に紅茶を飲みながら頷いた。
「この世界には、もう慣れたかしら?」
ジョゼフィーヌは、王妃にとって国王と妾妃の孫で邪険にされても仕方ないと思うのだけれど、王妃の私に向ける眼差しも口調も柔らかく敵意などまるで感じなかった。政略で結婚した国王に興味がなくお祖母様と仲良くしているからだろう。
「……少しだけ。驚く事ばかりです」
驚いたのは、この世界そのものではなく前世の知り合い達に会った事だが――。
「わたくしの孫で、あなたの従兄のジュールが、転生者のあなたに興味があるらしいの。会ってくれないかしら?」
「会ってくれないかしら?」などと王妃は柔らかく訊いているけれど、これは明らかな命令だ。それくらいは、まだこの世界の貴族社会に疎い私でも分かる。
フィリップ王太子には二人息子がいる。妾妃のレティシア妃との間に生まれたのがジュール王子(四歳)、アンヌ王太子妃との間に生まれたのがフランソワ王子(三歳)だ。
アンヌ王太子妃は王妃の姪でフィリップ王太子の従妹だ。ユリウクラディース帝国の皇帝と王妃の姉との間に生まれた皇女だった。
ラルボーシャン王国の南東にある隣国が王妃の出身国アバスブール王国。北東、ブルノンヴィル辺境伯領の隣国がユリウクラディース帝国だ。
そして、ジュール王子の生母、レティシア妃は、お祖母様の姪でジョセフの従姉だ。ジョセフの亡くなった正妻、ルイーズの生母オルタンスの双子の姉だ。
実はオルタンスが愛していたのは、フィリップ王太子だ(お祖母様から聞いた)。姉が王太子に望まれて妾妃になったため泣く泣くジョセフと結婚した。
過去に姉妹で国王の妾妃となり寵愛を得ようと争い国が崩壊しかけた事がある。それ以来、姉妹で同じ王族の男性に嫁ぐ事が禁じられるようになったのだ。
「……喜んでお会いしましょう。王妃様」
子供をトラックから庇って死んだ私だが、あれは反射的に体が動いただけで、子供は嫌いだ。特に、うるさいお子様は。
ジュール王子は美しく聡明だと聞いた。それは、彼も転生者だからなのか、ただ単に賢いお子様だからなのか。
何にしろ、肉体的にはさして変わらない年齢でも、私の精神年齢は三十だ。会話が弾むとは思えない。
王子様との対面は、さっさと終わらせたい。
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