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本編
37 消せない恋心
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「……ごめんなさい。申し訳ないんだけど、話を聞いても、どうして、あなたが私を好きになったのか全く理解できないわ」
……ローズマリーに見られていたのだ。彼女以外にも、私のストレス解消(人気のない場所で樹を蹴ったり殴ったり泣いたり怒鳴ったりだ)を見られていたのは予想できた事だ。
……人に知られたら、私の評価は今以上に最低最悪なものになっていただろう。黙っていてくれたのは、彼らの優しさか。
私のそんなみっともない姿を見た上で、エリオットは私を好きだという。
全くもって理解できない。
「では、お聞きしますが、なぜ、貴女はアーサー殿が好きなのですか?」
「え?」
私は目をぱちくりさせた。そんな切り返し方をされるとは思わなかったのだ。
「確かに、彼の見かけは完璧です。女性なら誰もが目を奪われるでしょう」
エリオットもまたアーサーに比肩する外見で、数多くの女性と浮名を流しているのに、そんな事を言う。
「けれど、もうお分かりだと思いますが、彼の中身は底知れない。彼という人間を知れば知るほど恋情など、たちどころに消え失せるでしょう」
「私の婚約者に対して失礼だ!」と本当なら怒らなければいけないのだろうが……反論できない。
以前は、アーサーに心を奪われない女性などいないと思い込んでいた。完璧な外見とカリスマ性に心惹かれない女性はいないと思っていたのだ。
けれど、それらはアーサーに言わせれば「私の表面しか見ていないくせに」になるのだろう。
侯爵令息として生まれ王女の婚約者になったために、相応しい言動を心掛けていたに過ぎないのだ。
本当の彼は妾妃以上に食えない人間だと理解させられた。
彼は誰も、おそらく自分自身さえ愛せない。そんな彼にとって義務だけが心の拠り所なのだろう。
だから、それを邪魔しようとする人間を決して許さない。
エドワードに制裁を加えたのも、そのせいだろう。
……私は婚前交渉したなどという噂を流されてしまった。実際にそうしなかったのは、アーサーの言うように、この時期に本当に妊娠してしまったら、「エドワードかアーサー、父親は、どちらだ!?」と騒がれて煩わしい事態になるからだろう。
「実際、ロクサーヌは彼への恋情を棄てられたようですし」
――わたくしは、ごく普通に愛されたいですわ。
確かに、ロクサーヌはそう言って私に対する今までの態度を謝ってきた。
従姉として私と同じくらいアーサーとは長い付き合いであっても、ロクサーヌもまた彼の本性を見抜けなかったのだ。無理もない。私もそうだったのだから。
いや、それよりも――。
「……あなた、ロクサーヌがアーサーを好きなのを分かっていて婚約したの?」
貴族にとって結婚と愛は別だから気にならないのだろうか?
でも、私は、いくら政略結婚でも、自分が複雑な感情を抱いている人間を愛している相手と円満な結婚生活ができる自信がない。……私がそう思うのは、結婚に愛を求める甘ったれた人間だからなのかもしれないが。
「ロクサーヌが誰を愛していても気にしませんよ。それがアーサー殿でもね。彼女を婚約者にしたのは、伯爵となる俺に最適な女性だったからなので」
エリオットがロクサーヌに求めているのは、伯爵夫人として伯爵となる自分を補佐し、時には代理にもなれる能力だけなのだと分かった。夫婦としての愛情などロクサーヌに求めていないのだ。
「ロクサーヌも、求婚者の中で一番俺が都合のいい男だから婚約したんです。俺が誰を愛そうと全く気にしませんよ。実際、俺が貴女を愛している事を分かっても婚約解消するとは言ってきませんでしたから」
……何だか、さらっと、とんでもない事を言われた気がする。
「……ロクサーヌも、あなたの私への気持ちを知っていて婚約したの?」
自分が愛していた従弟の婚約者を、よりによって自分の婚約者が愛している。いくら婚約者を愛していなくても、私なら耐えられない。でも、ロクサーヌは違うのだろうか?
「彼女が気づいたのは、昨夜の仮面舞踏会ですね。俺の貴女への態度で気づいたんです」
……リジーに言われるまで、私は全く気づかなかった。ロバートの言うように、私は「恋愛事に関してポンコツ」だと思う。
「俺に興味がないのだから、これまで気づかなくても無理はありません」
昨夜の仮面舞踏会で、ロクサーヌだけはエリオットに話があると、その場に残った。私への想いを確かめるためだったのか。
「……ロクサーヌを大切にしてね」
仮面舞踏会の時と同じ事を言った。
二人が納得して夫婦になるのなら、私が言う事ではないのは分かっている。
むしろロクサーヌは、私にだけは、あれこれ言われたくないだろう。いくら気持ちに折り合いをつけたとはいえ、私は彼女が愛した従弟の婚約者なのだ。
それでも、私にとってロクサーヌは大切な従姉だ。幸せになってほしかった。
「勿論です。夫婦になる以上、俺なりに彼女を大切にします。貴女の従姉という事を抜きにしても、彼女の事は人として好ましく思っていますから」
「……アーサーの従姉でもあるわ」
「似ているのは外見だけなので、気にしませんよ」
アーサーの従姉でそっくりなロクサーヌ。それでも中身は大違いだ。だから、妻にできるのだとエリオットは言いたいのだろう。彼は人を表面だけで見ない人間なのだ。
「話を元に戻しますが、貴女はまだアーサー殿がお好きなのでしょう?」
改めて言われて考えた。
……アーサーを怖いという気持ちはある。
アーサーは私や他の誰か、ごく普通の人間では理解できない闇を抱えた人間だ。得体の知れないものに、人は恐怖し拒絶する。
だが、それでも――。
「……そうね。アーサーが『こういう人間』だと分かっても、私のアーサーに対する恋心は消せなかったわ」
つまり、エリオットが言いたいのは「そういう事」なのだと、私は気づいた。
他人から見れば、「なぜ、あんな男(あるいは女)を!?」と驚愕する相手であっても、恋に堕ちる時は堕ちてしまうのだ。
「……敵に塩を送るようで嫌ですが、貴女が苦しむのは、もっと嫌なので言っておきます」
エリオットは言葉通り、心底嫌そうな顔で私が思ってもいなかった事を告げた。
「……貴女がアーサー殿を好きな以上に、アーサー殿は貴女を愛していますよ」
「は?」
私は再び間抜けな声を上げてしまった。
「でなければ、あんな凄まじい視線を俺に向けてきたりなどしませんよ」
私を好きになったきっかけでエリオットが語った、アーサーに向けられた視線、彼の言うところの「凄まじい圧力」か。
「……それって、私の事は抜きで、ただ……その……あなたが嫌いで、そうなったんじゃない?」
私がそう思うのは、あの仮面舞踏会でのアーサーのエリオットへの態度だ。
他人にも自分にも興味なさそうなアーサーが、なぜかエリオットに対してだけは、はっきりと敵対心が露な態度だったのだ。
完璧な外見とカリスマ性で人を惹きつけると同時に威圧感を抱かせ遠巻きにされるアーサー。
逆に美丈夫な外見と人当たりの柔らかさで常に人が集まるエリオット。
自分とは真逆な彼が気に入らないのだろうか?
「彼が俺を嫌う理由は、俺が貴女に恋したからです。でなければ、俺など彼にとって、その辺の石ころと同じですよ」
私が係っていなければ、アーサーが自分に嫌悪感を、興味を抱く事はなかったとエリオットは言いたいようだ。
――貴女以外の何かで、この心が動く事はない。
確かに、アーサーはそう言っていた。
あの時は、即座に嘘だと思ったのだが――。
(……駄目よ。そんなの信じちゃ駄目)
信じて、この心を預けて、拒絶されてしまったら――。
そんなの耐えられない!
……分かっている。
たとえ、私の彼に対する今までの態度が演技だと見抜かれていたとしても、それで彼にしていた事が帳消しになどならない。
アーサーに何をされても文句は言えないのだ。
……ローズマリーに見られていたのだ。彼女以外にも、私のストレス解消(人気のない場所で樹を蹴ったり殴ったり泣いたり怒鳴ったりだ)を見られていたのは予想できた事だ。
……人に知られたら、私の評価は今以上に最低最悪なものになっていただろう。黙っていてくれたのは、彼らの優しさか。
私のそんなみっともない姿を見た上で、エリオットは私を好きだという。
全くもって理解できない。
「では、お聞きしますが、なぜ、貴女はアーサー殿が好きなのですか?」
「え?」
私は目をぱちくりさせた。そんな切り返し方をされるとは思わなかったのだ。
「確かに、彼の見かけは完璧です。女性なら誰もが目を奪われるでしょう」
エリオットもまたアーサーに比肩する外見で、数多くの女性と浮名を流しているのに、そんな事を言う。
「けれど、もうお分かりだと思いますが、彼の中身は底知れない。彼という人間を知れば知るほど恋情など、たちどころに消え失せるでしょう」
「私の婚約者に対して失礼だ!」と本当なら怒らなければいけないのだろうが……反論できない。
以前は、アーサーに心を奪われない女性などいないと思い込んでいた。完璧な外見とカリスマ性に心惹かれない女性はいないと思っていたのだ。
けれど、それらはアーサーに言わせれば「私の表面しか見ていないくせに」になるのだろう。
侯爵令息として生まれ王女の婚約者になったために、相応しい言動を心掛けていたに過ぎないのだ。
本当の彼は妾妃以上に食えない人間だと理解させられた。
彼は誰も、おそらく自分自身さえ愛せない。そんな彼にとって義務だけが心の拠り所なのだろう。
だから、それを邪魔しようとする人間を決して許さない。
エドワードに制裁を加えたのも、そのせいだろう。
……私は婚前交渉したなどという噂を流されてしまった。実際にそうしなかったのは、アーサーの言うように、この時期に本当に妊娠してしまったら、「エドワードかアーサー、父親は、どちらだ!?」と騒がれて煩わしい事態になるからだろう。
「実際、ロクサーヌは彼への恋情を棄てられたようですし」
――わたくしは、ごく普通に愛されたいですわ。
確かに、ロクサーヌはそう言って私に対する今までの態度を謝ってきた。
従姉として私と同じくらいアーサーとは長い付き合いであっても、ロクサーヌもまた彼の本性を見抜けなかったのだ。無理もない。私もそうだったのだから。
いや、それよりも――。
「……あなた、ロクサーヌがアーサーを好きなのを分かっていて婚約したの?」
貴族にとって結婚と愛は別だから気にならないのだろうか?
でも、私は、いくら政略結婚でも、自分が複雑な感情を抱いている人間を愛している相手と円満な結婚生活ができる自信がない。……私がそう思うのは、結婚に愛を求める甘ったれた人間だからなのかもしれないが。
「ロクサーヌが誰を愛していても気にしませんよ。それがアーサー殿でもね。彼女を婚約者にしたのは、伯爵となる俺に最適な女性だったからなので」
エリオットがロクサーヌに求めているのは、伯爵夫人として伯爵となる自分を補佐し、時には代理にもなれる能力だけなのだと分かった。夫婦としての愛情などロクサーヌに求めていないのだ。
「ロクサーヌも、求婚者の中で一番俺が都合のいい男だから婚約したんです。俺が誰を愛そうと全く気にしませんよ。実際、俺が貴女を愛している事を分かっても婚約解消するとは言ってきませんでしたから」
……何だか、さらっと、とんでもない事を言われた気がする。
「……ロクサーヌも、あなたの私への気持ちを知っていて婚約したの?」
自分が愛していた従弟の婚約者を、よりによって自分の婚約者が愛している。いくら婚約者を愛していなくても、私なら耐えられない。でも、ロクサーヌは違うのだろうか?
「彼女が気づいたのは、昨夜の仮面舞踏会ですね。俺の貴女への態度で気づいたんです」
……リジーに言われるまで、私は全く気づかなかった。ロバートの言うように、私は「恋愛事に関してポンコツ」だと思う。
「俺に興味がないのだから、これまで気づかなくても無理はありません」
昨夜の仮面舞踏会で、ロクサーヌだけはエリオットに話があると、その場に残った。私への想いを確かめるためだったのか。
「……ロクサーヌを大切にしてね」
仮面舞踏会の時と同じ事を言った。
二人が納得して夫婦になるのなら、私が言う事ではないのは分かっている。
むしろロクサーヌは、私にだけは、あれこれ言われたくないだろう。いくら気持ちに折り合いをつけたとはいえ、私は彼女が愛した従弟の婚約者なのだ。
それでも、私にとってロクサーヌは大切な従姉だ。幸せになってほしかった。
「勿論です。夫婦になる以上、俺なりに彼女を大切にします。貴女の従姉という事を抜きにしても、彼女の事は人として好ましく思っていますから」
「……アーサーの従姉でもあるわ」
「似ているのは外見だけなので、気にしませんよ」
アーサーの従姉でそっくりなロクサーヌ。それでも中身は大違いだ。だから、妻にできるのだとエリオットは言いたいのだろう。彼は人を表面だけで見ない人間なのだ。
「話を元に戻しますが、貴女はまだアーサー殿がお好きなのでしょう?」
改めて言われて考えた。
……アーサーを怖いという気持ちはある。
アーサーは私や他の誰か、ごく普通の人間では理解できない闇を抱えた人間だ。得体の知れないものに、人は恐怖し拒絶する。
だが、それでも――。
「……そうね。アーサーが『こういう人間』だと分かっても、私のアーサーに対する恋心は消せなかったわ」
つまり、エリオットが言いたいのは「そういう事」なのだと、私は気づいた。
他人から見れば、「なぜ、あんな男(あるいは女)を!?」と驚愕する相手であっても、恋に堕ちる時は堕ちてしまうのだ。
「……敵に塩を送るようで嫌ですが、貴女が苦しむのは、もっと嫌なので言っておきます」
エリオットは言葉通り、心底嫌そうな顔で私が思ってもいなかった事を告げた。
「……貴女がアーサー殿を好きな以上に、アーサー殿は貴女を愛していますよ」
「は?」
私は再び間抜けな声を上げてしまった。
「でなければ、あんな凄まじい視線を俺に向けてきたりなどしませんよ」
私を好きになったきっかけでエリオットが語った、アーサーに向けられた視線、彼の言うところの「凄まじい圧力」か。
「……それって、私の事は抜きで、ただ……その……あなたが嫌いで、そうなったんじゃない?」
私がそう思うのは、あの仮面舞踏会でのアーサーのエリオットへの態度だ。
他人にも自分にも興味なさそうなアーサーが、なぜかエリオットに対してだけは、はっきりと敵対心が露な態度だったのだ。
完璧な外見とカリスマ性で人を惹きつけると同時に威圧感を抱かせ遠巻きにされるアーサー。
逆に美丈夫な外見と人当たりの柔らかさで常に人が集まるエリオット。
自分とは真逆な彼が気に入らないのだろうか?
「彼が俺を嫌う理由は、俺が貴女に恋したからです。でなければ、俺など彼にとって、その辺の石ころと同じですよ」
私が係っていなければ、アーサーが自分に嫌悪感を、興味を抱く事はなかったとエリオットは言いたいようだ。
――貴女以外の何かで、この心が動く事はない。
確かに、アーサーはそう言っていた。
あの時は、即座に嘘だと思ったのだが――。
(……駄目よ。そんなの信じちゃ駄目)
信じて、この心を預けて、拒絶されてしまったら――。
そんなの耐えられない!
……分かっている。
たとえ、私の彼に対する今までの態度が演技だと見抜かれていたとしても、それで彼にしていた事が帳消しになどならない。
アーサーに何をされても文句は言えないのだ。
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