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本編

62 婚約者にお願い

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 国王の話が終わると、私は「話がある」とアーサーを連れて、いつもストレス発散のために行く後宮の外れにある林の中、エリオットに告白された場所に向かった。

 婚約者アーサーを連れて私室に戻れば、侍女達に興味津々の視線を向けられるだろうから煩わしいのだ。

 エリオットがもたれていた樹の前でアーサーに向き合うと、私はさっそく口を開いた。

「あなたに、お願いがあるの」

「お願いですか?」

「アルバートがアントニアと婚約破棄したのは知っているでしょう?」

 あれだけ学院で騒ぎを起こしたのだ。テューダ王国の宮廷で知らぬ者はいない。

「ええ」

「アルバートの次の婚約者をエレノアにしてもらえるように、あなたからお父様に頼んでほしいの」

 私の「お願い」が予想外だったからか、さすがに冷静沈着なアーサーも、しばらく黙り込んだ。

「……私に頼まなくても、貴女が直接、陛下に言えばいいのでは?」

 アーサーの言う事は尤もではある。

 けれど――。

「……私では駄目だから」

「駄目とは?」

 私よりも格段に頭が良く他人に全く興味がないくせに、優れた観察眼を持つアーサーだのに分からないのだろうか?

「……私の願いなど、お父様は聞いて下さらないもの」

 私が公衆の面前で婚約破棄宣言や妊娠発言をしたからではない。

 血の繋がった娘でも、国王にとっての私は「娘」ではなく「王女」だ。

「アーサーと結婚して子を生す」

 それしか、国王は私に求めていない。

 私に「娘」ではなく「王女」としての役割しか国王は私に求めていないのだ。

 そんな私の「願い」など国王が聞くはずがない。

「あなたの言う通り、お父様があなたを役に立つ人間だとしか思っていないとしても、私が言うよりも聞き入れてくれる可能性が高いでしょう?」

 実の娘わたし息子アルバートよりも、国王はアーサーをかわいがっていると思っていた。

 けれど、アーサー自身がを真っ向から否定した。

 あの時は「そんな事ない」と否定した私だが、後から考えると「アーサーの言う事のほうが正しいのではないか」と思い始めたのだ。

 おそらくアーサーは他人が自分に向ける想いや評価すら正確に見抜いている。自分自身の事すら客観視できるのだ。

 それは、将来の王配、次代の「王」としては優れた資質だけれど、一人に人間としては……悲しいと思う。

 自分自身すら正確に客観視できるなど、常に自分自身すら他人同様、突き放して見ているという事なのだから。

 女王になると決めた以上、彼と結婚するし、彼の子供も産む。

 私が望んだような幸せな家庭にはならないだろう。

 私が彼を愛していても、彼は私を、いや誰も愛せないのだから。

 誰も、自分自身すら愛せないなど、悲しすぎる。

 だから、せめて妻になる私だけは彼を愛していこう。

 私のこの気持ちが届いてほしいとは思わない。

 私が彼を愛するのは、私の身勝手な感情なのだから。

「それで、私が得る物は?」

「え?」

 アーサーにそう切り返されるとは思わなかったので、私は目をぱちくりさせた。

「王子殿下の婚約者が誰だろうと、私にはどうでもいいのですよ」

「アルバートを好きなエレノアは、あなたのはとこよ」

「親戚だから力を貸せと?」

 アーサーは淡々とした言い方だったが「それが何だ?」と言いたいのは明らかだった。

「私はアルバートに幸せになってほしい。そのためには、他の誰でもなく、あの子を愛しているエレノアに、あの子の妻になってほしいの」

「王子殿下がエレノアを愛していなくてもですか?」

 ――アーサーは知っているのだ。

 アルバートがわざわざアーサーに打ち明けなくても、優れた観察眼を持つ彼は気づいたのだろう。

 アルバートが誰を愛しているのか。

 そして、おそらく私とアルバートの真実にも――。

「……それでも、アルバートなら妻になった女性を大切にする。エレノアだって好きでもない男性に嫁ぐよりはいいと思うわ」

 いくらアルバートが「生涯結婚しない。子供も作らない」と宣言しても、王子である以上、許されない。

 王以外の兄弟姉妹を殺す慣習のせいか、テューダ王国の王族は少ないのだ。

 そのため、将来女王となる王女である私だけでなく王子であるアルバートにも子供を作る義務がある。

 エレノアは王妃なれるほど聡明で、何よりアルバートを愛してくれている。

 王子の妻としても、アルバート個人としても、エレノアほど相応しい女性はいないはずだ。

「……本当に、私の親戚のためなら必死になるくせに」

 何やらアーサーが呟いていた。気のせいか、その表情は何とも苦々しかった。

「何?」

「ご心配なさらなくても、王子殿下の新たな婚約者はエレノアになるでしょう」

 私の疑問には答えず、アーサーはこんな事を言いだした。

「……あなたがお父様に言ってくれたの?」

 はとこエレノアに対して、どうでもいいというような態度だったが、内心では、やはり彼女を慮っていたのだろうか?

「私が進言するまでもありませんよ。陛下がお決めになった事です。いずれ、王子殿下とエレノアも知る事となるでしょう」

 婚約する当事者であるアルバートとエレノアも、まだ知らない?

「あなたが言うまでもなく、お父様が考えていたという事? アルバートとエレノアの結婚を?」

「ええ」

 アーサーは頷いた。

 あの国王がアルバートのために彼を好きな女性を婚約者にしたとは思わない。

 エレノアの父親、フォゼリンガム侯爵とは、お茶会や夜会などで挨拶する程度で為人ひととなりを詳しくは知らないが子供の幸せを一番に考える人だとは思う。息子レイモンドと子爵家の娘であるレベッカとの婚約を許した人なのだから。

 エレノアを王子アルバートと婚約させたとしても、それはあくまでも娘の幸せのためで、権力のためにアルバートを次代の国王にするために動いたりはしないだろう。

 王女わたしが女王となる障害にならないと思うから、国王もフォゼリンガム侯爵家の娘であるエレノアを王子アルバートの婚約者にしたのだろう。

(……にしても、アルバートの新しい婚約者がエレノアになると知っていながら「私が得る物は?」って言う?)

 最初から教えてくれればいいのに、そうしなかったのは、アーサーの意地悪なのだろう。

 私の婚約破棄宣言や妊娠発言で、アーサーは相当怒っていた。

 いくら今の私が彼と結婚しようと考えていても、過去の私の行いがなかった事になるはずもないのだ。


















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