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後日談
83 私の最愛の妻2(アーサー視点)
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「アーサー様!」
嬉しそうに駆け寄って来たヨハンナを男の一人が取り押さえた。
「放して!」
ようやく私以外のこの場にいる、どう見ても堅気ではない男達に気づいたのか、ヨハンナは顔色を変えた。
「お言いつけ通り、ヨハンナを連れてきました。では、私はこれで失礼します」
グレンダはスカートを摘まみ上げると優雅に一礼した。
妾妃の部下で彼女の命令で王太女の侍女となったグレンダは、基本的に妾妃とリズの命令しか受けつけない。今回私に従ったのは、そうするように妾妃に命じられたからだ。
妾妃も知っているのだ。ヨハンナがわざとリズに王妃の死を聞かせた事を。なぜ、そうしたのかも気づいているのだろう。
だから、ヨハンナの処分を私に任せた。
別に自ら手を汚す事にためらいがあるからではないだろう。そういう人間なら王妃の取り巻きを「始末」したり我が子を復讐の道具にはできない。
ヨハンナが私に惚れているから私が手を下したほうが、より彼女のショックが強いと思い私に任せたのだ。
「ま、待って! グレンダさん!」
ヨハンナはすがるような目をグレンダに向けたが、彼女は無視して、さっさと馬車に乗り込んだ。
馬車が視界から消えると、男に取り押さえられたヨハンナは怯えたように私を見た。
グレンダは「アーサー王子があなたに内密な話があるそうなの」と言って、ここに連れてきた。彼女はてっきり自分が数か月前にした「愛人志願」を私が承諾したと思い警戒もせずにグレンダについてきたのだろう。
けれど、到着した途端、堅気ではない男に取り押さえられ、グレンダは自分を見捨てて、さっさと逃げ出した。
ヨハンナはようやく分かったようだ。私が自分を呼びだした理由が自分が思い描いていた事とは、まるで違うと。
「――見たよな?」
「……アーサー様?」
「私とリズの閨を覗いていたよな?」
「……ひっ!」
私の口調こそ静かだが抑えきれない怒気に気づいたのか、ヨハンナはがくがくと震えだした。
ケイティはリズに妾妃の部下だとばれた時、「主の命令だったから仕方なく貴女を監視していたのだ」と言い訳は一切せず、ただ「貴女を騙していました」と土下座した。妾妃の命令でした事とはいえ、実際にリズを監視しリズの信頼を裏切っていたのは自分だからと、どんな報復をされても受け入れる覚悟をしていたのだ(リズの性格なら私や妾妃のような残酷な報復は絶対にできないだろうが)。
ヨハンナは、この女は、外見特徴こそケイティに似ているが、彼女のように私に喰ってかかる胆力や自分がした事の責任をとる覚悟もない。
その程度の人間がリズを、私と妾妃という、いざとなれば人間性を一切棄て冷酷非情になれる化物の至宝を傷つけるとは。分かったところで全てもう遅いが。
「私とリズの閨を覗いたばかりか、リズを傷つけた。それ相応の報いを受けてもらう」
安定期に入り体調が戻ってきたリズとは仕事以外では距離を置いていた。そうしなければ……襲うのが確信できるからだ。彼女に対してだけは理性も自制心も役に立たない。せっかく得た腹の子を失ってしまうかもしれない。
別に父親として我が子が流れる事を忌避しているのではない。私は人として大切な何かが欠けた人間だ。両親だろうと我が子だろうと肉親の情など抱けない。私に人間らしい感情を抱かせるのはリズだけだ。
子を失うのはどうでもいいが、子を失って悲しむリズは見たくない。
愛する妻が悲しむ姿を見て胸が痛むというのなら人間らしい感情だろうが、私はただ単にリズが私以外の事で感情を乱すのがとにかく嫌なのだ。
妾妃としても、妊娠でただでさえ精神が不安定になっているリズが嫌っている自分の顔を見せれば、興奮して腹の子によくないだろうと会いに行くのを自粛していた。
グレンダも妾妃の部下だと知られ解雇こそされていないが遠ざけられている。以前ほどリズの様子を探れなくなった。
それぞれの理由で私達がリズに近づけないでいる時に、リズへの精神攻撃を実行されたのだ。全く腹立たしい。ヨハンナに対しては勿論、自分自身に対してもだ。
「安心しろ。命はとらない」
私は「命は」と強調しているのに、それに気づかないのか、ヨハンナはあからさまにほっとしている。
「それでは生温いからな」
「え?」
「リズの媚態を見た目、リズの嬌声を聞いた耳、それらは潰させてもらう。私以外は知らなくていいリズのあの時の姿を見たなど、女であっても絶対に許さない」
必ず報復するので見られているのを知っていて放置していたのは棚上げした。
「お、お許しください!」
地面に這いつくばる女に構わず私は男達に言った。
「目と耳を潰した後は、お前達が楽しんでいいぞ。その後は、娼館に売ってこい」
目と耳を潰した女を買い取ってくれる所など娼館窟でも最下層に決まっている。
傅かれた貴族の女性にとっては娼館などどこも同じに見えるだろうが、客を厳選し美しいドレスを纏い避妊と性病の予防もしてくれ個室で毎日風呂に入る事も許される高級娼館と、避妊も性病の予防もせず不衛生な環境で不特定多数の客を取らされる最下層な娼館。どちらも多数の男に体を好き勝手される事に変わりなくても、どちらがマシか考えるまでもない。
「畏まりました」
男達は頷いた。
「い、嫌! お許しください! アーサー様!」
喚き始めた女を無視して、私は離れた所に繋いでいた愛馬に跨ると走らせた。
背後から女の悲鳴が聞こえたが、私の頭はもう出産中の最愛の妻の元に向かう事しか考えていなかった。
嬉しそうに駆け寄って来たヨハンナを男の一人が取り押さえた。
「放して!」
ようやく私以外のこの場にいる、どう見ても堅気ではない男達に気づいたのか、ヨハンナは顔色を変えた。
「お言いつけ通り、ヨハンナを連れてきました。では、私はこれで失礼します」
グレンダはスカートを摘まみ上げると優雅に一礼した。
妾妃の部下で彼女の命令で王太女の侍女となったグレンダは、基本的に妾妃とリズの命令しか受けつけない。今回私に従ったのは、そうするように妾妃に命じられたからだ。
妾妃も知っているのだ。ヨハンナがわざとリズに王妃の死を聞かせた事を。なぜ、そうしたのかも気づいているのだろう。
だから、ヨハンナの処分を私に任せた。
別に自ら手を汚す事にためらいがあるからではないだろう。そういう人間なら王妃の取り巻きを「始末」したり我が子を復讐の道具にはできない。
ヨハンナが私に惚れているから私が手を下したほうが、より彼女のショックが強いと思い私に任せたのだ。
「ま、待って! グレンダさん!」
ヨハンナはすがるような目をグレンダに向けたが、彼女は無視して、さっさと馬車に乗り込んだ。
馬車が視界から消えると、男に取り押さえられたヨハンナは怯えたように私を見た。
グレンダは「アーサー王子があなたに内密な話があるそうなの」と言って、ここに連れてきた。彼女はてっきり自分が数か月前にした「愛人志願」を私が承諾したと思い警戒もせずにグレンダについてきたのだろう。
けれど、到着した途端、堅気ではない男に取り押さえられ、グレンダは自分を見捨てて、さっさと逃げ出した。
ヨハンナはようやく分かったようだ。私が自分を呼びだした理由が自分が思い描いていた事とは、まるで違うと。
「――見たよな?」
「……アーサー様?」
「私とリズの閨を覗いていたよな?」
「……ひっ!」
私の口調こそ静かだが抑えきれない怒気に気づいたのか、ヨハンナはがくがくと震えだした。
ケイティはリズに妾妃の部下だとばれた時、「主の命令だったから仕方なく貴女を監視していたのだ」と言い訳は一切せず、ただ「貴女を騙していました」と土下座した。妾妃の命令でした事とはいえ、実際にリズを監視しリズの信頼を裏切っていたのは自分だからと、どんな報復をされても受け入れる覚悟をしていたのだ(リズの性格なら私や妾妃のような残酷な報復は絶対にできないだろうが)。
ヨハンナは、この女は、外見特徴こそケイティに似ているが、彼女のように私に喰ってかかる胆力や自分がした事の責任をとる覚悟もない。
その程度の人間がリズを、私と妾妃という、いざとなれば人間性を一切棄て冷酷非情になれる化物の至宝を傷つけるとは。分かったところで全てもう遅いが。
「私とリズの閨を覗いたばかりか、リズを傷つけた。それ相応の報いを受けてもらう」
安定期に入り体調が戻ってきたリズとは仕事以外では距離を置いていた。そうしなければ……襲うのが確信できるからだ。彼女に対してだけは理性も自制心も役に立たない。せっかく得た腹の子を失ってしまうかもしれない。
別に父親として我が子が流れる事を忌避しているのではない。私は人として大切な何かが欠けた人間だ。両親だろうと我が子だろうと肉親の情など抱けない。私に人間らしい感情を抱かせるのはリズだけだ。
子を失うのはどうでもいいが、子を失って悲しむリズは見たくない。
愛する妻が悲しむ姿を見て胸が痛むというのなら人間らしい感情だろうが、私はただ単にリズが私以外の事で感情を乱すのがとにかく嫌なのだ。
妾妃としても、妊娠でただでさえ精神が不安定になっているリズが嫌っている自分の顔を見せれば、興奮して腹の子によくないだろうと会いに行くのを自粛していた。
グレンダも妾妃の部下だと知られ解雇こそされていないが遠ざけられている。以前ほどリズの様子を探れなくなった。
それぞれの理由で私達がリズに近づけないでいる時に、リズへの精神攻撃を実行されたのだ。全く腹立たしい。ヨハンナに対しては勿論、自分自身に対してもだ。
「安心しろ。命はとらない」
私は「命は」と強調しているのに、それに気づかないのか、ヨハンナはあからさまにほっとしている。
「それでは生温いからな」
「え?」
「リズの媚態を見た目、リズの嬌声を聞いた耳、それらは潰させてもらう。私以外は知らなくていいリズのあの時の姿を見たなど、女であっても絶対に許さない」
必ず報復するので見られているのを知っていて放置していたのは棚上げした。
「お、お許しください!」
地面に這いつくばる女に構わず私は男達に言った。
「目と耳を潰した後は、お前達が楽しんでいいぞ。その後は、娼館に売ってこい」
目と耳を潰した女を買い取ってくれる所など娼館窟でも最下層に決まっている。
傅かれた貴族の女性にとっては娼館などどこも同じに見えるだろうが、客を厳選し美しいドレスを纏い避妊と性病の予防もしてくれ個室で毎日風呂に入る事も許される高級娼館と、避妊も性病の予防もせず不衛生な環境で不特定多数の客を取らされる最下層な娼館。どちらも多数の男に体を好き勝手される事に変わりなくても、どちらがマシか考えるまでもない。
「畏まりました」
男達は頷いた。
「い、嫌! お許しください! アーサー様!」
喚き始めた女を無視して、私は離れた所に繋いでいた愛馬に跨ると走らせた。
背後から女の悲鳴が聞こえたが、私の頭はもう出産中の最愛の妻の元に向かう事しか考えていなかった。
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