幼い妹をもつぼっち、実は世界一。

雀の涙

文字の大きさ
26 / 41

夏休みの始まり

しおりを挟む
 朝の5時半、俺はキッチンにて昨夜水に浸しておいた食器を洗っている。
 いつもならもう少し寝ているところだが今日は自然と早く起きた。それは今日が楽しみにしていた夏休みの初日だからだろう、目覚めもスッキリしていた。

 食器を洗い終えた俺は特にやることもないのでリビングのソファーに座る。そしてただひたすら何もせずにぼーっとする。

 秒針が時を刻む音が静かなリビングに響いている。

 何もしていないのに、俺にはこの時間がとても幸せに感じた。もちろん咲と過ごす日々も幸せだが、それとはまた別のだ。

 こうしてゆっくりとした時間が流れる中、ふと昨日の出来事を思い出す。

 愛華さんに夏休み出かけようと誘われた時、青木さんになぜ夏休みが始まる前から誘いを断るのかと問われた時。
 俺は明確な理由を言わなかった。結果として愛華さんを落ち込ませ、青木さんを怒らせた。

 いや、言えなかったというのが正しいか。

 咲のことだけを話すなら問題はない。しかしそれでは青木さんには何故そんなに妹を優先するのか、たとえ幼かったとしても親が面倒見てくれるでしょ? と聞かれてもおかしくない。どんなにシスコンだったとしても、どれだけ妹と一緒にいたくても夏休みの一日くらい友達と出かけることくらいできるだろうと。

 そうなれば俺は両親がいなくて身寄りもないことを話さなければいけなくなる。それが咲を一人にすることができない、予定を組むことができてもその予定を確約とすることができない理由だからだ。
 そしてそれはパーソナルな部分であって知り合って間もない間柄に話せるようなことではないのだ。

 中学の時に仲の良かった友達でさえあからさまに気を遣い始め、よそよそしくなった。言い方が悪くなってしまったがそれは友達が悪いわけじゃない。俺のためを思ってのことだということは分かっている。
 それでも俺はそれがとても嫌だった。両親が亡くなり、周りに頼れる人がいない現状を一番辛いと思っていたのは俺だった。この現実を受け入れられなかった俺はせめて学校ではそれを忘れたかったし、逃避したかった。しかし周りの友達がそうさせてはくれなかった。心配される度、気を遣われる度にこれが現実なんだと痛感させられた。
 今は受け入れて前を向いているし、頼れる人もいる。何より一番辛いのは俺ではなく咲なのだと思った時から辛いという感情はなくなった。
 だからといってこのことを自分から人に話そうとは思わない。

「でもこのままってわけにもいかないよな……」

 俺の小さな呟きは静かなリビングに消えていった。

 ……っと楽しみにしていた夏休みの初日の朝から考えることじゃなかったか。
 そうだ、時間はあるんだ。後でゆっくり考えよう。

 現在時刻は6時20分頃、ただぼーっとしていただけなのに約一時間も経っていた。しかしまだ咲が起きるまで時間がある。

 俺は気分転換に本で学んだボクシングを自分なりに形にするべく、一つ一つしっかり確認するように身体を動かしていく。
 ストレートにジャブ、フック、アッパー。自分のイメージで動いた後は携帯で動画を見て本物を確認する。そしてそれを踏まえてまた形を整えていく。
 慣れてきたところで試合の動画を見てから目を瞑り、目の前に空想の相手を用意してイメージで戦う。
 そして俺の相手が倒れた頃には大量の汗をかいていた。さっとシャワーを浴びたらちょうどいい時間だな。俺は風呂場へと向かった。


 こんなの意味がないと言う人がいるだろう。しかし徹のこれは他の人とはわけが違った。徹のイメージするものは何もかもが現実に近いものになっているのだ。そのイメージでのトレーニングは感覚的に実戦をしているものとほとんど変わらないと言っていいほどのものなのだ。
 これを知っているのは徹を含め数人くらいである。


 時計の針は6時40分を示していた。リビングには再び秒針が時を刻む音だけが響いている。

 こうして徹の夏休みが始まるのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...