そのダンジョンの冒険者はダイバーと呼ばれている。

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ダイバー編

十話 リサリア

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 コトーデ王国の宮殿にはメイドが230名、執事が30名、近衛兵が120名が日中は働いている。彼らを除けば、王と王妃が3人、王女4人と王子2人、宰相が2人暮している。

 メイドや執事は居住区が宮殿近くにあり、近衛兵は宮殿内で24時間交替で警備の眼を光らせている。

 王宮軍軍統括司令官であり、近衛兵統括のダンダ・リオ・ラインハートは元ダイバー。

 近衛兵や王宮軍のほぼ全員がそれと同じく、過去にはダイバーとしてダンジョンへと挑んでいた者たちだ。

 この世界には、古代人が残したレベルシステムと数多のアイテム、ダンジョンと魔物が存在している。レベルを上げれば個人の能力値、筋力だとかではなく攻撃した時に世界からそのレベルに応じた攻撃力補正を付与される。

 つまり、いくらレベルを上げても、大岩を片手で抱えることはできないということで、筋力をつけて補正を受けることでそれを可能とする。

 しかし、戦いにおいてのレベルシステムの影響は、ダンジョン内に留まらないため、ダイバーのようなレベルを上昇させた者を兵士として召抱えるのは至極当然なのだ。

 こうしたことからも、宮殿の警備や国の守りは堅い。

 メイドの仕事は主に宮殿内の王族に仕えることで、執事の仕事はその他雑務である。メイドはほぼ全員が貴族の娘たちで、執事も貴族出の次男三男が多い。

 メイドや執事が貴族出が多いのは、言わずもがな王族の伴侶となる可能性がある以上、血筋にはうるさいのである。ちなみに王妃の一人も元メイドで、王様の近くで働いていて見初められたのだ。

 この世界の国は基本ダンジョンの恩恵で成り立っているが、コトーデ王国だけは他とは違う部分がある。それは、宮殿がその名も【キャッスル】と称された元ダンジョンだからである。

 キャッスルを攻略したギルドが、何を隠そうこの国の王の血筋の始まりなのだ。

 世界数多あるダンジョンでもっとも攻略し易かったキャッスルは、まるで早い者勝ちのボーナスステージのようなダンジョンだった。

 コトーデ王国の宮殿付近と、その内部にはダンジョン時代の名残が幾つかある。

「ダン!ダンよ!何処か!?」

 偉そうな帽子に訝しげな髭の持ち主は、宰相の一人バラドア・デ・ロバルトアール。

 ダンとは、王宮軍軍統括司令官及び、近衛兵統括のダンダ・リオ・ラインハートのことだ。

「何用ですかな?ロバルトアール宰相殿」

 マントの下から胸の前で組まれた腕の筋肉が、その腰に帯剣した長剣バルディアンの倍の幅はあろうかという中年騎士こそダンダ・リオ・ラインハート。

 ダンダは赤いマントを翻して、宰相バラドアの方へと歩み寄った。

「貴様の息子が助かったというのは本当か!リュノラドスキュラシュカの角はどうやって手に入れたんだ?!」

 血相を変えた様子の宰相バラドアは、2バレンはある身長のダンダに縋るように抱きついてそう聞いた。

「……落ち着いて下され宰相殿、確かに我が息子ロランは既に魔瘴病を完治させて、今は元気に走り回れるほどにまで回復しております、ですが、あの角は娘のメイアが手に入れたものなので我の知るよしもないことです」

「わ、わしの娘婿が魔瘴病でもって半年なのだ!どうにか貴様の娘に頼んで少しばかり分けてはもらえないか?」

 ダンダは眼を閉じて、お気の毒ですがと言うと続けて言った。

「娘の手元にも既にアレは残ってなく、さらにアレを手に入れるのに娘も仲間も大変な大怪我をおったとのこと……手元に残っていれば今すぐにでもお譲りしたい気持ちは我にもありますが、現状無い物はお譲りできかねます」

 そんな、と言って宰相バラドアは膝を落とし肩をガクッと落とした。そんな彼にダンダは、「ですが」と後付してこう答えた。

「ご存じないようですのでお教えしますが、アレは今街の医者の手元にいくつかあるそうですのでそちらをあたられては?」

「ま、まことか!?……しかし、何故街医者ごときがアレを持っているのだ?あれは国宝級のアイテムなのだぞ」
「何でも、ワールドという名のダイバーが無償で配布したのだそうです」

 あのワールドが、と口にすることからすると、宰相バラドアの耳にまでワールドの名声は届いているようだ。

 ダンダの言葉を聞いた宰相バラドアは、すぐさまその足で街へと行き医者のもとを訪れるのだった。

 街ではもう魔瘴病は完治しうる病気だと広まっていて、そのことが王宮にも届き始めた頃に行われた王の謁見の儀で、ついに王の耳にも入ることとなる。

「では……すでに例の角で治るという話は民の下へ広まっているのかえ?」

 宰相の一人アレアニアス・デ・ネーテルハシムは、知略に秀でた片メガネの宰相一歳の若い男。アレアニアスにそう問いかけられた兵士の一人が、「は!」と返事をして下がる。

 そのやり取りを見ていたコトーデ王は、静かに口を開いた。

「そのワールドとやら……単身、ソロの冒険者と聞く……是非とも我が軍にほしい人材であるな」
「しかし陛下、かの者のギルドはギルド協会にも属さず、チカミチという名の商会を後ろ盾にし、一部市場独占していますぅッゴホゴホッゴホ!」

 人相が悪くまた具合も悪そうに咳き込む男は、宰相カノヒ・デ・ロンデンバク。

 彼は手元の紙をペラペラとめくりながら王へと歩みを進めるが、咳とともにそれらを落としてしまう。しかし、それを見て笑みを浮かべる者は皆無で、それどころか居た堪れないと言わんばかりに、ダンダなどは眼を強く閉じた。

 カノヒ殿は長年財務を担当してきたお方、国外との交渉事にもその手腕を発揮してきたが、強国である連邦国との戦争を回避する為に、杯に毒が盛られているのを承知の上でそれを飲み干して、連邦国との戦争を回避したのだ。その後解毒したが、そのときの毒が少し体内に残った為に現在のような姿に。

 そう思うダンダたちは、彼を心から敬わずにはいられない。

「ですが、同時に彼のこの国に齎した利益も少なくありませんぅゴホゴホ!……そこで、此度行われるギルド会主催のギルド間剣闘会、【リサリア】にてその者のギルドを招待し、その人相と技量をとくと御覧頂いた上で、今後のご参考になられますよう何とぞ――っゴホゴホ!ゴホ!……以上です――」

「……うむ、よきに計らえ」

 こうしてギルドノラの集いは、毎年行われているコトーデ王国主催のギルド間剣闘会、リサリアへと招待されることになった。


「聞いたか、ノラの集いがリサリアに招待されたらしい」
「まじか!ならワールドが現れるかもしれないな!俺観に行くぜ!」
「あのワールド様が現れるらしいわよ!絶対観に行かないとね!」

 ノラの集いは、現在ギルドマスターワールドを筆頭に15人のダイバーが所属している。

 主に初心者が多いこのギルドにも、5人の強者がいる。

 一人目はワールド、二人目はクラウド・ヘイブン、三人目はサルバーニ・ローガス、四人目はティファニー・ローガス、五人目はカイネル・レイナルド。

 ワールドは、レベルや使用武器、容姿や年齢がギルドの設立メンバーのみしか知らない。

 クラウド・ヘイブンは、ノラの集いサブマスターのレイフ・ラドクロスに憧れてダイバーになった男で、レイフが元のギルドを辞めてこのギルドへ入ったことを知って、追いかける形でギルドへ来た。年齢は27で大剣クレイモアを扱うダイバーだ。

 ローガス兄妹は、元々盗賊の一味だったが、クラウド・ヘイブンに一味を潰された時に彼に見込まれてギルド入りした。兄は槍、妹は双斧を使い、常にクラウドとパーティーを組んで依頼をこなしている。

 カイネル・レイナルドは、サブマスターのレイフより古いメンバーで、日々ギルドの依頼を数十こなして、ギルドの週間の獲得報酬がワールドに次ぐ額になっていて、ギルド内では話題にならない日はない。

 そんなカイネルが、ワールドのサポートもこなしていると噂を聞いたクラウドは、レイフに懇願して自分がワールドのサポートをするのが当然だと言う。当時、彼のレベルは36で到底ワールドのサポートはできないとレイフは言いくるめた。

 しかし、クラウドはカイネルの当時のレベルが自分より低いことをギルドのレベルやスキルの情報が書かれた戦力表で知っていた。

「納得はできない!俺と戦えカイネル!」
「……あの、ボク、今から妹たちとご飯なので」

 クラウドはカイネルに対して何度も決闘を要求したが、その度に笑顔で毎回避けていた。

 そんなノラの集いに王宮から手紙が届く。

 内容は勿論リサリアへの招待状だ。

「よってこの度、貴殿のギルドノラの集いをリサリアへ招待せん、この手紙と後にギルドへ送る者に詳しい内容と第一に対する返答を伝えること、だとさ……マジかよ」

 レイフは驚きながら目の前にいるクライドやローガス兄妹、アリアやレミーナやメイシャに視線を配った。

「まさかリサリアの招待状が届くなんて、……初めてじゃないですか?ギルド協会に所属していないギルドを招待するなんて」

 アリアがそう言うのは、彼女がダイバーに近しい生活を送って来たからで、対して全くそれに理解の無いメイシャは疑問を呟く。

「あの……リサリアって何ですか?私農地育ちでこっちのことはあまり詳しくないのですが」

 メイシャの言葉にアリアが耳打ちする。

「リサリアは、毎年開催されてて、コトーデ王国が主催しているんですよ。招待したギルド同士で剣闘するところを観客に見せて、楽しませるというお祭りのようなものです。ちなみに、リサリアは初代王妃様のお名前なんです」

「とにかく、この話はこの手紙に書いてある、ここへ来る詳しい人物、なる者を待つしかないようだな」

 レイフの言葉にクライドやローガス兄妹は頷く。

 そして正午前、ギルドノラの集いにギルド会から派遣された男が尋ねてきた。

 男は軍師風の風貌にメガネをかけていて、その肩書きはギルドクロスハートサブマスターの一人でギルド協会の下働きだった。

 キョロキョロと周りを見渡しながら、ブツブツと何かを呟きつつレイフの前に立った。

「意外とキレイな所ですねノラの集いは、……申し遅れました、私はギルド協会から派遣されましたラウロウ・レレイと申します」

「よろしくなサブマスターのレイフだ」

 レイフは簡単に挨拶を済ませると、バーカウンターのような場所の奥にあるボックス席に案内をした。

「お茶にします?それともジュースとか?」

 と言うレイフに、いいえ結構ですとラウロウは手で止める。

 話はすぐにリサリアの本題へと移行し、コッソリとその話をカウンターの影から聞き耳を立てているアリアの耳にも届く。

「今回開催されるリサリアに、あなた方ノラの集いをお誘いしたのは他でもない、陛下の興味を引いたワールドに出場してほしいからで、……他ギルドのメンバーさんは別にどうでもいいということです――ワールドさえ参加していただければね」

 少しだけ額に血管を浮かばせたレイフが、愛想笑いを返す。

「ワールドさえですか……アイツもそれなりに忙しい身でしてね!」

 その言葉通り、ワールドはギルドに顔を出せないほど多忙。しかし、ラウロウの言葉を聞いたレイフは耳を疑った。

「異例ですが、陛下は今回勝利者に霊酒を与えると仰ってます」
「え!え!?れ、れいしゅを!」

 霊酒、口にすれば外傷を瞬時に回復する、それ自体は一年に限られた量だけしか取れず、使える者は限られた者とリサリアで深い傷を負った者だけ。

 ラウロウは、無理にとは言いませんけど、と言い終る前にクイ気味にレイフは言う。

「ぜひ!参加させます!」

 当人のワールドに確認も取らずに、レイフは参加を決めてしまった。

 来訪者が帰ったノラの集いでは、頭を抱えたレイフと困った顔をしたアリアが、ど~しよう!どうするんですか!と話している。

「報酬に眼が眩んでついつい了承してしまったけど、ワールドにどうやって説明しよう!アリアちゃん!」
「それに関して私に言われても!ギルマスには会ったことすらないんですから!……本当に、どうするんですかレイフさん」

 レイフは、もう一度ど~しよう!と声を上げた。

 彼がここまで困るのにはとある理由がある。

 場所が変わって、鋼や鉱石を加工する錬金工房のあるエリカ・グレーゴル・アルバーの自宅にレイフはいた。

 そこにはカイネルとエリカの姿があるが、二人とも呆れた顔をしている。

「アンタバカ!?ワールドがリサリアに出られるわけがないでしょ!ワールドって存在は実在しない架空の人物なんだからね!」
「……分かってるさ!分かっちゃいるけど……ついつい霊酒って言葉に飛びついてしまった。カイネル、すまん!」

 カイネルは、珍しい困り顔でレイフの肩に手を置く。

「ワールドに関しては有耶無耶にして放っておいたボクにも責任がありますし、……どうにかボクだとばれないように戦うことはできますが、姿までは変えられないので、変装とかしないといけませんね」

 迷うよりも先に行動の方法を考えるのがカイネルであり、彼が楽観的と言われる所以だ。

 最近話題のワールドは、ノラの集いのギルドマスターでありながら、実際には会えることはない。それは彼が現実には実在してないからで、それを知っているのはカイネルとレイフとエリカを除けば、チカミチの女主人ベルギット・ベルベルトぐらいである。

 そんなワールドをリサリアへ出場させるのは、無理と言う話だ。

 しかし、カイネルとレイフの隣で何かを考え付いたエリカが声を上げた。

「ねーカイネル、私にいい考えがあるんだけど――試してみない?」

「……無茶はさせない方向でならいいけど」
「まるで私がいつも無茶させてるみたいに聞こえてるけど」

 と言うと、エリカはカイネルに耳打ちをする。

 レイフは心配そうにその様子を窺っているが、頭は霊酒のことで埋め尽くされているのが表情に出ている。

「……それってかなり無謀じゃないかな」
「ちょっと待ってて」

 エリカは、二人にそう言うと奥の部屋へと入っていく。

「こんなこともあろうかと、前々から準備していたカイネルの新装備なのだ!」

 ガラガラと荷台を持ってきたエリカは、それをカイネルの目の前で止めた。

「これは……アーマーと言うより衣、機動性を重視して防御力を捨てた防具だね。武器の方は……片刃長剣?いや、それにしては細い……モンスターの攻撃を防いだら折れてしまいそうだけど、その分攻撃に入れば多少の硬度は簡単に斬れるだろうね……軽いまるであの武器だ」

 カイネルがその武器を手に取ると、あまりの軽さに少しだけ口に出して驚いた。

「さすがカイネルね!それは剣じゃない、カタナと言う種類の武器よ。突きや斬撃に特化しているけど一歩間違えば刃は直ぐに欠けちゃうの、使い手次第では一度でナマクラになるわ。でも、カイネルぐらいの使い手なら斬れない物はない!どんな鉱石だろうが硬質系のモンスターだろうがね」

「カタナ……」

 工房のガラス窓めがけて上から下へとそれを試しに振るったカイネル。ヒュンという音が鳴ったと思えば、ガラスにピシっとヒビが入った。

「あっ」
「あっ、じゃないわよ!こんなところで試し振りしないでよ~」

 クルクルと手元で回転させながらカタナを鞘に収めると、カイネルはエリカに謝った。

「ごめん、予想以上だった」
「すんげーのは武器か?それともカイネルか?」

 そう言うレイフはそのガラスに触れるも、傷が付いている感覚は感じられなかった。

 カイネルはカタナを元の荷台に置くと、一つの疑問を口にした。

「カタナがあと三本あるようだけど?これは……予備かな」
「いいえ、そのカタナ四本全てを使って戦うのよカイネル。あなたの戦闘スタイルなら一本あればって考えるのも無理ないけど、前に私とタワーに上った時に見せたあのスキルなら四本全て使いながら戦えるはずよ」

「……なるほど、確かに戦い方を変えれば――それでこの軽さに薄さなんだね」
「ええそうよ」

 一人話しについていけないレイフは、「何この俺だけ分かってない感じ」と溜め息を吐く。

 モンスターの鎧繊維(ガイセンイ)で編んだその防具は軽く、そして耐久性収縮性に優れている。ローブのように膝下までを覆っていた。

 早速防具を身に着けると、その風貌はまるで影のような死神のようで、顔はコルオロスと言うモンスターの骨を研磨して作った仮面で覆われて、口元が少し窺えるだけになっている。

 その骨は内側からは外が透けて見える特殊なもので、カイネルからは周りがはっきりと見えているが、外からは全く見ることはできない。

 髪の毛すらも窺えず、それがカイネルだとは誰も分からないだろう。

 鏡を前にカイネルは自身を見て言う。

「これなら間違いなくボクだとは判りませんね」

 それに対しエリカはすぐに声を張り上げた。

「全然ダメ!ボクなんて言ってちゃダメ!俺って一人称で二人称はゴミかザコがいいの!敬語なんてナンセンスなんだからね!偽るなら徹底的に!」

「……分かった、ゴミ」
「!私の二人称はエリカでいいでしょ!バカ~!」

 ゴメンゴメンと謝るカイネルに、エリカはバカを連呼する。

 ノラの集いギルドマスターワールドが、この世に誕生した瞬間だった。

 リサリアの開催日まで残り数日となったある日のノラの集い。

 剣闘会に出場するメンバーを三人選ぶ過程で、色々と問題が起こっていた。


「ワールドが選ばれるのは当然として!どうして俺が出れないんだ!レイフさん!」

 クラウド・ヘイブンはレイフに詰め寄るとそう言った。

「そうは言ってもな、ワールドは必須だし女性代表としてティファニー、そしてその二人を外した中で一対一に強いカイネルが選ばれるのは当然と思うんだがな~クラウド」

「確かにアイツは一対一に秀でているかもしれない、ですが!俺はこのギルド中で一番スキルに富んでいます」

 クラウドのスキルはチャームで、その効果は自分が人から注目されればされるほどステータスが上昇するというもの。つまり、群衆の視線の集まる決闘などではどれほどの効果を齎すか計り知れない物だ。

 レイフが困った表情を浮かべていると、その後ろから澄んだキレイな声の女性が現れた。

「クライド、あまりレイフに無理言わないの、……カイネルくんが代わってもいいって言うなら代わって貰えばいいんじゃないの?ね、レイフ」

 肩にかからない程度の髪は薄い青色で、瞳は薄い紫をした彼女はシア・ラドクロス。

 レイフの妻でノラの集いにおいて裏のサブマスターと称されるのは、レイフの脚が悪い為に外回りを彼女が代わりに務めている所為でもある。

「シ、シアさん……あの、そう、ですね」

 さっきまでレイフに強く言えていたクラウドも、突然弱弱しい話し方に変わり、さらには反論もしないままに彼女に促されるままカイネルの下へと向かった。

「しっかりしてよレイフ……ところで、ワールドって本当に今度のリサリアに出るの?」
「ん?ん、ああ!今まで紹介できなかったが、今度のリサリアには必ず姿を見せるぜ」

 シアは、ワールドにこれまで会ったことがなかった。最近ではワールドの存在すら疑っていて、その正体が何なのかを勘づき始めていた。

 しかし、ワールドのリサリア出場で、彼女の考えは根底から崩れそうになっている。

「いたのね……ワールド」

「ん?なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもないわ」

 シアはそう言うと、クラウドとカイネルの下へと向かった。

 クラウドはぶっきら棒にカイネルに経緯を説明して、俺がリサリアに出るからお前は辞退しろと伝えているところだった。

「そうですね、ボクは辞退しますよ」
「そうか納得できないのは当然……は?!」

「ボクは当日用事もありますし、元々対人戦は得意ではありませんから――」

 カイネルがアッサリと了承したために、クラウドは少し戸惑いを見せ、それに気付いたシアは彼に囁くように言った。

「ほらね、話し合えば簡単に収まることもあるのよ――覚えておきなさいクラウド」
「……はい」

 そう返事をするクラウドは、提示版の前に立つカイネルの姿をもう一度その視界に捉えた。


 そんなカイネルは、その日の数時間後にとっても困惑する事態に巻き込まれていた。

 それはアリアが珍しく怒りを表した表情で、彼を怒鳴ったからで。

「どうしてなんです!兄さん!」
「……どうしてと言われてもね、ボクは対人戦闘は嫌いなんだけど」

「メイネもネテルも楽しみにしてたんですよ!学校の友達にも見に来るように頼んだって言ってました!本当に、とても楽しみにしてたんですから!」

 それは、リサリアの話でカイネルが出場すると事前にレイフから聞いていたアリアは、妹たちにもそのことを伝えていて、しかし次の日にはそれが無かったことになってしまっていたからだ。

 本当ならアリアは久しぶりに家にいる兄と楽しい時間を過ごしたかったのだろうが、それ以上にリサリアを楽しみにしていた妹たちにどう言ったものかと頭を抱えてしまった。

「こんなことなら当日まで隠しておくべきでした……はぁ~」
「まさかボクが戦うところをそんなに楽しみにしてたなんてね、予想外だったよ」

 アリアは最近カイネルが少し天然気のある人物だと理解があり、溜め息を吐きながらも、「こうなることを予想しておかなかった私の落ち度でしたね」と悩むのを止めた。

 カイネルは、ダイバー以外の時間を自宅とエリカの家を行き来して過ごすことが多い。

 そんな彼の用事というやつにアリアは、今さらながら気になってきていた。

 大きめのリクライニングチェアで体を休めるカイネルに、アリアはその身をゆっくりと預けるとカイネルはゆっくりその体を支える。

「どうしたんだい?アリア」
「……用事って何ですか?まさか、エリカさんじゃありませんよね?」

 カイネルは表情は変えずに内心ギクッとしていた。用事自体は、ワールドとしてリサリアへ出場することなのだが、そんなことは言えるわけもなく。

 用事のことは言えないけど、言わないとそれはそれで不自然だし、とはいえ他に理由があるわけでもなし、嘘はすぐに見抜かれてしまうだろうし、ここはうまく言い訳しないとな、なんて考えているカイネルは意を決して話し出した。

「実はね、用事はエリカの工房で新しい武器の新調をしてもらおうと考えていてね。都合のつく日がリサリアの当日だけだったんだよ」
「やっぱり……エリカさんなんですね……」

 おそらくカイネルが一番共に時間を過ごすことが多い人物は、彼の専属ブラックスミスであるエリカである。妹としてだけでなく、純粋に女として義理の兄であるカイネルのそばにいたいアリアは、ただのやきもちだと理解していてもそれを隠せずにいるのだ。

 カイネルの体に腰掛けるアリアは、彼の両手をそっと自らの体の前に持ってくると、カイネルがアリアを優しく抱きしめている風にして言う。

「あの人は家族じゃないんですよ兄さん」

 そんなアリアの言葉を聞いたカイネルは、ただただ「そうだね」と言うことしかできないまま、時間だけが過ぎていった。


 アリアがカイネルと二人だけの時間を過ごしていた時、ノラの集いではある事件が起きていた。

「レイフさん!エルキシルの買い置きは!俺の所為でアニキが!」

 藍色の短髪を押さえながら喚いているのは、サルバーニ・ローガスで、腕を組んで首を振るレイフに何度も頭を下げる。

 サルバーニの隣には、藍色の長い髪をポニーテールにした妹のティファニーが立ち尽くしていて、その視線の先には大怪我をしてベットに寝かされたクラウド・ヘイブンの姿があった。

「エルキシルは品切れていて、買い足しができてないんだ。幸いクラウドの怪我はひと月も寝ていれば問題なく回復するだろう」
「それじゃリサリアには!?」

 そうサルバーニが再び大声を出す。ティファニーはクラウドの手を握りながら、サルバーニに声をかけた。

「サルバーニ、少し静かにして、クラウドが何か言いたがっている」

 クラウドは眼を閉じたままサルバーニに言う。

「お前の所為じゃない……あんな所にモンスターが隠れているなんて誰も気が付きはしなかっただろう。……気にするな――」

 そして次にレイフを呼び、「不本意ながら」と前置きしてリサリア出場を断念することを伝えた。サルバーニは男泣きしてしまい、その声がギルド内に響いた。

「俺っちなんかを庇わなければ!アニキは!」
「アルバーニ!いい加減に静かにしなよ!あんたの所為だけじゃない、アタイの所為でもあるんだから……ダンナの体に障るからもう騒がないでよ、お願いだから」

 ティファニーがサルバーニを握りこぶしを押し付けて落ち着かせると、すまんとションボリとした彼は静かにその場に座り、クラウドをもう一度見た。

 そのことは次の日にカイネルの耳にも入ることになる。

 依頼の途中でクラウドが大怪我を負ってしまった結果、数日後のリサリアに出場する人間が一人足りなくなってしまい、レイフは頭を悩ませることになった。

 現状リサリアに出場できるのはサルバーニかカイネルだが、サルバーニはクラウドが出場できなくなった原因が自分であると言い張り、そんな訳でリサリアには出場を辞退しているカイネルが再び出場することになるが、ワールドとしても出場しなくてはならなくて。

「あ~困ったな~、どうしよう~な~シア」
「こうなったら……私からカイネルくんに頼んでみるわ」

 そいつはどうだろうな、と苦笑いを浮かべるレイフに、シアは小首を傾げた。

 彼女の主観ではカイネルは人からの頼みを断ることがない人間だと認識していたため、レイフの言葉が何を根拠に言っているのかが判らなかった。

 久しぶりの長期休暇を過ごしていたレイナルド宅に、彼女が足を運ぶのは早かった。

 カイネルの自宅は、生前農夫だった父が生涯で獲得したものの中で一番高価な物で、一端は売りに出したものの、もう一度買い直した。農夫が一代で貸家ではなく一軒屋を得るのは並大抵の事ではない。

 亡き父の形見の農具売り払ったカイネルでも、この家だけは必ず買い戻すつもりでいた。

 買い直したのも最近で、今も家具は全て賃貸の家に残っている。

 自宅の門を叩くと、頭に頭巾を付けたアリアが顔を覗かせ笑顔でシアを迎えた。

「あれ?シアさん?」
「どうもアリア、カイネルくんいる?」

 メイネもネテルもシアに気付いて、すぐさま自室へと足早に逃げる。

 そんな二人を見たシアは、「私嫌われてる?」と思って溜め息を吐いた。

「珍しいですね、シアさんがここに来るなんて……」

 何やら書物を書いている手を止めたカイネルは、腰を上げると浅くお辞儀をする。

 シアはアリアに促されるがまま、カイネルの前の席に座り勧められた飲み物をやんわりと断りクラウドの話をした。

「実はね……今日、クラウドが冒険中に大怪我を負ってしまってね、今度のリサリアには出られなくなってしまったのよ」

「聞いてます、それで、クラウドさんの容体は?」
「それに関しては約半月寝ていれば問題ないわ……それでねカイネルくん、今度のリサリアやっぱりアナタにでてほしいんだけど」

「ボクに?……すみませんシアさん、その日は用事があってとても出られそうにないです」

 シアは思わず、「へ!」と声を出して驚いた。

「で、でもねカイネルくん、リサリアに出場できるのは多分今回が最初で最後……それにアナタに断られると出場枠の一つを潰すことになってしまうのよ」

 アリアはシアの言葉に、すぐに反応をしたが、さすがにカイネルを差し置いて受けるわけにもいかずソワソワして見守っている。

「参加するだけで貰えるギリーも諦めることになるの……もう一度考えてくれない」

 筆を指で遊ばせながら頬杖をつくカイネルは、筆でトンと机を鳴らすと、「よし」と言って何かを決意しシアに伝えた。

「出ましょう……でも、やはり用事は優先したいので、一回戦だけで二回戦目は不戦敗で構わなければですが」

 ホッと胸を撫で下ろしたシアは、カイネルに笑顔を向けて立ち上がって歩み寄るとそっと手に触れて言う。

「助かるわ、出場さえしてしまえば褒賞は得られるでしょう」

 あまりに自然に手に触れてくるので、カイネルもその手を掃うことはなかった。

 そんな二人をアリアは頬を膨らませて不満を露にする。

「シアさん用件は終わりましたよね!ね!」
「え?ええ――」

 おそらくシア自身は気が付いてないが、彼女は極端に異常を嫌い、そしてそれを脱した時に他人の肌に触れて安心したがる癖があるのだ。

 ただ単に触れるだけなら特に問題にはならないのだろうが、彼女は指を絡めるように触れることから、あのクラウドさえも勘違いしてしまいそうになったほどだ。

 シアが帰った後、レイナルド家では、カイネルにメイネとネテルが興奮してじゃれていた。

「これで明日友達に出れなくなったって言わずに済むんだ!やったね、ネテル!」
「うんうん私お兄ちゃんの戦うところ見てみたい!みんなで応援行くからね!」

「そういえば私も兄さんが戦うところ見たことない……アリア姉ちゃんは?」
「私もないわ」

 普段からカイネルの温厚な性格しか見てない三人は、リサリアに対する期待が妙に高まってしまっている。そんな三人の前で手抜きの戦いを見せるわけにいかなくなったカイネルは、一人心に頑張ることを密に誓う。


 ギルド協会に属しているギルドは全部で12ある。

 その12の内には三強と呼ばれるギルドがあり、一つはクロスハート、二つにはローズドール、三つにシルフナイツ、この三強ギルドが実質主要ギルドと言っていい。

「今年もクロスハートの団長のゼガードが優勝するに決まってるぜ」
「いいや、ローズドールの紅髪ローズが今年こそ!」
「シルフナイツは、今年も不戦勝するに300ギリーだ!」

 リサリア当日、いつものリサリアの三倍の客入りで、立ち見もでた。

 会場の闘技場は、既に満杯近い人が観客席を埋め尽くして、今か今かとダイバーたちの決闘を待っている。

 北側ゲートの上には、王や王妃が見物する場があり、南ゲートの上には各ギルドの関係者が見物する場がある。

 東西に分かれた観客席は席順などなく、なんとなくでグループごとに座っている。

 その東側の観客席の南寄り中列ほどにアリアやメイネやネテル、そしてメイネやネテルの同級生たちが座っていた。

 売店で購入したであろう菓子の類と、チカミチの特製サンドをその手元に持って、周囲にとけこむようにキャッキャッワイワイとカイネルの登場を待っていた。

「兄さん何時ごろだろう、アリア姉さん知ってる?」

 メイネにそう聞かれたアリアは、胸元から折りたたまれた紙を取り出して開いた。

 そして、その紙を見ながらメイネに伝えた。

「多分一時間後ぐらいかな、4番目だしね、そのぐらいだと思うよ」
「一時間か~結構かかるんだね」

「メイネちゃんのお兄さんが戦うところ早く見たいな~」
「ネテルちゃんのお兄様よりも、私はゼガード様のご活躍を見たいわ」
「私はローズ様のご活躍を見に来たのよ」

 クラスメイトの目的はカイネルだけが目的ではなく、毎年開催されるリサリアで活躍する他のギルドのダイバーたちは、すでにアイドルと言っていいほどの人気を博していた。

 3強のギルド以外の9のギルドも、それなりの強者がいるがやはり眼落ちしてしまう。

 体だけでなく、技も心も強い者を観客は見たがるは当然なのだ。

「リサリアって私見たことないんだけど、アリアお姉ちゃんはあるの?」
「うん、小さい頃に一回だけね……父さんが出場したのよ。その時はルールも何も知らずに見ていて、すごく驚いたことを覚えているわ」

「驚く?何に驚いたのアリアお姉ちゃん」
「リサリアでは対戦相手が死なない限り腕を切り落とそうが、足を切り落とそうがなんでもありなのよ、しかも審判はいなくて相手が降参するか剣を持ってなくなった場合だけ試合は終わるのだから――少し間違えば死んでしまうの」

 そのアリアの言葉にメイネとネテルは思わず口を塞いだ。二人は知らなかったのだ、リサリアがとても危険なことだと、周りの人間はすでにそれらに慣れてしまって危険だとは思っていないから教えてもくれなかった。

 だから、メイネとネテルはクラスメイトの言葉通り、ただの祭りだと受け止めてしまったのも無理はなかった。

「麻痺しているのよ……みんな、リサリアではそれが普通だと考えてしまっているの」
「カイネルお兄ちゃんは……大丈夫だよね?アリアお姉ちゃん」

 アリアはこくりと頷くと、大丈夫よと笑顔をネテルに返した。

 事実カイネルは大丈夫だとアリアは理解していたが、その胸には少しも不安が無いといえば嘘になる程度は心配していた。

「大怪我をしてもあっという間に傷が治る薬があるから本当に大丈夫」

 その言葉はきっと、アリアが自分自身に言い聞かせていることでもあるのだろう。

 会場にドラの音が響くと、いよいよリサリアが始まる。


「赤羽の騎士団、黄昏の旅団、ノーズスト、レイブンクラウン、シャーネット」

 ギルドの名前が次々と呼ばれ始める。

「黒羽の騎士団、猫の道、アイロイロ、ブーブーバン」

 参加ギルドの名称を大声で告げるのは、鎧を纏った体躯のがっしりした男。

「そして!今回王より推挙されたギルド協会に所属してない外部ギルド!ノラの集い!」

 観客たちは大いにざわつく。九十年近いリサリアの歴史上、協会外部のギルドが出場したことは一度としてなかったのだから無理もない。

「かのギルドのギルドマスターは!かのワールドマップの製作者ワールドである!必ずや皆の期待に応えるだろう!」

 喚声が会場に響くとその熱気が上昇し、リサリア初体験のメイネやネテルなどは体を強張らせるほどだった。

 しかし、その熱気はまだ序の口で、この先に紹介されたギルドの名で再び上昇する。

「前回準優勝!紅髪ローズがギルドマスターを務める!ローズドール!」

 それまでは名前だけの紹介だったが、ここからはどうやら代表一名つまりギルドマスターが登場するらしく、南ゲートが音を立てて開くと、赤い長髪を靡かせながら妖艶な容姿、とくに胸元を強調した鎧に身を包んだ女が登場した。

「実力は十分!風刃アリアレスがギルドマスターを務める!シルフナイツ!」

 緑髪に金の瞳容姿は、間違い無く美形の男が軽装にマントという姿で登場すると、黄色い声援が会場に響く。

「優勝回数はすでに7回!最強の男!銀獅子ゼガードがギルドマスターを務める!クロスハート!」

 今日一の歓声を会場に轟かせながら、銀色の鎧に身を包んだ男がその背に大剣バセラーダを背負って登場した。

 三人はなにやら会話をしているようだが、観客には当然聞こえることは無い。

「これより!第87回!リサリアを!開催する!」


 闘技場はコトーデ王国の首都の東側にあり、その南ゲート側にある控え室は二十近く設けられ、その中の一つにノラの集いの出場メンバーとそのサポートが集っていた。

 出場選手の一人はティファニー・ローガスで、そのサポートはシア・ラドクロス。

 もう一人はカイネル・レイナルドで、サポートはブラックスミスのエリカ・グレーゴル・アルバー。

 そして最後にワールドと、そのサポートレイフ・ラドクロスなのだが、肝心のワールドの姿はなかった。

「ワールドのダンナはまだこないの?レイフのダンナ」

 困った顔でティファニーに苦笑いを返すレイフは、いや~もういるんだけどね~と思わずにはいられなかった。

 ワールドは、カイネルとレイフがノラの集いを作る時にギルドマスターに就かせた架空の人物で、その実カイネルが変装してそれを演じることでこの世に誕生する男なのだ。

 その事実を知っているのはチカミチの女主人ベルギット・ベルベルトと、ブラックスミスのエリカだけ。

「カイネルくんは確かAブロックの4戦目よね?準備はできて――」

 シアがそう言ってカイネルに近づいていくと、その前にエリカが立ち塞がり、手にしたクロガネのハンマーを左手にポンポン打ち付けながらカイネルの代わりに答えた。

「このエリカ様が付いているのよ!万に一つも抜かりは無いわ!」

 エリカは、シアが必要以上に他人に触れる人物と認識している為に、ここまで警戒しているのだ。

「それにしてもボクがAブロックでよかった」

 それは、ワールドより後だったら大変だっただろうしという意味を含んでいた。

「?よかったって……カイネルくんあなた、対戦相手分かってる?」

 カイネルのその言葉に、シアが一つの疑問を抱くのは一回戦の対戦相手によるものだった。

「対戦相手があのローズさんなのよ、いくらなんでもそれは油断しすぎよ」

 前回前々回と準優勝の赤髪ローズの名は伊達じゃないことは確かで、しかし、カイネル自身からはそれに対する気負いというものが一切感じられないし、それにエリカやレイフもそれに関してなにも心配していない様子なのがシアには引っかかっていた。

 ティファニーもだが、それに疑問を抱かずにはいられなかった。

「そうか、シアはカイネルが戦うところを見たことなかったな。な~に心配なんて必要ないさ――カイネルは……強いぜ」

 レイフの言葉に、シアは納得することはできなかったようだが、この瞬間不安よりも好奇心が彼女の中で上回った。

 ドラの音が6回響いた頃、控え室に係りがカイネルを呼びにきた。

「それじゃ行ってきます」

「妹たちにいいとこ見せてきな!」

「明日にはカイネルの名前を知らない人はいないわよ!そしてこの私の名前もさらにね」

 レイフとエリカに笑顔を返すと、カイネルは静かに扉を閉めた。


 会場にはローズコールが巻き起こり、異様な盛り上がりを見せていた。

「いよいよお兄ちゃんの出番だね……対戦相手のローズさんは強いのかな?」

 メイネの心配に対し、隣に座っていたクラスメイトが丁寧に答えた。

「赤髪ローズ――その戦い方は双短剣の使い手で、モンスターでも人でもその血を浴びるのが生きがい。ギルドローズドールの他のメンバーも、同種の人間が集まっているらしく、かなり危ない集まりになっているって聞くよ」

「血を浴びるのが生きがい……変な人だね」

 生唾を飲みこんだメイネは、ゲートから出てきた人物に眼を向ける。

「赤髪ローズ……」

 ローズは声援に答えるように手を上げて、さらに腰の短剣を抜き振って見せた。

 そしてこの時、会場の人間は知らないことだが、ローズはとても興奮していた。

 彼女は対戦相手を見て、自分より年下の男であることに興奮していた。なぜならローズは年下の男をいじめるのが趣味で、さらにその苦しむ姿を見て自分好みのかわいらしい顔立ちを歪ませたいという衝動でもう待ちきれないほどだった。

「あ~早くいらっしゃいな、カイネル・レイナルド……」

 彼女の視線の先のゲートが開くと、あれだけ騒がしかった会場が静まり返ってしまった。

 なにせ姿を現す前からすでに感じ取れるだけの殺気をカイネルが放っていたからで、鎧姿の男が入場のコールを忘れるほどだった。

「……ノ、ノラの集い!カイネル・レイナルドの入場!」

 何なの!?アレは!こんな殺気をあの歳で放つなんて!カイネル、ああカイネルいいわ!アナタいいわ!

 そうローズは興奮の度合いを増してしまったらしい。

 当の本人は、ただただ緊張から周囲に殺気を出してしまっているだけで、特に誰かを殺そうなどとは考えてもいない。

 この時、会場にはあのメイア・シャス・ラインハートと、その弟のロラン、そして親友のミファリア・ガルバーナもいた。

「あの人が姉さまを助けた人?……凄い迫力ですね」
「ええそうよ。さすがカイネルくんね、会場を黙らせてしまったわ」

 メイアは本来ならこの大会に出場するはずだったが、バルバロスの一件で兄であるゼガードに出場停止の処分を言いつけられたために今年は見物人として観客席に座っている。

「それにしてもワールド様までまだまだありますわね、……あらこれ美味しいですわ」

 チカミチ特製サンドを口にしながら退屈そうな顔をするミファリアの目的は、もちろんワールドのようで。

「ワールドが兄様と同じ組だなんて、決勝戦が早い段階で行われるみたいでなんかワクワクしますね姉様」
「そうね、ワールドの強さは知らないけれど、兄さんのスキルは本当に強いから」

 そうこう言っているうちに、ドラの音が会場に響いた。

 三回鳴らされることが試合開始の合図。

 三回目が鳴らされた瞬間に動いたのはローズだった。

 すでに抜剣された短剣を後ろ手に、低い姿勢でカイネルの懐へ近づくと、確実に咽下へそれを振りぬいた。

「とった」

 しかし、抜剣すらしてなかったはずのカイネルの長剣が音を置き去りにして引き抜かれるとその短剣にぶつかる。

「気が早いお嬢さんだ……だけど、ボクもあまり時間をかけたくはないですからね、早めの攻防は歓迎しますよ」
「……生意気なボウヤね!その顔苦痛で歪ませてあげる!」

 左右の短剣を素早く多方向に振るローズに、それを全て避けるカイネルは、最小限で的確な動きをしている。

 しかし、その戦い方は本来のオールカウンターとは全く違う。それに気が付いているのはエリカやレイフを除いて唯一メイアだけだった。

 おかしいわ、カイネルくんの戦い方は本来なら一撃必中の完全反撃。なのに何度も避けるだけで反撃していない、何か別の目的があるのかしら……攻撃を避けて眼を慣らしているとか。

 そんなことを推測するメイアだったが、彼女はこの疑問を解くことはできないだろう。

 なぜならカイネルは、この戦いを準備運動としか考えていないからだ。そんなことだと予想しうる人間は、この会場には決しているはずもない。

「そろそろ十分か……アナタには悪いけど」
「何言ってるのよ!(何で当たらないの!)」

 一瞬だった。

 ローズの両手の短剣が音を立てて砕かれて、足を払われてバランスを崩した彼女の体を左手で抱え、その首に剣を突きつけるカイネル。笑顔を浮かべて「勝負ありです」と言う。

「……こ、降参するわ――(何よ!何よ!この強さ!私が子ども扱いなんて~)」

 頬を赤めたローズは悔しそうに顔を歪めた。

 試合終了のドラの音は一回で、その音が鳴り終わる前に歓声が会場に轟き試合は終了した。

 メイネとネテルは兄の活躍にクラスメイトと喜びあい、アリアは始めてみる兄の強さに感動を覚えていた。

 カイネルはその長剣を普段通りに腰の鞘に普通に収めようとしたが、エリカに言われたことを思い出して魅せるように手元でクルクルと回転させて鞘に収めた。

「カッコいいわねあの子」
「若い上に強い!」
「きゃ~カイネル様~」

 カイネルが最後に剣を手元で遊ばせたのは、ワールドになった時のためにワザとそうしたのだ。剣を鞘に収める時に彼は独特な仕草をすることがあり、剣を普通に収めた場合はそのまま鞘を撫でてしまうのだ。

 あえて普段のカイネルが意識して収め方を変えることで、ワールドの時に演じる部分を減らすことが目的だ。

 それゆえにあえてそうしたのだが、それが観客の一部女性に異常なほど響いたことは、彼自身予想だにしていなかったことで、エリカとしても予想外だった。

「メイネちゃんのお兄様こんなに強かったのですね!私ファンになりました!次の試合も楽しみですね!」
「ありがとう!……でも兄さんはこの試合で終わりなの」

 その言葉に他のクラスメイトも「何故」と聞く。

「お兄ちゃんはねこの後用事があって、本当なら今日は一試合も出ないはずだったんだけど無理して出場したの」

 ネテルの言葉に、せっかく勝ったのに勿体無いねと声を揃えた。

 こうして図らずも、カイネル・レイナルドの名はその強さと共に会場に来ている者の記憶に刻まれた。
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