そのダンジョンの冒険者はダイバーと呼ばれている。

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ダイバー編

九話 クロスハート

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「長くてひと月、明日からは外を歩くことすらままならないかと……」

 弟は完治しない病、魔瘴病を患っている。

「メイア様、残念ながら……」

 これまで何人の医師や研究者に高いギリーを払い治療法を探したことか、でもそれは見つからなかった。

 兄はもう見舞いにすらこない、父も母も魔瘴病が感染するのではと来ることはない。

 それでも代理で人を遣すだけまだましなのだろう。

「これは王宮の医師から聴いた話なのですが、なんでも特効薬が存在するとか」

 私はそれは運命だと思った。弟が神から見放されていないという証明、治るはず無い病の特効薬、本来王宮の医師しか知るはずの無いその薬を私は欲した。

 しかし、王宮にあるその特効薬はまさに国宝と言うべき物で、宝物殿の奥底に隠されるようにしまわれていた。

「その特効薬は、タワーに住むある魔物の角が原料だそうで、過去その魔物が天上から降ってきた折に解剖や研究され、結果魔瘴病の薬を製作することに成功したと申していました」

 モンスターなら私や兄がいれば、どんなモンスターだって倒してそれを手に入れられる。

 私は新たな希望を見据えて、そのモンスターの名前を医師に聞き返す。

 しかし、それはまるで私をあざ笑うかのような光だった。希望と言う名の幻光を私は掴もうとしていたのだ。

「魔物の名前はリュノラドスキュラシュカ……現状おそらく六十階層以上に生息しているとされる魔物です」

 私たちダイバーが到達している階層は四十七階層で、モンスターのレベルは50から55。

 六十階層にもなるとレベルは70以上は必要だろうか、まさしく無謀・無茶・無理という無の三称である。

 最高の装備で最強のダイバーたちをそろえたパーティーでも、四十七階層が限界な現状で、それは途方も無いものに思えて、私は言葉を呑んだ。

「なに!?六十階層だと!バカを言うな!ギルドのメンバーにそんな危険な橋を渡らせるわけにはいかないだろうが!お前の私的な事にギルドを巻き込むな!」

 兄は【クロスハート】のギルドマスターという立場からそう言っていたが、弟の命がかかっているのだから無理は承知の上での懇願だった。

 サブマスターという立場を私は棄ててでも、弟を救うためにとギルドのメンバーに声をかけた。そうして、無謀な私のもとに集まったのはたった3人だった。

「貴女のためならワタクシが出向かないわけにはいかないわね」

 長い赤い髪を持つ親友のミファリア・ガルバーナ。

「俺も美女二人のお供なら喜んで出向きましょう」

 白と黒の髪を持つギルド一気障な男レオナルド・レ・フィレンツェ。

「サブマスのためなら致し方ない」

 白髪のギルド一の戦闘経験を持つグレゴール・バゼナー。

 この3人ならば、必ず六十階層にも到達できる。そう確信して私は号令をかけた。

「行くわよ!目指すは未踏の地!」

 後衛グレゴール大楯に鉄球、後中衛にレオナルド両手持ち大剣、前中衛にミファリア細剣。

 そして前衛は、片手持ち長剣、ギルドクロスハートのサブマスター。

 メイア・シャス・ラインハート。


 私たちは、ギルドにあったワールドマップを書き写した物を事前に用意していたから、四十七階層までは難なく登ってくることができて、戦闘も避けられない階層主のみ戦ってきた。

 しかし、ここから先はマップも無いギルドとしても未探の地。だけど、本来ダイバーがタワーの上層へ上る時は、何時だって未探で足を踏み入れてきたのだ。

「どうしたのメイア?ほら、そんな意気込まないの!ワタクシたちが付いていますわよ」
「ミファ……そうね、あなたたちが付いているもの」

 親友のミファは、いつも私の背を押してくれて支えてくれる。幼馴染で同い年の21歳のミファリア。幼少からともに剣を学んできた実力も、私に並びレベルも45ある心強い味方。

「そのと~り!この俺、フィレンツェ家で最強にカッコいいレオナルドがお供してるんだぜ、メイアにもミファにも傷一つ負わせないさ」
「ちょっとレオナルド!あなたにミファと呼んでいいなんて許可した覚えは無いですわ」

 今度ミファって呼んだらチンコもいじゃうんだから!と、ミファが本気で怒っている。彼女が怒りの感情をこうも面に出す相手も珍しい。

 レオナルドはいつも女の子に声をかけては、軽くあしらわれている23歳独身で、フィレンツェという家柄は過去王族に仕えてきた貴族で、私たちとは本来身分が違う人なのだが、どういう訳か王宮に仕えることもしないでうちのギルドでダイバー業を営んでいる。

「……ん?グレゴールさん?」
「これを見てみろ」

 グレゴールさん、経験も多い古参のギルドのメンバーで、誰よりも落ち着いている。

 その名はブラックスミスのアルバー家の称号と同じだけど、関係性はないらしい。

 そんな彼が指した物はモンスターの遺骸で、四十階層以上に巣食うタラントのものだった。

 タラントは、ダータスの上位種で、複数で単体の獲物を襲うモンスターだ。

「タラントの遺骸ね、この辺では珍しくも無いものでしょ?」
「いいや、この辺にダイバーが来たのは数ヶ月前に俺たちのギルドが来たときだけのはずだ」

 そう言われてもう一度その遺骸を見ると、まだ肉が確りと付いていて数日しか経っていないようだった。

「グレゴールさん、それがダイバーに倒されたものだとしても、結局俺たちには何も関係ないだろう?」

 レオナルドの意見は正論で、例え他のダイバーがここを通ったとしても、私たちにとって敵にはなりえないから問題にはならない。

 しかし、ダイバー暦の長いレベル49あるグレゴールさんは、その遺骸から眼を離せないでいた。

「遺骸がキレイすぎる、普通ならもっと傷ついたりしているはずが、すべて一撃で倒されているようだ」

「それだけ強いダイバーってこと?」
「だとしたらこのタラントを倒したダイバーは、俺より10はレベルが上ってことになるな」

 レベル60台……王宮に仕える父ですらレベル57で、この国最強と呼ばれているのに。

「信じられないわ」
「だが、事実こうして誰かがタラントを倒している、いったい誰が」

 グレゴールさんは、その疑問を解消できずに悩みこんでしまう。そんな彼の悩みをレオナルドの言葉が瞬時に解決してしまう。

「多分、ワールドじゃないかな?」
「あのワールドが?」

 私たちクロスハートが四十七階層へ到達したひと月後に、完璧な四十七階層のマップを販売したダイバー。

 ワールドと言えば、今ではギルドのマスターというよりも、マッピングの達人と思われていることが多いが、彼はソロ専のダイバーで私たちのようなダイバーの中では最強のダイバーと考えられている。

「確かにワールドならありうるな、ソロで四十七階層のマッピングをした男だからな」

 さすがのグレゴールさんも、その答えに納得しているようだった。

「でも気になりますわね~」

 ミファはそう言うと両手を重ねて上の空で続けた。

「いったいどんなお方なのかしら~ワールド様って」

「ミファ……あなたワールドのファンだったの?」
「だって惹かれない?孤高に戦うダイバーなのよ、神話に聞く英雄みたいじゃないの」

 確かにと肯く私の後ろから、レオナルドが不機嫌そうに声を発する。

「きっと毛むくじゃらの大男に違いないよ」
「いいえ!きっと高身長で理性的な人に違いないですわ」

「いいや!野蛮な斧を持った獣のような男だね」

 ミファが褒めるとレオナルドが貶す。それを何度か繰り返していると、ミファがとうとう本格的に怒り出した。

「ちょっと!ワタクシがそう思いたいんだからいいでしょ別に!」

 しかし、レオナルドは引かない。

「よくないね!だって俺は――」

 そこまで口にして、唐突にレオナルドは黙ってしまった。

「俺は、何?早く答えなさいな」
「俺は、俺は、……いずれワールドより強くなるからな」

 レオナルドのその言葉にミファは声を出して笑うと、「ならまずワタクシより強くならないとね、レベル41さん」と言った。

 確かにこの中で一番レベルの低いレオナルドが、いくら頑張っても最強になるまでには程遠い。

 レベルを上げるには時が必要で、幼い頃からダイバーになっていた私やミファよりも後でダイバーになったレオナルドが、レベルを上げ続けても多分追いつくこともできない。

 それこそ、私たちがレオナルドより早くダイバーを辞めない限りは一生。

「そろそろ進もう、みんなここからは予想や普段通りではないわ。気を引き締めて行きましょう」

 各々、「うむ!」「えぇ」「さー」と返事を返し、現時点でギルドの最高到達域のその先へ足を踏み入れる。


 四十八階層より上層へ上ったのは、パーティーのダイバーではまだいない。

 ただ、約5年前にコトーデ王国が派遣した軍が、その総軍事力でタワーに挑んで帰還した記録はある。その司令官がダンダ・リオ・ラインハート、私の父である。

 到達階層五十四階層で物資が底をついて、敢え無く断念せざるを得なかった。

 圧倒的戦力があっても、タワーは補給のし辛いダンジョンで、それが他のダンジョンよりも到達域が数字で低い原因でもある。

 あのフォレストは百八十層まで到達していると、旅の商人から聞いたときは驚きを隠せなかった。

 本来一層一層の攻略となるとそれなりの日数がかかるのだが、ただ階層を上がるだけなら運がよければ数十分で済むこともある。

 あのラビリンスは迷宮というだけはあって、一層一層に数年かかることもあり、それでも攻略した層を整備している分は、他のダンジョンよりも補給面で苦労しない。

「あったぞ!階段だ!」

 五十階層への階段をグレゴールさんが見つけ声を張り上げるのは、後ろからモンスターが追ってきているからだ。

 四十九階層にいたモンスター【リングローダス】。

 堅い外殻を持ち、普段はノソノソと二足歩行で歩いているが、その身を丸めた途端に光のリングと見間違うほど火花を放ちながらゴロゴロと転がる。

「なんて速さなの!」

 とてつもない速さで金属同士の擦れ合うカン高い音は耳障りというか、防ぎ様の無い攻撃でもう戦意すら下がってしまうほどだった。

「とにかくまずレディーファーストだ!俺が引きつけ――がっ!」

 レオナルドが、まるで小石のように飛ばされるのを視界端で捉えながら階段へと駆ける。

 ミファは気にもしないで私の前を走っている。ようやく階段に辿り着いて振り返ると、鼻から血を垂らしながら、余裕の表情を返すレオナルドがいた。

「どうだい、俺の囮が役に立っただろ?」

 レオナルドの顔を見ながらミファは、は?と言って少しイラっとしていた。

 何せ彼は顔を近づけて10クレン程の距離で、それを言うのだから無理も無いけど。

 辿り着いた階段は、階層が切り替わる所為かモンスターが寄り付かない。と言っても下から上へは無くても、上から下への行き来はある。

 タワーは下から上へ上がるにつれ細くなることはなく、上層へ行っても均等な広さを保っているのも上層のモンスターが強いのも、そう作られているからなのだ。

 この世界の古代の文明人が作ったとも、宇宙人の遺産とも言われるダンジョンが、そう作られているのは私たち今生きている人間には理解の範疇ではないと、いつか父が言っていた。

 各ダンジョンの奥には、古代の文明人が残した『遺産』があるに違いないと。

 私自身はダンジョンがどうしてあるのかなどは興味も無いし、むしろタワーが無ければ弟が病に侵されることはなかったのではと思わずにはいられない。

「ここからは五十階層だ、聞いた話では今までとは構造上は変化しないが、モンスターが凶暴化して錬金系や魔法系のモンスターが異常に湧くらしい。ゆえに警戒を厳にして進む必要があると俺は思う」

「そうですね、グレゴールさんの言うとおり、父も五十階層からはモンスターが手強くなってさらにしつこくなったと聞いています。そしてもっとも注意するべき点は、スキル持ちモンスターです」

 スキル持ちモンスターは、五十階層以上のモンスターに限って現れ、獣系や異形系のモンスターのみスキルを所持して現れるようになったのだ。

 錬金系や魔法系が飼いならされたモンスターなら、獣系や異形系は野生のモンスターといったところだろうか。そのために、スキルを持った個体が現れるのだろうと父も言っていた。

 父が以前戦った獣系の多くは、その能力を増加させるタイプのスキルを所持していたとし、異形系の多くはスキル鑑定しても古代語が読めなくて、その特殊なスキルを瞬間では判断できないものを所持していたそうだ。

「スキル持ちのモンスターなんて、正直俺のスキルがあれば問題なく戦えるけどね」

 レオナルドがそう言うのは、スキル【ミスフォーチュン】が周りのあらゆる不運不幸を跳ね返し、本人は度重なる小さな不運不幸にあうというもので、もしそれが本当なら素晴らしい効果のスキルだけど信憑性は今のところ無い。

「ミスフォーチュンね……それなら私のスキルの方がマシね」

 鼻で笑ったミファは、ミファのスキルは近くにいる者のステータスを少しだけアップさせる【プチフォーチュン】。

「名前が似ていて、まるで僕らが夫婦のようなスキルだな」
「言いてなさいな、一番頼りになるのは、グレゴールさんのスキルアンチマナよね」

 【アンチマナ】は、あらゆる魔法生命体のステータスを減少させてしまう強スキルとされるスキルの一つである。

 そのスキル一つで、レベルが倍以上の魔法系のモンスターは、グレゴールさんよりステータス上で下回ることになる。

「そうね、アンチマナクラスのスキルなら勝ち組ね、レッドなんて持ってたらパーティーも組めないし」

 持っているだけで味方に何らかのネガティブを与えるレッドスキルは、誰しもが敬遠するスキル。

「でも、彼らも好きでそのスキルを持っているわけじゃないのよ、ミファ」
「分かってるわ」

 ミファがそう言うと、不適な笑みを浮かべて言った。

「ワールド様もギルドにレッド持ちを入れてるのよ?ワタクシにとってはもう敬遠何て言ってられないわ」

 いつからか分からないけど、ワールドがレッドスキルを持っているダイバーを優先的にギルドに入れているという噂が流れ、それがいつの間にか定着し今に至っている。

「ワールド自身がレッドスキルを持っているというのも聞いたことがある噂だけど」
「それはないわよ、チカミチの主人が直営の酒場で言っていたのを聞いた人がいるんだから」

 ベルギットさんは私も何度か会っているけど、気の強い人でしかも私を毛嫌いしているらしいので少し苦手である。

「彼女が言っていたのなら間違いないのでしょうね」
「他人のスキル詮索はそこまでだ。先を急ごう」

 グレゴールさんの言葉通り、今はワールドの話はそれほど重要じゃない。

 私たちは短い休憩をはさんで、五十階層へ足を踏み入れた。


 昔、父が口癖のように私と兄に言って聞かせていた言葉がある。

「二人ともダイバーたるもの、その強さに慢心は不要だ。自分の思い通りにダンジョンが作られていると思うな!いいか、ダンジョンは――」

 何故今その言葉が頭に過ぎったのか、それは今まさに父の言葉が現実となっているからだ。

 モンスターはそのレベルが高ければ高いほど情報が得づらく、名前さえ分からないモンスターに会ったなら逃げるのがダイバーの常。

 今、目の前のモンスターの名前が分からない。警戒はしていたし間合いも取れていた。

 なのに、今私の体はそのモンスターの一撃で吹き飛ばされて、すでに立つこともできない。

「……ダンジョンは――生き物だ」

 父の言葉を口にすると、目の前の視界が塞がれた。

「大丈夫か!」

 グレゴールさんが私の所に駆けつけてくれたが、正直今あのモンスターと戦える人はここにいない。

「逃げてください……アレは――強過ぎます」

 五十一階層の魔物じゃない、アレはタルタロスと同じ類のモンスターだ。ダンジョン内を徘徊するモンスターは数少なく、出会うほうが稀なのに。

「メイア!ワタクシが引きつけるわ」

 ミファがそう言って走り出すけど、それは無謀に近いもので、私もグレゴールさんも必死で呼び止めた。

「危険だ!離れるな!」
「ミファ!戻って!」

 そしてミファの体は、軽々とアレの攻撃を受けて壁に激突した。それが前足なのか手なのかは分からないけど、爪がないその手はまるで鉱石のように堅かった。

「ミファ!」

 気絶したのだろう、ミファは返事を返さなかった。私たちのレベルは低くはない、それなのにこれほどダメージを受けてしまうのはアレが強すぎるからで。

「化け物が!こっちだ!」

 気が付くと、今度はレオナルドがアレの気を引こうと離れた位置へ駆け出していた。

 馬鹿が!と言ってグレゴールさんは私を担ぎ上げた。

「グレゴールさん!?なにを――」
「分かるだろ!今逃げなくては全滅する!」

 逃げる?私が?親友を置いて?敵を引き付けてくれている仲間を置き去りに?

「ダメ!グレゴールさん!止まって!お願い!グレゴールさん!」

 その呼びかけにも彼は答えてくれなかった。確かに今この場を逃げなければ、私たちもアレに倒されてしまう。でも、それでも私は。

 そんな私の考えもあざ笑うかのように、アレはレオナルドを一撃で地面へ打ちつけると、すぐさまこちらに駆けてきた。そうアレは私たちを一人も逃がす気はないのだ。

 私の考えが甘かった、4人でも問題ないと、弟も助かると。

「……ごめんなさい、ごめんなさいみんな、ごめんなさい」

 もうどうしようもない、モンスターはグレゴールさんのすぐ後ろまで迫っていて、私の目の前で牙をむき出しにして、その表情は笑っているようにも見えた。

 諦めからか私は眼を瞑って顔を伏せた。

 恐怖よりも後悔に押し潰されそうだった。

 父の言葉は正しかった……ダンジョンは、生き物だ。


「キシャァァァ!」

 それはモンスターの歓喜の声でも狂喜の声でもなかった。

 顔を上げた私は、それを眼にすると、それは現実なのかそれとも願望の幻を目にしているのか分からなかった。

 青黒いモンスターが、その前足か手なのか分からないけれど、左側のそれを両断されているのだ。しかも、すでに足にも斬られた痕がある。

「……ワールド?」

 それはこの階層にいるならば、という思い込みで口にした名だった。けど、よく見ると見覚えがあった。

 栗色の髪、一般的なロングソードに軽装という格好は、私の知る人物と合致していた。

「あれは……カイネルくん?」

 ギルド、ノラの集いの主要メンバーの一人で、過去に私が手を差し伸べた時にとある理由で断られた。彼はレッドスキル持ちで、その中でも三凶と称されるスキルの一つパーティージャックを保持していたからだ。

 そんなカイネルくんがまさかこんな高階層にいるわけが無い、私は幻を見ているのだと思ってしまうのも無理ないのだ。

 彼の口元が動いて何かを発している、何を言っているの?

「早く決めてください!時間は限られています!」

 決める?何を?私が言葉の意味を思考していると、グレゴールさんの声が響いた。

「ミファリア!女の方を頼む!」

「それって……」

 カイネルくんはモンスターを牽制しながら、ミファへ近づくと左肩に片手で担ぎ上げた。

 そして私は全てを理解した。助けることができるのは一人だけで、どちらを助けるかカイネルくんの問いかけは、それでグレゴールさんはミファをと返した。

 でもそれは、レオナルドを仲間を見捨てると言うこと。

「レオナルドも助けないと……」
「無茶を言うな!この状況で彼がいることも、あのモンスターを牽制できているのも奇跡なのだ!ミファだけでも助けられるだけで……十分だ」

 でも、でも、それでも。

「退却します」

 カイネルくんは、モンスターと間合いを取りながら、徐々にこちらへ近づいてくる。

 その様子を悔しげに呻きながら、モンスターたちはその場に留まっていた。どうしてモンスターが私たちを襲わなかったのか、その時は他の事が気になっていて気にも留めなかった。

 逃走する彼、カイネルくんは、体こそグレゴールさんよりも小さいのに、人一人を抱えているにしては速く走っていた。

 私たちはカイネルくんが進む方へ逃げていた。そこは五十階層、私たちが通ったことのない道を足を止めることなく駆け抜けていった。

「おい、お主。闇雲に逃げていると迷うぞ!」

 グレゴールさんの言うとおり、私はすでに自分の位置とレオナルドを置いてきた位置が分からなくなってしまっていた。

 問いかけにカイネルくんは答えなかった。曲がり角を数回曲がり、唐突に床に開いた穴に飛び降りた。

「クソ!こうなれば自棄だ!」

 後に続いて降りると、そこには大きな横穴と眩しいほどの外の光が差し込んでいた。

「まさかここへ走っていたのか?!驚いたな普通ならこんな所は見つけられない……しかも、モンスターにも一度も会わないとは……何者なんだ」

「三人用のタコは持っていますか?」

 カイネルくんはミファの頭部の出血を治療すると、そう聞いてくる。私もグレゴールさんも首を横に振って答えた。

 その間もミファの鼓動を確かめて、「心停止してる!」と彼は人工呼吸をし始める。

「おほっおほっ」

 何とかミファが息をして、その後で溜め息を吐いたカイネルくんは、背中に背負った大きなカバンから少し大きめのタコの筒を取り出してグレゴールさんに手渡した。

「三人用のタコです、使い方は分かりますよね、これを使って先に下りてください」
「勿論分かるが……お主はどうするのだ?」

 カイネルくんはカバンをその場に置くと、降りてきた穴の下で言った。

「もう一人を助けてきます」
「いや、待て!レオナルドのことはもういい!もうこれ以上はお主を巻き込むわけにはいかない、アイツも男だ、こうなる覚悟もあったはずだ……致し方ない」

 しかし、彼はその言葉を嫌悪するように声を荒げた。

「助けられる命が目の前にあるのに!助けないなんて選択肢はボクにはない!」

 そう言って、彼は壁を蹴るようにして穴を登って行った。

 グレゴールさんは、動けない私とミファを抱えタコの筒を付け替えると、地上へとダイブした。あっという間に地上が近づいてきて、一瞬体に強い衝撃が走ると少し痛みを感じ、バサっとタコが広がる。

 地上へ降りた私とミファは、着地地点である芝生の上に寝かされて、その場で治癒の道具でグレゴールさんに治療され始めた。

 グレゴールさんがある程度治療を済ませたと同時に、空から影が下りてきた。

「お!お主!それにレオナルドか!」

 それがレオナルドを抱えているカイネルくんだと分かった時は、心から安堵し同時に弟を助けることは叶わないという事実が複雑な心境を生んだ。

 私は全身打撲に腕部裂傷に右手の骨折、ミファは頭部を打ったため脳震盪と腹部の打撲でアバラが数本骨折、レオナルドは所々モンスターに肉を齧られていて重症というかもう瀕死だった。

「このままでは彼は助からない、このままボクのギルドへ運びます、二人も一緒に治療できますから、後で迎えに来るのでそれまでは安静にさせていてください」

「わ、わかった」

 グレゴールさんがそう返事を返すと、カイネルくんの言葉で彼のギルドへと運び込んだ。

 そこには、回復系の薬で最高級のエルキシルがあり、レオナルドも何とか命を繋ぎとめた。

 例えエルキシルと言えど瞬間で完治するものではなく、私たちは数日間チカミチの宿で体を休めることになった。

「にしても幸運だったなテメーら、カイネルがいなきゃ全滅もありえたぞ」

 赤毛に長髪を肩から前にザッとたらした女性は、このチカミチの店主ベルギット・ベルベットさんで、そう言うと彼女は寝ているレオナルドの体を叩いた。

「いッヅ!」

 痛みで彼がそう声を上げると、彼女はそれを見て声を出して大笑いした。

 そんな彼女も、私たちを泊めることを最初は嫌がっているように見えた。

 しかし、カイネルくんが頭を下げると、「アンタがいいならそれで構わないけど」と彼女は了承した。

 とうのカイネルくんは、私たちを彼女に頼むともう一度ダンジョンへと戻って行った。

 まだやり残したことがあるとかで。

「にしてもさっきの話は本当なんだろうね、重度の魔瘴病の特効薬、弟さんが発症してるって話は」

 私たちが何故上層へと出向いたのかを、カイネルくんとベルギットさんには正直に話した。

 弟のことやリュノラドスキュラシュカのことを、その途端に彼は、カイネルくんはダンジョンへと再び足を向けた。

「今さらワタクシ達が嘘を吐く道理もなしですわ。ワタクシも……そのカイネルさんに会って礼を言いたかったのだけど……残念です」

 ミファは私たちの中では一番軽症にまで回復したため、すでに体を起せていて意識もはっきりしている。

「ロランを救えなかったということ、深くお詫びするわメイア」

 体をこっちに向けて頭を下げる親友に、私は申し訳なさと悔しさが眼から溢れてしまった。

「……いいのよ、私が我がままを言った所為で、ミファまで失うところだったのだから……こちらこそゴメン」

 レオナルドも動かせない体で、言葉だけで「すまない」と言いながら謝ってくれた。

「まるで葬儀だね」

 ベルギットさんが溜め息を吐く中、廊下から駆け足の音が響いて、部屋のドアがノック無しに勢いよく開くと、そこには金髪に金色の瞳の女性立っていた。

 金髪に金色の瞳はこの街では珍しく、その血筋でどこの誰なのかを察することができた。

「アルバー家の人……ですよね」
「いかにもよ」

 彼女はしばらく私を睨みつけると名前を名乗った。

「エリカ・グレーゴル・アルバーよ」
「メイア・シャス・ラインハートです」

 そして再び沈黙が始まって、見かねたベルギットさんが彼女に話しかけた。

「名乗ったきり黙りやがって、どうしたんだテメー?生理か?」

 エリカさんはすごい剣幕でベルギットさんを睨みつけると、明らかな怒りの言葉を吐いた。

「ベルギットさん、なんでこいつらをここに置いているの?」

 私たちはその言葉の意図が分からずにいて、ミファが口を挿んだ。

「ワタクシ達がここにいると何か不都合でも?」

「……不都合?不都合ですって?いかにもよ!ベルギットさん、あなただって知っているでしょ?こいつ等のギルドが何をしたのか……」
「……私たちのギルド?」

 そう口から洩れた言葉に、彼女は私達に対しての怒りをぶつけた。

「あなた達のギルドの所為で、カイネルがどれだけ苦しんだか分かってないの?!少しは頭使ったら!?」

 その言葉には、さすがのミファも頭にきてしまい声を荒げた。

「言いがかりも甚だしいわ、ワタクシたちクロスハートは至って健全なギルドです!そのような侮辱許せませんわ!」

 その言葉には私も同感で、逆に何故私達のギルドが悪く思われているのか不思議で仕方がなかった。

 ベルギットさんは、いい加減にしろとエリカさんの腕を掴む。

「カイネル自身が構わないと言ってたんだ、テメーがどう思おうと私がどう思おうと、あいつ自身がそう言ったならそれを通すのが筋だろーが」

 ベルギットさんの腕を振り払った後、エリカさんは腕を組んで言う。

「理解はできても納得はしてないんだから!」

 言葉を吐き棄てると、彼女は怒り冷め止まぬまま部屋を後にした。

 私たちは体から力を抜くように溜め息を吐いた時、ベルギットさんが口を開いた。

「エリカにはああ言っていたが、私も納得はしていないんだからな」

 その言葉が今までで一番棘があって、ひどく心に響いた。


 疲れた体をいくら休めても、心は休まらなかった。

 ロランはもう救えない。例え兄や父が協力してくれたとしても、どうしようもなかったのだと、結局私も自分がそうすることしかできないからそうしたのだと思うと、とても身勝手だったと気付いた。

 グレゴールさんが見舞いに来てくれた時に話してくれたのは、父がロランの病室へ行って謝罪していたということ。

 父は王に特効薬を分けてもらえるよう何日も頼みに出向いていたが、それ自体がもう残っていないと知って、もうどうしようもないとロランに謝ったそうだ。

 私は父がロランの見舞いにこないことを誤解していた。

 父もどうにかしようとしていたと知って、勘違いで父の悪口を言ったり思ったりしていた自分が途端に恥ずかしくなった。

 現実を見ていたのは私より父や兄の方で、私はただ我が儘に事態を混乱させてしまった。

 もう少しで、ミファやレオナルドまで死なせてしまうところだった。

「……ロランのことはもう無理でしょうね」
「メイア……残念だけどメイアはよくやったわ、ロランだって……分かってくれるわよ」

 世界にはどうしようもないこともあり、これもどうしようもないことだと理解してしまっている。

 私がそう自分に言い聞かせて、受け入れようとしていると彼が部屋へと入って来た。

「諦めるのはまだ早いですよ」

 カイネル・レイナルド、彼は三度目のその微笑を浮かべてそう言った。

 一度目は差し伸べた手を断られた時、二度目は偶然ダンジョンで出会った時。

 彼が差し伸べた物は、光沢のある空色のモンスターの角。

「この子がカイネルくん……良い男ね」

 ミファはカイネルくんにそう言うと、助けてくれたことへの礼を口にする。

「カイネルくん、助けてくれてありがとう」
「当然のことをしただけです」

「その……ワタクシ、殿方とのキスは初めてだったのですわ……でも、今回だけは責任問題にはしないつもりですの」
「そう言ってくれると助かります」

 私はミファがそんな事を話すより、角の話題に入ろうとした。

「変わった角ね……見たことない……!まさか――」
「!その角がリュノラドスキュラシュカの!?」

 ミファと二人で驚いた時、コクリと頷いたカイネルくんは角を私の目の前に差し出した。

「これで弟さんは助かりますね」

 彼はそれだけ言うと、去ろうと扉を開けるけど、私の疑問がそれを呼び止めた。

「どうやってコレを?」
「……」

 彼は私たちに背を向けたまま立ち止まると、彼が答える前にミファがハッと何かに気付いてそれを口に出す。

「ワールド様ね!」

 それを聞いた途端に彼は振り返って、実はと話し始めた。

「メイアさんやリュノラドスキュラシュカの話をワールドにしたら、彼はすでにその角を持っていて譲ってくれました。彼にとっては価値の無い物だったそうですが、情報と交換してもらいました」

「情報?どんな?」
「その角の使い道……です」

「そうですか……彼は、ワールドはそれを国民に広めるのでしょうね」

 その問いに頷いたカイネルくんは、今度こそ部屋を後にした。

 部屋に残された私たちはその後、彼がどうやってレオナルドを助けたのかを話題に会話をしていた。

 数分間といえど、レオナルドはあのモンスターと二人きりになったのに命だけは助かった。

 カイネルくんの話だと、あのモンスターの名は【バルバロス】と言い、あの【タルタロス】の上位種。

 五十から五十三階層を徘徊して、捕食者として君臨していて、その外敵の無さからか獲物を弱らせて生きたまま異常に鋭い牙で表面の肉をそぎ取るように食べる。

 その習性のおかげで、レオナルドは体の一部を生きたまま食べられただけで、命を落とすことはなかったのだそうだ。

「俺が食われてたってあのカイネルって奴が言ってたぜ、不意打ちで奴の首を飛ばしたんだとさ」
「あのタルタロスの上位種をおどろきですわ……そこまで分かってるって事は、あの子見えてるのでしょうねアレのステータスが」

 ダイバーはその者のレベル次第でモンスターのステータスを見ることができ、自らのレベルが低く対象のレベルが高いと名前さえそもそも見ることはできない。

「仮にあのモンスターがレベル50台だったとして彼、カイネルくんはレベル60後半ということになるわよね……」

 王宮軍軍統括司令官の父でさえレベルは62で、生涯のダイバー生活を終えた。なのにまだ成人もしていない彼がレベル60の後半というのは信じがたいものがあリ、それが口から言葉で出たのは必然だった。

「それにしても彼はあのバルバロスを倒して、レオナルドを救ったのだから、それくらいのレベルはないと無理なんじゃないの?装備は通常のものと特注のものだったみたいだけど、軽装だったのだし」

 確かに、としか言えない状況で私よりも遅くダイバーになったカイネルくんが、いったいどれだけの修羅場をくぐって来たのかは想像もつかない。

「で、どうだったの?あなた、本当は彼の戦闘を見たのでしょ?レオナルド」

 ミファの問いかけにレオナルドは、天井一点を見つめて溜め息混じりに答えた。

「あれは~人間の動きじゃないぜ……バルバロスの攻撃全てにカウンターで攻撃していたからな、言うならオールカウンターてのをあいつはやっていたんだと思う。……ただのノラダイバーじゃないってのは確かだ」
「つまり相手の攻撃に対しいて、反撃して戦っていたってこと?かなりリスキーなことしてるのね彼」

 理論上、敵の攻撃に当たらなければカウンターは一番効果的で、威力が高い攻撃といえるけどそれ自体が理論上ではだ。

「ま~普通ならそう思って当然なんだろうが……俺がこの眼で見たあれは――完璧なオールカウンターだったぜ。仮に俺が7、8人束になってあいつ一人と戦ったとしても、攻撃自体当たることはないし、まして、攻撃すればするほど俺がバタバタと倒れるだろうさ」

「そこまでの差があるの?彼はまだ4年ほどしかダイバー歴はないと思うのだけど……」

 しかも、彼は私やミファやレオナルドのように幼い時から剣の鍛錬をして技術を高めていたわけではないから、彼がどれだけダンジョンへ籠っていたのか、もうそれは無謀の域としか思えない。

「つまりこういうことね、カイネルくんがあれほど強いなら、その長たるワールド様はさらにお強いのでしょうね~」

 話はミファのワールドの話へ移行し、その後はロランの専属医師の元へグレゴールが向かい例の角を手渡すと漸く心が休まる。

「世界は残酷だ」
「ワールド様の言葉ね!世界は残酷だ、それでも人は優しくできる、なんて深いお言葉」

 その言葉はワールドマップに記されている彼のものだ。

「そうね、彼には一生をとしても返せないものを貰ってしまったわ」
「ちょっと、メイア!いくらあなたでもワールド様に関しては譲るつもりは無いわよ!」

「ミファ……はいはい」

 こんなバカな会話をしていながらも、エリカ・グレーゴル・アルバーの言葉が、私の中で少しだけ引っかかっていた。
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