聖獣物語~人狼の森のロウとカイナ~

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序章

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 聖獣――それは六体の聖なる獣であり、何かしらを司る存在だ。

 木を司るキリン、火を司るエンコ、水を司るスイリュウ、風を司るフウチョウ、光を司るメイロウ、そして影を司るアンジャがいる。

 木を司るキリンは木鱗と書かれる、それは森や平地に天を貫こうとそそり立つ木々に宿る聖獣で、その身は鹿に似た身体に木の鱗を持っている故に木鱗でキリンと呼称する。

 火を司るエンコは、炎虎と書かれ、ある地方の活火山の周囲に住む虎に宿る聖獣で、数いる虎の中で、エンコが宿る虎の毛並みが燃えるような姿であることから炎虎と書きエンコと呼称される。

 水を司るスイリュウ、姿は水ヘビのようにも見えるが、その巨体に生えた翼は伝説に伝う龍の子孫だと言われ、水龍と書かれスイリュウと呼称されるが、その住処は広い海原のどこかと言われている。

 風を司るフウチョウは謎が多い、ただ風を切る翼に鳥のようなものであるだろうと風鳥と書かれフウチョウと呼称されている。

 光を司るメイロウは最も身近な存在で、主に狼に宿り獣の姿で光を纏ったようにいつも輝いていることから、明狼と書かれメイロウと呼称される。

 影を司るアンジャは最も賢いと言われている、そして、その姿は影と同じく虚ろであると同時に蛇のような形でありながら、だがしかし、影であることから暗蛇と書きアンジャと呼称されるようになった。

 そして、聖獣が棲む世界に人という存在は無かったが、古に初めて人という生き物が現れたのは、聖獣らが自身らで恋愛感情を持ち始めた時だった。

 古からそれぞれの眷属として人と木、人と虎、人と龍、人と鳥、人と狼、人と蛇と縁を結んでいる。

 互いに領域を侵犯することなく過ごしていた中で、長年眷属中の巫子と呼ばれる存在に命を産み出させ、聖獣は眷属とともに過ごすようになる。

 だがある時、アンジャが恨みに飲まれ、世界に魔の存在が現れ始めた。

 それ以来、聖獣の眷属の中で最も戦いに秀でた者たち、守杜と呼ばれる者が魔の存在を退ける役目を担い、それぞれの領域を守るようになった。

 キリンの眷属は世界の中心にある深き森を、エンコの眷属は世界の南東を占める火山地帯を、スイリュウ眷属は海原を、フウチョウ眷属は空を、そしてメイロウは北や東西に広がる平地を守護した。


「先生!アンジャはどうして恨みを世界に持ってしまったんですか?」

 教壇に立つ教師に幼い生徒がそう言うと、笑みを浮かべて教師は答える。

「いい質問ですね、アンジャが何を恨んだのか、それについてはこの本――」

 そう言って教師は一冊の本を手に取り言う。

「この〝ダブハ日誌〟にて、我らがダブハ元学院長様がお書きになられているわ」

 教師がそう言うと、生徒たちは自身の知識にまた一つ書き足していく。

 マト国国営薬学院、その先代学院長が記したダブハ日誌にはこうある。


『アンジャは魔の森を作り出したが、それは嫉妬のためであるとされる。だが、それが本当でないことを私は知っている。私がまだ青年と呼ばれていた頃、教えを乞うた我が師の夫である方が、そのことを詳しく話して下さった。名を〝ロウ〟と言い、嘘偽りなく言うならば、彼は人狼であり内に聖獣を宿す者でもあり、アンジャの恨みを晴らした者でもあるのだ』


 それは今から数百年前に遡る。

 天にフウチョウの眷属あり、地にメイロウの眷属あり、森にキリンの眷属ありと言わす処。

 キリンが人に成りたがりその身を六つに分け、フウチョウの眷属は消え、アンジャの恨みを宿す魔の物現れり。メイロウ平地ではなくキリンの消えた森へと入り、人との約定の下人狼に守護を命じる。

 それから人狼は森を広範囲に守り、その甲斐あってある一点の魔の物が湧く位置を特定し、魔の物を退治し続けた。

 そうして人狼は、その深き森の番人として過ごす中で数百年過ぎた頃、ある代のメイロウの宿る人狼が老衰で死んでしまったため、再び巫子を宿す母体が孕むのを待つことになった。

 そんな時代に、人と人狼の盟約は薄れ、人が深き森の資源を欲して人狼の領域へと踏み入ろうとしていた。

 だがしかし、人狼はメイロウとの盟約である〝人に害を成すべからず〟を守り、決して人へ危害を加えることはなかったのだった。
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