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四章
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しおりを挟む俺とユイナが人狼の里を出て少し経った頃、ミナがムクっと起き上がる。
「はて、昼寝してしもうた」
そう言い待っているはずのロウがいないことに気が付くと、玄関先の手紙を手に取る。
内容はユイナが勝手にお産の手伝いに行ったことが書かれていて、舌打ちをすると、置手紙を破り捨ててもう一度寝転がってしまう。
「あの子も街を出たがってたし、無理なお見合い結婚にはあたしも反対だからの、ま、いいだろの」
そう考えるミナは、再び寝息を掻き始めた。
「ロウ!ちょっと待って!」
人間の姿のユイナはオオカミの姿の俺にそう言うと、渋々その場で立ち止まる。
「どうしてオオカミの姿なの?歩いていけばいいじゃん」
「そんな速度では出産に間に合わないぞ、しっかり俺の背に捕まれ」
ユイナをオオカミの姿で背負う俺は加減なしで走り始めた。
「速!速すぎ!もう!」
普通の人狼ではない俺のその駆ける足は、走るというよりも飛ぶというのが適切だと思うほどに、あっという間にマトの国に入る。
一方、俺のいないジュカクの森では、カイナが最近雇った青年に注意していた。
「いいこと!ダブハ!あなたは森を舐め過ぎよ!空ばかり見てると足元がおろそかになるの!でも!足元ばかり見てると頭をぶつけることだってあるの!ちょっと聞いてる?」
真剣に怒るカイナにダブハ青年は見惚れている。そうとも知らず、長々と説教するカイナは、腕を組んで睨んだ。
「ね!分かったの?」
「はい、分かりました」
ダブハ青年はカイナの元に修行しにきた薬師で、初めは断っていたカイナも俺がいない間だけならと、指導経験のために彼を雇っていた。お腹が膨れて動き辛いカイナの代わりに薬草を採取する意味でも、誰かは雇う考えだったが、彼を選んだことを少し彼女は後悔していた。
彼は注意力散漫で、さらに、熱中すると一切他に目もくれない。そんな彼をカイナはいつも心配に思っていて、正直自身の身では面倒見切れないと考えていた。
「はぁ~、妊娠していなければまだ私がしっかりすればなんだけど、正直、今はお腹の子の方が大事だからあなたの面倒ばかりは見れないのよダブハ」
カイナの言葉に、ダブハ青年は頷く。
「ごめんなさいカイナ師匠」
歳はダブハ青年が上で、カイナの方が年下であるため、何だかこそばゆい呼ばれ方にカイナは少し照れくさくなる。そして、カイナは自身が引き受けた以上、立派な薬師の前に立派な人間になってほしくて、彼女なりにダブハ青年を教育しようと決意する。
「ちょっといい?ほら、私のお腹に耳を当てて」
「え?!……はい」
さっきまでの見惚れていた視線とは違い、真剣にカイナのお腹に耳を当てるダブハ青年。
「ほら、聞こえる?」
脈動する音、それを聞き入るダブハ青年は急に話を始める。
「女性の子宮にある卵子、それに男性の精巣から生まれた精子が受精することで、一つの生命が誕生する……カイナ師匠、僕は今生命の神秘に触れているんですね」
少し抜けているだけで、彼はとても純粋な探求者、決してその行動心理に嫌気がさした両親に邪魔扱いされたわけではない。
「僕も妊娠してみたいです」
「お、男は妊娠できないと思うけど」
「……単なる希望ですよ師匠」
決してその行動心理に嫌気がさした両親に邪魔扱いされたわけでは――ない。
ダブハ青年がカイナのお腹に耳を当てていると、丁度薬を求めて訪ねて客がくる。
「あ、いらっしゃいませ」
「……お邪魔だったかしら」
カイナはその言葉に慌てて否定して、ダブハ青年を突き飛ばした。
「ダブハ、接客してきて」
「はい、師匠」
カイナが村の大工に立ててもらった小屋は、少し改装して品物を置ける店のようにしていた。
カイナがダブハ青年と客の対応をしている頃、俺は人狼の森で不可解な物を手にしていた。
「ロウ!ちょっと!休憩させて!」
森に入ってすぐ、ユイナの言葉で休憩をすることにした。
そして、人狼の森のキリンの寝床であり、弟の墓でもある大きな切り株の中で俺は何かを感じて足を止めた。
『キリン、それは木の輪廻、元は大樹なりて、大地に根をはり生にしがみ付く者だ、汝エンコ、炎の虎に遭いし時、またそれも炎に宿り、生にしがみ付く者なり』
しばらく意識を失っていたのか、目覚めると腕には謎の木製の腕輪が付いていた。
腕輪は決して外れない、そして、俺自身も外そうとはしない。
いつもこういう夢を見ると大体は理解できた。そして、これに関しても俺は素直に受け入れてしまえた。これから自身の身に何が待っているのかを、メイロウを宿すがゆえに、俺は知らず知らずのうちに聖獣の運命に引き込まれていたのだから。
「ロウ?もうそろそろ」
「……あぁ、分かってる、ユイナ、キミの名前は誰が付けたんだ?」
ユイナは首を傾げると言う。
「おばぁちゃんだけど」
ユイナの名前をミナが付けたと俺は知っていた。いや、全て知ってしまったのだ。
「これもメイロウの力なのかもしれないな」
無駄話はそれまでで、再びユイナを背に乗せて俺はジュカクの森へと駆け出した。
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