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五章
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しおりを挟む式は互いの言葉、その後に周囲がそれを見届けるそれだけで終わる。
お酒を一口飲んだロウは別にいつもと同じだが、カイナは一口で酔ってしまったのかロウに甘えた様子で囁く。
「ロウして、ネェ~ど~ちて酔わないの?ヒニョさんのハチミチュしゅであんなに酔ってたのに」
そうロウに抱き付くカイナにロウは言う。
「今更だが、あのハチミツ酒は本来水で割るように度が濃いもので、俺は原液のままそれを飲んでいたから酔っていたんだ、こんな酒で俺は酔わないよ」
「え~じゃんねん、久しぶりにペロペロしてほしかったのにゅぃ」
三人きりであるため気が緩んだカイナは、ロウの体をベタベタ障りながら甘える。
「オオカミの姿がいいの~、舌長いの~あったかいの~」
そう甘え始めるとロウはすぐに姿を変えて、カイナは服を脱いで頬を寄せる。
「やっぱりわたちの好きなロウはこっちなんだよ、人間の姿もいいけど、モフモフで温かくて……ねぇ出かける前に、もう一度――ね?」
ロウがそのカイナの誘いを断ることはなく、妊娠し出産を終えてようやく落ち着いて体を重ねる二人は、互いの体温を温め続けた。
そんな二人の別れの前だからだろうか、カロナも夜泣きもなく静かに寝息を立てていた。
数日後、ロウは静かに旅立つ。
見送りはカイナ一人で、渡せるだけの金貨を手渡した。
「このお守りとこれを持っていって、少ないけど私たちが困らないくらいには残してるから心配しないで」
「いや、俺は別に食事するわけでもないし、野宿にも慣れている」
「だめ!私ができる事なんてこんな事しかないから……こんなことしか――」
この時、どうしてロウが金貨を受け取る事を拒否したのか、カイナは深くは考えなかったが、ロウは森を抜けて森の反対側へ行くつもりだった。
森の中心を抜けるのは生者では不可能とされ、それが魔の物の住処という訳ではなく、森の中心に溜まっている瘴気が原因で、不老不死のロウだからこそ立ち入れる領域なのだ。
「カイナがそれで満足するなら貰って行こう」
「うん、気を付けてね、カロナのことは心配しないで、私がしっかり育てるから」
「そんな心配などしていない、カイナは良き母だからな」
カイナの頭を撫でたロウは、その後すぐに別れ森へと向かう。
「ここからが中心か……」
分厚い黒い気配と、黒い空気は瘴気と呼ばれる生者に害を成すもので、それが満ちているところが森の中心だった。
既にロウの肌がジリジリと焦げるように痛みを伴って、呼吸したその瞬間から肺が焼ける。
深呼吸したロウは意を決して前に踏み出した。
『キリン、キリン食う、キリン、ニクイ』
声は聞こえるが、魔の物は中心部では形を成しておらず、その感情だけを瘴気として吐き出しているのかもしれない、とロウは考えながら前に進む。
普通の人狼や人間なら空間の負の感情で気が狂ってもおかしくはない、が、ロウはメイロウを宿しキリンの加護もある。加えて、既に百年以上も無感情で生きているため、その闇の中をただただ無感情で進んでいた。
惑わそうとしているのか、時々、カイナやカロナの幻影を見せてくるが、ロウはただ前へと歩き続けた。歩き続けて約二か月ほど経った頃、ロウの前に光が差し込み、徐々に瘴気が薄くなっていった。そうして普通の森に出たロウはそれでも歩みを止めることはなく、森から抜けて周囲の景色が変わっても歩き続けた。
ロウは視力を失い、聴覚を失い、嗅覚も失っていた。だから歩みを止めることはなく、ある時ピタリと足を止めた。
それは感覚を失って一週間ほど、失っていた感覚が徐々に戻ってきたからだった。
「これは塩水の臭いか?」
視界がボヤケていてはっきりとは見えないが、ようやくロウは森を抜けたことに気が付いた。
平原の奥に広がる青色とも緑色とも言える水平線が視界に映り、オオカミの姿で森に入ったはずなのに、出た時には胴にまかれていた荷物も無く人の姿で裸だった。
唯一首から下げたもカイナの手作りのお守りと、その中にある金貨数枚だけが無事で、背負っていたはずの衣類や金貨全てを無くしていた。
「命とカイナのコレがあるだけ、まだましということなのか……」
そう言いつつ、実に二か月と少しぶりにその場に座り込んで、そのまま狼の姿になり、睡魔もないのに眠りに付いた。
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