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六章

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「カイナさん、少しお話いいでしょうか?」
「どうしたの~ダブハ」

 ダブハはカロナを横に座らせて、正座をするとカイナに頭を下げて言う。

「カロナを僕に預けてもらえないでしょうか!」

「……え?」
「ちょ、ちょっと!ダブハさん!急に何言ってるのよ!」

 居間に居合わせたユイナも、カイナの隣に座ってダブハの話を聞く。

 ダブハは真剣な表情で、カイナの目を見て話しを始めた。

「カロナの薬師としての才能をお気付きですか?」

「……カロナが薬師になるか、それはカロナ自身が決めることで、今は子どもとして好きなことをさせたい、私はそう考えてるの」

「カロナなら僕なんかより凄い薬師になれるんです、彼女の薬草の目利きは一級ですし、薬の調合も量り無しで私と同じくらいに正確なんです」

 ダブハの隣に座るカロナは、重苦しい空気にダブハの隣からカイナの隣へと向かうと、今にも泣き出しそうな表情をする。

 カイナはその頭を撫でながら、穏やかな表情で言う。

「カロナは私みたいに生きるだけに精一杯な人生じゃなくて、楽しいことを探したり、友だちと遊んだりして欲しい、だから、将来は学院へもカロナが望めば通わせたいと思ってるわ」

「なら、僕の家で時々、数日間薬学について教えさせてください」
「……カロナ、あなたはダブハとお勉強したい?」

 カイナにそう聞かれるとカロナは、カイナの体から顔を離して泣きそうな顔のまま言う。

「おえんきょう、たのしいよ、たふはやさいしよ」
「やさしいね、そうか、たのしいか……ならまた一緒にここきたい?」

「くゆ!ハルヤとあそぶするの」
「もう、遊ぶだけはちゃんと言えるんだから、分かったわ、ダブハ……カロナの事お願いね」

 ダブハは明るい表情で頭を下げると、はっきりとした口調で言う。

「必ず!カロナの才能を伸ばして見せますよ!」

 その話をただただ聞いていたユイナは、ダブハの隣に移動すると軽く肩を指で突く。

「もう!急に楽しい旅行気分を損ねる気なのかと思ったわよ」
「ごめんユイナ、でも、カロナの将来を考えると僕が言うのが当然だと思えたよ」

 そうして、カロナの薬師としての勉学の教師として、ダブハは教諭として教壇に立つ前に一人だけの生徒を持つことになった。

 あれから月に一度はダブハの元へ、勉強させるためカロナを連れて行くことにしたカイナ。

 カロナが一人で向かうようになった頃には、ハルヤとカロナは姉妹のように仲が良くなっていた。

 その頃に、カイナは家でポツンと一人で、いることが多くなり、もう微かにしか香らないロウの匂いを日々嗅いで寂しさを紛らわせていた。

 そして、カロナは最近ダブハのことを何度か〝お父さん〟と、そう呼ぼうと挑戦しているが、気恥ずかしさで一度も呼べていないのが現状だ。

「いいかい、この薬草にはね、葉には毒、根にも毒があって、茎には毒はないけど、あまり薬としては使えないんだ、でも、毒しかないこの薬草にも使い道があるんだけど、二人は何だと思う?」

 ダブハが笑顔で問いかけると、ハルヤは小首を傾げて言う。

「お父さん、ハルヤ知らないよ、だって、教えてもらってないもん」
「カロナはどうかな?」

 そう言われたカロナは、七歳になって少しづつ遺伝的な美人として顔に美しさが出てきていた。だが、まだまだ子どもな彼女は、無邪気な笑顔でダブハに言う。

「麻痺する毒を用いて痛み止めとして使用することがあります!でも、用量によって副作用がある可能性もあるため、分量には注意が必要です!」
「ずるい~カイナちゃんお父さんに教えてもらってたでしょ~」

「ううん、違うよハルヤちゃん、ユイナさんがこの前薬草採取の時に言ってたの、この草には毒があるけど痛み止めに使えるのよって」

 ダブハはその言葉を聞いて、ハルヤに向けて声をかける。

「いいかいハルヤ、薬草採取というのは、これから薬師になる者にとっては貴重な体験なんだよ、だからね――」

 そこまで言った瞬間に、ハルヤは頬を膨らませて不満を露にする。

「いや~!だって、虫嫌い!」

 ハルヤは、ユイナやダブハの薬草採取には一度しかついて行っていない。その理由ももう彼女が叫んでいる通り、虫が嫌いだからに他ならない。

「……虫なんて無視してしまえばいいのに、ハルヤはどうしても嫌なんだな……困ったな」

 ダブハはかなりハルヤの教育に困っているようで、虫嫌いをどう克服させるかにとても悩んで、試行錯誤している最中だった。

「カロナ、カロナは虫が嫌いだったことはあるかい?」
「ない、小さい頃はよく一緒に遊んだし、初めての友だちもマイマイだったよ、でもね、虫は早く死んじゃうから……あんまり友だちにしたくないな、だって、悲しいもん」

 あぁ、どうしてこんなに可愛らしいのだろうか、そうユイナが思いつつ現れてカロナをよしよしする。

「あ!お母さん!」
「ユイナさんだ」
「は~カロナちゃんってばカワイイ」

「ハルヤは?ハルヤは?」
「ハルヤもカワイイ!二人ともおやつにしよう!甘いの作ったから!」

 二人はユイナに抱き付いてズルズルと部屋を出て行くと、ダブハは深く溜息を吐いて苦笑いする。

「教育者とはなかなかに厳しいものなんだな……」

 彼が学院からの正式な教諭としての申し出を再三に亘り断っている要因に、ハルヤの教育が当てはまってしまっているのもまた現状ではある。
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