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六章

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 甘いおやつを食べるカロナとハルヤ、二人はそれを食べ終わると、二人で一緒に川へと遊びに行く。

 もちろん後ろにはダブハが付いて歩いて行くのだが、途中から川の音がし始めると、二人ともが狼の姿に変わって駆け始めて、ダブハは慌ててその後を追う。

 水に浸かる二人は再び人の姿で、裸で無防備にはしゃぐのも他に誰もいないからというわけではなく、彼女らがまだ子どもだからだ。

 追いついたダブハはその手で水に触れて水温を一応確かめる。もしも、ハルヤに無理に水遊びに誘われた場合に耐えうる寒さなのかを確認しているのだ。

「……冷たい、やはり人狼の体質は人間と保温力や体温においての違いがあるようだな」

 室内で過ごすことが多いダブハの耐久の問題ではなく、まだまだ春先である現状は、冷たくて当然なのだ。だからこそ、周囲に人もいないのだが、夏場に二人をこの川で遊ばせようものなら、はしゃぎすぎて狼の姿になってしまい周囲が驚愕するのは目に見えている。

「二人とも、冷たくはないかい?」
「え?ん~少し冷たくて気持ちいい?」
「アハハ!お父さんも入ろうよ!」

「はは、勘弁しておくれ、僕じゃ数分で堕熱を発症してしまうよ」

 裸の少女たちが戯れるその川は、水深などというものとは無縁の浅瀬で、街の大人たちが作った多少泳げるスペースもあるが、飛び込むなんてことはまずできない。

「森の中にね!大きな湖があるの!そこではね!飛び込みもできて楽しいんだよ!」
「……でも、虫がいるんだよね?私、虫嫌~い」

「大丈夫!私が虫さんに来ないでってお願いしてあげるから」

 そう言うと、カロナは右手を上にあげて目を瞑る。

 その様子をダブハとハルヤはジッと見ていると、その右手が白く光り始める。

「な!」
「光ってる~すご~い」

 その瞬間、自然に周囲にいた虫が静かにその場から離れていく。

 蝶が、カロナの回りを一周して飛び去ると、クモがダブハの足元を離れて行き、ハルヤの周囲からはその気配さえなくなる。

「カロナ、それは?」
「これはね、虫さんや動物さんにお願いできるの!お母さんは加護って言ってたよ」

「加護……なんて美しい光だ――」
「きれ~い!私もする~」

 ハルヤがその両手を上げると、もちろん何も起きはしない、が、カロナがその傍によって手を合わせると、その両手も光に包まれる。

「これで一緒だね!ハルヤちゃん」
「うん!」

 二人の様子を見ていたダブハは、何とも言えない感覚からボーっと眺めてしまっていた。

「はい、虫さんはここから離れてくれました」
「すご~い!カロナちゃん好き~」

 遊んで帰って来た三人をユイナは出迎えて、ダブハが何か想いに耽っている様子に声をかけつつ言う。

「どうしたのダブハさん?」
「……いや、神秘というものは日常に散りばめられているんだと分かってね」

「へ~あ!二人ともお父さんと一緒にお風呂入ってきちゃいなさい」
「「は~い!」」

 再び裸の二人と手拭い一枚のダブハは、この家にある自慢の木々の香りが漂う木製の風呂に三人でゆったりと入ることになる。

 まるで親子姉妹のように入る三人の状況に、カロナはぽつりと呟いてしまう。

「ダブハ師匠がお父さんだったらな~」
「カ、カロナ、師匠と呼んではダメだと言ってるだろ?それに、キミの父上であるロウさんは立派な方で、もう何度も話しているけれど、使命を持って旅に出たんだよ」

「……そんなの知らないよ、カロナやお母さんより大切な事って何?」
「いや、使命っていうのはね、言い方の問題でね、ロウさんはカイナさんとカロナのために旅に出たんだよ。理由は分からないけど、彼は帰ってきたら全部話してくれるはずさ」

 ダブハの言葉に顔をムスっとさせて数を数えるカロナ。

「一二三四五六七八九十!出る!」
「こらこらカロナ」
「私も~」

 カロナの後を追って出ようとするハルヤを、ダブハは何とか掴まえて湯で体をしっかりと温めるようにする。

「い~や~だ~」
「あと少しだから」

 そうして、少し長く風呂に入れられていたハルヤは、出るなり、狼の姿に変わって体をプルプルと振るわせて水滴を周囲に飛ばす。

「あ!こら」

 ダブハはハルヤをタオルでくるんで抱き上げると、モサモサと身体を拭いていく。

 拭き終わるとハルヤは服を着てカロナを探して家を走ると、カロナはユイナの膝で顔を埋めていた。

「カロナちゃんどうしたの?」
「あ~ハルヤ、カロナはねカロナのお父さんの事知りたいのよ。でもね、聞いたら会いたくなって、苦しくなるからね、まだ話さない方がいいって、私とカイナさんで決めてるの」

 カロナはグッと涙を我慢して、その表情を見せないように、ユイナの膝に顔を伏せて隠しているのだ。

「カロナちゃん、大丈夫?」
「……大丈夫、すぐに元気になるよ」

 そう言ってから数分でカロナは笑顔でハルヤに言う。

「ハルヤちゃん!お勉強しよ!」
「うん!お勉強する~!」

 カロナの勉強意欲にハルヤが続く現状は、ダブハにとっての唯一の救い。

 カロナがすると言えば、ハルヤも必ず学習に励むため、月に二度のカロナの泊まり込みの学習は、ハルヤにとっても集中して勉学することができる期間になっていた。

 そうして、二人は夕食までの間勉強して、一晩寝ると、カロナはカイナのいるジュカクの森へと帰って行く。

 もちろん、ハルヤはカロナとの別れをいつも悲しんでいる。それというのも、同じ人狼で歳も近い友人はカロナ以外にいないからだ。

「カロナちゃ~ん!絶対またきてね~」
「またね~ハルヤちゃ~ん!師匠~!ユイナさ~ん!」
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