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第一部

31.12 死闘

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 12 死闘

 敵はチート級モンスター、現状は、HPバー一本を削ったところで状態に変化あり。

 最低被ダメージは運がよければ四千以下、悪ければそれ以上。

 スキルは発動は無し、今のところだが……、こちらの最大ダメージがSTR極振りの大刀でのスキル攻撃で500程度か。ステータスに関しての詳細は分からない。

「例えヤトがいても状況は変わらなかった」

 その言葉に俺はフィールド内に目を向ける。

「……確かに今の俺が入った所でだな――」
「え?……諦めるの?」

 小さく呟くようなナナの声に、率直な気持ちを吐露させてもらう。

「フルダイブのゲームにおいてチートってのは、バランスの崩壊を意味している。どれだけ普通の強さのプレイヤーがいても、1人のチーターには敵わない。もし勝利したならチーターが手加減していたか、そいつもチーターだっただけだ」

 その言葉にケージェイは、心の中で同意して頷く。胸の前で手を握っていたナナは、その手をそっと解いた。俺に対して期待をし過ぎていた様子の彼女は、自身の腰から武器を引き抜いて言う。

「私は行くわ!」

 この言葉、その行動にヤトが動いてくれる、彼があの〝YATO〟なら間違いなく助けに来てくれる。

 その場にいた誰も聞こえないナナの旨の内は、彼女が以前から俺のことを知っている風だった。ケージェイはナナを止めようと腕を伸ばしたが、彼女のステータスはAGI型で、伸ばした手は空を掴んだ。

「ナナ!!……バカな――」

 無謀な行動に伸ばした腕はそのままに、ケージェイは呆然と立ち尽くす。

 その時、隣で急に軽快なファンファーレが響き渡る。

 ケージェイの視線には、〝LEVEL UP!!〟の文字が大きく表示されていて、それが1度ではなく、2、3、4、5、6、7――漸く止まった時に彼はその視線の先の名を呼ぶ。

「ヤト……何を――」

 ケージェイは驚きのあまり、ナナがフィールドに入った時よりも目を見開いていた。

 俺の手元には複数のステータスの画面が宙に開かれていて、指で忙しなく操作している。

「相手はチート級、ステ振りしないと戦えない」
「……どうして――」

 ケージェイの言葉に、俺は左手を払ってウィンドウを消す。

「……今それは重要なことか?」

 迷いも疑問も葛藤も全てが無意味だ、俺という存在をケージェイは完全に思い違いしていた。

 この世界に囚われた時に見せた笑み、あの時に感じた彼の強さを目にできるかもしれない。

 そう考えると、自然とケージェイは自身のステータスウィンドウを開き、軽快なファンファーレを4回鳴らした。

「先に行かせてもらうぞ」
「ま、待ってくれ――」

 ステ振りを済ませ、フィールドへと入って行く男の背中を、ケージェイは慌てて追った。


 チェーンソーを大刀で受けているアスランのHPバーが、見る見る減って赤く変わる。

「アスラン!!」

 ナナが叫びながらデスピエロ一号の背面から攻撃を開始する。

 ダメージ1、その瞬間アスランの大刀からチェーンソーが離れ、なぎ払い攻撃がナナを襲う。

 それが強スキルなのは間違いないが、AGI極振りのナナは当たればおそらくひとたまりもない。が、そこはAGI極振り、彼女はそのチェーンソーを紙一重でかわす、がその身につけた防具に掠り、防具が鮮やかなエフェクトを放ち消失する。

 その姿は、日常でなら男どもが歓声を上げるアーマーブレイクによる上半身下着姿だが、その場はそんな状況ではない。必死の形相を浮かべる面々に、歪な音を響かせるエネミー。

「アサルトラッシュ!!」

 そのナナの言葉はスキルを発動させるコールで、5~7のダメージ数値が複数回表示された。

 アーマーブレイクを気にせず戦うナナは、スキルによる硬直の約0,6秒間に上から振ってくるチェーンソーが視界に入り、周囲の景色がスローになった。

 うそ――私、死んじゃう。

 硬直が解けて動こうとする間も全てが遅く、絶対にかわせないそれが振り下ろされるのを見ている。その瞬間、視界のチェーンソーが見たこともない大きな黒い剣で弾き飛ばされ、黒い影が目の前を覆い隠すと彼女が声を上げる。

「ヤト!」

 その言葉に反応することなく、俺はその大剣を地面に放り棄て、左手でウィンドウを操作して長剣を出現させる。出現させた長剣を腰から引き抜いて、そのままデスピエロ一号へ向け駆け出した。

 他のプレイヤーに応戦しているその横腹に、長剣を突き刺しそのまま背面へと駆ける。

 剣は突き刺さったまま傷を広げると、継続性のダメージが付与される。

 最初の突きが248、その後背後に移動する間に87、75、79のダメージを与え、最後に振り抜いた瞬間に210のダメージが表示される。

 この時、内側にいた者も外にいた者も、誰もが〝勝てるかも〟ではなく、〝勝てる〟という確信を得た。

「このまま削るぞ!!」

 アスランの号令、それに答える多数の声。楯専がヘイトの高いアスランを護りながら左手でVITを上げるアンプルを飲む。

 構える楯に、チェーンソーが横薙ぎに襲い掛かると、HPバーが秒速で削れて行く。チェーンソーに付加された武器属性が、歪剣や鋸刀と同じ断続性ダメージであるため、回転する刃の部分がたとえ楯であろうと触れている間ダメージを受けてしまう。

 本来ダメージの低い攻撃が、STRが高い分かなりの蓄積ダメージになってしまっていた。

 焦る楯専の横から、細い鋭利な剣が下から上へとチェーンソーを跳ね除けた。

「余り受けすぎるな!ヘルスがすぐに尽きるぞ!」

 左手の楯に相応しくない、明らかに細い剣の持ち主はケージェイだった。

「すまない!」

 ケージェイの加勢は、オーダーのメンバーにとっては複雑だった。

 一度は見捨てられたと思った彼らが、この状況でそれを許せるだけの時間はない。それでも、ケージェイの存在は大きく、彼がデスピエロ一号の攻撃を防ぐと、スキルで数十秒間は被ダメージが全て10になる。

 この間に周囲は完全に立て直して、負傷した者も戦闘に再び参加することができる。

 だが、この戦いで関心をさらったのはケージェイではなかった。
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