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第一部

45.19 不正の足音

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 19 不正の足音


 この世界は好きか?その質問にカイトは、「今はまだ分からないよ」と答えた。

 俺は、彼……実際には〝彼女〟だったんだが、この世界を好きになって欲しくて、会話する時間を割いたことが、カイトと友だちになるきっかけだった気がする。

 VRに関する話題はし尽くして、カイトが一番食いついた話題は、フルダイブ内外に関連する犯罪についてだった。

 〝親しい人が事件に巻き込まれた〟と聞いた俺は、自身の考えを話す上で配慮を強いられたことを記憶している。いつもは、ずけずけと物言う俺が、回りくどく、〝他人を気遣って会話をする〟という体験をしたのはおそらくそれが初めてだった。

 フルダイブの犯罪は、内側になると極端に検挙率が下がってしまう。加害者も被害者も共に仮想の体での出来事になるからだ。特にMODを使用した犯罪になると検挙率はさらに下がり、HMCからのデータを使用するMODアイテムは、サーバーを有するGM側でも把握し辛い。

 カイトは当時、被害者は裁判の終了まで時間が掛かりすぎるせいで、泣き寝入りすることが多いんだと思うな、と言っていた。

 確かに、専門家である行政機関でも、タイトル内部の犯罪には手を焼いていた。

 まさか、カイトが被害者になるなんて想像もしていなかった。

 きっと、この世界に囚われた直後からだろうから、約二ヶ月近くということになる。

 まったく気付けなかった、そんな自分に腹が立つ。

「待てよ――」

 転移した先は、値段の安いホームがあるエリアで、周囲には集合住宅感が漂っていた。男を呼び止めると、男はカイトをその場で離して視線をゆっくりこっちへ向ける。男が手を上げると、仲間であろう人影が6人ほど現れ、その頭の上にはTの文字が浮かんでいる。

「しつこいヤローだな……お前、こいつに惚れてるのか?いいぜ、だったら一日だけ貸してやるよ、体のどこに振れてもヒーヒー言うように設定しておいてやるからさー」

 うるさいノイズが耳に纏わりつく。BCOに囚われて以来、久しくこういったゲスには会っていなかった。現実でも仮想現実でも、こういうゲスは腐るほどいる。

「ヤト……もういい、キミを巻き込むつもりはなかったんだ、ただ、どうにかしたくて――」

 悪いのは誰だ?カイトか?この世界か?いいや違う。この世界は正義も悪もない、人の中にある悪が悪い。

「もしも力尽くでって言う気なら――」

 男が合図を送ると、その仲間は俺の腕を押さえ込もうとする。

「悪く思うな――デュエルで強制ログアウトしてもらうぞ」

 押さえつけた俺に剣を突きたてて、デュエルでHPを削ろうとしているらしい。

「……面白い冗談だ――」

 片手を軽く振ると、押さえていた男の仲間が街中を吹っ飛んでいく。

「なに!」

 STRに差がつけば、見た目がどうであれ押さえ込むなんてことはできない。

「俺を押さえつけたいなら、STRにもう少しステータスを割り振っておくべきだな――」

 拳を振り上げた男の腕を左手で払い、手首を握り、反対へと投げ飛ばし別の男と一緒に吹き飛ばす。そのまま体を沈ませて、低い姿勢で足払いした後、宙に浮いた身体を全力で蹴り飛ばすと建物に直撃して、衝撃でNPCにエマジェンシーの表示と、ハラスメント警告の表示が現れる。

「そ、そんなことをしても、この首輪があるかぎりこいつは逃げられないぞ!」

 男の言葉にカイトも視線を落とし、諦めてしまっていた。だが、俺は諦めてやる気はない。

「仮想現実で絶対的な力を持つのがそんなに嬉しいのか?それとも悪に浸るのが楽しいのか?」

 俺の問いかけに男は笑顔で答える。

「楽しいに決まってるだろ!こんなクソみたいな状況で、快楽を求めて何が悪い!こいつらだってヨダレたらして楽しんでるさ!カイトだって嫌々言っても体は素直に――」

「そうか……なぁ、仮想現実で絶対的な力を持つ存在ってなんだと思う?」

 その俺の問いかけに、男は困惑の表情を浮かべる。しかしその質問は、過去にカイトに向けてしたものと同じだった。顔を上げて、昔を思い出す様子でカイトは答えた。

「……GMと純粋に強いプレイヤー、それに……チーターだよ」

 そして、その時俺が言った答えは――

「正解は、〝チート対策をしたチーター〟だ――」
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