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第三部
124.
しおりを挟む日笠棗は戻ってきた凛に対して、「まだいたのですか?」と言い、自身の定位置へと座りAR端末を見つめる。そして、凛は密に気に入っている、ヤトの呼吸音が聞こえる距離で床に座り込みベットに頭を置く。神谷博の厚意でほぼ毎日この家を訪ねる彼女は、日笠棗のことを少しづつ知り始めていた。
ヤトから聞いていた初恋のAI、そして二度目の恋をした彼が助けた年上のフルダイブVRプレイヤー、父親に売春させられていた中学三年の女子こそ、今ヤトを世話している日笠棗なのだ。
神谷博曰く、「彼女は裕人を崇拝してやまない信者であり依存者だ」と日笠棗について語っていた。
「凛ちゃん、彼女はね高校生の時に裕人のもとを訪ねてきた」
始めはストーカーかと思うくらい不自然で不気味だったが、美女だったからねついつい声をかけてしまった。私が話しかけると悲鳴を上げた彼女の最初の印象は、男性恐怖症だなと分かるくらい怯えていた。
裕人を交えて三人で話しをし、彼女が裕人に感謝を言い、礼をしたいと言うため、裕人は身の回りの世話を彼女に頼んだ。
別に難しいことや無理強いはしていない、が、彼女の裕人に対する行動は異質だった。
風呂に入る裕人に裸でついて行く姿を見た時に、私は大人として注意せざるを得なかった。
裕人も顔には出さないが、戸惑っているようでもあったし、私は彼女を遠ざけるために世話をしたいなら看護師資格をと言ったのだ。
もちろん彼女はまだ高校生で、それを取得するまでは家を訪ねることも禁止した。
しかし、彼女は三年後看護師国家試験の受験し資格を得て、実務経験もあると言われれば、正式に裕人の世話役として雇うしかなかった、例え嘘だと分かっていてもね。
もちろん、世話役は必要だろうと考えていたし、時間も経っていて彼女も少しはマシになっただろうという考えだった。そして、ひと月くらいだったか、 彼女の異変に気が付いて家に監視カメラを仕掛けた。
カメラに映っていたのは、裕人の私物で自身を落ち着かせている彼女だった。
私は大人として、彼女にその映像を見せて止めるように注意した。が、しかし、彼女にとってその行為は過去の事件からしてしまう行為で、唯一の生き甲斐である裕人の世話を辞めたくないという彼女と、ある条件で合意し雇い続けることになった。
彼女の行為を抑制するために、死角が無いようにカメラを設置した、……なんだいその目は?!ひょっとして本当に私が彼女のスカートの中を覗くためにやっていると?!まさか!そんなわけが!!ん?この前、棗くんが盗撮写真を削除していたって?……ま、削除するのが面倒になる時ってあると思わないかい?
凛はその時の神谷博の言葉に、AIシャドーの言い訳する姿を重ねて、「どちらかというと」とコピー元は彼なのではと疑い始めていた。
そんな凛は、背後から近づく気配に気が付き慌てて振り返ると、そこには日笠棗が立っていて、「な、なんですか?」と少し声が高くなってしまう。
日笠棗はジッと彼女を凝視して、「び……」と言い言葉を詰まらせた。
「び?」
「……び、B、BCOの中で、ヤト……裕人様はどうでしたか?」
凛はその言葉に虚を突かれて、「ふぁ?」と謎めいた反応を返してしまうと、日笠棗は咳払いしてもう一度繰り返し言う。
「あちらでの裕人様の生活、どうでしたでしょうか?」
「あ~うん、とにかく誰かを助けることとゲームをクリアすることを考えていたかな、ボクなんかヤトがいなかったら心が壊れちゃってたかもだし」
ついついいつもの癖でフレンドリーに話してしまったことを反省しながらも、凛は日笠棗の笑みに彼女の人柄を見る。
ヤトが~ヤトが~と話す二人は、まるで友だちのようでもあり、そして、時々日笠棗の声が低くなり、「そんなことが」と言うと嫉妬が垣間見えた。
日笠棗は、「裕人様は誰にでも優しいわけではありません」と言うと、自身の知るヤトという人間の在り方を語り出し、凛は日笠棗も乙女なのだと思いながら聞いていた。
「いつでも俺を頼っていいと言われた時には、本当に救われた気がした事を今でも覚えています」
その情景が想像できる凛は、ですよね~と内心ニヘラと笑みを浮かべる。
「それ以来、私にとって彼だけが、彼だけの私でいようと決めたのです……あなたからは同じものを感じますよ」
そう言われた凛は、日笠棗が急に安心して自分に話しかける理由を察することはできなかった。そう、日笠棗は凛を〝自分と同じ立場にしかなれない〟と、そう思っていたのだ。
そうとは知らない凛は、仲良くなったついでにと、【ダンジョン都市】という単語について話だす。
「棗さんはARのゲームとかしたりするんですか?」
「いいえ、私はゲームはしたこと無いです」
凛は不思議そうに、「いつもARで何してるんですか?」と日笠に聞く。
日笠は一瞬手を止めて、そして再び動かし始めると言う。
「気になりますか……」
「そうですね、いつもARで何か作業していたみたいだし、気になりますね」
そう言う凛に日笠は少し考えてから、席を立つとゆっくり彼女に近づく。
少し微笑んで、「内緒にしておくつもりだったんですが」と言うと、凛の首の端末に自身の端末を繋げる専用の無線通信カードを挿す。
端末を介して凛の視界にARによるある動画が流れ始めると、一瞬ドキっと彼女はする。
視界に広がるヤトの姿と、その彼が「愛している」や「大好きだよ」や「結婚しよう」などを囁いてくるのだ。
「な、なななな!なんなんですか!これ!」
「私の宝物です、裕人様の音声認識と、彼のアバターをお借りしました」
要するに、姿や声はヤトだが、その中身は日笠自身であるという意味だった。
「ヤトは知ってるんですか?」
「知られていたら、私はこの部屋にはいられないです」
不敵な笑みを浮かべる日笠に、凛は少し戸惑いながらも目の前のヤトから視線を逸らした。
すると、急に日笠が真顔になり、「あなたも私と同じでしょ」と囁く。
その言葉の意味を深く理解できない凛は、ただただ戸惑うことしかできないままで、そうしていつものように定位置に戻った日笠に、それ以上凛が話しかけることはなかった。
そして、お昼の時間を迎えた凛は、徐に端末を操作してARのゲームタイトルから、新作を選択して【ダンジョン都市】をダウンロードする。
「ダンジョン探索を現実にリンク……、仮想のアバターでも、リアルの身体でも気軽に探索」
予備知識にと関連情報を表示させる凛は、ファミレスの背景を喫茶店風にアレンジして、トーストセットなる紅茶とトーストとスクランブルエッグと、アボカドやレタスが入ったサラダが机に並べられてそれを食べている。
平日の昼にそうしていると浮いてしまう制服姿は、学校の服ではなく私服ではある。
しかし、やはり制服であるせいで、何度か補導されそうになったこともあって、逆に気にせずキョロキョロしないようにしていた。
「へ~MAPが現実と仮想現実とでリンクされているのか……身近な学校や公園、区役所やデパートにもダンジョンがあって、仮想体で向かうこともできれば、リアルでダンジョンを歩きまわることもできる」
そう呟きながら机を指で手前になぞると、ARでは画像が表示された画面がスクロールされる。
「……あれ、これは」
その記事の『ダンジョン都市にBCOと類似点がある』というタイトルに凛は指を止める。
その見出しに思わず手を止めたが、最初はそんなはずが、と彼女も思いつつ指で二回机を突く。BCOは生還した者によって内情が徐々に広まり始めている矢先で、それに関する内容のフェイク記事もいくつもある。
ただ、ヤトの父である神谷博の口から出た【ダンジョン都市】というタイトルと、BCOとの関連は既に彼女の中にも紐づけられていた。
記事の内容を読み入る内に、次第にとある仮定が彼女の中に生まれてきた。
今あるダンジョン都市というタイトルと、BCO――ブレイド・チェーン・オンラインがリンクしている。
ダンジョン都市はオープンしたばかりで、今話題のARゲームタイトルだが、不具合の項目には、街中に急にモンスターが沸くことや、安全圏であるはずのプレイヤーホームにもモンスターが出現している報告がされている。
「出会えば即座にデスさせられるか、モンスターが怯えて逃げて行ってしまう」
そのクリップ画像がアップさせられているSNSを表示した凛は、驚きを隠せずにスクランブルエッグの刺さったフォークを落とした。
そこに映し出されたホームは、カイトとヤトの住んでいたホームとまったく同じ構造で、家具の違いはあれど間違いなく同じ間取りだった。
「そ、そんな、じゃあこのモンスターって!」
BCOプレイヤー、その考えが浮かんで瞬間には、ヤトの父と小野との会話を思い出していた。二人が協力を求めたいのは、凛としての自分ではなくカイトとしての自分であるのだと。
すべてを察した凛は、レシートのコードを読み取って支払いを済ませると、そのままヤトの家へと向かった。
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