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第三部

133.60 対策二課

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 『集合地点は住宅地が密集しているので、怪しくない格好できてください』

 そんな小野さんの言葉に、ボクは制服を着て集合場所へと向かったんだけど。

 他人の家の塀の前で仁王立ちするスーツ姿の小野さんに、パンクなカラーセンスの女の人に、大柄で何故か仮面のようなものを付けた筋肉質な男の人が立っている光景は、明らかに怪しい集団で浮いていた。

 そんな小野さんたちにボクが合流すると、「カイト」と小野さんはボクの名前を伏せて呼ぶ。

「カイト、その格好は何だい?怪しくないようにと言ったのに、わざわざ目立つ姿で現れるなんて」

 明らかに怪しいスーツ姿の人に、ましてパンクでカラーセンスでぶっ飛んでる格好の人と、仮面だけでも怪しいのに筋肉が主張し過ぎている人を連れてきた小野さんにだけは言われたくなくて、ボクはつい怒りが込み上げてきて怒鳴ってしまった。

「三人の方が怪しいよ!何そのスーツ!こんな熱いのにスーツ!そっちの人も鮮やか過ぎて人目を引くし!なんなんですか!あの仮面!今時レスラーでもあんな格好しないですよ!」

 ボクがそう言うと、三人は顔を合わせて別に怪しくないと思っているような表情で視線を合わせている。

 周囲の視線を気にして、ボクは小野さんの腕を引っ張って二人きりで話す。

「どう考えてもボクの制服の方が目立ちませんよ!あっちの女の人はまだいなくもないですけど、なんなんですか!あの仮面!あんな人どこにだっていませんよ!」
「……そうかな……カッコイイ仮面ですよアレ、それに彼は顔を隠しておきたいらしいですし、スーツ姿の私と一緒にいれば、何かの事務所関係者と思ってくれそうじゃないかな」

 そうですね、とても危険な事務所だと思われそうですよ。

 小野さんの常識が少し乖離している事実にボクは呆れつつ、二人の紹介をしてもらおうと小野さんに促す。

「二人はどちら様なんですか?」
「派手な方はエージェントIDレイト、彼女はああ見えてファンタジー系でチートツールを対象に活動してます」

 自分で派手って言ってますよこの人。

「もう一人はエージェントIDマスク、最近加入したため特に紹介することはないですね」

 マスクって!マスクって!

 そこを追求するのは小野さんの思うツボだと思ってしまうボクは、「マスク、覚えやすくて助かります」と呆れて言う。

「……マスクを付けてるからマスクなんですよカイト」
「……携わりませんよボクは」

 明らかに不満そうな小野さんに、レイトとマスクを紹介してもらう。

「二人とも、協力者のカイトだ彼女が私に付き添うことで効率を上げることができる」
「……レイトよ、よろしくカイト」

 少し威圧的なレイトは、髪の毛の色や服装とは違い、整った顔で普通の格好にすれば美人なのではないかなと、ボクの美少女センサーが告げる。

「……」
「マスクは話さないんだ、レイトもカイトもその辺は理解しておいてもらいたい」

 なんで話さないんだろう、と思いつつも、色々事情があるのだろうと、その謎な顔を覆う物の所為で息が荒いマスクには、それ以上は触れないようにした。

 小野さんはレイトさんとマスクに一組で行動するようにと言うと、それに対してレイトさんは当然な不満を露にした。

「こんな妙な奴と二人きりかよ!ボス、そっちの女の子と組ませてくれよ」
「それは絶対にない、だって君はレズビアンだしね」

「ばらすのかよ!」

 あ~なるほど、それは昔のボクならともかく、今のボクはちょっとないかな~。

 苦笑いでレイトさんに微笑むと、彼女は口元を隠して「マジタイプなんだが!」と呟く。

 ちょっとアウトローな感じなのは、そっち系だからか……とようやく察したボクは、小野さんに言われるまま二人と別れた。

 そして、セキュリティーの甘い住宅地の傍を二人で歩いていると、急に小野さんが本当に何のきっかけも無しに小さく、でもボクにははっきり聞き取れる大きさで呟く。

「……おっぱい」
「え?」

 思わず反応してしまったボクに、小野さんが顔を真っ赤にして口元を押さえた。

「今のはできれば忘れて欲しいんですが、私にはとても悪い癖があって、女性と二人きりになると時々、唐突に卑猥な言葉を言ってしまうことがあるんです」
「……は、はぁ~」

 困惑しかないボクがそれ以上言えないのは、小野さんは本当に恥ずかしがっているからで。

「ひ、人には一つくらい欠点があるものですよ、別に他の人に害がないなら構わないとボクは思いますけど」

 そう言うと小野さんは驚いた様子で、少し咳払いするとその理由を話す。

「彼と同じことを言うんですねカイトは」
「だ、誰と同じだったんですか?」

 ボクは小野さんの言い回しから、既に誰かの見当はついていたけど、あえてそれを聞いた。

「ヤトだよ、彼も日笠くんから私が卑猥な言葉を言ったのを聞いて、欠点があっても害がなければ俺は構わない、そう言ってくれたんですよ」
「ヤトが……そうですか、ヤトがボクと一緒のことを言ってたんですか」

 ニマニマしてしまう顔を必死に押さえて隠しているボクは、もう嬉しくて仕方がない気持ちでいっぱいだった。

 そして、ダンジョン都市を起動したボクと小野さんは、そのまま道を歩いて行く。

 古いスマホ端末で道を歩いてモンスター集めたり戦ったりしていた頃からすると、随分と進化したものだと感心する。

「歩きながらでも自動で戦闘してくれるのはありがたいですよね」
「確かに、ただゲーム性としてみれば手間はなく、事故などに繋がり辛いですね。ですが、今はモンスターではなく、BCOのプレイヤーである可能性があると考えると、自動で勝手に戦うのは不安も同時に感じていますよ」

 確かにその通りだと思い、前言を撤回したい想いだった。

 ヤトは強いからなくても、傷付いて欲しくない人はBCOにまだたくさんいる。

 ダンジョン都市のオート戦闘を切り、その後も歩き続けていると、急に駐車場でダンジョンのマークが点滅する。

「ダンジョンです小野さん」
「カイト、ここではバスチオンと呼んで下さい」

 情報の隠蔽は小野さんたち対策二課では、当然の行動でこういう時にこそ行うべきとボクも理解して彼をバスチオンと呼んだ。

「バスチオン、このダンジョン……見覚えがあります!」
「名称は?圏内か戦闘エリアかを教えて下さい」

「いえ、ここはダンジョンです、戦闘エリアの一つにある最初の方にあったダンジョンです」

 BCOの始まりし街の二つ北にあるエリアのダンジョンで、名前は確か記憶の外門。

「どうやらプレイヤーはいないようですね」

 彼の言う通り、その場には何もスポーンすることはなく、ただただダンジョンがあるだけで、ボクもバスチオンもそのダンジョンを後にした。

 それからもダンジョンをいくつか回り、中を確認していく。

「結局、あれから一度もBCOとはリンクしなかったですね」
「仕方ないでしょう、これほど膨大な可能性があれば、ダンジョンを見つけるだけでもかなりの確率に作用されているわけだからね」

 ボクとバスチオンはその後も、一向に出会うことができなかった。だけど、バスチオンへのレイトさんからのメッセージで、二人の方ではBCOのプレイヤーに会ったらしくて、コードの発動を要求していた。

「コードの発動を許可します」
『オケーボス、IDレイト、コードIDレゾンデートル、パスを認証!』

 レゾンデートル、確かフランス語の自己の存在価値とか、生きる理由的な意味合いの言葉だった気がする。

「……コードを発動したらどうなるんですか?」

 その肝心な部分は一度も聞いたことが無かったボクは、どうしてもっと早く質問しなかったのかと、後で何度も思い返すことになる。

「コード発動により、ヤトのアバターを強制的にある基準にそった行動をとらせることができて、JPプレイヤーのみを優先して狙ってBCOからの帰還を促すのが目的です。もちろん、不要な戦闘は避けるでしょうが、判断基準で邪魔だと断定された存在も誰であろうがPKするはずです」

 聞きたくはなかった、そんなことをすればヤトはきっと自身を責めてしまう。

「バスチオン……ううん、小野さん、ヤトが傷つくと分かっても……あなたはそれをするつもりですか?」
「……軽蔑してもいいですが、それでも私は彼を利用しますよ、それで助けられた命はそうするだけの価値が必ずあるはずですから」

 何も言い返せない、ヤトは理由を聞けば小野さんの行為を受け入れるだろうし、小野さんも彼が受け入れることを察しているから行動できるんだろうし。

「でも、それでもボクはヤトが心配ですよ小野さん」
「……心配してあげてください、カイト以外は誰も彼の弱さを心配する者はいないと思いますから、私も含めてね」

 それが小野さんの優しさなんだろうと、その時はそれ以上何も言わなかった。

 そして、このコードの発動でヤトがどうなっているのかを知るすべも、今のボクたちにはなく、ただただ、その後もBCOと関連のあるダンジョンを探したけど、一つも見つけることができなかった。
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