Blade Chain Online―ブレイド・チェーン・オンライン―

tobu_neko_kawaii

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第三部

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「本当に大丈夫かヤト坊?」

 心配そうに俺を見るビージェイ、さすがに過保護だと俺は鼻で笑って、「俺が病人に見えるか?」と言ってみせる。

 本当に大丈夫だった、意識を失いそして目覚めてすぐにヤミから聞いたことは、俺にある可能性を思考させた。シャドーの本体が持ち帰ったデータに、帰還者が装着していた装置の解析結果から、救出するならもう帰れていてもおかしくはない。

 それが無い以上は、今回の現象は俺に対するメッセージも含まれている。

 ヤミの話では、俺は無意識にコードで無数の武器を使いUSのプレイヤーを攻撃し、その中でヤミにも攻撃を仕掛けた。しかし、ダヴィードには攻撃しなかったらしい。

 おそらくは、ダヴィードがJPプレイヤーではないからで、斬られてログアウトしなかったのはUSEUのユニオンのプレイヤーだったからと考えると察しはつく。

 コードでログアウトさせたいのはJPプレイヤーに限り、そして、ログアウトされたプレイヤーは死なないということになる。

 わざわざ周囲を攻撃させるようにコードのシステムにプログラムを組み込んだあたり、それの可能性が一番高いと言える……いや、そうでなければありえない。

「聞いてる?ねぇヤト」

 ナタリアの言葉に俺は彼女に視線を向けるが、その姿は銀髪に緑色の眼をしていて、それが現実と同じ容姿なら随分ファンタジーな見た目だと思えた。

 歳もナナやカイトに比べると幼い、そんな彼女はRUプレイヤー故にコードでは帰還させられないかもしれない。

 そして小野さんなら、俺が全てのJPプレイヤーを帰還させたなら、次に俺が残る選択を選ばせないために自身にそれを使う段取りも組み込んでいるはずだ。

 つまり、ナタリアたちは置き去りになってしまう、そんなことは俺には許容できない。

 誰かを残したままBCOから去るなどということは、断じて俺のやり方ではない。

 どうにか、全ての人間を助ける手段はないのかを考えずにはいられない。

「……背負い過ぎないでヤト――」

 マリシャの心配も聞いていないわけではない、だが、自身の心配などよりもBCOにいる全員を助けられないで何が正義だ、そう考えてしまっている自分がいる。

 小野さんにとっての正義は間接的になってしまいがちで、大を救えれば小は見捨てる判断をする。だが、俺の正義は暴力、正義に大小はなく俺の裁量でなんとかなるのなら俺は拳を握ることにしている。

「ヤト、私を頼って、カイトがいないんだから……私を頼って」

 ナナに頼る?カイトがいたところで俺は頼るだろうか……確かに、カイトに相談して決めることもあったが、それは頼りにしたわけではなく、意見に柔軟さを求めていただけだ。……カイトか、あいつがいたら、なんて言うだろうか、やはりナナと同じことを言っただろうか。

「おい、ヤト……俺が必要な時は声をかけてくれ」

 ヤミ、本当にいい奴だ、そして、多少複雑でもある。

 ラビットを助けられなかったのは、俺が弱いからで、俺がまだ至らないからだ、英雄という存在に。

「悪いなヤト、だが、のんびりしてはいられないんだ」
「構わないアスラン」

 アスランとナタリアの話合いに俺とヤミとナナ、それにヘイザーとビージェイが立ち会う。

 病み上がりに当たる俺を周囲が心配しているのも分かる。特にナナの心配は異常だと受けての俺が思ってしまうほどだった。

 『やめてよねヤト、無茶だけはしないでよね……』

 その縋るような彼女の心配は、やはり彼女がまだ過去の問題にとらわれているからだと思う。

 カイトから聞いた彼女の過去は、俺が背負ってあげられない、彼女自身が乗り越えなければならない壁であり障害だ。

 ユニオンの話合いで、もともとRUは特超級レイドモンスターの討伐を考えて俺たちと組む予定でここへ来たが、今となってはそれは叶わないことを知っているナタリアは、「あなたたちJPのユニオンは次にどうするか考えているの?」と素朴な疑問を投げた。

「レイドとの戦いはレベリングできなくなった現状現実的ではない、だからってわけでもないが、俺たちは人殺しをしてまで現実に帰りたいとは思えない」
「……俺もアスランと同じ意見だ、だがな、俺たちだって帰りたいって気持ちはあるからな、まさかレベリングを制限されるだけでここまで雰囲気が悪くなるとは思ってもみなかったぜ」

 ビージェイがそう言うと、ナタリアも頷き、「私たちも人数の少ないCNに対して最初は攻めようとしてたから」と言う。感情論でいうなら人数の少ないCNに攻めるのはもっともだが、それが理想と分かってはいても、ゲームではないこの世界でもまだそれを選択するべきではない。

 そうは言っても、現実と同じで戦争状態になれば、敵が攻めてくるとなると自衛はしなくてはならないし、戦いともなれば俺ならともかく相手を殺さずなんていうことはできない。

「USやEUは少なくても二人のユニオンリーダーを狩っている、止まるつもりもないだろう、我々が抑止力としてRUのユニオンと手を組むのは最良の手段ではあるが、その時はKRへ攻めるかKRとさらに手を組み攻めるかだ」

 アスランの重い言葉に、ナタリアがさらに加えて最悪の状況を示唆する。

「RUも一枚岩じゃないわ、ユニオンリーダーの一人ヨハンっていうんだけど、彼が私とオリガをEUに差し出そうとしてるの」

 ビージェイはオリガ?と顔を顰めたのは、性別が判断しづらい名前であり日本人に馴染みがなかったからだ。

「オリガはユニオンリーダーの一人で、金髪の巨乳、高身長でスリムでとにかく綺麗な人よ」
「そ!そいつは一度お目にかかりたいもんだな」

 そう言ったビージェイは、脳内でオリガの妄想を描いている様子だった。

 笑顔で呆れた顔のナタリアは、「男って巨乳って言葉に弱いんだね」と言うと、ナナは、「ヤトは?大きい方がいい?そうなの?」と言うためとりあえず俺は沈黙を貫いた。

「するってぇぇとぉぉ、あんたらはこれから何もしないで待つぅぅていうのかいぃぃ」

 ダヴィードのその言葉には、アスランでさえ頷きが重かった。

 いい加減この世界に嫌気がさしている、というところだろう、レベリングはいわば日課であり、クリアという目標に向けての導だった。それを禁じられてしまえば、人はそのベクトルの行方を失い、思考はあまり良くない方向へと傾く。

 俺でさえ、この世界での時間の経過を長く感じてしまっている。ジョーカーたちは、それさえも計算してサーバー間の抗争を企てているにちがいない。

 なら、その先にやつらの目的とするものがあるのだろうか。

「俺はぁぁイヤだねぇぇ、人殺しがいけないというのは間違いないがぁぁ、向こうは殺る気なんだぁぁコッチだって受けて立つぜぇぇ」

 ビージェイは、「……俺は戦いは避けるべきだと思うけどな」と呟きその話合いは終わりを迎えた。そして、俺はある決断を迫られていると考えていた。

 それをビージェイやナナやマリシャには言えず、自分だけで考えていると、不意にカイトの声が聞こえた気がした。

 また、一人で悩んでいるのかい?ダメだよヤト、人は――。

「一人じゃ――か……」

 分かっている、俺だって何でも何にでもなれるわけじゃない。


「ヤト、少しいいかな」
「ナナ、なんだ?」

 彼女はまるでカイトのように見た目を変化させ、いつも俺の傍に居ようとしていた。

 俺は、それが彼女の防衛本能であることは理解しているつもりだった。彼女は誰かに救ってもらいたくて、俺に助けてもらいたくて、カイトの姿を真似ている。

 彼女の心はそうしてしまうほどに弱っている、このままBCOの世界に留まっていたら、いづれ誰かに縋って依存した関係を作ってしまうかもしれない。

「ヤト……私ね、昔……友だちを……親友だった子を見捨てたことがあるの」

「……それで?」
「……ずっとそれを後悔してるの、どうしてあの時もっと真剣に向き合わなかったのかって」

「……」
「私が真剣に話を聞いて、もっと寄り添えれば……結果は変わったかもしれないのに」

「……変わったかもしれない、でも、その人が死んだのはナナの意思じゃない。世界には選ぶ自由がある、だから人は生きていけるし、死んでしまえるんだ。そして、向き合う選択も、向き合わない選択もある、そんな中でナナは向き合う選択をした、それだけでも死んだ人間は、もしかすると感謝しているかもしれない……すべて、かもしれないとしか言えないが、それでも俺は死んでいる人間よりも、生きている人間の方が大切だから……ナナの事が心配だし、ナナにも自分を大事にしてほしい」

「……そっか……」

 ナナはその後一言も言わず、ただただ俺に身体を預けるように座っていた。

 翌日、USEUとの戦いは突然始まった。誰だって予想はしていただろう、だけど、まさか、俺の行動まで予測できた者はいないだろう。俺たちがいる街イブライアは、死刑台を模したオブジェクトが置いてあるような街で、雰囲気も明るい方ではなく、ハロウィンと言われればそう見えなくもない墓地もあるような街だった。

 ビージェイやマリシャに頼んで、ファミリアに属するプレイヤーを広場に集めてもらった。

 ナナに頼んで、アスランやその仲間を広場に集めてもらった。

 ヤミに頼んで、ヘイザーたちを広場に集めてもらった。

 全てのJPサーバーのプレイヤーがそこに集まっていた。

 本来ならブラックプレイヤーたちのことを考える場面だが、ケージェイがそれらのプレイヤーの大半を既に狩り尽くしていたことで、その点に関しては考えてはいなかった。

 戦いの前の士気を――と考えていたナナやビージェイ、アスランやヘイザーたちには申し訳ない気持ちもあった。

「で、ヤト、全員を集めてどうする気なんだ?US・EUユニオンがすぐそばまで来ているんだ手短に頼むぞ」

 アスランの言葉に俺は、広場に設置された処刑台を模したそれの上でプレイヤーたちに視線を送る。JP一位という肩書きの男が何を話すのか、そんな視線を俺は浴びているわけだが、知った顔や知らない顔の並ぶ中囁いた。

「コード発動――エージェントID【YATO―0031―9218】オブジェクトバースト――ジェネレート」

 ビージェイもナナもマリシャも、困惑の表情を浮かべていた。

 俺は、この手でJPのプレイヤー全員を帰還させることを決断した。
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