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第三部
135.62 終わりの始まり
しおりを挟む最初はヘイザーとレイネシアたちだった。レイネシアを庇ってヘイザーが黒い剣に貫かれ、レイネシアにも突き抜けて刺さっていた。次にストレージを操作していたアスランが黒い槍に貫かれ、それを後ろで見ていたマリシャは黒い槍の持ち主の名前を呼んだ。
ヤト!と叫んだ瞬間、彼女の胸に黒い剣が深く刺さり、隣にいたビージェイは咄嗟に剣を抜こうとするも、その前に黒い鎌がその体に接近するとそれを受けて、ヤト坊!!と叫んで続けざまに黒い剣で貫かれた。
ナナは咄嗟に転移を促した、が、転移アイテムを持った仲間の背後にタカキヤミが現れる。
圏内であるにもかかわらず、転移アイテムを小刀で攻撃したタカキヤミは、そのアイテムがエフェクトに変わるとその場から身を隠す。
戸惑うファントムホライズンの仲間が黒い槍に貫かれると、ナナはヤトを見て叫んだ。
そして、彼女が転移アイテムを取り出した瞬間、ウサギ姿のシャドーがそのアイテムを弾き飛ばして言う。
「すまない、ナナ――」
どうしてそんな事をするのか?その疑問に答える者はなく、そして、ナナはその視界に黒い剣を向けるヤトを見つめた。
体の半分を黒く染めたヤトの瞳は、止めどなく涙を流していて、ナナは彼に抱き付いて言う。
「信じてるから!私は!信じて――」
ゆっくりと体に黒い剣が刺さり、それと同時に彼女の意識は途絶えた。
気が付くと、周囲は騒がしく、雑踏感が耳に入ってくるようで、彼女がゆっくり視界を開けると、眩しさで再び目を閉じてしまう。
「おい!こっちの患者もだ!」「3号室も?!」「ヒトシ!ヒトシが目を!!」
騒々しさ、それ以上に身体のダルさや鼻につく臭い、無理やりに眼を開けると彼女は見慣れない天井と、ARのデジタル時計が視界に映り込んだ。
間違いなく、そこが病院であることが分かり、自身が帰ってきたと気が付いた彼女は、声にならない声で泣き始めた。
看護師の女性が傍に駆け寄り、「大丈夫ですよ!」と何度も声をかける。ナナは旨の中で何度も、違う!そうじゃないの、と思う。どうしてヤト、ヤト……、とヤトの名前を繰り返し叫んでいた。
それから一週間が過ぎ、ナナはリハビリに身も入らず、それでも体調が回復してきた頃だ。
彼女を訪ねて、制服を着た女の子がお見舞いに来た。すぐにカイトだと分かったのは、BCOで見たままの彼女がそこに立っていたから。誰にもぶつけることのできない想いをようやくナナは彼女にぶつけられた。
助けるって!約束したのに!傍にいるって!約束したのに!私、何もできなかった!
子どもみたいに泣いて、カイトはそんなナナを優しく頭を撫でた。
カイトも、「泣いてもいいよナナ」と言いながら泣いていて、二人して彼を想っていた。泣いて疲れて、彼女は気が付いた、ようやく気が付けた、彼のことを好きだったから、こんなにも悲しいし、嬉しいのだと。
JPサーバー、残存数2名
視界の端にその文字を点滅させながら、タカキヤミがそこへ戻ったのは悲鳴が途絶え、再現される空が黄昏を描く頃で、彼はミッシングリンク、回線切断を意味する文字が浮かぶアバターの中を歩む。
立っているのは一人だけ、空を見上げ、頬を濡らし、彼の傍には小さなタキシードを着たウサギがいて、どことなく落ち込んでいるように見えた。
「……ヤト、これでみんなは――」
「……」
ヤトは右手で目元に触れて、しばらくしてその手を払うと真っ直ぐタカキヤミを見た。
「間違いなく帰還している、悪いな手伝わせて――気分のいいものじゃないだろ」
「いや、俺はまだマシだ、お前の方こそ大丈夫か?」
「平気に……決まっているだろ、それより、もう一仕事してもらうぞヤミ」
ヤトとタカキヤミはRUのユニオンリーダーの一人、ナタリアのもとへと向かった。
二人だけで現れたヤトたちに、ダヴィードは訝しんで言う。
「二人だぁぁ、どうなってやがるぅぅ、どうしてこの一大事に二人だけなんだぁぁあん?」
「それに関しては今から説明する、それを聞いた上でどう考えるかはアンタらで決めてくれ」
ヤトはコードを含め、JPサーバーのほぼ全員の帰還を説明し、RUプレイヤーにそれは使用できないことを伝えた。
「……JPにはそういう執行人がいるって聞いていたけど、ヤトがそれだったなんて」
「つまりぃぃ、お前らは最初から無条件で帰れる状況だったわけかぁぁ……まったくぅぅ、これが危機に対する対策をしていたかそうでないかの違いかよぅぅ」
不平不満、憤り、それらが漏れるのも仕方がなかった。
JPとユニオンを組むことでようやく拮抗するかに思えた情勢は、RUにとって大きく不利に傾いたのだから。
「……気を落とす必要はないぞ諸君」
それは、この状況に不似合いなマスコットのセリフだ。
「お前はぁぁ、さっきから気にはなっていたがぁぁ、そのウサギは何なんだぁぁ?」
「吾輩はシャドー、本来はこのヤトのサポートをするためのAIだが、今はカワイイだけの存在だ」
ダヴィードは表情には表さないが内心、『久しぶりに丸焼きで食いたいなぁぁ』と考えていた。ヤトはシャドーを片手で持ち上げると、ナタリアの手元へと伸ばす。
「これは鍵だ」
「鍵?」
その言葉の意味はヤト以外には理解できないもので、ナタリアは不思議そうに彼を見るが愛くるしいウサギにその時は頬ずりする。
「で、この後の話だが、この後の戦いは俺とヤミに任せてくれないか」
「任せてって言われても、相手の戦力は把握しているのヤト」
ナタリアはそう言ってシャドーに、「ね~ザーちゃん」と言うと、「吾輩はシャドーだ!」と珍しく可愛がられることに少し抵抗している様に見えた。
そうして、荒野フィールドへと出るとタカキヤミが、「本当に二人だけで?」と不安そうにそう言う。
「ユニオンリーダーの死が一つの鍵だ、アスランにヘイザーにビージェイ、三人の体はまだここにある。それをナタリアが倒せばRUは帰還できる。そして、USEUCNのユニオンは後一人ユニオンリーダーを倒せば帰還できるはずだ……その点はシャドー、このウサギにナタリアのユニットIDを偽装してもらって帰還の鍵にする」
「そ、そんなことが可能なのか」
タカキヤミの言葉に、タキシード姿のウサギがヤトの肩の上で胸を叩く。
「任せておいてくれたまえ!こう見えてもハッキング偽装は得意なんだ!」
そう言うシャドーをタカキヤミはジッと凝視して、「カワイイ」と呟く。
一瞬だけヤトはタカキヤミのそのカワイイ発言に、意外性を感じたが、すぐに思考はUSプレイヤーとの対話へと向けられる。
「相手が受け入れるならシャドーを斬ればそれで帰還はできる……でも、あくまでも戦いを望むときは俺が決着をつける。そして、オレとヤミが帰還すれば、残されたKRは必然的に勝利となり帰還するだろう」
対話という状況では、二つのユニオンの各リーダーが立ち会うはず、そうヤトは考えてタカキヤミに使者を頼んだ。
「危険だが、ヤミにしか頼めない、危ないと感じたら必ず退き返してこいよ」
「心得た――」
そうして、ヤトは荒野で1人待っていると、呟くように独り言を言い始める。
「ビージェイは怒っているだろうな、もちろんマリシャも……ナナは、きっと察してはくれているだろう。……アスランはきっと今頃煮え切らない気持ちなんだろうな、たぶんヘイザーは理解できてないんだろうな」
不敵な笑みは彼にとっての本心ではなく、フェイクであるのはその表情全体を見れば分かることだった。
「カナデには悪いことをした……広場に人を集めてもらってあれじゃ、傷付けたに違いない……バカか今更――」
ギルド木漏れ日のメンバーの一人であるカナデに、全てのJPプレイヤーがあの場に集まるよう情報を流してもらっていたヤトは、彼女を斬りつける瞬間の絶望の表情を脳裏に浮かべて頭を押さえる。
「俺の正義は暴力だ、それでいい、例え恨まれても例え憎まれても救えたのならそれで構わない」
などと言いつつも、ヤトの表情は暗く、そしてどこか寂しげで。
ヤトの胸の中も、この荒野の様に荒れ果ててしまっているようだった。
「ヤト!」
「ヤミ――」
感傷に浸っているヤトのもとに、タカキヤミが血相を変えて戻ってくる。
「どうしたんだ?」
「USのユニオンリーダーが、お前と戦いたいと言っているんだ」
タカキヤミが慌てているのは、視界にその姿が見えたおかげでヤトは察することができた。
荒野を歩いてくる男が一人。
「なるほど、アレがそのプレイヤーか――」
髪を結い、浪人のようで、その腰には刀が吊るされている。金髪に青い瞳、左目には洒落た眼帯を付け、足元のブーツがどこか不釣り合いな気がしなくもない。
男は着物の胸元に右手を入れ、左手はダラリと垂らし、口元には少し大きめ爪楊枝が銜えられていて、不敵な笑みを浮かべている。
男はその爪楊枝を銜えたまま器用に話し始めた。
「私はルーカス、これでもUSユニオンのリーダーを務めているだが、そこにいるのがJPの一位だと判断しても構わんのか」
「……ルーカス……どこかで――」
ヤトがそう言うと、「聞いたこともあるだろうな、私はUSのプロだからね」と言う。
しかし、ヤトの表情にまだ解は出てない様子でいる。
それは、記憶のどこかでルーカスという名前を見るか聞くかした記憶があったからだ。
「で、ヤトはヌシで構わないのか、一つ手合わせしてもらいたいんだが」
「なるほど、話合いの前試合というわけか」
そのルーカスの言葉にヤトは、ストレージから武器を装備してそれを構えることで答えとした。それに対しルーカスも抜刀することで応じる。
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