Blade Chain Online―ブレイド・チェーン・オンライン―

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第三部

137.64 約束

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 ルーカスたちUSのプレイヤーがいなくなったBCOで、先にナタリアたちが帰ることになるのは予定通りだった。

 ヤトとタカキヤミは、荒野からナタリアたちがいるところへとすぐに移動する。

 が、その途中でタカキヤミが唐突に立ち止まり、ヤトも続いて停止する。

「……どうした?」
「いや、あそこに妙な奴が――」

 タカキヤミが指し示す場所には、確かに枯れ果てた大木の根本に隠れて何者かがいた。

 ヤミの視界がその影を凝視していると、ゆらりと体を露にした影の主は顔を隠したまま言う。

「どうもチーターのヤトさん、私は茶会の者ですニャン」

 縞々の体をクネクネとうねらせる性別不明の存在に、タカキヤミは、「誰だ貴様――」と問いかける。

 縞々の存在は頑なに顔を出そうとせず、その細身をクネクネさせながら名乗る。

「私の名前?そんな事を聞いても意味の無いことだニャン、そんなことよりもお知らせしておくニャン」
「……お前、プレイヤーじゃないな」

 ヤトの言葉に足と手をクネクネさせた存在は、「だからそんな事を聞いても意味の無いことニャン」と言う。明るい男の声でそう話す存在は、タカキヤミを気にもせずヤトに言う。

「鍵を預けたニャン、ナタリアって人間にだニャン、本当は日本人がいいって聞いてたけど、日本人がキミたち以外いなかったのニャン」
「……鍵?ナタリア?待ってくれ、詳しく説明してくれないか?」

 存在はゆっくりと影にまた入っていくと、「私がここにいるとバレるとマズイニャン、だからさらばニャン――」そう言った存在を捉えようとしたタカキヤミだが、枯れた木の影にはもう誰もいなかった。

「ヤト、奴は一体……」
「……分からない、だが、今は縞々男は放置してナタリアたちのところへ報告に行く方が優先だ」

 謎の存在を縞々男と仮に呼ぶヤトは、タカキヤミと二人でナタリアたちの待つところへと向かった。荒野の一角、廃れた酒場の前でナタリアはダヴィードと待っていた。

 他の仲間も酒場の中や周囲で警戒している様子で、ヤトは手短にナタリアに話す。

「あと数十分後の更新でUECの残存数が0になっているはずだ」
「本当!じゃ、後は私たちが帰れれば全てが終わるのね」

 そう、後はそこに魂の無いアスランとヘイザーとビージェイをナタリアが消滅させれば、彼女らも帰還が開始される。

「その……三人を斬るのもう少し後でもいいかしら」
「……縞々の男の声の奴にでも会ったか?」

「そ!急に現れて鍵がどうって言ってたの、でも私鍵なんて見えなかったから、ヤトに鍵を受け取ったって伝えてって言われたけど、持ってないの」

 それについて、ヤトはある一つの可能性を持っていた。

「おそらくはナタリアのHMCの中にあるはずだ、アイツはシャドーと同じAIだと思うし、手元にないのがある意味それを裏付けている……それに関して君にだけ伝えておきたいことがあるんだが、少しかまわないか?」

 酒場から離れて、名前も知らない動物たちが水溜まりで戯れる場所を指すヤトに、ナタリアは頷いてついて行こうとするとダヴィードが止めようとする。

「ナタリアァァ嬢ちゃん」
「待ってて、ダヴィード」

 その言葉にダヴィードは口元をひん曲げつつも、二人が離れるのを見届けた。

「日本に来てくれないか、もちろん君のHMCを持って」
「嬉しいお誘いね、オフ会をするんでしょ?」

「いや、ジョーカーたちの情報があの縞々の男の鍵だと思うんだ、それを君が持っているのはとても危いんだ」
「……怖い、怖いよ、それすごく怖い、どうして私がこんな目にってこの世界に入ってからずっと毎日毎日考えてる」

「……」

 ヤトは、カイトやナナやマリシャ、彼女たちも同じ事を想っていたのかもしれないと考えると、本当に俺って奴は――と自身の鈍感さに溜息を吐く。

「ねぇヤト、ダヴィードには内緒にしておいて」
「?……!?」

 不意に頬にキスされて、少し目を見開いたヤトはナタリアの顔を見る。

「次に会う時はヤトが私にキスしてね」

「……保証はしかねる」

 ヤト、彼の思考では、別れの挨拶=キスだろうと推測はできても、どうして次ぎに会う時に自身が彼女にキスするのかその意図が理解できなかった。

 そして、ダヴィードに内緒という言葉にも、何故?という疑問を持つ。

「……ダヴィードはね、私の本当のおじいちゃんなの、このゲームを一緒にしようって言われて囚われて――」
「ダヴィードが……だから二人が他人には見えなかったわけだ」

「きっと落ち込むだろうって、私……ダヴィードの前ではいつも明るく振舞っていたのよ……でも、やっぱり怖いよ、怖くないわけないよ」
「ナタリア――」

 抱き付いて涙を流す彼女の頭をそっと撫でるヤトは、「大丈夫、もう大丈夫だ」と言う。そうしてしばらくすると、ナタリアはスッと立ち上がり、笑顔でヤトに微笑みかけて言う。

「ヤト、もう帰らないとね」
「……ああ――」

 データ更新後のUSの残存は0を示し、ナタリアとダヴィードはホッと息を吐く。

 そして、別れの時、ダヴィードの見守る中、ナタリアはその剣で「ごめんなさい」と呟きながらアスラン、ヘイザー、ビージェイの順に斬っていく。

 そして、ヤトはビージェイがエフェクトに変わると、例のファンファーレと雪が舞い上がるナタリアを見守り続けた。

「ヤト!」
「さよならだ、ナタリア」

「ありがとうヤト!ありがとう!」

 そうしてナタリアたちは、ゆっくりとこの世界からログアウトした。


「これで後は俺たちが帰れば、KRは自動的に勝利して帰還する、だなヤト」

「……長いようで……短いような」

「名残惜しいようですね」

 その声はたった一度だけ聞く機会があった声で、その時その声の主が名乗ったのをヤトは思い返して口に出す。

「バットマン……やはりまだ何か残っていたらしいな」

 スッと現れたのは、コウモリを人型にしたようなアバターで、軽快な足取りにヤトとタカキヤミは警戒して身構える。

「まさか最終段階にこれだけの生還者を出すとは、まさに攻略者としての称号に相応しい働きですよ」
「まさか、労いを言うために現れたとか言わないよな」

 バットマンは、「ま・さ・か」と言うと、次にピエロ姿のアバターを出現させる。

「さー……私の可愛い人形さん、あなたの最後のお仕事ですよ、彼らを始末してくださいジョーカー」

 動き出すジョーカーは以前のような知性が感じられず、糸の付いた操り人形のようだった。

「バ、バババババ、バット、バットマン、サン」
「……バットマン、ジョーカーに何かしたのか?」

 その不気味さにバットマンにそう聞くヤトだが、それに答える者は一切いなかった。

「ヤト!そいつのステータスは異常だぞ!」

 そう言われてタカキヤミのPT申請を受諾したヤトの視界に、彼が見ているステータスが表示されると、ヤトは驚愕を露にした。

「モンスターなのか……名前はJフィナーレ」

 Name:Jフィナーレ
 LV:∞
 HP:∞
 STR:Ω
 VIT:θ
 DEX:γ
 AGI:β

「彼はラスボスですよ、現実から仮想現実へと完全に染まった今の彼を、君は倒せるかな」
「ヤト、早くコードで――」

 最初の予定通り、コードでの帰還を促すタカキヤミ。

「コード発動……」

 ヤトは黒い刻印に包まれ黒い剣を構える。

 そしてタカキヤミにそれを向けると、呟くように「すまない」と言う。

「まさかヤト!だめだ!お前も一緒に!」

 その刃がガッとタカキヤミを貫くと、彼の体がゆっくりとヤトに凭れかかる。

「おやおや、一人ご退場ですね」

「……ここから先は俺が相手だバットマン……いや、ジョーカー」
「ヤ、ヤ、ヤヤヤヤヤヤ、ヤト……対象を排除します」

 まるで単純なAIのようにそう言うジョーカーの後ろで、バットマンはお辞儀をするとエフェクトと同時に消え去る。

「ババババ、バットマンサン、マ、お任せください」
「……まるで傀儡の類だなジョーカー」

 かつてケージェイと戦った時は、間違いなく人間だったそれは、今はもうその面影すらない。

 ヤトはその黒い剣で斬りかかるも、立ち尽くすジョーカーをそのまま通過するだけで、一切干渉し合うことはなく、左手でリュドリラスを装備すると、形状を槍へと変える。

 その槍でジョーカーの背後から攻撃すると、immortal object(破壊不能オブジェクト)と表示されてリュドリラスが手から消え去る。

「攻撃すると装備が消え去る……そして、ストレージにも残らないか」

 ジョーカーの首が180度グルリとヤトを向くと、「対象をロック」と言う。次に上半身がグルリと向いて、下半身が振り向き終わると、その瞬間にそのピエロ姿が視界から消える。

 サクっと音がすると、ヤトの右腕が根本から切断されて地面に落ちる。

 これが左腕だったらと考えると、ヤトはその表情に焦りの笑みを浮かべてしまう。

「この願望器の実力を試してみる時だな」

 回復アンプルで回復し、その宝石に自身の描く最強の武器を想像するヤト。

 そして生成された最強のそれは、彼が得意とする拳に纏うものではなく、槍でもなく剣でもないものだった。

「最強を想像して生成されるのがこれなのか……」

 完全に自身の姿が目の前に現れるなど、想定もできなかったことに、ヤトは溜息を吐く。

 ヤト自身のコピーを生成したということは、つまり自分自身が最強と自負している部分があるということでもあり、彼は跋が悪そうに頭を掻いた。

「対象ガ増幅シマシタ、サ、さ、再度対象の脅威度を計測、後に現レタ者ヲ、ロックオン」

 ジョーカーはヤトのコピーに対して敵意を向けると、ヤト自身は一歩身を退いてその戦いの様子を観察し始める。

 客観的に自分の戦いを見れることはないな、そんな考えを思いながらジョーカーとコピーの戦いを見ていると、予想通り当てるか避けるかの攻防が始まる。

「シネ、シネシネシネシネシネ」
「……」

 視覚でギリギリ終える速さのジョーカーに、視覚で捉えられないコピーの動きは、本来のヤトの動きよりも速い。

「速いな……が、大体読めてきたな」

 その言葉のすぐあとに、コピーの体に少しだけジョーカーの腕の先が当たると、HPバーが赤く点滅する。

「演算はシャドー以下のようだな」

 そう言いつつコピーに対して回復アンプルを直接投げつけると、衝突と同時に液体が体にかかりHPが全回復する。

「柔軟な思考は経験によるものだということだ」

 そうしてヤトはタカキヤミのアバターの左手を操作して、あるアイテムを取り出す。

「アンシェント・シャープナー、破壊不能を破壊可能な剣種の装備……スキル名は、ドミネーター」

 アンシェント・シャープナーをヤトが手にした途端、コピー側のヤトも何かを察してある武器を装備し直す。

「エリシオン、片手長剣のスキル名はドミネーター……つまりこの時点で、同じステータスに同じスキルで剣種の武器が揃ったわけだ。ジョーカー、お前ならこの意味が分かるよな」

 ヤトがジョーカーに視線を送ると、カクカクと体を震わせて、何かを言っていた。

「コロス、コロス、ヤヤヤトをコロス、俺の邪魔をしやがって……対象の脅威度を再度更新、ブレイドチェーンの可能性により、どちらかを要排除認定」

 このゲームに置いてチート級のシステム、同等のステータス、同種の武器、同種のスキルのみで発動することができるそれに加え、エンシェント・シャープナーには破壊不能属性を無効化するスキルがあり、コピーはそのパッシブスキルに破壊不能属性を無効化する効果を保有している。

「ラスボス退治には最高の演出だろジョーカー」
「対象を攻撃します」

 二人のヤトが交差しつつジョーカーの接近する。

 ジョーカーは人サイズであるため、広範囲の攻撃はまずない、その想定でインファイトに持ち込むつもりのヤトたちの寄りは圧倒的なスピードで、ジョーカーの腕を簡単に切断してしまう。

「ぶぁああああぁあぁ!……損傷甚大、損傷甚大」

 ピエロの口元は笑みのまま、周囲にゲーム性の崩れるような魔法的斬撃を発射し始めた。

「最後の悪あがきだな」

 ヤト自身がコピーとジョーカーを挟むように移動すると、スキル発動の構えをとる。

 そうしてもう一人のヤトがエリシオンを構えると、システム的なアシストによって二人が加速しだす。

 黒いマント風コートを靡かせて、構える武器が鮮やかなライトエフェクトを空中に描く。

 ジョーカーを間に交差する二人のヤトは、一度離れると再びシステムによるアシストで加速して交差する。

 4回の交差を繰り返し、最後にジョーカーの頭上に飛び上がると、地面を突き刺すように二人のヤトは剣をジョーカーに突き立てた。

 英語でドミネーター・アクセラレートと空中表示されると、ジョーカーはほぼほぼ残骸のようになって、徐々にエフェクトをまき散らしながら消失していく。

 一人のヤトが右手を上げると、その拳にもう一人のヤトが拳を当てる。

 拳を当てたヤトは薄いエフェクトに包まれて消えると、宝石に戻ってしまい、コロコロと地面を転がった。 

 感慨にひたる猶予もなしにアバターが光に包まれ、正面に現れたシステム表示には『YOU_LOSE』と書かれていて、ヤトは口元に不満を露にした。
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