竜帝は番を見つける

紫宛

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本編

新しい名前 フェリシア

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夜、元々野宿する予定の無かった一行は(大抵飛ぶと直ぐ着くから)テントなどの用意はしていなかった。

食事は、兵士たちが猪や鳥を狩って焼いて食べた。寝る時はライオネルを中心に、円を描くように人型と竜型の兵達が仮眠を取った。もちろん、数人の兵士は見張りに立って。

少女は、ライオネルの腕に抱き締められて眠った。

翌朝、朝日が登る前に少女は目が覚めた。
もぞもぞと、ライオネルの腕から抜け出そうと動くが、全く微動だにしない。

腕を持ち上げ……られない。

少女がどうしようか悩んでいると、ライオネルの腕が少女を抱き寄せ耳元で囁く。

「まだ…起きる時間じゃない」

寝起きの低く、掠れた声を出すライオネル。
少女を逃がさないようキツく、それでいて苦しくないよう柔く抱き締める力を強くする。

「まだ…寝てろ」

そう言って、瞼を閉じて眠りについたライオネル。少女はやがて諦めたのか、ライオネルの方に向き直り胸に顔を埋め瞼を閉じた。




次に目が覚めた時、ライオネルは既に起きていて、少女の寝顔を眺めていた。

「っ?!」
「悪い、驚かせたな。おはよう」
「ぉはよぅ、ござぁいます」

兵士の人が魔法で生み出した水で顔を洗い、ご飯を食べて、ライオネルの背中に乗って今度こそドラグニアスに向かった。

今度は、何事もなく無事に国境を越えることが出来た。
ライオネルは緊張していたのか、ゆっくりと胸をなで下ろしていた。

﹣わぁ、お山いっぱい﹣

『ここが、俺の国ドラグニアス竜帝国だ』

殆ど草木は生えておらず、切り立った山々が連なり、赤い大地が支配する土地。

眼下に見えるのは、ドラート・キャニオンと呼ばれる渓谷だ。

雨水が地表を流れ鉄砲水となり、その力が周囲の砂岩を削り押し流すことで、水が削った美しい曲線の渓谷が出来たのだ。

こうした渓谷は、国のあちこちにあり、形も様々でとても綺麗な地層をしている。

『竜帝よ。我らの住処、この国に作っても良いか?黎明竜様の近くに居たいのだ』

大地が見えるよう低く飛んでいたライオネルに、精霊達が姿を現し言った。

「構わん、ただ、渓谷の近くは止めてくれ。出来れば村や町の傍にしてくれると助かるんだが……それは、無理か?」
『……この国の民ならば問題なかろう、我らを害すならば話は別だがな。……黎明竜様が人との共存を望むなれば、我らもそれに殉ずるまでよ』
「助かる」
「ぃっちゃ、ぅの?」
『黎明竜様が落ち着いた頃に、また会いに行きますよ』
「ほんと?まってぅる!」

少女に別れを告げて、精霊達はほうぼうに飛んで行った。

前に救った泉の精霊は、帝都付近に森と共に移住した。
かつて黎明竜が生み出した、花の精霊はセスティアとの国境に位置する砦の近くに。
空の精霊は、帝都の上空にそれぞれ住処を作った。

そうして、精霊が住み着いた事で、竜帝国はかつてないほど安定した気候に恵まれる事となった。



少女が、竜帝国に来て早1ヶ月が経った。
その間、様々な出来事があったが、セスティアは何も仕掛けては来なかった……まだ異常に気がついてないだけか…俺には分からん。

少女の事だが、この国に来て数日後に名を与えた。名前が無いのは不便だし、何より名無しナナシ等とふざけた名で呼びたく無かったのでな。


気付けばライオネルは、その時の様子を思い出していた。最近よく笑うようになった、あの最高の笑顔を……。

そして、自分の頬に手を当て真っ赤に染まったのだった。


◇◇◇◇◇

遡ること3週間前。

「ライ、そう言えば、あの子の名前どうするんだ?」
「そうッスよ、流石に名前なしじゃ可哀想っす」
「……っ~、分かってるっ」

ライオネルは、ずっと悩んでいた。
少女の名前について……

名前を思いついては相談していたが、ことごとくフェリド達に却下されるのだ。

「相手は女の子なんですからね?!リアムとか、アルフィーは男につける名前ですからね?!」
「……わ、分かっている」

が、可愛いと思ったんだがなぁ。

「アドラナとか、ジェリドナとかでもダメっすよっ!最後にを付ければいいってもんじゃないんすから」

「わ、分かってるっ!…………フェ…フェリシアは?どうだ?」
「…………」
「だ、ダメか……」

肩を落とし、目に見えて落ち込むライオネルにフェリドは、彼の肩を掴み揺すった。

「陛下!それにしましょう!やっと真面まともな答えが返ってきたか!」
「フェリシアって事は、シアちゃんッスね!可愛い名前っす!センスの欠けらも無い陛下が、よく思い付いたッスね」

(…酷い言われようだな、おい。そんなにダメダメだったか?)

「では、陛下。フェリシア様の元に行って伝えてきたらどうだ?」
「は?」
「善は急げって言うッス!」

追い出されるように部屋を出たライオネルは、その足で少女の元に向かった。
彼女の最近のお気に入りの場所は、図書室だ。文字を覚え始めてから、物語を読むのが好きだと言っていた。

まだ、絵本しか読めないそうだが……それでも、楽しそうだ。

図書室は、俺の執務室のある階と同じ階にある。日で蔵書を痛ませないよう配慮がされた作りになっていて、少し仄暗い。
炎も厳禁なので、明かりの魔法を使うのが定石だ。

娘を呼んでみるが返事がない。
はぁ、か……
相変わらず彼女は、とても集中力が高いようだ…全く俺の声が聞こえてないとみえる。

なので、広い中を探してみると、奥のソファの上で本を開いたままうたた寝している彼女を見つけた。

近付くと、紫銀の髪が輝いて見える。

彼女を連れて帰り、城のメイドに彼女を任せたら、紫銀の髪に金の目をした神秘的な少女が目の前に現れたのだ。

あの時は、とてもびっくりしたのを覚えている。奴らの所では、満足に風呂も入れて貰えなかったのか……っ!と憤るが、もう関係の無いことだからな。

「……フェリシア……」
「ん……?」

﹣おうさま?﹣

「違う……ライと呼べ」
「ラ、イさま?」
「敬称も要らんが……まぁ良い」

綺麗に切りそろえた紫銀の髪を優しく撫でる。気持ちいいのか、目を瞑ってされるがままの

「お前の名前だがな」
?」
「それは名前じゃねぇ、たくっ」

呆れたような怒ったような顔で、ため息をつくライオネルはしゃがみ、少女の顔を見上げる。椅子に座ったままライオネルを見下ろす少女は、何が起きたのか理解出来ない。

「今日から、フェリシアと名乗れ。お前の名前だ」
「わた、しの、なま、え?」
「そうだ、お前の名前だ。フェリシア」
「フェ、リ、シア?」
「そうだ」
「フェ、リ、シア……わた、し、のなま、え」

フェリシアと名付けられた少女元名無しは、嬉しそうに何度も何度も復唱した。
その様子をライオネルは黙って見守り、少女が落ち着き笑顔を見せるまで続いた。

不意にフェリシアが顔を上げ、満面の笑顔でライオネルを見つめた。
 
﹣名前、フェリシア、……嬉しい?﹣

フェリシアは、溢れてくる気持ちに戸惑っていた。

嬉しい、嬉しい、嬉しい

その気持ちが溢れて止まらない。

「良かったな」

ライオネルのその言葉も、理由は分からないけど嬉しいと少女は思った。何が「良かった」なのか分からないけれど、心の奥底で嬉しいと感じるのだ。

「は、い!」

そして、その気持ちが溢れるまま、ライオネルの額に自分の額をくっつけて「あり、がとう」と言った。
更に、額を離しライオネルの頬にキスをしたのだ。

少女フェリシアは無意識だったが、ライオネルの顔は熟れたリンゴの様に真っ赤に染まっていった。

「……っ?!」

その光景を見守っていた人達がいた。
本棚に隠れて様子を伺う、フェリド、ヨハンそして、クドラト……彼はフェリドの番相手だ。

「やだ、ライちゃんてば、真っ赤になっちゃって可愛い」
「お嬢、やるっス!あの陛下を照れさせるなんてっ!」
「うーん、フェリシア様の方は、無意識だと思うぞ。まだ理解出来てないとみた」
「それだって、時間の問題よぅ!初々しいわぁ!」

でかい図体をクネクネ動かし、顔に手を当て「きゃ、素敵」等と通常の声音で話し出したクドラト。

「わぁ!バレるっす!静かにするっスよ!」


この後、もちろん全員にライオネルの拳骨が落ちたのだった。


◇◇◇◇◇

あれからフェリシアは、更に笑顔が増え兵士達とも仲が良い。少し妬けるが……いや、だいぶ妬けるが…………まぁ良い。

言葉も少しずつ話せるようになり、自分の意思を伝えられるようにもなってきた。

とても喜ばしいことだ。

これから先も、平穏が続くと良いとライオネルは思っていた。

この時までは……



────

少し長くなりました!
ごめんなさい、ご了承ください!!
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感想 34

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みんなの感想(34件)

ここママ
2023.05.14 ここママ

続きは書かないのですか?
気になってしまいます(´・ω・`;)

解除
せち
2022.05.02 せち

続きを楽しみにしています♪

解除
ミホ
2021.10.16 ミホ

久しぶりに読み返してみました。
続きが読みたいなぁ。。
ゆっくりで良いので宜しくお願いします。

2021.10.19 紫宛

ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)⁾
少しづつ進められるよう、頑張りますね!

解除

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