【完結】トラウマ眼鏡系男子は幼馴染み王子に恋をする

獏乃みゆ

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9.悪戦苦闘試行錯誤

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「メロンソーダって自分で作れるんだ」

 郷さんが、レシピを眺めながら呟く。
 かき氷シロップを炭酸水で割ると、簡易なメロンソーダのようなものができるのだ。
 簡単に早くできて、映えるもの、ということでメニューとして提案してみた。
 今は文化祭の準備期間で、みんな看板や装飾などを、準備する中、調理班の5人と実行委員の壮司が机を合わせて集まっている。

「確かにグラデーションにするの可愛い~
 ね、氷にさ、フルーツ入れて凍らせたら綺麗くない?」
「確かに! じゃあ、緑じゃなくてさ、あの青色のシロップあるじゃん。あれと凍らせたフルーツだったら色も綺麗じゃね?」
「おー、さすが元美術部。」

 フルーツポンチソーダとー、アイスを乗せてクリームソーダとー…とメニューも新たに増えていく。
 すごい、あっという間に次々と名案が出て、メニューが決まっていく。

「みんな、すごいね。アイデアがぽんぽん出てくる」
「いやいや、青山くんのメニューありきだから!」
「ありがとうね! そもそものメニュー任せきりになっちゃってさ」

 郷さんと戸田さんが口々に労いの言葉をかけてくれる。

「あ、えっと……いや、 結構考えるの楽しくて……
 こうやってみんなで準備するの初めてだから……」

 めがねの位置を直しながら、思っていたことを口に出してみる。この人たちなら、話せそう、と壮司を含めてたくさん話しかけてもらったから思えた。でも、心臓は大きく音を立てているし、手には冷たい汗が滲み出ている。
 すると、目の前の郷さんが一瞬動きを止めて、次の瞬間には大きく息を吸い込む。

「っ…もーーーっなにこの子!! すんごい可愛いんだけど!!」

 郷さんの叫び声に、思わずびくりと肩が跳ねる。

「ちょっと! マイ! 声がでかい! 青山くんが怯えるでしょうが!」
「あ、いや、……俺はだいじょうぶ……」
「だって見た⁈ 今の笑顔、控えめに言って、超絶かわいかった。やばい、写真撮っとけばよかった」
「はいはーい、お客様困りますー 勝手な撮影はご遠慮いただいておりますぅー」

 大興奮の郷さんを壮司が止めてくれる。

「でも、こっちのメニューは、俺には難しいかも」

 一人真面目にメニューを確認してくれていた佐藤くんが口を開く。
 佐藤くんが見ていたのは、フードメニューのサンドイッチのレシピだ。
 文化祭の模擬店では火が使えないため、作れるメニューは限られる。今回はドリンクメニューをいくつかと、サンドイッチを2種類、蒸し鶏やハムなどの調理済みのものを使った、肉系のガッツリしたものと、フルーツを使ったデザート系のものを用意しようと思っている。

「あ、難しいところ聞かせてほしい。
 みんなで作れるように改善したいから…」
「俺は包丁を使える自信がなくて…」
「あ、私も」
「え、リホも? 私もなんだけど」
「おいおい! なんで包丁も使えないのに調理班に立候補したんだよ!
 ……まぁ、俺も使ったことないんだけど」
「えーーーっ! 青山くん以外全滅じゃん!」

 全員が顔を見合わせ、しばらく沈黙が流れる。そこに……佐藤くんが静かに口を開いた。

「……そうか……、
 青山にだけ負担をかけるのはよくないだろう。
 筧、郷、戸田、練習するぞ!」
「あ、やべ、佐藤の熱血魂に火がついてしまった」

 椅子を引き倒すような勢いで立ち上がった佐藤くんに、両手を握られ、ずずいっと顔を寄せられる。

「青山! 文化祭まで、どうかコーチを頼む!」
「へ?」

 めがねがずり落ちるのも気づかず、俺は間の抜けた返事を返す。一部始終を見ていた壮司は、視界の端で爆笑してる。このヤロウ……っ。じとりと、壮司を睨んでいると、

「あ、あああ、青山くん!」

 震える声で、名前が呼ばれる。その方向を見れば、教室の入り口に長身の影が。

「ハル!」

 悠斗が入口に立っている。悠斗を前に、名前を呼んでくれた山川さんは声が震えてしまったらしい。

「どうしたの? 2組も今文化祭の準備中だよね」
「うん。ちょっと材料が足りなくなっちゃって。
 これから買いに行くから、今日は先に帰ってて」
「うん、わかった」

 ちら、と悠斗の背後を見ると、鞄を持って、話が終わるのを待っている女子がいる。一緒に買い出しに行くのだろう。
 明るい色の髪が緩やかにくるくると巻かれている。きらきらした眼差しで見つめる先にいるのは、悠斗だ。
 ああ、きっと悠斗のことが大好きなんだな。全身から気持ちが滲み出している。

「ね、優李
 あの人誰? 久生でもなくて、あの男」

 悠斗が覗き込む方を見ると、佐藤くんが壮司と話しているのが見える。

「? えっと……
 佐藤くんだよ
 調理班で一緒なんだ」
「……そっか……
 あのさ、ゆうくん」
「? どうしたの?」
「あんまり……、
 いや……なんでもない」

 いつになく歯切れの悪い感じで言おうとしたことを引っ込めたみたいだ。そのまま悠斗は、じゃ、と言って廊下を歩いて行ってしまった。

 俺はその後ろ姿を見つめてしまう。
 長身の広い背中と寄り添う、華奢な女の子の後ろ姿。

 もし、俺が女の子だったら、違ってたんだろうか?
 考えても無駄なことが、叶うことのない願望が、腹のあたりでぐるぐると粘つきながら沈んでいく。
 ……いや、なんにせよ、ただの幼馴染みが、あんな雲の上の人と寄り添える未来なんてないよな。

 俺はそれ以上、その後ろ姿を見ていられなくて、教室に入った。
 




「そうそう、左手は卵くるんでるくらいの猫の手で…」
「ねこのて」
「青山くんがねこのてって言うの、可愛い~」
「はいー、マイふざけないー
 ちゃんと手元見るー」

 佐藤くん達と学校の近くのスーパーへ行き、材料を買って、家庭科室へ駆け込んだ。
 他のクラスの人たちも何組か、家庭科室でメニューの試作を作っているようだ。あちらこちらで、楽しそうに試行錯誤している声が聞こえる。
 俺たちの作業場でも、郷さんに戸田さんがツッコミつつ、筧くんや佐藤くんも一緒に一生懸命包丁の練習をしている。
 みんな、見た目はお化粧していたり、髪色が明るかったり……前までだったら避けて通っていたような見た目をしているけど、包丁を握る手は慎重だし、真剣に俺の話を聞いてくれる。
 ……壮司もそうだったけど、明るくて、チャラいからって、全然違う世界の人たちじゃなかった。

「青山くん、りんごってどうやって剥くの?
 あのクルクルするやつ、私にもできる??」
「うーん、まずはくし切りにしてから剥く方法やってみよ」
「くしぎり」

 集中しすぎてオウム返しする郷さんに、空気が和む。こんなに人に囲まれながら、笑って過ごすのは何年ぶりだろう。
 胸の中の、冷たくこわばったところが、少しだけ温められて緩むのを感じる。





『今日の夕飯、グラタン作ったよ
 何時頃食べに来る?』

 午後6時半に送信し、『既読』の文字が付いたメッセージを見つめる。
 悠斗からの返事がない。
 今はもう午後9時だ。

 今日はあの子と夕飯食べたのかな?
 廊下を歩く二人の後ろ姿を思い出す。買い出しに行った帰りに、どこかへ寄って食べて来たのかもしれない。
 ……にしても、返信がないのは珍しい。

 部屋の窓に近づき、カーテンをめくる。
 すぐ目の前にある悠斗の部屋の明かりも、遥斗の家のどの部屋もまだついていないようだ。

 ……何かあったわけじゃないよな。

 大抵一緒に過ごしていて、離れていても、いつもすぐに返信をくれる悠斗からのメッセージがないというだけで、ハラハラしてしまう自分をどうにかしたい。
 悠斗のことを言えない。俺も十分、過保護だ。

「……、ちょっとだけ。ちょっと様子見に行こ」

 階段を降り、薄手の上着を羽織って靴を履く。
 どこにいるとも知れない悠斗を探すために、俺は玄関を出た。

「あ、 ゆうくん」
「~~~っ
 ハル~~~っ!!」

 その場でへにゃへにゃと力が抜けてしまい、膝に両手をつく。
 玄関を出た瞬間、目の前の通りに、今まさに帰ってきたのであろう悠斗がいた。

「え、どうしたの」
「返事ないから。
 何かあったのかもと思って」
「っ! ごめん!
 ちょっと色々あって、返しそびれてた…!」

 思い出したのだろう、悠斗が慌てた様子で謝る。

「いや、全然大丈夫。
 はぁ、よかった~ 悪い、俺も過保護だった」

 胸をなで下ろしながら、照れ隠しの笑顔で言う。
 
「あ、夕飯食べた? まだならグラタン……」
「ゆうくん、」

 真剣な顔で、悠斗がこちらを見つめている。

「しばらく、僕忙しくなりそうだから、一緒に過ごせなくなる」

 ごめん、と告げる悠斗の口元は、こんなときでもやっぱり綺麗で。
 そっか、
 わかった、
 と告げる俺の声が震えていなかったことを褒めてほしい。じゃあ、と言いながら手を振って、玄関に入っていく。

 玄関のドアを閉め、その場にうずくまる。
 は、はぁ、とやっと息を吐く。気づかないうちに、呼吸を忘れていた。

『彼女できたの?』『今日一緒に帰ってたあの子?』『しばらくっていつまでだよー』、いくつも友達なら言うべき言葉はあったのに、何も言えなかった。

 きっと、あの子は願いを叶えたんだ。
 廊下で悠斗を見つめていた彼女を思い出す。
 あの子は、悠斗の特別になれたんだろう。

 ぐ、と喉元まで熱いものが込み上げてくる。胃のあたりでグルグルと渦巻いて熱を孕んだそれは、行き場を失って目の奥に溜まってくるみたいだ。
 パタパタと、目からこぼれ落ちていく。

 今だけ、少しだけこぼさせてほしい。
 悠斗の前では、なんでもないフリをして過ごしてみせるから。
 だから今だけ。

 その夜はしばらく、そこから動くことができなかった。




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