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本編
*65* もうなんでもアリ
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「はは、やっぱり重かったか」
「信じられないくらいにね。ほかにも色んな細工してるし……」
「たとえば?」
「ただ重いだけじゃない、持ってかれる」
「お、よく気づいたね。そうそう、一定しないようにしてるんだ。裾に袖にフードと、重心がめまぐるしく変わる。ただ歩くだけでも全身が鍛えられる優れものだろう? 気を抜くと転んじゃうのが難点だけど」
ひとたび身にまとえば、立ち上がることすらままならない。仮に立ち上がれたとして、真っ直ぐ歩くことも困難。
そんなとんでも仕様のローブをトレードマークにしていたなんて。
重圧のあまり、立ち上がる以前に呼吸困難を訴えていたほどだ。ジュリでそれなんだから、イザナくんにかかる負荷は別次元のものだっただろう。
時々裾を踏んだり転びそうになっていたのは、おっちょこちょいなんかじゃなかった。
改めて、イザナくんはすごい人なんだと感嘆しかない。
「顔のわりにストイックなんだね……そこまでする必要ある?」
「もちろん。枷があるほうが、僕にはちょうどいい」
「枷……?」
白無垢ローブを羽織り直したことで、イザナくんの足元に張り巡らされていた薄氷が消える。
降り続いていた粉雪も、いつしかおひさまの香りがするそよ風に溶け入っていた。
「かわいい子たちを、撫でてあげたいんだよ」
ジュリ、それからあたしの頭にそっとふれた手の温度は、ひやりと冷たい。
「ふれたものを凍らせてしまう、こんな僕でも」
──このローブは特殊な魔法装具の一種で、魔力の放出を防ぐ役割があると、お話に聞いたことがあります。
目線と同じ高さにあるのは、見慣れた優しげな微笑みだけど。
伏せられた表情が寂しげな色を帯びている気がしたのは、あたしだけじゃないだろう。
「イザナくんは、おひさまみたいだねぇ」
不思議だな。頭にふれた指先は冷たいのに、気分はぽかぽか、あったかい。
へらりと笑えば、沈黙がやってくる。
あたしの頭に手を乗せたまま黙り込んだイザナくんからの言葉はない。
見開かれたアメシストの瞳だけが、まぶしそうに細められるばかり。
「どうしよう……ねぇジュリ」
「言いたいことはなんとなくわかる。高くつくよ」
「そこを何とか」
「どうしても?」
「どうしても」
「仕方ないな」
ははっと、おどけたジュリの笑い声が頭上から落ちてきた。
ふたりは何を話してるんだろうと首をかしげているうちに、ぼんやりと映した視界をプラチナブロンドが掠める。
「セリちゃんはかわいいね。ほんとにかわいいなぁ。抱きしめちゃいたい」
「わわ……もうしてる!」
純白の袖に包み込まれるのは2回目。ぎゅうっと、これでもかってくらい抱きすくめられる。
すりすりされた頬はやわらかくて、その度にふれるプラチナブロンドがくすぐったかった。
「かわいいなぁ、連れて帰りたいなぁ」
「また面妖なことを」
「ねぇキティもそう思わない? 連れて帰ってうちの子にしちゃおうよ」
にこにこと満面の笑みで振り返るイザナくん。
唐突に話を振られたにも関わらず、タユヤさんは慌てる様子もなく、長い紫紺の髪を耳にかけて返答。
「吝かではない」
ふっ……と笑みをもらして、きょとんと見つめるあたしの頬に、爪を紅く彩られた指先でふれた。
「取って食う趣味はないが、愛で育む甲斐性ならばある」
「あのう……?」
「我らとともに来るか。倅どもが喜ぶ」
「えぇっと……えっ?」
何故だろう。もの凄い美人のご尊顔が間近にあって、するりと頬を撫でられている。
これでも人並みの理解力はあるはずなんだけど、いまいち状況が飲み込めない。
「ちょーっと待ったぁ! なに勝手に話進めてるのさ!」
「えー、ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ! 母さんは、セリはうちの子ですぅ! もう! ちょっと許せば調子に乗るんだから!」
真っ先に声を上げたのはジュリだ。一瞬で純白のローブから引き剥がされた。
呆気に取られたままのあたしをぎゅううっと抱き込み、イザナくんにこれでもかと吠えている。
そんなジュリに、苦笑をもらしたヴィオさんも続く。
「恐れながらタユヤ様、私もジュリ様と同意見でございます」
「ほう?」
「私の婚約者は、とても無垢な可愛らしいお方なのです。それ以上のたわむれはご容赦いただきたく」
「面白いことを言う。先に口説いてきたのはそちらの乙女子であろうに」
「母さんのあれは無自覚なの! 別に好きでイザナ口説いてたわけじゃないから!」
「さりとて我が背をこのような骨抜きにされたのだ、対価を払ってもらわねば割に合わぬ」
「口説かれたから口説き返すってどういう心境? それもイグニクス流のジョークなの!?」
「夫を立てた妻の言だが?」
ぽかん。今度はジュリも呆気に取られる。
「……ちょっといい?」
たっぷりの沈黙を挟み、ジュリがため息まじりに挙手して問うことには。
「イザナって、結婚してたの?」
ひとつまばたきをしたイザナくん、思い出したようにぽんっと手を叩く。
それからにっこりと笑みをこぼして、タユヤさんの腕を引き寄せた。
「信じられないくらいにね。ほかにも色んな細工してるし……」
「たとえば?」
「ただ重いだけじゃない、持ってかれる」
「お、よく気づいたね。そうそう、一定しないようにしてるんだ。裾に袖にフードと、重心がめまぐるしく変わる。ただ歩くだけでも全身が鍛えられる優れものだろう? 気を抜くと転んじゃうのが難点だけど」
ひとたび身にまとえば、立ち上がることすらままならない。仮に立ち上がれたとして、真っ直ぐ歩くことも困難。
そんなとんでも仕様のローブをトレードマークにしていたなんて。
重圧のあまり、立ち上がる以前に呼吸困難を訴えていたほどだ。ジュリでそれなんだから、イザナくんにかかる負荷は別次元のものだっただろう。
時々裾を踏んだり転びそうになっていたのは、おっちょこちょいなんかじゃなかった。
改めて、イザナくんはすごい人なんだと感嘆しかない。
「顔のわりにストイックなんだね……そこまでする必要ある?」
「もちろん。枷があるほうが、僕にはちょうどいい」
「枷……?」
白無垢ローブを羽織り直したことで、イザナくんの足元に張り巡らされていた薄氷が消える。
降り続いていた粉雪も、いつしかおひさまの香りがするそよ風に溶け入っていた。
「かわいい子たちを、撫でてあげたいんだよ」
ジュリ、それからあたしの頭にそっとふれた手の温度は、ひやりと冷たい。
「ふれたものを凍らせてしまう、こんな僕でも」
──このローブは特殊な魔法装具の一種で、魔力の放出を防ぐ役割があると、お話に聞いたことがあります。
目線と同じ高さにあるのは、見慣れた優しげな微笑みだけど。
伏せられた表情が寂しげな色を帯びている気がしたのは、あたしだけじゃないだろう。
「イザナくんは、おひさまみたいだねぇ」
不思議だな。頭にふれた指先は冷たいのに、気分はぽかぽか、あったかい。
へらりと笑えば、沈黙がやってくる。
あたしの頭に手を乗せたまま黙り込んだイザナくんからの言葉はない。
見開かれたアメシストの瞳だけが、まぶしそうに細められるばかり。
「どうしよう……ねぇジュリ」
「言いたいことはなんとなくわかる。高くつくよ」
「そこを何とか」
「どうしても?」
「どうしても」
「仕方ないな」
ははっと、おどけたジュリの笑い声が頭上から落ちてきた。
ふたりは何を話してるんだろうと首をかしげているうちに、ぼんやりと映した視界をプラチナブロンドが掠める。
「セリちゃんはかわいいね。ほんとにかわいいなぁ。抱きしめちゃいたい」
「わわ……もうしてる!」
純白の袖に包み込まれるのは2回目。ぎゅうっと、これでもかってくらい抱きすくめられる。
すりすりされた頬はやわらかくて、その度にふれるプラチナブロンドがくすぐったかった。
「かわいいなぁ、連れて帰りたいなぁ」
「また面妖なことを」
「ねぇキティもそう思わない? 連れて帰ってうちの子にしちゃおうよ」
にこにこと満面の笑みで振り返るイザナくん。
唐突に話を振られたにも関わらず、タユヤさんは慌てる様子もなく、長い紫紺の髪を耳にかけて返答。
「吝かではない」
ふっ……と笑みをもらして、きょとんと見つめるあたしの頬に、爪を紅く彩られた指先でふれた。
「取って食う趣味はないが、愛で育む甲斐性ならばある」
「あのう……?」
「我らとともに来るか。倅どもが喜ぶ」
「えぇっと……えっ?」
何故だろう。もの凄い美人のご尊顔が間近にあって、するりと頬を撫でられている。
これでも人並みの理解力はあるはずなんだけど、いまいち状況が飲み込めない。
「ちょーっと待ったぁ! なに勝手に話進めてるのさ!」
「えー、ダメ?」
「ダメに決まってるでしょ! 母さんは、セリはうちの子ですぅ! もう! ちょっと許せば調子に乗るんだから!」
真っ先に声を上げたのはジュリだ。一瞬で純白のローブから引き剥がされた。
呆気に取られたままのあたしをぎゅううっと抱き込み、イザナくんにこれでもかと吠えている。
そんなジュリに、苦笑をもらしたヴィオさんも続く。
「恐れながらタユヤ様、私もジュリ様と同意見でございます」
「ほう?」
「私の婚約者は、とても無垢な可愛らしいお方なのです。それ以上のたわむれはご容赦いただきたく」
「面白いことを言う。先に口説いてきたのはそちらの乙女子であろうに」
「母さんのあれは無自覚なの! 別に好きでイザナ口説いてたわけじゃないから!」
「さりとて我が背をこのような骨抜きにされたのだ、対価を払ってもらわねば割に合わぬ」
「口説かれたから口説き返すってどういう心境? それもイグニクス流のジョークなの!?」
「夫を立てた妻の言だが?」
ぽかん。今度はジュリも呆気に取られる。
「……ちょっといい?」
たっぷりの沈黙を挟み、ジュリがため息まじりに挙手して問うことには。
「イザナって、結婚してたの?」
ひとつまばたきをしたイザナくん、思い出したようにぽんっと手を叩く。
それからにっこりと笑みをこぼして、タユヤさんの腕を引き寄せた。
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