95 / 266
第二章『瑞花繚乱編』
第九十一話 沈黙のそよ風【中】
しおりを挟む
「悪かったって! このとおり!」
金玲山の西にある金王母の私宮をおとずれて間もなく。
両手を合わせて直角に腰を折る晴風を前に、黒皇はしばらく沈黙したのち、口をひらく。
「私は青風真君に、なにかされましたか?」
「はっ? 心当たりがないとは言わせねぇからな! こないだの恋愛相談からだぞ、おまえがとんでもないことを言いだ──」
「あちらで詳しいお話をうかがいましょうか」
「まてまてまて、そんな真顔で近寄んなって、怖い怖い怖い!」
こどもに聞かせられる話と、そうでない話の区別もつかないのだろうか、この仙人は。
と半ば腹立たしく思うも、すぐに思い直した。
晴風は、黒皇が考えるよりずっと人の機微に敏い。
それは、ほかでもない黒皇自身が知っていることだ。
「いいか小慧、果物を盛りつけたこの皿をだな」
「はい!」
「そこにいる金王母さまに届けるんだ!」
「わかりました!」
黒嵐から皿を受け取った黒慧が、とてとてとて、とみじかい足で三歩すすんだところに、椅子へ腰かけた金王母のすがたがある。
「おしょくじをおもちしました! どうぞ!」
「まぁ、ありがとう」
そうして卓の上に置かれた皿から、金王母は葡萄をひと粒とって、「上手にできたご褒美です」と差しだす。
ほほ笑ましげな金王母。瞳を輝かせる黒慧。それを見守る黒嵐。
紅白の蓮池をはさみ、いつもと変わらぬ光景を横目で見やった黒皇は、神妙な面持ちで正面の晴風へと向き直る。
「それで……『お話』とは?」
黒皇の知る晴風とは、実に聡明な男だ。
こうして巧みに、黒皇を連れだすほどに。
「なんつーかな。最近、いやぁな予感がしてよ」
なんとも漠然とした発言ではあるが、晴風の『勘』はいつもするどい。
黒皇は無言で見つめ返し、言葉の続きをうながす。
「一応、占いをしてみた。そしたらどうも、火気と水気の流れが妙なんでね」
「火気……もしや、私たち兄弟のことですか?」
木気、火気、土気、金気、水気。
万物はこれら五行によって構成される。
そのうち太陽をつかさどる黒皇ら兄弟は、この金玲山において、もっとも強い陽功、つまり火気を有する。
「それがだれを指すのかまでは、わからねぇがな。水気に関してはお手上げだ。この山に水脈なんてごまんとあるしな」
「では瓏池にも……近づかないほうがいいでしょうか」
「念のため、な」
霊水で満たされたかの池は、唯一愛した女性とのつながりの地。さびしくないと言えば、うそになる。
表情を翳らせた黒皇へ、晴風はこころを鬼にして告げる。
「それと、具体的な占い結果もでてな。『千百十九』の数に『凶事あり』とのことだ」
「千百十九、なんて中途半端な……」
と、そこではたと思考停止する黒皇。
そうだ、たしかに中途半端な数だ。
まるでなにかが足りないように。
そのなにかが、わかった。わかってしまった。
「……失礼いたします。小慧たちをよろしくお願いします」
口早に告げるなり、黒皇は漆黒の衣をひるがえした。
金玲山の西にある金王母の私宮をおとずれて間もなく。
両手を合わせて直角に腰を折る晴風を前に、黒皇はしばらく沈黙したのち、口をひらく。
「私は青風真君に、なにかされましたか?」
「はっ? 心当たりがないとは言わせねぇからな! こないだの恋愛相談からだぞ、おまえがとんでもないことを言いだ──」
「あちらで詳しいお話をうかがいましょうか」
「まてまてまて、そんな真顔で近寄んなって、怖い怖い怖い!」
こどもに聞かせられる話と、そうでない話の区別もつかないのだろうか、この仙人は。
と半ば腹立たしく思うも、すぐに思い直した。
晴風は、黒皇が考えるよりずっと人の機微に敏い。
それは、ほかでもない黒皇自身が知っていることだ。
「いいか小慧、果物を盛りつけたこの皿をだな」
「はい!」
「そこにいる金王母さまに届けるんだ!」
「わかりました!」
黒嵐から皿を受け取った黒慧が、とてとてとて、とみじかい足で三歩すすんだところに、椅子へ腰かけた金王母のすがたがある。
「おしょくじをおもちしました! どうぞ!」
「まぁ、ありがとう」
そうして卓の上に置かれた皿から、金王母は葡萄をひと粒とって、「上手にできたご褒美です」と差しだす。
ほほ笑ましげな金王母。瞳を輝かせる黒慧。それを見守る黒嵐。
紅白の蓮池をはさみ、いつもと変わらぬ光景を横目で見やった黒皇は、神妙な面持ちで正面の晴風へと向き直る。
「それで……『お話』とは?」
黒皇の知る晴風とは、実に聡明な男だ。
こうして巧みに、黒皇を連れだすほどに。
「なんつーかな。最近、いやぁな予感がしてよ」
なんとも漠然とした発言ではあるが、晴風の『勘』はいつもするどい。
黒皇は無言で見つめ返し、言葉の続きをうながす。
「一応、占いをしてみた。そしたらどうも、火気と水気の流れが妙なんでね」
「火気……もしや、私たち兄弟のことですか?」
木気、火気、土気、金気、水気。
万物はこれら五行によって構成される。
そのうち太陽をつかさどる黒皇ら兄弟は、この金玲山において、もっとも強い陽功、つまり火気を有する。
「それがだれを指すのかまでは、わからねぇがな。水気に関してはお手上げだ。この山に水脈なんてごまんとあるしな」
「では瓏池にも……近づかないほうがいいでしょうか」
「念のため、な」
霊水で満たされたかの池は、唯一愛した女性とのつながりの地。さびしくないと言えば、うそになる。
表情を翳らせた黒皇へ、晴風はこころを鬼にして告げる。
「それと、具体的な占い結果もでてな。『千百十九』の数に『凶事あり』とのことだ」
「千百十九、なんて中途半端な……」
と、そこではたと思考停止する黒皇。
そうだ、たしかに中途半端な数だ。
まるでなにかが足りないように。
そのなにかが、わかった。わかってしまった。
「……失礼いたします。小慧たちをよろしくお願いします」
口早に告げるなり、黒皇は漆黒の衣をひるがえした。
0
あなたにおすすめの小説
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
私が美女??美醜逆転世界に転移した私
鍋
恋愛
私の名前は如月美夕。
27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。
私は都内で独り暮らし。
風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。
転移した世界は美醜逆転??
こんな地味な丸顔が絶世の美女。
私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。
このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。
※ゆるゆるな設定です
※ご都合主義
※感想欄はほとんど公開してます。
この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜
具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです
転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!?
肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!?
その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。
そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。
前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、
「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。
「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」
己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、
結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──!
「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」
でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……!
アホの子が無自覚に世界を救う、
価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!
主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?
玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。
ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。
これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。
そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ!
そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――?
おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!?
※小説家になろう・カクヨムにも掲載
無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いて欲しい!
カントリー
恋愛
「懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。」
でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。
大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きな小太した女子高校生。
今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。
ダーク
「…美味そうだな…」ジュル…
都子「あっ…ありがとうございます!」
(えっ…作った料理の事だよね…)
元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが…
これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。
小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」から20年前の物語となります。
男女比バグった世界で美女チート無双〜それでも私は冒険がしたい!〜
具なっしー
恋愛
日本で暮らしていた23歳喪女だった女の子が交通事故で死んで、神様にチートを貰い、獣人の世界に転生させられた!!気づいたらそこは森の中で体は15歳くらいの女の子だった!ステータスを開いてみるとなんと白鳥兎獣人という幻の種族で、白いふわふわのウサ耳と、神秘的な白鳥の羽が生えていた。そしてなんとなんと、そこは男女比が10:1の偏った世界で、一妻多夫が普通の世界!そんな世界で、せっかく転生したんだし、旅をする!と決意した主人公は絶世の美女で…だんだん彼女を囲う男達が増えていく話。
主人公は見た目に反してめちゃくちゃ強いand地球の知識があるのでチートしまくります。
みたいなはなし
※表紙はAIです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる