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第三章『焔魔仙教編』

第百三十六話 ゆらゆら遊歩【前】

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「赤だ!」
「黄色だと思う!」
「断然、紫だな。色気がある」
「いや、無垢な乙女には白でしょう。ねぇ梅雪メイシェさま?」
「きょうも晴れてるなぁ……」

 早梅はやめのすがたは、装飾品をあつかう露店の前にあった。青い空を見上げ、薄らわらいを浮かべている。
 なんのことはない。街中へやってきてからというもの、四匹の猫たちが各々『花』を贈るといって、早梅を取りかこみ熱い論争をくり広げていたのだ。

藍藍ランラン詩詩シーシーの誕生日なのに、私が贈り物をされるってどういうこと?」
「俺たちの誕生日だから、俺たちの好きなものを買ったの」
「それを梅雪さまにあげてるんだから、僕たちのやりたかったことなんだよ」
「そ、そうなんだ……これもマオ族独特の価値観? 六夜リゥイさまと五音ウーオンさまも、便乗してるけど」

 八藍バーランからは、紅玉であしらった牡丹。
 九詩ジゥシーからは、黄玉で咲きほこる小ぶりの黄梅。
 六夜からは、紫水晶をふんだんに使った菫。
 五音からは、真珠をつらねた鈴蘭。

 どの花簪を挿しても、絶世の美少女には似合ってしまう。結果、早梅の頭は文字どおりお花畑となっている。ちなみに返品不可らしい。
 助けを求めてふり返ったところ、ひかえていた黒皇ヘイファンが、じつに落ち着いた声音でひと言。

「いちばんおきれいなのは、どの宝玉よりも、梅雪お嬢さまですよ」
「君が優勝」

 うっかり口走ってしまった言葉が原因で、四匹の猫たちの猛抗議を食らうことになるのは、すぐ後の話。


  *  *  *

 
 猫族との出会い。両親との再会。
 衝撃の連続で時を忘れていたが、燈角とうかくへやってきて、早一週間あまりが経過していたようだ。

「八藍たちと街に? いいねぇ、俺も行こうっと」
「そのほうが迷子にならないしね。私もごいっしょさせていただきましょう」

 外出の許可を得ようと一心イーシンの書斎をたずねたところ、彼は不在だったが、代わりに六夜と五音の同行が決定した。

桜雨ヨウユイをひとりにはできないから、私は屋敷をはなれられない」
「ただまぁ、いつもここに詰めっぱなしじゃ、梅梅メイメイも退屈だろ。泣き虫坊主の子守りはまかせて、たまにはパーッと遊びに行ってきな」

 意外にもすんなり許可をだしたのは、過保護モンペと名高い桃英タオイン晴風チンフォン
 瓜ふたつの顔で、「あとはたのんだぞ?」と黒皇にまぶしい笑みを炸裂させていた。この瞬間、早梅の命運は安心と信頼の愛烏まなからすにゆだねられたのである。

 かくして、早梅への贈り物さがしからはじまった外出は、ひとしきりの論争をへて、気ままな街の散策へと移行していた。

「いつ見てもひろい川幅だよね! 軽功けいこうを使って、向こう側までわたれないかな?」
「お嬢さまならお出来になると思いますが、がまんしましょうね。せっかくいただいた簪を、落としてしまったらたいへんです」
「むぅ……たしかに」

 猫族の男衆が妙な真似をしないよう、目を光らせていた黒皇。
 男性から女性へ簪を贈る意味を知らないわけではないので、翡翠ひすいの髪をいろどる花を目にすると複雑な心境ではあった。が、使えるものは使おうと割りきることに。

 そうしてやんわりとした返しで、早梅のおてんばを見事になだめたのだった。
 颯爽と水面を蹴ってわたる美少女など、人通りの多い往来で、注目の的にしかならないので。

「梅雪さま、小船に乗るのはいかがですか?」
「乗りたいです、操縦してみたいです!」
「りょーかい。小船の定員は五人だから、ギリギリひとりあぶれるな。てなわけで黒皇、ちょっと烏になれ。そしたら誤差範囲だしな、俺が抱えといてやる」
「いやです。梅雪お嬢さまならまだしも、なぜ六夜さまに抱かれなければならないのですか」
「させねぇよ……おまえを抱えてたら、梅雪ちゃんが船をこげないからなぁ!」
「別の動機がある気がします……」
「なんにせよおまえの思いどおりにはならねぇよ、残念だったなぁ、あっはっは!」
「なんか父さんが、すごい悪い顔してる」
「ああいう大人になっちゃだめだよ。九詩も」
「はーい、お父さん」
「え? 黒皇はいてくれないと、私困ります」
「……ふ」
「ドヤ顔むかつく!!」

 正直な早梅の発言に、黒皇は口角をあげ、六夜が地団駄をふんだ。

「ぜんぶで六人ですから、三人ずつ二隻に分かれればよろしいのでは?」
「それがいいでしょうね。では、私たちのなかで、だれが梅雪さまたちといっしょの船に乗るかだけど」
「俺、きょう誕生日!」
「ちょっと、それ僕もなんだけど!」
「やかましい、男なら殴り合いで勝負つけるんだよォ!」
「待って待って待って! もっと平和的に行きましょうよ!」

 黒皇が穏便にすまそうと提案したにも関わらず、こぶしをにぎりしめる六夜の物騒なこと。
 八藍と九詩も納得がいかないようで、このままではえらいことになる。

「恨みっこなしの、じゃんけんで決めましょう!」

 とっさに声を張りあげた早梅を前に、猫たちがそろって首をかしげたことは、言うまでもない。
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