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第三章『焔魔仙教編』
第百七十八話 失意の先に【中】
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「わたしもそれがよろしいかと。じつに不本意ではありますがね」
「……憂炎!」
思わず室の入り口をふり返った早梅へ、にっこりとほほ笑み返した憂炎が、まばゆい月白の髪と柘榴石の耳飾りをゆらしながら、歩みよる。
「ちょっと頭を冷やしていたら遅くなりました。おとなりいいですか? 梅雪」
そういって晴風の反対側、早梅の向かって下座にある椅子を引き、腰かける。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとうございます、いただきます」
そろそろと様子をうかがうも、憂炎は一心が淹れた茶を優雅に一服するのみで、『殺気』は感じられない。
言葉どおり、頭を冷やしてきたらしい。
じぶんが皇帝の子を生んだ事実が、憂炎のなかでどのように咀嚼され、消化されたのか。
気が気でならない早梅ではあるが、なかなか話の糸先を見いだせずにいた。
「今回の件、か弱い乙女を好き放題に犯す発情した畜生以下の糞下衆野郎こと皇帝陛下のご尊顔をかち割って脳汁をぶちまけ、どす黒い腹を掻っ捌いて臓物という臓物をグチャグチャにひねりつぶし、骨の一片まで粉々に砕いてやりたいほどに殺意は増しましたが、それはまぁ最終目標としてとりあえず置いておきます」
いや、ぜんぜん頭冷えてなかった。
憂炎キレてる、超ぶちギレてる。
しかもにこやかに言うものだから、逆におそろしい。
「きれいな顔して、えげつねぇこと言うもんだなぁ、憂坊よ」
「いまにぶち殺してやりたいのは山々なんですけどねぇ、ふふっ」
苦笑しながら二の腕をさする晴風をよそに、憂炎の笑みは深まるばかり。
「皇室の血を引く者は皆殺しにするつもりでしたが、そうも言ってられません。蓮虎おぼっちゃまは梅雪のこどもでもありますし、庇護すべき対象です。こどものおもりが得意みたいなので、うちの爽を護衛につけておきます。なんならあげます。煮るなり焼くなり、お好きにしてください。彼は梅雪の言葉には絶対的に従いますので」
「憂炎、でも……」
渋るも、早梅に言葉をつむがせることを、憂炎がさせない。
「暗珠皇子殿下ですが、彼のことは利用できるだけ利用させてもらいましょう。具体的には、明日ひらかれる闇市潜入作戦に同行してもらい、獣人奴隷救出に一役買っていただきます」
「そりゃあまた大胆に出たな。皇帝のやってたことをまるっきり知らねぇあの様子で、ついてこれるかどうか。下手したら、死ぬぞ?」
「使い物になれば上出来、犬死にするようであれば、それまでの価値しかないというだけです。要は、彼がどうなろうが、わたしは知ったこっちゃありません」
「手厳しいな」
「こちらもお遊びじゃないですからね。それに、あれだけ梅雪を守ると大声でわめいてるんですから、それなりの気概は見せてもらいませんと……ねぇ?」
──異常事態だ。
目前でくり広げられる会話を黙って聞くことしかできない早梅は、圧倒されていた。
『氷花君子伝』という物語。
経緯はどうであれ、その主人公と黒幕が、一時的にでも行動をともにするのだ。
もちろん原作にはないエピソード。
この状況は、尋常ではない。
「憂炎さまのおっしゃるとおりですね。皇子殿下の武功の実力は、僕も実際に拝見しました。こちら側に引き込めるならば、有利にはたらくでしょう。明日あらためて、みなもまじえてお話させていただきましょう」
「では、そういうことで」
一心の言葉に憂炎が笑みを返したことで、この話題は終わりを告げる。
「……クラマくん……」
うつむく早梅が人知れずつぶやくのは、気にかかってしょうがない彼の名。
──独りに……させてください。
そうとだけ告げ、視線を合わせることなく背を向けた彼のすがたを思い返すと、やはり、食事は味がしなかった。
「……憂炎!」
思わず室の入り口をふり返った早梅へ、にっこりとほほ笑み返した憂炎が、まばゆい月白の髪と柘榴石の耳飾りをゆらしながら、歩みよる。
「ちょっと頭を冷やしていたら遅くなりました。おとなりいいですか? 梅雪」
そういって晴風の反対側、早梅の向かって下座にある椅子を引き、腰かける。
「どうぞ、お召し上がりください」
「ありがとうございます、いただきます」
そろそろと様子をうかがうも、憂炎は一心が淹れた茶を優雅に一服するのみで、『殺気』は感じられない。
言葉どおり、頭を冷やしてきたらしい。
じぶんが皇帝の子を生んだ事実が、憂炎のなかでどのように咀嚼され、消化されたのか。
気が気でならない早梅ではあるが、なかなか話の糸先を見いだせずにいた。
「今回の件、か弱い乙女を好き放題に犯す発情した畜生以下の糞下衆野郎こと皇帝陛下のご尊顔をかち割って脳汁をぶちまけ、どす黒い腹を掻っ捌いて臓物という臓物をグチャグチャにひねりつぶし、骨の一片まで粉々に砕いてやりたいほどに殺意は増しましたが、それはまぁ最終目標としてとりあえず置いておきます」
いや、ぜんぜん頭冷えてなかった。
憂炎キレてる、超ぶちギレてる。
しかもにこやかに言うものだから、逆におそろしい。
「きれいな顔して、えげつねぇこと言うもんだなぁ、憂坊よ」
「いまにぶち殺してやりたいのは山々なんですけどねぇ、ふふっ」
苦笑しながら二の腕をさする晴風をよそに、憂炎の笑みは深まるばかり。
「皇室の血を引く者は皆殺しにするつもりでしたが、そうも言ってられません。蓮虎おぼっちゃまは梅雪のこどもでもありますし、庇護すべき対象です。こどものおもりが得意みたいなので、うちの爽を護衛につけておきます。なんならあげます。煮るなり焼くなり、お好きにしてください。彼は梅雪の言葉には絶対的に従いますので」
「憂炎、でも……」
渋るも、早梅に言葉をつむがせることを、憂炎がさせない。
「暗珠皇子殿下ですが、彼のことは利用できるだけ利用させてもらいましょう。具体的には、明日ひらかれる闇市潜入作戦に同行してもらい、獣人奴隷救出に一役買っていただきます」
「そりゃあまた大胆に出たな。皇帝のやってたことをまるっきり知らねぇあの様子で、ついてこれるかどうか。下手したら、死ぬぞ?」
「使い物になれば上出来、犬死にするようであれば、それまでの価値しかないというだけです。要は、彼がどうなろうが、わたしは知ったこっちゃありません」
「手厳しいな」
「こちらもお遊びじゃないですからね。それに、あれだけ梅雪を守ると大声でわめいてるんですから、それなりの気概は見せてもらいませんと……ねぇ?」
──異常事態だ。
目前でくり広げられる会話を黙って聞くことしかできない早梅は、圧倒されていた。
『氷花君子伝』という物語。
経緯はどうであれ、その主人公と黒幕が、一時的にでも行動をともにするのだ。
もちろん原作にはないエピソード。
この状況は、尋常ではない。
「憂炎さまのおっしゃるとおりですね。皇子殿下の武功の実力は、僕も実際に拝見しました。こちら側に引き込めるならば、有利にはたらくでしょう。明日あらためて、みなもまじえてお話させていただきましょう」
「では、そういうことで」
一心の言葉に憂炎が笑みを返したことで、この話題は終わりを告げる。
「……クラマくん……」
うつむく早梅が人知れずつぶやくのは、気にかかってしょうがない彼の名。
──独りに……させてください。
そうとだけ告げ、視線を合わせることなく背を向けた彼のすがたを思い返すと、やはり、食事は味がしなかった。
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