おやばと

はーこ

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*20* パトロール

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「きゃははー!」

「おーいおまえら、道路の真ん中走るな、車にしかれっぞ」

ㅤ道路の向こう側から駆けてきた少年ふたりに、たかさんが声をかけたのは、村役場を出てものの数分もしない頃。
 ほんの気持ちばかりをアスファルトで舗装された、両側田んぼ地帯でのことだ。

「ちゅーおーせんのない道は、道路やありませぇーん!」

「なんなら信号機もないやん!」

「ねぇけど!ㅤ車どころかたまに牛も走ってるけど一応道路なんです、何億万回言わせんだこんにゃろ!」

「何億万回て、小学生か」

「タカオが怒ったー!」

「呼び捨てすな!ㅤせめてにぃにち呼べ言うちょろが!」

「にぃにはナイな、にぃには」

「合いの手しゃーしぃぞ、つぐ!」

「ぜっっったいイヤ!」

「やーい、タカオのばーかばーか!」

「よーしわかった、おいつぐ」

「はいはい、程々にね」

「っしゃコラ待たんかいガキんちょどもぉおおお!!」

「ぎゃ――――っ!!」

ㅤ交通安全の注意……だったものが、みる間に追いかけっこと化した。
 勝負はまぁ、十数秒でついてしまったけど。

「おとなげねーぞ、バカオー!」

「だぁれがバカオじゃ!ㅤおぅりゃッ!!」

「あはははははっ!!」

「どーだ、タカにぃにの怖さを思い知ったか、ふははははっ!!」

「たっちゃん楽しそうだなぁ……」

「精神年齢同じだからね」

ㅤ瞳を細めて、かたや微笑ましげなはとちゃん、かたやにこやかに一刀両断するつぐみさん。
 生暖かい空気が流れていても、次々に少年たちを腕に抱え上げて振り回している鷹緒さんは、満面の笑みでどこ吹く風。

「よいせっと。で、おまえらラジオ体操中だろ。こんなとこでどうした?」

「今日はケイドロやの!」

「へ。参考までに訊くわ。おまえらドロ?」

「ケイ!」

「バカモン。ンなら尚更交通ルールは守らんかい。ドロボウ追って車にしかれとりゃあ、ケイも一発で、カンやぞ」

「なんやの、カンて」

「患者のカン」

「ナニソレはじめてきいた」

「つまんねぇことでケガしちゃ、世話ねぇぜってこと。ほら、ドロボウ捕まえてぇんだろ。タカにぃにが特別に右側歩道通行許してやっから、緊急車両はさっさと行った行った」

「うるせー、言われんでもそうするわ!」

「パトカーとおります、ウオーン、ウオーン!」

ㅤ一見憎まれ口を叩いている少年たちも、ヒラヒラ手を振りながら、今度は道路の右端、草むら沿いを駆けて行った。
 遠ざかる背中を見つめる満足げな鷹緒さんの横顔は、流石というか。

「元気ですね、あの子たち」

「おー、朝っぱらからしゃーしぃ……やかましいだろ。ケイドロやら缶蹴りやら好き勝手やってスタンプもらえるとか、けったいなもんだよなぁ」

「そういえば……ふたりとも、首にスタンプカード?ㅤを提げてましたね」

「夏休みの取り組みってヤツ。朝のラジオ体操って名目で地区ごとに集まってんだ。けど、今時真面目にラジオ体操なんかやりゃしねぇ。ま、遊びでもなんでも、あんだけやかましく走り回れるのは子供の特権か。せいぜい短い夏を謳歌しとくことだな、ハッ」

「たっちゃん、せっかく途中までいいこと言ってたのに、悪人面がすごい」

「しっ……ダメだよ、はとちゃん。タカが失われた青春を奪い返そうとしてるだなんて、そんな」

「どぅあれが失われた青春だコラァッ!」

「わー、暴力はんたーい」

ㅤ開いた距離も、鷹緒さんにかかればたったの3歩。
 ものすごい棒読みで抵抗するのも口先だけで、つぐみさんも肩をいからせた鷹緒さんにグシャグシャと髪を掻き回されては、「あーもー」とおかしげに声を震わせながら右手を差し出す。
 ひとときの間預けられていた真白の和傘が、持ち主の手に戻った瞬間だった。

「よっし、ここいらで手分けしますか。たっちゃんたちはどうします?」

「オレらは商店街のほう回るわ。あんま人が多いとこ行くと、えみが人酔いするだろ?」

「あのっ、俺、大丈夫です!」

「村長みたいな猛者が、ウヨウヨ生息しててもか?」

「……お気遣い、ありがとうございます」

「っはは、いいよいいよ。こっちは私たちに任せて。はとちゃんたちは、向こうをよろしくね」

「はいはーい!ㅤ郵便局のほう回って、役場に戻るねー」

「じゃ、そういうことで。また後でな、咲」

「あ……わ、わかりました……!」

ㅤちゃんと返事できていただろうか。正直、自信がない。
 快活な口調はそのままに、鷹緒さんの表情は、先程と少し違う。
 それは決まって、和傘を手にしたとき。
 凛と背筋を張った姿勢は、意識したものではなく、自然と染みついたそれだ。そしてそれは、彼だけじゃない。

「ではでは、いま少しお付き合いいただきますぞ、咲どの」

ㅤ芝居がかった口調で俺の腕を引く女の子も、そのちいさな手に、真っ直ぐと、大輪の向日葵を握っていた。
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