おやばと

はーこ

文字の大きさ
24 / 26

*24* 昏天隊

しおりを挟む
ㅤあれから問題なく巡回を終え、村役場へ戻ってきた。
 1階にある休憩室には、俺とはとちゃんしかいない。
 たかさんたちはまだ帰ってきていないようだったけど、とっくに昼を回っていたこともあり、ひと足早く昼食にすることに。

「さぁさぁお待ちかね!ㅤ今日のお昼は、さとちゃんお手製弁当ですよー!」

ㅤ向かいの席ではとちゃんが持ち出してきたのは、今朝方さとさんに手渡されていたランチバック。
 これが思いのほか大きい。
 いざ広げてみると、ちょっとした重箱サイズくらいはありそうで……

「なにから食べる?ㅤわたしはねぇ、鶏めしと、とり天と」

「鶏めし、とり天……」

「あっ、鶏めしはね、鶏肉とごぼうの笹がきをにんにく醤油だれで煮詰めて、ご飯と混ぜ混ぜしたもので、とり天はその名の通り、鶏の天ぷらです!ㅤうちの村は鶏料理が美味しいんだよねぇ。……およ?ㅤえみくんどったの?」

「いや……ちょっと、色々きてしまって」

ㅤおしぼりも、取り皿も、お箸も、ちょうど2人分。
 俺のことまで考えて、里子さんが朝早くから作ってくれたんだと思うと、無性に胸が震えてしまう。
 こんなことで感激する俺って、おめでたいやつなんだろうか。

「ごめん……せっかくのご飯時に」

「ううんっ、いいの、いいんだよ……!」

ㅤこらえきれず視線を伏せる俺に、なにを思ったか。
 はとちゃんの黒目がちな瞳にまで、じわりと涙がにじんでいるじゃないか。

「美味しいもの食べると、しあわせな気持ちになるもんね……遠慮せずに、たーんとお食べ!」

「あ、ありがとう……?」

ㅤ涙ぐむはとちゃんに、ひょいひょいとおかずを移された紙皿は、すぐに食べきれないほどの量でいっぱいになる。

「鶏めしだけと言わず、しそや高菜おにぎりも美味しいよ!ㅤとり天にはかぼすを忘れずにね。すだちじゃないよ、かぼすだよ!」

「……あははっ!」

ㅤふいのひと言で無自覚に笑わせに来るのは、はとちゃんらしいなって、すごくホッとした。


ㅤㅤ*ㅤㅤ*ㅤㅤ*


ㅤ約2時間のパトロールで、わかったことがいくつかある。

ㅤ原則として2人1組とし、地域ごとに、3~4組の職員が巡回していること。
 道中すれ違った彼らは、圧倒的に男性が占めていたこと。
〝自警課〟という部署としては当然の流れだろうが、気になることもいくつか。
 それは、和傘の存在。

ㅤパトロールを行う職員は、どちらかもしくは両方ともが和傘を携帯していた。
 さらに言えば、和傘を持つ人には、ある法則があって。

「黒いエンブレムをつけてた。たしか……つぐみさんは、つけてなかったよな」

「おっ、よく見てるねー」

「お見事!」と拍手するはとちゃんの制服、その左袖には、真っ黒の円型エンブレムが縫いつけてある。
 鷹緒さんにあって、つぐみさんにはなかったものだ。
 反応から察するに、和傘を持つ職員の証として間違いはないらしい。

「傘の色は、黒が多かったみたいだけど」

「なんたって〝昏天隊こんてんたい〟ですからねぇ」

「こんてん……?」

くらそら。夜空って意味。だからチームカラーは、黒なんだよね。わたしとたっちゃんとよりさんが、特殊例なだけで」

ㅤそうだ、頼光よりみつさん。
 思い返せば、たしかに頼光さんの制服にもエンブレムがあったかもしれない。
 とすると、やっぱり頼光さんが〝昏天隊〟の統括役でもあるということか。

「はとちゃんは黄、鷹緒さんは白、頼光さんは赤……これって、なにか意味があったりする?」

「色そのものに意味はないけどね、黒じゃないものには、名前があるの」

「ひろくんみたいな?」

「そうそう!ㅤひろくんのフルネームはね……」

「よくぞ訊いてくれました!」とばかりに身を乗り出し、嬉しげに口を開くはとちゃんの言葉が、最後まで紡がれることはなかった。

「――はと、いるか!」

ㅤ人影もまばらな休憩室に、駆け込んでくる長身の男性。鷹緒さんだ。
 切れ長の瞳をスッと細め、険しい表情を浮かべた姿に、間違っても「お帰りなさい」なんて場違いな言葉はかけられない。

「なにがあったの?」

「里子おばさんから連絡が来た。いますぐミヤ姉のとこ向かうぞ。あおいが――」

ㅤガタリ。
 全部を聞くまでもなく、音を立ててパイプ椅子から立ち上がったはとちゃんの行動は、早かった。
 制服のスカートを翻し、近くの壁に立て掛けてあった和傘を引っつかむ。

「待ってくれ、俺も」

「咲くんはここにいて。すぐに戻るからね。行こう、たっちゃん」

「おう」

「はとちゃんっ!」

ㅤ否やを言う暇すら与えてもらえなかった。
 和傘を片手に飛び出したはとちゃんは、鷹緒さんにも劣らない、いや、むしろ凌ぐほどの俊足で、あっという間に姿を消してしまった。
 後には、訳もわからない俺が取り残されるだけ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...