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*24* 昏天隊
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ㅤあれから問題なく巡回を終え、村役場へ戻ってきた。
1階にある休憩室には、俺とはとちゃんしかいない。
鷹緒さんたちはまだ帰ってきていないようだったけど、とっくに昼を回っていたこともあり、ひと足早く昼食にすることに。
「さぁさぁお待ちかね!ㅤ今日のお昼は、さとちゃんお手製弁当ですよー!」
ㅤ向かいの席ではとちゃんが持ち出してきたのは、今朝方里子さんに手渡されていたランチバック。
これが思いのほか大きい。
いざ広げてみると、ちょっとした重箱サイズくらいはありそうで……
「なにから食べる?ㅤわたしはねぇ、鶏めしと、とり天と」
「鶏めし、とり天……」
「あっ、鶏めしはね、鶏肉とごぼうの笹がきをにんにく醤油だれで煮詰めて、ご飯と混ぜ混ぜしたもので、とり天はその名の通り、鶏の天ぷらです!ㅤうちの村は鶏料理が美味しいんだよねぇ。……およ?ㅤ咲くんどったの?」
「いや……ちょっと、色々きてしまって」
ㅤおしぼりも、取り皿も、お箸も、ちょうど2人分。
俺のことまで考えて、里子さんが朝早くから作ってくれたんだと思うと、無性に胸が震えてしまう。
こんなことで感激する俺って、おめでたいやつなんだろうか。
「ごめん……せっかくのご飯時に」
「ううんっ、いいの、いいんだよ……!」
ㅤこらえきれず視線を伏せる俺に、なにを思ったか。
はとちゃんの黒目がちな瞳にまで、じわりと涙がにじんでいるじゃないか。
「美味しいもの食べると、しあわせな気持ちになるもんね……遠慮せずに、たーんとお食べ!」
「あ、ありがとう……?」
ㅤ涙ぐむはとちゃんに、ひょいひょいとおかずを移された紙皿は、すぐに食べきれないほどの量でいっぱいになる。
「鶏めしだけと言わず、しそや高菜おにぎりも美味しいよ!ㅤとり天にはかぼすを忘れずにね。すだちじゃないよ、かぼすだよ!」
「……あははっ!」
ㅤふいのひと言で無自覚に笑わせに来るのは、はとちゃんらしいなって、すごくホッとした。
ㅤㅤ*ㅤㅤ*ㅤㅤ*
ㅤ約2時間のパトロールで、わかったことがいくつかある。
ㅤ原則として2人1組とし、地域ごとに、3~4組の職員が巡回していること。
道中すれ違った彼らは、圧倒的に男性が占めていたこと。
〝自警課〟という部署としては当然の流れだろうが、気になることもいくつか。
それは、和傘の存在。
ㅤパトロールを行う職員は、どちらかもしくは両方ともが和傘を携帯していた。
さらに言えば、和傘を持つ人には、ある法則があって。
「黒いエンブレムをつけてた。たしか……つぐみさんは、つけてなかったよな」
「おっ、よく見てるねー」
「お見事!」と拍手するはとちゃんの制服、その左袖には、真っ黒の円型エンブレムが縫いつけてある。
鷹緒さんにあって、つぐみさんにはなかったものだ。
反応から察するに、和傘を持つ職員の証として間違いはないらしい。
「傘の色は、黒が多かったみたいだけど」
「なんたって〝昏天隊〟ですからねぇ」
「こんてん……?」
「昏い天。夜空って意味。だからチームカラーは、黒なんだよね。わたしとたっちゃんと頼さんが、特殊例なだけで」
ㅤそうだ、頼光さん。
思い返せば、たしかに頼光さんの制服にもエンブレムがあったかもしれない。
とすると、やっぱり頼光さんが〝昏天隊〟の統括役でもあるということか。
「はとちゃんは黄、鷹緒さんは白、頼光さんは赤……これって、なにか意味があったりする?」
「色そのものに意味はないけどね、黒じゃないものには、名前があるの」
「ひろくんみたいな?」
「そうそう!ㅤひろくんのフルネームはね……」
「よくぞ訊いてくれました!」とばかりに身を乗り出し、嬉しげに口を開くはとちゃんの言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
「――はと、いるか!」
ㅤ人影もまばらな休憩室に、駆け込んでくる長身の男性。鷹緒さんだ。
切れ長の瞳をスッと細め、険しい表情を浮かべた姿に、間違っても「お帰りなさい」なんて場違いな言葉はかけられない。
「なにがあったの?」
「里子おばさんから連絡が来た。いますぐミヤ姉のとこ向かうぞ。葵が――」
ㅤガタリ。
全部を聞くまでもなく、音を立ててパイプ椅子から立ち上がったはとちゃんの行動は、早かった。
制服のスカートを翻し、近くの壁に立て掛けてあった和傘を引っつかむ。
「待ってくれ、俺も」
「咲くんはここにいて。すぐに戻るからね。行こう、たっちゃん」
「おう」
「はとちゃんっ!」
ㅤ否やを言う暇すら与えてもらえなかった。
和傘を片手に飛び出したはとちゃんは、鷹緒さんにも劣らない、いや、むしろ凌ぐほどの俊足で、あっという間に姿を消してしまった。
後には、訳もわからない俺が取り残されるだけ。
1階にある休憩室には、俺とはとちゃんしかいない。
鷹緒さんたちはまだ帰ってきていないようだったけど、とっくに昼を回っていたこともあり、ひと足早く昼食にすることに。
「さぁさぁお待ちかね!ㅤ今日のお昼は、さとちゃんお手製弁当ですよー!」
ㅤ向かいの席ではとちゃんが持ち出してきたのは、今朝方里子さんに手渡されていたランチバック。
これが思いのほか大きい。
いざ広げてみると、ちょっとした重箱サイズくらいはありそうで……
「なにから食べる?ㅤわたしはねぇ、鶏めしと、とり天と」
「鶏めし、とり天……」
「あっ、鶏めしはね、鶏肉とごぼうの笹がきをにんにく醤油だれで煮詰めて、ご飯と混ぜ混ぜしたもので、とり天はその名の通り、鶏の天ぷらです!ㅤうちの村は鶏料理が美味しいんだよねぇ。……およ?ㅤ咲くんどったの?」
「いや……ちょっと、色々きてしまって」
ㅤおしぼりも、取り皿も、お箸も、ちょうど2人分。
俺のことまで考えて、里子さんが朝早くから作ってくれたんだと思うと、無性に胸が震えてしまう。
こんなことで感激する俺って、おめでたいやつなんだろうか。
「ごめん……せっかくのご飯時に」
「ううんっ、いいの、いいんだよ……!」
ㅤこらえきれず視線を伏せる俺に、なにを思ったか。
はとちゃんの黒目がちな瞳にまで、じわりと涙がにじんでいるじゃないか。
「美味しいもの食べると、しあわせな気持ちになるもんね……遠慮せずに、たーんとお食べ!」
「あ、ありがとう……?」
ㅤ涙ぐむはとちゃんに、ひょいひょいとおかずを移された紙皿は、すぐに食べきれないほどの量でいっぱいになる。
「鶏めしだけと言わず、しそや高菜おにぎりも美味しいよ!ㅤとり天にはかぼすを忘れずにね。すだちじゃないよ、かぼすだよ!」
「……あははっ!」
ㅤふいのひと言で無自覚に笑わせに来るのは、はとちゃんらしいなって、すごくホッとした。
ㅤㅤ*ㅤㅤ*ㅤㅤ*
ㅤ約2時間のパトロールで、わかったことがいくつかある。
ㅤ原則として2人1組とし、地域ごとに、3~4組の職員が巡回していること。
道中すれ違った彼らは、圧倒的に男性が占めていたこと。
〝自警課〟という部署としては当然の流れだろうが、気になることもいくつか。
それは、和傘の存在。
ㅤパトロールを行う職員は、どちらかもしくは両方ともが和傘を携帯していた。
さらに言えば、和傘を持つ人には、ある法則があって。
「黒いエンブレムをつけてた。たしか……つぐみさんは、つけてなかったよな」
「おっ、よく見てるねー」
「お見事!」と拍手するはとちゃんの制服、その左袖には、真っ黒の円型エンブレムが縫いつけてある。
鷹緒さんにあって、つぐみさんにはなかったものだ。
反応から察するに、和傘を持つ職員の証として間違いはないらしい。
「傘の色は、黒が多かったみたいだけど」
「なんたって〝昏天隊〟ですからねぇ」
「こんてん……?」
「昏い天。夜空って意味。だからチームカラーは、黒なんだよね。わたしとたっちゃんと頼さんが、特殊例なだけで」
ㅤそうだ、頼光さん。
思い返せば、たしかに頼光さんの制服にもエンブレムがあったかもしれない。
とすると、やっぱり頼光さんが〝昏天隊〟の統括役でもあるということか。
「はとちゃんは黄、鷹緒さんは白、頼光さんは赤……これって、なにか意味があったりする?」
「色そのものに意味はないけどね、黒じゃないものには、名前があるの」
「ひろくんみたいな?」
「そうそう!ㅤひろくんのフルネームはね……」
「よくぞ訊いてくれました!」とばかりに身を乗り出し、嬉しげに口を開くはとちゃんの言葉が、最後まで紡がれることはなかった。
「――はと、いるか!」
ㅤ人影もまばらな休憩室に、駆け込んでくる長身の男性。鷹緒さんだ。
切れ長の瞳をスッと細め、険しい表情を浮かべた姿に、間違っても「お帰りなさい」なんて場違いな言葉はかけられない。
「なにがあったの?」
「里子おばさんから連絡が来た。いますぐミヤ姉のとこ向かうぞ。葵が――」
ㅤガタリ。
全部を聞くまでもなく、音を立ててパイプ椅子から立ち上がったはとちゃんの行動は、早かった。
制服のスカートを翻し、近くの壁に立て掛けてあった和傘を引っつかむ。
「待ってくれ、俺も」
「咲くんはここにいて。すぐに戻るからね。行こう、たっちゃん」
「おう」
「はとちゃんっ!」
ㅤ否やを言う暇すら与えてもらえなかった。
和傘を片手に飛び出したはとちゃんは、鷹緒さんにも劣らない、いや、むしろ凌ぐほどの俊足で、あっという間に姿を消してしまった。
後には、訳もわからない俺が取り残されるだけ。
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